第12話 ちょっと興奮してしまうかも

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ようやく森を踏破したシャルティアは、全身びっしょりと汗を掻き、息を荒らげていた。

 何の余力も残さず、全速力で森を駆け抜けた証拠である。


 にもかかわらず、エデルはとっくにゴールへと辿り着いていたようだ。


 シャルティアは思わず立ち尽くしてしまう。

 二人の歴然としたタイム差を示すように、そこに土で作られたと思われる城が立っていたのである。


 しかも高さ十メートルほどの巨大さで、細部の装飾にまで拘ってある。

 当然、最初にこの森に来たときにはなかったものだ。


「やっと来たね」

「……この土の城は、まさか」

「うん。これも遅かったから作ったんだ」


 一体どうやって作ったのか、そしてどれほどの時間がかかったのか。

 いずれにしても、大差をつけられてしまったことは間違いない。


 さすがにもう文句のつけようがなかった。

 信じられない現実によろめきながらも、シャルティアは苦虫を嚙み潰したような顔で告げる。


「私の、負けのようですね……や、約束です……今から犬の真似をして、ワンワン鳴きましょう……」

「いや、別にしなくていいけど?」


 そもそもエデルとしては、特に見たいものではない。

 だが当人がそれでは気が済まないらしく、


「そういうわけにはいきませんっ! あんなふうに豪語しておきながら、ここで約束を違える方がよほど教師失格でしょう……っ!」


 屈辱で顔を歪めながらも、両手両膝を地面に付けるシャルティア。

 そうして恥ずかしい犬の体勢となると、真っ赤になった顔を少し前に突き出しながら、


「わ、わおおおん! わおわおんっ! わおおおおんっ!」


 犬の鳴き声を披露した。

 しかも意外とガチなやつである。


 なぜこんな提案をしてしまったのかと、シャルティアは涙目で後悔しながらも鳴き続けた。


「わうわうわうっ! わおおおおんっ!(くっ……なんという屈辱ですかっ! もしこんな姿、他の教員や生徒に見られたりしたらっ……見られたりしたら……?)」






「(あれ? ちょっと興奮してしまうかも……?)」






 その瞬間、新しい性癖に気づいてしまうシャルティアだった。


「それにしても……」


 一方、年上美女の内心の変化など露知らず、それどころか途中で見飽きてしまい、暢気な顔をしながら空を見上げるエデル。

 そこにいたのは、空を旋回している一羽の鳥だ。


「あの鳥、ずっと後を付けてきているんだけど……誰かの使い魔っぽいね?」








「まさか、これほどとは……」


 校長室で、マリベルは驚愕していた。


 彼女の目の前にあるのは、遠く離れた場所の光景を映し出すことができる魔法の水晶だ。

 そこにはエデルという少年と、学校の教師であるシャルティアが映っている。


 シャルティアの性格であれば、あの少年の実力を確かめようとするだろうことは、マリベルが予想していたところだった。

 そこで自身が従える使い魔に後を追わせていたのである。


 かの大賢者ラミレスが育て、この校長室へと平然と入ってくるような少年だ。

 その時点で只者ではないことは分かっていたものの、マリベル自身、彼の実力を把握しておきたかったのだ。


 と言っても、少年が森に飛び込んだ後のことは、ほとんど何も分からなかった。

 あまりにも速すぎて、彼女の使い魔が一瞬にして引き離されてしまったからである。


 何の障害物もない空を飛んでいる鳥ですら、森を突っ切る少年に置いていかれたのだ。

 シャルティアが追い抜かれるのも当然だろう。


 魔物が棲息する危険な森だ。

 それを単身で突破するだけでも至難だというのに、学校の教師よりも遥かに速く走り抜けるとは……。


「ラミレス先生……とんでもない子を遺していかれましたね……」


 四英雄が師事した世界最強の男によって、魔界で育てられた少年。

 その規格外な実力に、マリベルは戦慄せざるを得ないのだった。


 ――なお、シャルティアの犬の真似は、彼女の名誉のためにも見なかったことにした。

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