第17話 すぐ誰かすり抜けて入ってくるよね
翌朝、エデルは今度こそ「授業」とやらについてアリスに訊くことにした。
ちゃんとドアをノックして、待つことしばらく。
どんよりした空気を纏うアリスが部屋から出てきた。
「あれ? どうしたの、その目?」
「……うるさいわね。誰のせいだと思ってるのよ」
その目の下にはくっきりとした隈が浮かんでいた。
「(昨晩は警戒してまったく眠れなかったじゃないの)」
なにせ隣の人間は、いつでも壁をすり抜けて部屋に入ってくることができるのだ。
おちおち眠ってなどいられない。
「(結局そんな気配はなかったけど……ああもう、お陰で朝から眠すぎる!)」
「もしかして怒ってる?」
「……別に怒ってないわよ。ただ、今後は絶対に、勝手に壁をすり抜けて人の部屋に入ったりしないこと。いいわね?」
「分かった。……でも、あの壁じゃ、すぐ誰かすり抜けて入ってくるよね?」
「そんなことないわよ! 昨日が初めてだったわ!」
ちなみにエデルが使ったのは、物質透過の魔法だ。
これを使って建物内に侵入する手法は、魔界だと一般的である。
一応、強い魔力を帯びた物質や結界などによって防ぐことが可能で、魔界の住宅ではこの手の防犯対策を行っていないなどあり得ない話だった。
「対策してなくても、みんなすり抜けたりしないんだ……すごいなぁ」
「誰でも簡単に壁をすり抜けられるみたいに言わないでもらえるかしら?」
アリスは大きく溜息を吐いてから、
「あんたほんと、どんなとこに住んでたのよ?」
「魔界だよ」
「あー、そう、それなら納得ね。……って、えええええええええええっ!?」
エデルの返答に、思わず大声を出してしまうアリス。
「いやいや、冗談に決まってるわよね」
「冗談じゃないよ?」
「どう考えても冗談以外にあり得ないでしょ。それかあんたが思い込んでるだけって可能性もあるわね」
「違うよ。本当に魔界だって。じいちゃんが言ってたし」
「きっと魔境の聞き間違いとかでしょ。それでも十分ヤバいけど」
魔境というのは、読んで字のごとく、滅多に人が足を踏み入れることのない危険な魔の領域のことだ。
そんなところで生活していたのだとすれば、常識がまったくないのも頷ける。
恐らく魔境に住む特殊な魔物が、壁などをすり抜ける能力を持っていたのだろうと推測するアリスだった。
「それより、朝から何の用なのよ?」
「あ、そうそう。授業って何? って聞こうと思って」
「……説明してあげるから、とりあえず食堂に行くわよ。授業が始まるまでに朝食を食べないと」
「食堂?」
「まぁ、当然それも分からないわよね。簡単に言うと、みんなで一緒にご飯を食べるところよ。学生寮に併設されていて、朝はだいたいみんなそこで食べるの。たぶん実際に見た方が早いから付いてきなさい」
アリスに連れられ、エデルは生まれて初めての「食堂」へ。
「ここよ」
「これが食堂?」
幾つものテーブルが並んだ広い空間で、すでに多くの生徒でごった返していた。
厨房の方からは良い匂いが漂ってきている。
「こんなに大勢がいる中で食事を取るの……? なんて無防備なんだろう……」
その様子にエデルが絶句していると、アリスが教えてくれた。
「朝はバイキング形式の食べ放題になっているわ。ほら、大きな皿に料理が乗ってるでしょ? あの中から好きなだけ自分で取って食べていいのよ」
「……もしかして、みんな他人が作った料理を食べているの?」
「それが食堂というものだもの。いちいち自分で作るのは手間でしょ」
「いやいや、不用心にもほどがあるでしょ? 毒が盛られてる可能性はないの?」
「ないに決まってるでしょ……」
魔界では、他人が作ったものを口にするなど、あり得ない話だったのだ。
なのでエデルは今まで、自分か、じいちゃんが作った料理以外を食べたことがない。
「ほ、本当に大丈夫なのかな……? こんなんじゃ、いつでも誰でも毒を入れられるし……」
「……万一毒が入ってたら、治癒魔法で治してあげるわよ」
「あ、僕はじいちゃんに色んな毒を盛られて鍛えられたから、全然平気だよ」
「あんたのおじいさんヤバ過ぎない!?」
今ではほとんどの毒を無効化できるようになったエデルだった。
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