第15話 殴ってもいいかしら

「は? 友達が何か分からない? 冗談でしょ?」

「冗談じゃないよ?」


 アリスに怪訝な顔をされてしまうが、エデルは本気で「友達」が何か分かっていなかった。


「……友達っていうのは、仲が良かったり、親しかったりする相手のことよ」

「なるほど、じゃあ僕ならじいちゃんかな? 死んじゃったけど」

「それは友達じゃなくて家族でしょ……」

「あれ? 違うの?」

「ていうか、どんな生活を送ってきたら、友達を知らずに今まで生きてこれるのよ……?」

「人間界は初めてなんだ」

「人間界は初めて……?」


 じゃあお前は一体今までどこに住んでいたんだ、という顔をするアリス。

 それから何かに思い至ったように、


「人里離れた場所に暮らしてたってところかしら? 人そのものがいないのなら仕方ないわね……」

「うん、人間全然いなかったよ」


 魔界ではじいちゃん以外に人間はいなかったし、魔族の知り合いはいても、決して仲良くするような間柄ではなかったのである。


「まぁ、あなたも通い始めれば友達の一人や二人、できると思うわ」

「でもアリスには友達いないんだよね?」

「……殴ってもいいかしら?」


 相手のコンプレックスを思い切り刺激したことに気づかず、なぜ急に怒られたのだろうと首を傾げるエデルだった。






「それにしても狭いなぁ」


 改めて自らに宛がわれた部屋へと足を踏み入れたエデルは、思わずそんな言葉を口にする。


「これじゃあ魔法の訓練どころか、剣を振るのだって難しそう」


 魔界にあった家には、二人で暮らすには多過ぎるほどの部屋数があった。

 普段は立ち入らないような部屋が幾つもあったので、エデルは何部屋かを自由に自分の部屋として使っていたのだ。


 その中には、この学生寮そのものがすっぽり収まるほどの広さを誇る部屋もあった。


 けれど広さよりも気になるのが、この脆弱極まりないセキュリティである。


 どうやら本当にこのような部屋が幾つも並んでいて、そこで一人一部屋ずつを使用しているらしい。

 見知らぬ誰かと、こんな薄壁一枚を挟んで寝泊まりするなんて、魔界の常識的には考えられない話だった。


「さっき隣を覗いた感じ、トラップもなさそうだったし」


 マリベルが言うには、それでも特に問題が起こらないほどこの人間界は平和らしいが、魔界しか知らないエデルには、俄かには信じがたい。

 このままでは落ち着いて寝れる気がしなかった。


「念のため


 そう呟いてから、何やら作業に取り掛かるエデルだった。






「とりあえずこんなところかな?」


 部屋の改造を終えたエデルは、額に浮かんだ汗を拭いながら呟いた。


 しかしどう見ても元の部屋とまったく変わっていない。

 広さも構造もデザインも家具も、何一つ作業前のままなのだが、


「うん、さすがに魔界の家には到底及ばないけど、これなら中位魔族ぐらいじゃ侵入すらできないはず」


 どうやら本人は満足しているようである。

 もちろんここ人間界で、魔族が襲撃してくることなどまずない。


「ちゃんとお風呂も設置したし。……じいちゃんが好きだったからなぁ、お風呂は。別に身体の汚れを取るだけなら、魔法で十分なんだけど」


 とにかく広いお風呂を好んだエデルのじいちゃんは、家の中にちょっとした池のような大浴場を作っていたのである。


 今日はもう遅いので、ゆっくりお風呂に入って休もうと思うエデルだった。


「そういえば、明日から授業があるから、参加しなさいってばあちゃんが言ってたっけ。……そもそも授業って何なんだろ?」


 ――何か分からないことがあったらノックして声をかけなさい。


 そう言われたことを思い出したエデルは、トントン、と。

ノックして、


「アリス、聞きたいことがあるんだけど。入るよ?」


 部屋と部屋を隔てていた壁をすり抜け、隣の部屋へと踏み込んだのだった。


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