135 完了してみた

 すぐに、頭の中に声が響いた。


『ハックパイセンっすか?』

「おう。トーシャも一緒だ」

『今の声、耳に布巻かれてても聞こえたしい。通話もすぐ通じたから、二十メートル以内ってとこっすね。助かったあ、プリーズ、ヘルプっす』

「ということはやっぱり、目の前の蔵の地下だな」


 塀越しに覗いて、ほぼ闇の中を観察すると。

 裏壁の下部ほとんど地面すれすれに、かすかな明るみが見えた。

 当然煌々とした照明があるはずもなく、牢の前辺りにわずかな明かりを灯しているのだろう。

 トーシャと二人、塀を越えてそこに近づく。


「ついさっきそこに、ジョウが連れられていったはずだが」

『ずっとうち、手と足縛られて、目と耳と口塞がれているから、分かんないしい』


 耳は完全に塞がれていないようだが、当然相手側も出入りの音などを抑える配慮をしているだろう。


「牢は何部屋かあるのか」

『たぶん』

「見張りは何人いるか分かるか」

『たぶん、二人っす』

「なら君は、勝手にさっさと出てこい」

『はあ? ここは絶対、パイセンたちが颯爽と助けに来てくれる流れじゃないっすか』

「面倒だ」

『いやいやいや、うち手足縛られてるしい』

「それ、『収納』できないのか」

『…………』

「おい」

『……忘れてたっす、〈収納〉のこと』

「アホか」

『うら若い乙女に、容赦ないしい』

「手足の拘束も目隠しなんかも、君らのスーツケース大の『収納』で消せるだろう。見張りの二人くらい、魔法でのしてしまえ。牢屋の錠もたぶん『収納』できるんじゃないか。それが大きくて無理なら、知らせてこい」

『了解っす』


 まあまた引き合いに出して申し訳ないが、前世の小説ノベルでも「ああ、縛られた縄は『収納』すればよかったんだ」と後になって思い返す主人公がいた。

 そればかりか登場人物のみならず作者も思いつかなかったかのごとく、『収納』持ちの拘束に際して終始その言及がないものさえあったと思う。


――結果的にできるできないは別にして、試すくらいはしていいだろうに。減るもんじゃなし。


 何にせよかなり緊迫した恐慌状態で思いつくものも思いつかない実例は、あって不思議ない。

 ともかくも。

 ややあって、窓の中からごそごそと物音が聞こえてきた。

 間もなく、バシャバシャバシャ、と連続した水音。

 さらにガサガサと物音がして、その後、声が聞こえてきた。


「ほらジョウ、さっさと起きる!」

「…………」

「そんなロープとか『収納』できるでしょうが! 何もたもたしてんの」


 こちら隣から、はああ、と溜息が聞こえた。

 やれやれ、と苦笑の顔を見合わせる。

 ややしばらく待っていると。


『パイセン、脱獄完了っす』

「見張りはどうなった?」

『二人とも、水矢ウォーターアロー五連発で気絶しているっす』

「そうか」

『取り上げられていたローブと剣も、取り返したしい』

「なら、出てこれるな。ただ、外には門のところに見張りが一人いる。騒がれると面倒だ」

『じゃあそっちも、不意を突いて水矢ウォーターアローでノックアウトするっす』

「じゃあ、やれ」


 蔵の陰から覗いていると、間もなく、二人が庭に駆け出してきた。

 一直線に門に向かいながら、口に呟いている。それぞれの詠唱だろう。

 外を向いていた見張りが、気がついて振り向く。

 その顔に、いきなり火と水が炸裂した。

 うが、とくぐもった悲鳴が漏れる。

 そのまま三発ずつの連続攻撃で、見張りはそれ以上声もなく倒れていた。

 住居の方に騒ぎの気配がないのを確認して、こちら二人、門の方に歩いていった。


「無事完了、だな」

「パイセン、ありゃーとした」


 トーシャの声かけに、ジョウが応えた。たぶん「ありがとう」と言ったつもりなのだろう。

 手短に事情を聞くと。

 昨日夕方、二人で歩いているとツァグロセク侯爵領で知り合った衛兵に声をかけられた。以前あちらで一度、魔法を見せた相手だ。

 久闊きゅうかつを叙して、料理屋で会食。

 その後外に出てしばらく歩いたところで、小路から出てきた数人に拘束された。料理に薬を盛られたらしく意識が薄れて、抵抗もできなかった。

 気がつくと、二人別々に牢に転がされていた。

 へたに抵抗をすると相棒の命がない、と脅された。

 今夜ジョウが連れ出された以外、ほぼ誰も近づいてさえこなかった。一応魔法を警戒されていたのだろう。魔法に詠唱が必要で口を塞いでおけば安全だということも、知られていていたようだが。

 レオナはトイレに連れ出された際立ち上がって、窓から特徴のある屋根を見つけた。それがイザーク商会のすぐ近所であること、ハックがよくその商会に出入りしていることを思い出し、通信を試みた。


「風通話だけは口を塞がれていてもできたからあ、ラッキーだったしい」

「他の魔法もお前ら、最初に無詠唱で設定しておけば、こんなことにならなかったんじゃないのか」

「それを言われたら辛いっす」


 トーシャの指摘に、レオナは情けなく口を尖らせる。

 その隣に、トーシャは問いを続けた。


「それにしてもさっきの、ジョウが連れ出されたの、何だったんだろうな」

「ちょっと話してたところじゃあいつら、最終的に俺らを隣の領に連れていくつもりだったみたいす。今夜のは魔法を確かめたいのと、ここの領主邸に嫌がらせをしてみようって感じみたい」

「なるほどな。それにしても事実上ジョウは放火の実行犯だからな。魔法とかここの奴らとの関係とか説明するのも面倒だ。さっさと今夜のうちにこの街を出ることにしよう」

「了解す」

「でもでも」レオナが声を上げた。「こんな目に遭ってあいつらをこのままにしてるの、悔しいじゃないっすかあ。一発でも仕返ししたいしい」

「それはそうだな」

「この四人で殴り込めば、まず負けないしい。パイセンたち、プリーズ、ヘルプっす」

「いや、でも」ジョウが首を傾げた。「確かあいつら、言ってた。この屋敷、商会長とかのものらしいすけどその会長に協力させて、自分らはこっちの兵に見つからないように中の隠し部屋に潜んでいるみたいなこと」

「ああ。じゃあ殴り込んでもすぐにターゲット見つけられないかもしんない、と」

「そうだな」トーシャも頷く。「まあ腕に覚えのある奴らなら、騒ぎになったら勝手に出てきそうだが。その辺ややこしくなって時間がかかったら、こっちが強盗扱いにされて面倒になるかもしれない」

「そうすねえ」


 三人唸り合っている。

 そこへ、口を出した。ぐずぐず時間をかけていたくない。


「さっさと済ましてしまおう。もしこっちに向かってくる奴がいたら、トーシャに任せた。逃げる奴らは二人、火と風で脳天を削って足止めしろ」

「え、え?」

「一瞬で騒ぎになるから、準備しておけよ」


 わけ分からない様子の三人を置いて、住居建物に近づく。

 外壁に手を触れ。


「地面より上にあってこの壁から連続して接している固体を、すべて『収納』――ただし人間が身につけている猿股パンツだけ除外」


 と、念じる。

 想定通り、目の前の建物一切が消え失せる。

 すぐに、バタバタバタ、とさまざまな衝突音。


「わーーー」

「ギャーーー」


 いくつもの悲鳴が、重なり合う。

 建物が消えたのだから隠し部屋など意味なく、全員転がり出たはずだ。

 前回の反省(?)から付帯条件をつけたので、皆全裸ではなくパンツ一丁の恰好だ。まあどうでもいいけどオッさんたちのヘアヌードは頼まれても見たくないし、レオナの教育上好ましくないと思ったので。

 見たところ頭数あたまかずは十数人。人数と年回りからして兵士以外の商会職員などもいるようだが、幸いなことに女性は見当たらない。

 ひええーー、とこちら側でも情けない声が上がっているが、気にしないことにする。


「あとは任せた」

「よし。ハックはあと、そっちの陰に隠れていろ。ジョウとレオナは、逃げる奴を見張れ」

「はいい」

「ラジャーっす」


 剣を抜いて、トーシャは騒ぐ集団に近づいていく、

 続く二人は、少し横に広がった。

 こっちは言われた通り、蔵の陰に立って様子を見守る。

 あちらの三人はすぐに街を出ることにしたようだが、こちらはあと数日残る予定だ。短い期間でも、この騒動の関係者として面倒に巻き込まれたくない。

 十メートルほどの距離まで近づいて、トーシャは大声で呼ばわった。


「全員、そこを動くな! 抵抗する者は斬り捨てる」

「な、何だお前は――」


 叫び返す者はいるが、両脇に従えた二人を見れば大方の想像はついているだろう。

 動くなと言われても、多くの者は腰や脚などを押さえて呻いている。二階から転落したのかもしれない。

 皆パンツ一丁で、ふだん傍に置いていたかもしれない武器類もすべて消えている。ほぼ抵抗のしようもないはずだ。

 抗う行動をとるとしたら、一種類だけだろう。


「く、くそ――」

「斬られて堪るか!」


 集団の後方、建物の裏手側にいた二人が、いきなり跳び起きて駆け出した。裏の塀に出入口があるのか。


「ジョウ、レオナ!」

「よっしゃ、火球ファイアボール!」

「ラジャ、風刃ウインドエッジ!」

「ひゃあああ――」

「ぎゃあ――」


 詠唱と同時に火球が飛び、走り出した一人の頭に炸裂した。

 ほぼ同時に、もう一人の脳天の頭髪が刈られ吹き飛んだ。


「ひえ……」

「ああ……」


 二人とも、へなへなとその場に腰砕けている。

 じろり見やってから、トーシャは集団に目を戻す。


「分かっているだろうが、今のは手加減した小手調べだ。やろうと思えば全身燃やし尽くすことも、首を斬り刎ねることもできる。抵抗しようと思うな」

「は、はい……」


 比較的前にいた年輩の男が、平伏ひれふさんばかりに返答した。

 ひとしきり全員を見渡して、トーシャはその男に問いかけた。


「見たところ最年長のようだが、お前が商会長か」

「は、はい、左様で」

「この家にツァグロセク侯爵領の兵を匿っていたということで、まちがいないな?」

「は、はい――しかしこのような、そちらの方を監禁するなど、知らず――」

「言い訳はいい。兵の責任者はどいつだ?」


 全員を見回し、視線の動きを確かめる。

 多くの視線が、一人の中年の男に向いているようだ。

 さっきジョウを連れ歩いた際、後ろについて指示をしていた男だろう。


「お前か」

「……そうだ」

「それなら、この二人を除いた全員、立ってその蔵に入れ。分かっているだろうが、地下に豪勢な客間があるんだろう。そこに分かれて入っていろ。ジョウとレオナは、後ろから案内して差し上げろ」

「はーーい」

「了解す」


 ぞろぞろと十数名が歩き出す。

 グズグズしていた者には頭に火が飛ばされ、すぐに全員が素直に移動していった。

 比較的負傷の少ない男二人に命じて、門に倒れていた見張りも一緒に運ばせておく。

 その後ろ姿がすべて蔵の戸口に呑まれ、間もなく二人が出てきた。


「完了でーーす」

「三つの牢屋に分けて、全員収監してきたす」


 まあ『収納』を使えば鍵を必要とせず錠前の掛け外しができるのだから、手間もかからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る