第11話 ワンワン鳴いて差し上げましょう

 ようやく森からシャルティアが出てきたとき、エデルはとっくに森の出口にいた。


「あ、やっと来たね」

「う、嘘でしょう……? まさか、私よりも先に森を突破したとでも……?」


 エデルが声をかけると、彼女は愕然とした様子で呻く。


「遅かったね。てっきり先に着いていると思っていたんだけど」

「っ……ど、どれくらい前からにここに……っ!?」

「んー、ニ十分以上は前かな?」

「に、ニ十分!?」


 制限時間が一時間だと言うから、もっと大変な森なのかと思っていたエデルである。

 だが実際に立ち入ってみたら拍子抜けだった。


 空間が歪んでいることもなければ、危険なトラップも一切なく、こともなかった。

 魔物はいたが、どれも雑魚ばかり。


 結局、五分もかからずに走り抜けてしまい、もしかして何か間違ったのかも、思ったほどである。


「さ、さすがにそれは嘘でしょう! この森をそんな速さで走破するなんて、不可能です! せいぜい私より少し前といったところでしょう!?」

「そんなことないよ? ほら、これ」


 エデルが指さした先にあったのは、地面に描かれたキメラの絵だ。

 魔界でよく見かけた、フェンリルの頭にドラゴンの胴体、そしてリヴァイアサンの尾を持つタイプのキメラである。


 しかも恐ろしく巨大で、縦も横も十メートル以上あるだろう。

 さらには驚くほど緻密に描かれており、その立体感と迫力から今にも動き出しそうなほど。


 これがもし名のある美術館に飾ってあっても違和感ないだろう。


「っ!? な、なぜ地面にこのような絵が……?」

「暇だったから描いたんだ。ちょうどいい感じの木の枝が落ちてて」


 エデルは手にした枝を掲げてみせた。

 確かに地面に絵を描くには最適そうな長さの枝である。


「なっ!? こ、これを!? あなたが!? 私が着くまでの時間で!? しかもそんな木の枝だけで!?」

「どう? なかなか上手く描けたと思うんだけど」

「絵の上手さなんて、どうでもいいです……っ!」

「え」


 木の枝だけで描いたにしては割と自信作だったので、どうでもいいと言われて少し落ち込むエデルだった。


「(一体どんな手を使ったというのです……? くっ、考えてもまったく分からない……っ! こんなことなら誰かに監視させておくべきでしたか……)」


 一方のシャルティアは、とても少年の言い分を信じることなどできず、何かしらの卑怯な手段を使ったのではと疑っていた。

 しかし根拠もなく不正と断じるわけにもいかない。


「や、やはり信じられません! もう一度……いえ、今度は私と勝負ですっ!」

「……勝負?」


 シャルティアが思い至った苦肉の策は、試験という名目ではなく、一対一の勝負を挑むことだった。


「先ほどと同様、この森を走破していただきます。ただし、今度は私と同時にスタートします」


 シャルティアはエデルの後を付いていくつもりだった。

 彼女が監視していれば、不正などできないはずとの考えからである。


 その上で、最後に追い抜いて先にゴールしてしまえばいい。


「いいけど……たぶん僕が普通に勝つと思うよ?」

「っ……随分な自信ですね? 私は先ほど、本気を出していたわけではありませんよ?」

「僕もそうだけど?」

「……そうですか。では、もし私が勝てば、先ほどの結果は無効ということでも?」

「構わないよ」

「言いましたね? ならば私が負けた場合は……そうですね、目の前で犬の真似をし、ワンワン鳴いて差し上げましょう」


 英雄学校の教師として、屈辱極まりない提案を自ら口にするシャルティア。

 だが彼女には、まだせいぜい十二歳かそこらの少年に負けるはずがないという、確固たる自負があった。


「では……位置について」


 万一に備えて身体強化魔法を全開にしながら、シャルティアはエデルの横に並ぶ。


「よーい……スタート!」


 ドオオオオンッ!!

 彼女の合図で競争が開始したその瞬間、爆音とともにエデルの姿がその場から掻き消えていた。


「……はい?」


 シャルティアの前に残されたのは、先ほどまでエデルがいた場所の地面から跳ね上がる土と、巻き起こった風だ。

 慌てて森の方へと視線を転じると、奥の方に僅かに彼の背中が見えた。


「そ、そんな……」


 慌てて後を追いかけるシャルティア。

 だがエデルの背中は遠くなる一方で、一向に追いつくことができない。


 やがて完全に姿が見えなくなってしまった。

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