第5話 人間界の空は青いんだね

「本当にこのダンジョン、人間界に繋がってるんだよね……?」


 行けども行けどもゴールが見えてこず、エデルは半分じいちゃんのことを疑い始めていた。


 このダンジョンは階層が綺麗に分かれているのだが、すでにその近くは踏破したはずだった。

 せめて何階層くらいあるかくらい、教えておいてほしかったな……とエデルは恨めしく思う。


 幸い階層を重ねるにつれて、段々と凶悪な魔物やトラップが少なくなってきていた。

 お陰で身の危険を感じるような場面は無くなり、階層を突破するのも簡単になっている。


 今のこの階層など、もはや目を瞑っていても攻略できるくらい余裕だ。

 ものの五分ほどで、階段のところまで辿り着くことができた。


 それを上り始めたとき、エデルは「あっ」と思わず叫んだ。

 階段の上に五人組の姿があったのである。


「たぶん彼らは人間、だよね……? なんかすごく髪の長い人がいるけど……もしかして女性というやつかな?」


 エデルは今までじいちゃん以外の人間と会ったことがない。

 当然、人間の女性を見たのは初めてのことだった。


 嬉しくなって声をかけようとしたエデルだったが、その前に鋭い声が飛んできた。


「おい、少年! そこで止まれ!」

「……?」

「こちらの質問に答えろ。……お前は一人か?」

「ええと、そうだけど?」

「馬鹿な。たった一人でこんな階層まで来れるはずがない。ここは三十階層だぞ」

「三十階層? なるほど、あと三十階層なんだ」


 これは朗報だった。

 今の階層の難易度を考えると、二時間もあれば余裕で突破できるだろう。


 それからよく分からない質問を色々されるなど、物凄く警戒されているようだったので、先に行くことにした。


「それにしても、ちゃんと会話ができたなぁ」


 もし魔族だったら警戒する前に殺しにきただろう。

 じいちゃんから聞いていた通り、人間は温和な性格のようだと思うエデルだった。






「やった。外だ」


 三十階層を一気に踏破したエデルは、ついにダンジョンの出口を発見した。


 外に出ると、そこは深い谷底らしかった。

 そのため辺りは薄暗いが、頭上を見上げるとそこには澄んだ青い空が広がっている。


「人間界の空は青いんだね」


 魔界は赤や紫、それから黒なんかが多かった。

 そして魔界には太陽がないため、昼や夜といった概念がない。


「綺麗だなぁ」


 そんな感慨に耽りながら崖を登って谷から出ると、ちょっとした集落を発見した。


「ちょうどいい。あそこでこの手紙の宛名の人物のことを聞こう」


 近づいてみると、物々しい防壁に護られていて、集落というよりも砦といった印象だった。

 入り口に立っていた門番らしき男に声を掛けられる。


「おい、少年、今あの谷の方から来なかったか?」

「え? うん、そうだけど」

「まさか、谷に降りたんじゃねぇだろうな? 危険だぞ! あそこにはヤバい魔物がうじゃうじゃ棲息してるんだからな!」

「ヤバい魔物……?」


 何度か魔物が襲い掛かってはきたが、そんなに危険なやつには出くわさなかったはずだと、エデルは首を傾げる。


「なにせ、谷底にはあの凶悪なダンジョン『奈落』があるからな。そこの魔物が時々、外に出てきやがるんだよ。放置して南下されちまうと大きな被害になるからよ、それに対処するために作られたのがこの砦だ。『奈落』に挑む、ごく一部のキチガイ連中のベースキャンプとしても利用されているがな」

「へえ」

「へえって、お前、知らないでここに来てんのかよ?」


 門番の男は呆れたように言うが、人間界が初めてであるエデルに、そんな知識などあるはずもない。


「それよりさ、マリベル=ハルマールって人、知らない?」

「……お前、馬鹿にしてんのか?」


 じいちゃんの手紙に書かれた宛名の人物を口にすると、門番が睨んできた。


「マリベル様って言ったら、四英雄の一人だろうが。知らねぇやつなんているわけねぇだろ」

「四英雄?」

「……まさかお前、四英雄を知らねぇのか?」


 どうやらじいちゃんの知り合いは本当に有名人のようである。


「そのマリベルって人、どこにいるか分かる?」

「確か今はロデス王国にいらっしゃったはずだ。後進の育成のため、学校で教鞭を取っておられるとか。すでに相当な御年のはずだが……」

「ロデス王国……」


 もちろん聞いたこともないので、エデルは詳しい地図を教えてもらうことにした。

 呆れたような顔をされたが、門番は意外にも親切に教えてくれる。


 これが魔族だったら臓器の一つや二つ、対価として要求してきただろう。


「(やっぱりじいちゃんが言う通り、人間は優しいのかも?)」

「しかしロデスに行くのは大変だぞ。この地図の通り、間に幾つもの険しい山脈が走っているからな。大きく迂回して行かなけりゃならねぇ」

「その山脈、どれくらい動いたりする?」

「は? なに言ってんだ? 山が動くわけねぇだろ?」


 どうやら人間界の山は動かないらしい。


 魔界だと動いたり形を変えたりするのは当たり前。

 場合によっては山ごとゴーレムになったりするため、山越えは容易ではなかった。


 エデルもじいちゃんと一緒に、何度か魔界屈指の高難度とされる山々に挑戦したことがあったが、比喩ではなく幾度となく死にかけたものだ。


「動かないなら超えるのは簡単そうだね」

「何でそうなる!? 馬鹿な真似は寄せよ! この辺りの山々にはドラゴンまでも棲息してるっつー話だ。よほどの強者じゃねぇと生きて超えることは不可能だぜ」

「そうなの? まぁ無理そうならすぐに引き返すよ」

「引き返すって……」


 エデルは門番に礼を言うと、早速、ロデスとやらに向かって出発することにした。

 まずは谷に沿って走っていくのがよさそうだ。


「お、おい、もう行くのか? 少しくらい休んでいったら……あれ? もういねぇ……? ………………てか、あの少年、何のためにここに来たんだ……?」

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