第19話 普通に覚えただけだよ

「ぎゃははははははははははははははっ!」


 一瞬静まり返った教室だったが、一人の生徒の爆笑がすぐにそれを破った。


「魔界から来た? おいおいおい何の冗談だよ! ぎゃははははっ!」


 その笑い声があっという間に教室中へと伝播し、笑いの渦が巻き起こる。


「静かにしてください。授業を始めますよ」


 それを鋭い口調で制したのは担任のシャルティアだ。


「そんなことよりシャルティア先生、そいつが魔界から来たって本当っすかねぇ?」


 だが他の生徒たちが静まっていくのを余所に、先ほど最初に笑い出した生徒が勢いよく手を挙げ、質問を投げかける。


「……ガイザーさん、残念ですがその質問には答えかねます。どうしても知りたければ本人に確認してください」

「じゃあそうしまーす」


 ガイザーと呼ばれたその少年は、ニヤニヤと嗤いながら手を下ろした。


「それで、僕はどこに座ったらいいの?」

「どこでも構いません。決まった席はありませんので、開いているところに座ってください」


 シャルティアにそう言われて、エデルが真っ直ぐ向かったのは、教室内でポツンと一人孤立していた少女のところだ。


「隣、座るよ?」

「……好きにしなさいよ」


 仕方なさそうな溜息と共にそう返したのはアリスである。


 エデルは彼女と同じクラスだった。

 シャルティアが担任を務めていることも含めて、校長であるマリベルの計らいである。


「にしても、面倒なのに目を付けられたわね」

「?」

「ガイザーのことよ。まぁ、魔界から来たなんて、わざわざ言うあんたも悪いんだけど」


 先ほどの少年がどうしたのだろうと、首を傾げるエデルだった。







 その日の一限目は歴史の授業だった。

 遥か昔の神話の時代から始まり、近年の世界情勢に至るまでの、主要な出来事を学んでいくというもので、現在はちょうどこの国が建国された頃の話を扱っているところだった。


 もちろんエデルは、人間界のことなど何も知らない。

 つい最近まで、その存在すら知らなかったほどなのだ。


 シャルティアの授業を聞いていても、全然分からない単語が次々と出てくるので、その度に隣のアリスに教えてもらっていたのだが、


「面倒だからこれを最初から読みなさい。だいたいのことはここに書いてあるから」


 と、一冊の本を渡された。

 アリスが予習用に利用している歴史の本である。


「……字は読めるわよね?」

「うん、大丈夫。じいちゃんから自動読解魔法を教えてもらったから」

「何その魔法? 聞いたこともないんだけど……」


 ちなみに翻訳機能付きである。

 様々な言語が使われていた魔界では、非常に重宝した魔法だった。


 パラパラパラパラ。


「ふむふむ、なるほど」


 とりあえず授業は聞かずに、どんどん読み進めていくエデル。


「なんか凄い速さでページめくってない!?」

「そう?」


 そして一限目の授業が終わったときには、すっかり最後まで読破してしまっていた。


「よし、だいたい覚えたよ」

「は? 嘘でしょ? ……五代前のこの国の王様の名前は?」

「ディリップ三世」

「せ、正解……もしかして読むだけじゃなくて記憶もできる魔法?」

「普通に覚えただけだよ? 記憶力には自信があるんだ」

「むしろそっちの方が凄いんだけどっ?」


 続く二限目の授業は算学だった。

 授業前にアリスから「今度はこの本を読むように」と渡される。


「今度は歴史と違って、覚えるだけじゃどうしようもないわよ」

「あ、これは読まなくても大丈夫かも」

「……どういうことよ?」

「じいちゃんから習ったんだ。ええと、例えばこの問題だけど……解答は……」


 紙に解答をちゃちゃっと書くエデル。


「こんなところかな」

「っ!? せ、正解だわ……ていうか、あんたのおじいさん、何者なの……?」


 授業が始まってみても、やはり歴史とは異なり、完全に既知の内容だった。

 むしろ簡単なことをちまちまと進めていて、エデルには退屈過ぎた。


 あまりに暇だったので、途中から自分で適当な概念を考え出して、新たな算学領域の開発を始めてしまうエデルだった。


「うん、悪くない考えかも。この数のことを虚数って名付けようかな」

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