第18話 僕は魔界から来たんだ

「ほら、早く選びなさいよ」

「うーん、見たことのない料理ばかりで迷うなぁ」


 食堂で朝食を取ることにしたエデルだったが、ずらりと並んだ料理を前に思わず唸っていた。


「見たことないって……大半が一般的な料理ばかりでしょ?」

「そうかな?」

「……普段一体何を食べてたのよ」

「その辺で取ってきた草とか魔物の肉とか。それをまとめて焼くか煮るかして食べてたんだ。料理は僕とじいちゃんが交代交替でやってたよ」


 完全な自給自足生活である。


「そ、そう……(完全に野生児じゃないの……。どう考えても私の手に余るんだけど?)」


 改めて祖母を問い詰めたくなるアリスだった。


「……どうせこれから毎日食べるんだから、とりあえず目についたのを適当に持っていけばいいじゃない」

「じゃあそうする」


 アリスに急かされて、エデルは適当な料理をトレイに乗せていった。


 二人は食堂の端の方まで移動し、空いているテーブルへ。

 あまり人が多くなく、騒がしい食堂内でも少しだけ落ち着いた一画である。


「……この辺りの方が静かだから話しやすいでしょ」


 少し言い訳するような口ぶりのアリス。

 実はいつも一人のときであっても、わざわざこの辺りを狙って座っているのだが、それをエデルは知る由もない。


 アリスから一通り授業について教わったところによると。


 授業は一コマあたり九十分で行われる。

 一日に三から四コマを受け、試験などで習熟度を評価される。


 最低でも八割の授業で合格と認められなければ、次の学年に進むことができない。

 また、何度も留年していると、強制退学させられてしまう。


 英雄学校は六年制で、その一年課程では、授業の大半が必修となっている。

 魔法、武技、算学、戦術、冒険探索、宗教、礼儀作法、地理、歴史、芸術などで、まずは一般教養とも言える基礎的な内容を徹底的に叩き込まれることになる。


 より専門的な内容に入っていくと、それぞれの専門の教師が指導を行うことになるのだが、一年課程では授業の多くを担任が行う。

 そのため一年生時にはクラスというものが存在し、ほとんどの授業をこのクラス単位で受けることになっていた。


「ちなみに今日の一コマ目は算学よ」

「算学ってなに?」

「これは先が思いやられそうね……」


 朝食後にエデルが連れてこられたのは、階段状に座席が用意された部屋――教室だった。

 どうやらここで授業とやらを受けるらしい。


 座席に腰かけた三十人ほどの同年代の少年少女たちに注目される中、エデルと一緒に壇上に立った昨日の眼鏡美女、シャルティアが告げる。


「このクラスに編入生が加わることになりました」


 彼女の言葉に、教室の中が騒めく。


「編入生? この学校、編入なんてできるのか?」

「俺、聞いたことあるぞ。編入試験はめちゃくちゃ難しくって、ほとんど合格できないって」

「マジか。じゃあ相当優秀なんだろうな。そんなふうには見えないが」

「へぇ、ってことは、将来有望かも。狙っちゃおっかな。顔も悪くないし」

「ちょっと、あんたは先輩狙ってたはずでしょ? エデルくんはあたしに任せておきなさい」


 エデルに注がれるのは、主に品定めするような視線だ。

 優秀な生徒が集う学校だけあって、やはり最も気になるのは新参者の実力なのだろう。


「ではエデルさん、簡単に自己紹介をお願いします(ああ、今ここで私が犬の真似をしたら、生徒たちはどんな顔をするのでしょう……ハァハァ)」


 なぜか少し頬を上気させているシャルティアに促されて、エデルは告げる。


「ええと……こんにちは、僕はエデルだよ。学校とか授業とか、まだよく分かってないけど、とにかくよろしく」


 再び教室内が騒めいた。


「学校が分からない? どういうことだ?」

「幾ら平民でも、最近は初等学校ぐらい通うもんだろ?」

「通ってなくても存在くらい知ってると思うんだが……」

「ははっ、よっぽどのド田舎から来たんだろうぜ!」


 とんでもない田舎から来たに違いないと生徒の一人が言うと、どっと笑い声が起こった。

 しかし続いてエデルが口にした発言に、教室中が静まり返ることになるのだった。


「違うよ。僕は魔界から来たんだ」

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