第7話 待たせてもらってるよ
「ふふふ、今年の一年生は稀に見る豊作のようね。彼らの成長が今から楽しみだわ」
英雄学校の校長にして四英雄の一人、マリベル=ハルマールは、満足そうに呟いた。
年齢はすでに七十を超えているはずだが、その声は若々しく、見た目も十歳、いや、ニ十歳は若く見える。
そんな彼女の前で背筋をピンと伸ばして立つのは、眼鏡をかけた長身の美女。
この学校の教師の一人、シャルティアだ。
「この学校の名が知れ渡り、お陰で受験生の数が増え続けています。今年は過去最大となりましたし、その結果が入学者の質にも現れているのかと。それもこれも、マリベル様がこれまでご尽力されてきた結果でしょう」
「みんなが頑張ってくれたからよ」
シャルティアの言葉に、マリベルは謙遜して柔和に微笑む。
「あなたたち教師陣の頑張りはもちろんのこと、過去の卒業生たちが色んなところで活躍してくれている。だから今のこの学校があるのよ。私一人ではきっと難しかったわ」
当初は批判的な声も多かった。
とりわけ王侯貴族たちからは、マリベルが自勢力の拡大を目論んでいると警戒されてしまい、様々な逆風に晒されてきた。
それが今では、王族や貴族が率先して自分の子女をこの英雄学校に入学させるようになったのだ。
「ただ、まだまだ問題は沢山あるわ」
「……平民と貴族の対立、ですか」
「それもその一つね」
英雄学校では貴族や平民といった身分の垣根などなく、広く生徒を受け入れている。
だがそのことを良く思わない貴族も多い。
生徒間でのトラブルも決して少なくなかった。
と、そのとき。
突然、何かに気づいてマリベルが目を見開く。
「なっ……何者っ?」
シャルティアの背後、扉の前に悠然と立つ人影があったのだ。
一体いつからそこにいたのか、扉の方向をずっと向いていたはずのマリベルにすら分からなかった。
「え?」
シャルティアが慌てて後ろを振り返る。
そこにいたのは黒髪の少年だ。
「あ、取り込み中のようだし、待たせてもらってるよ?」
少年の第一声はあまりにも場違いなものだった。
まるで敵意や害意は感じられないが、だからと言って警戒を緩められるはずもない。
「あ、あなたっ!? どうやってここに入ってきたのですかっ!?」
シャルティアが慌てて腰に提げていた剣を抜きながら詰問する。
背中を完全に取られ、しかも気配にすら気づいていなかったという失態に、彼女の額から汗が噴き出す。
「……あ、あり得ないわ。この部屋まで、何事もなかったかのように入り込むなんて……」
一方、マリベルも大いに困惑していた。
この校長室がある建物には、許可を得た者しか入ることが許されていない。
強引に押し入ろうとすれば、けたたましい警報音が鳴り響き、すぐさま警備員やゴーレムが侵入者の排除に乗り出すはずだった。
この学校内で最も厳重な場所の一つと言っても過言ではない。
「学校の生徒……かしら?」
「……いえ、マリベル様。……このような生徒は見たことがありません。……つまり、学校内にも不法侵入している可能性が」
口調こそ冷静だが、シャルティアは頭の中を必死に回転させていた。
目の前の少年の目的が何かは分からないが、今ここで英雄マリベルを護ることができるのは自分だけ。
絶対に下手を打つわけにはいかない。
恐ろしいのが、先ほどから強烈な闘気をぶつけているのも関わらず、目の前の少年が至って平然としていることだ。
彼女の闘気を正面から浴びれば、この学校の生徒ですら、それだけで気を失う者も多いというのに。
「あれ? もしかして警戒されてる? いや、僕はただマリベルって人に手紙を渡しに来ただけなんだけど……ええと、そっちのばあちゃんの方だよね?」
「ばあちゃ……マリベル様にその口の利き方は何ですかっ!?」
「いいのよ、シャルティア。それより、あなた、手紙というのは?」
「これだよ」
少年が手紙を掲げる。
マリベルは念のためそれを鑑定してみたが、どうやら危険なものではなさそうだ。
「シャルティア。その手紙を」
「……はい」
シャルティアが恐る恐る少年から手紙を受け取ると、警戒したまま後退りでマリベルのところまでそれを運んでくる。
「こ、これは……」
その中身を読んだマリベルは、目を見開いて驚くのだった。
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