134 追尾してみた
苛立ちを覚えながら数地区を回って、やがて辺りに薄闇が降りてくる。
どうしたものか、と友人と顔を見合わせて。
とりあえず一度、最初のイザーク商会前に戻ることにした。
この世界の常で、暗くなってくると急速に人通りは減っている。
歩きながらいらいらと掌を擦り合わせているトーシャに、それでも低くした声をかけた。
「地下牢に監禁しているのが事実として、その誘拐犯の目的は何なんだろうな」
「ああ。金銭目的ではなさそうだもんな。脅迫する相手もいない。いるとしたらせいぜい俺だろうが、何も連絡してきていない」
「だよな。あいつらがここに来てからの短期間で、そこまで恨まれる相手を作ったかというと疑問だし、個人的恨みで地下牢というのもどうもそぐわない」
「というと、何だ?」
「さっきも言った、相手にあいつらが魔法を使えることが知られていたとしたら、その魔法を利用したいというのがまず考えられるな。二人のうち片方を人質にして、もう一人に何かをさせる」
「ああ、あり得るな」
「そうすると――」
話すうち、イザーク商会が見えていた。
店の前で何か片づけをしているらしい姿は、支店長のユルゲンのようだ。
これ幸い、と足速に寄って声をかける。
「ユルゲンさん、今晩は」
「やあ、ハックくんか」
「いきなりで済みません、お訊きしたいことがあるんですが」
「何だろう」
「この街で、ツァグロセク侯爵領と
「ツァグロセク侯爵領、ね」支店長は、一度首を傾げた。「そうだ、メーベルト商会の会長がそっちの出身だったはずだ。実際商会では、ツァグロセク侯爵領の産品を取り扱っている。たぶんあちら縁ではいちばんの
「そこ、その商会長の住居は分かりますか」
「うーーん、ああ分かるよ。ここからだとあっち、南東方向だな」
「ここからどのくらいの距離でしょう」
「直線距離なら、一マヤータ(約一キロメートル)ちょっとぐらいじゃないかな」
「詳しく教えてもらえますか。詳細は話せないんですが、至急そこを訪ねたいんです」
「分かった。ハックくんの頼みじゃ断れないな」
苦笑いして「ちょっと待って」と店の中に入っていく。
少しして戻ってきたその手に、薄い木の皮を持っていた。地図を描いてくれたらしい。
「そこの通りを東に進んで、ここを曲がる。こうこうで、ここから三軒目の屋敷だ。大きな家で低い木塀に囲まれているから、すぐ分かると思う」
「ありがとうございます!」
簡単な地図で説明を受けて、すぐに二人で駆け出した。
トーシャと二人、スタミナにはそれなりに自信があるので、全速ではないにせよ駆け足で先を急ぐ。
「おい、つまりツァグロセク侯爵領が関係していると思うのか」
「断定はできないがな。あいつらがこの街に来てから魔法について他言していないとすると、可能性が高いのはそっちだ」
「まああいつら、最初はあっちの領にいたんだからな」
「それにさ、前に言ってたじゃないか。あちらの街に入るときに門番にオオカミの死骸を見せた、それを役所に持っていって賞金をもらったって」
「ああ、言ってたな」
「あいつらのことだから、その辺の何処かで自慢げに魔法のことを話した可能性があると思う。少なくともこっちで口止めをしたとき、向こうで話したかどうかについては言っていなかった。都合の悪いことは黙っていたかもしれない」
「ああ……」
「向こうの領兵だとかが、あいつらが出立した後で魔法の有用性に気づいて、追いかけてきたのかもしれない。本当にあの魔法の実態を知ったら、軍関係なら大金を
「それはそうだな」
「さすがにこっちの領都にずっと交戦状態にある隣領の軍の拠点はないだろうから、使うとすると縁のある商会というのが妥当なところだろう。距離的にも条件に合っている」
「あり得るな」
教えてもらった屋敷は、確かにそれなりの大きさだった。敷地は高さ一・五メートルほどの木塀に囲まれて、一辺三百メートル程度の正方形といったところか。
二階建ての住居の前に、そこそこ広い庭がある。その向こう隅に見える小ぶりの建物は、蔵だろうか。
周辺の住居の外はすでに闇に沈んでいるが、そこの庭には小さな
少し離れた角に隠れて、二人で頷き合った。
「確かに、怪しさ満杯だぜ」
「だね」
「地下牢の窓は見つけられるかな」
「あるとしたらたぶんイザーク商会の方向、向こう側になりそうだな」
教えられた経路を数回曲がってきた結果、もと来た出発点の方向は逆側になっている。
しかしそうだとしてこのままそちらに向かうには、あの篝火に照らされた門前を通ると庭にいる人間の目につきそうだ。
公道を歩くのに遠慮はいらないだろうが、まったく人通りのない現状で、印象に残るのはまちがいないだろう。
とりあえず木塀に近寄り、こちら側から住居の建物を観察する。
見た限り、地下の窓らしきものは見当たらない。
裏から向こう側に回る道は、近くにないようだ。裏手のもう一つ大きな屋敷を回ればあるのだろうか。
ひそめ声で相談していると、庭の方で声がした。
「おい歩け、騒ぐなよ」
「止まるな、さっさと歩け。言う通りにしないとどうなるか、分かっているだろうな」
なかなかに剣呑な言葉が、音量抑え気味ながら聞こえてくる。
こちら二人、角に身を潜めて覗いていると。
門から、五人の影が出てきた。
篝火に照らされて、何とか判別ができる。
両側から二人に腕を抱えられて歩いているのは、上下とも真っ白の衣服の男。ローブを脱いでいるが、ジョウの服装だ。
見ると、どうも猿轡をされているようだ。魔法に詠唱が必要だと知られて、対策されているのだろう。
こちらに向かってきているので、慎重に身を隠す。
この小路を気にする様子もなく、五人は通り過ぎていった。
続く人影がないのを確認して、距離を置いて追うことにする。
一人がここに見張りで残るということも考えられるが、この尾行を優先することにした。
何をするつもりか分からないが外で荒事を起こす成り行きなら、こちら二人それぞれの得意分野で対処できるかもしれない。
暗闇の中だが白の衣装が目立つので、数百メートル離れても見失わずに済みそうだ。
ジョウらしき人物の両腕を二人で抱え、さらに二人が後に従っている。四人とも腰に帯剣した、若い男のようだ。
何処に行くのかと考えていると、正面に大きな建築物が近づいていた。
領主邸だ。
――まさか、あそこが目的地か。領主邸で、何をする?
もともとイザーク商会辺りよりは領主邸に近い位置どりだったので、間もなく見覚えのある石の防壁の前に来ていた。
そのまま、防壁に沿って脇に回るようだ。
一行が立ち止まったのは。何の因果か、昨年あの男爵領の遺物を献上した中庭の付近だった。
高い石壁に阻まれて、建物は上部しか見えていないはずだが。
とりどりに背伸びをするように中を窺っていた四人のうち、後ろの一人がジョウらしき男に話しかけた。
横の男が剣を首に突きつけ、猿轡を外して何か命じている様子だ。
観念したらしい推定ジョウは、ブツブツ呟き始めた。
詠唱、らしい。
「
その一語だけ、かすかにここまで聞こえてきた。
振った手の先から放たれた火が、弧を描いて塀を越え、建物に達したようだ。
同じ動作を二度、三度。やがて建物の窓枠に着火したらしい。
夜闇の向こうに、炎が膨らみ出した。
「よし、撤収!」
「おお」
来たときと同じ隊列、白衣の男を二人で抱え、さらに二人が続き、駆け足で戻ってくる。
こちら二人は、木立に隠れてそれをやり過ごした。
邸内に火災を告げるべきか、と考えたが、すぐに中から喧噪が聞こえてきた。
そうなると逆に、放火犯とまちがわれる危険がある。
頷き合い、こちらも駆け足で先行の五人を追う。
今すぐ大声を上げて、連中を放火犯と通報することもできるかもしれない。
しかしジョウもそうなのだろうが、レオナの居場所をはっきりさせなければそちらがどんな目に遭うか分からないので、ためらわれる。
という次第で帰路も同様、身を隠しながらの追尾ということになった。
一行は何処にも足を止めることなく、元の屋敷に戻った。
門の脇に残っていた見張りらしい人物に声をかけ、蔵と思しき建築物に入っていく。
さっき出てくるところは見なかったわけだが、あそこがジョウの監禁場所らしい。とすると、その地下が牢になっている公算が高そうだ。
しばらく様子を見ていると、入っていったと同じ四人が出てきた。ジョウの拘束を終えてきたということか。
見張り役にまた声をかけ、そのまま揃って住居の中に入っていく。
今夜の活動は終わりということか。
残ったのは、見張りが一人。さっきまでよりは篝火を小さくして、門の外を警戒しているようだ。
またしばらく窺っていて、それ以上の動きはない。
それではこちらの活動を始めようか、と囁き声で打ち合わせる。
おそらく、あの蔵の地下に二人は監禁されているのだろう。
門の見張りの他、地下にも監視がいて不思議はない。魔法の存在を知っているのだから、監視もなく放置ということはまずないだろう。
住居の中には、剣を持って戦闘力のありそうな男が最低四人。もっと多数の可能性もあるし、他に商会長や家族、使用人などもいるのだろうか。
こちらとしては何とでもやりようはあるが、家の中から一斉に援軍が出てくる事態はとりあえず避けておきたい。門の見張りを騒がせないようにして、レオナの居場所を特定するのが望ましいだろう。
こちらの存在を知らせれば風通話が使えるだろうが、あいつら二人互いを認識させないようにしているところからして、耳も聞こえにくくされている可能性がある。
しかしヘッドホンや耳栓のようなものの想定はしにくいから、そこそこ大きな音声なら届くかもしれない。
「じゃあ、行くぞ」
「おお」
『収納』していた手頃な
もう一方の腕をトーシャの肩に回し、よろよろと千鳥足で歩き出した。
「だからよお、お前、情けないんだあ。女に振られたがなんだあ」
「分かった、分かったから大声を出すな」
「声が大きくて、何が悪いかあ」
「いいから抑えろ、近所迷惑だ」
「わーった、わーった」
ふらふらとトーシャに支えられる格好で、門の前を過ぎる。
ひととき声を収め、屋敷を囲む木塀の角を曲がる小路に入った。
予想した通り、蔵の裏壁が二メートルほど先に見えている。
そこで、いきなり声を張り上げた。
「おーーい、魔法少女ーー!」
「だからうるさい、近所迷惑だって」
「わーった、よお」
そのまま徐々に声を低め、数メートル進んで辺りを窺う。
こちらにとって会話は通常勝手にこの世界の言語に翻訳されているようで、ここだけ日本語にするなどという器用な真似はできない。
一方、この世界の誰にも「魔法少女」などという単語の意味が通じるはずはなく、酔っ払いの
約二名を除いては。
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