第13話 なんて脆弱なセキュリティなんだろう

 それから学校に戻るまで、シャルティアは一言も言葉を発することはなかった。

 ずっと憮然としている女教師に、エデルは、


「(もしかして僕、何か怒らせるようなことしたかな?)


 と首を傾げるしかない。

 そして再びマリベル校長のところへと戻ってきた。


「お帰りなさい。少しは学校内のことが分かったかしら?」

「……?」

「あら? シャルティアには、構内を案内してあげてって言ったのに……」

「っ! も、申し訳ありません、マリベル様っ」


 ハッとして、シャルティアは慌てて謝罪する。

 エデルを試すことばかりに気を取られ、完全に失念していたらしい。


 やってしまった……と青い顔をするシャルティアだが、もちろん使い魔で様子を見ていたマリベルはとうに把握済みだった。

 ただ知らないフリをしているだけである。


「し、しかし、マリベル様……彼は一体、何者なのです……? その、明らかに、同年代のレベルを超越しているといいますか……」


 そんなことなど露知らず、エデルを試験していたと気づかれないよう、シャルティアは恐る恐る問う。


「実はね、この子、魔界で生まれ育ったそうなの」

「………………はい?」


 あまりに荒唐無稽な話に、一瞬思考がストップしてしまうシャルティア。

 たっぷり十秒ほど沈黙してから、


「ままま、魔界っ!? そ、それは何かの間違いではありませんか……っ? そもそも魔界に足を踏み入れたことのある人間は、一人もいないはず……っ!」

「ということになってはいるわね。私たち四英雄もかつて魔界に行こうと頑張ったけれど、無理だったもの」

「……」


 シャルティアは疑いの目をエデルへと向ける。


「間違いないよ。じいちゃんが言ってたし」


 なぜ疑われるのか分からない、という顔でエデルは断言した。


「それはともかく、あなたがこの学校に入学できるよう、取り計らっておいたわ。そして今日から学生寮に住んでもらう予定よ」

「学生寮?」


 聞いたことのない言葉に、キョトンとするエデル。


「学生寮というのはね、学校の生徒たちが一緒に暮らす集合住宅みたいなものよ」

「なるほど?」

「部屋も確保しておいたから、今から連れていってあげるわ」


 どうやらマリベル自ら案内してくれるらしい。

 シャルティアが「それなら私が……っ!」と慌てて申し出たものの、マリベルはそれを制して、


「大丈夫よ。ちょっと、会っておきたい子もいるから。さあ、行くわよ」


 マリベルに連れられ、エデルは校長を後にする。


 やがて二人がやってきたのは、現在この学校の一年生が住んでいる学生寮だった。


「この学校は一年生から六年生まであるのだけれど、各学年に一つずつ学生寮を設けているわ。一年生は男女全員ここよ。一人一部屋。身分や立場に関係なく、誰もが同じ広さの部屋なの」


 マリベルに先導されて建物内に入る。

 自ら編入生を連れてやってきた彼女に、窓口にいた寮長が目を剥いた。


「マリベル様!?」

「すでに話は聞いてるわよね? この子がその編入生よ。ちょっと常識のない子だから、お手柔らかに指導してくれると助かるわ」

「は、はい……っ! こ、こちらが部屋の鍵です」


 がっしりした体躯の女寮長が、困惑しながらも鍵を手渡す。


「あなたの部屋は二階よ」


 階段を上った先の廊下には、左右にずらりとドアが並んでいた。

 エデルは思わず目を剥く。


「もしかして、このドアの奥に一人ずつ住んでるの?」

「そうよ? 各部屋にベッドや家具が備え付けられているわ。でも残念ながらお風呂やトイレは共用ね」

「なんて脆弱なセキュリティなんだろう……」


 てっきり建材がアダマンタイトだったり、強固な結界が張られていたりすると思っていたエデルであるが、見たところそんな感じは一切しない。


「こんなところに大勢がまとまって住んでるなんて、どれだけ死者が出るのか……。夜なんてまともに寝れやしないだろうし……。いや、そうやって四六時中、気を抜けない戦いの中に身を置かせることで、生徒を鍛えようとしているってことかな?」


 英雄学校というのは、思っていた以上にスパルタなのだなと理解するエデル。

 しかしもちろん、そんなはずはなく。


「死者? 戦い? 時々喧嘩くらいはあるけれど、寮内で死者なんて出ないわ」

「え? そうなの? 魔界じゃ隣人同士の殺し合いなんて、日常茶飯事だったけど……むしろ近くに住んでて殺し合わない方が珍しいっていうか」

「……一体どれだけとんでもない世界なのかしら、魔界って」

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