133 捜索してみた
商店街を出ようとしたところで、呼び止められた。
何処か忙しない様子の友人、トーシャだ。
「おお、いいところで会った」
「やあ。また何かあったのか」
「ああ、あの二人、見かけなかったか。昨夜から下宿に帰っていないようなんだ」
「先日のトカゲ退治以来、会っていないが。何だよ、家出でもあるまいに」
あのジョウとレオナの二人、いつもの服装のままなら目立つことこの上ないのだから、行方を捜すのも難しくないだろうと思う。
彼らも近日中に南への移動を開始する予定で、昨日はその準備もあり自由行動にしていた。二人は一緒だったと思うのだが、行きつけの店などに現れた形跡はない、ということらしい。
この世界ではもう成人なのだから、一晩の無断外泊程度いちいち心配するほどのことはないのではないか、とも思うのだが。
トーシャの方もそれほど焦っている様子ではないので、ちょうどいい機会、とこちらの件を伝えておく。
「たぶん二三日中に、この街を離れることになると思う」
「そうなのか」
「サスキアとニールが一緒だが、ちょっと訳ありでね。細かいところは話せない。イザーク商会とは連絡がつくようにしておくつもりだから、何かあったらそちらに頼む」
「そうか、分かった。こちらも移動していくつもりだが、何処かで会えるかは分かったもんじゃないな」
「ああ。神のお導きに任せて、ということにしておこう」
「分かった。お互い出発の前にまた会えるかは分からんが、とにかく元気でやってくれ」
「そちらもな」
考えてみると、トーシャとの今生の別れかもしれない言い交わしは二度目だ。それこそ、縁があったらまた何処かで出会うかもしれない。
笑って、軽く手を振り別れた。
そのまま、イザーク商会に向かう。
面会を請うと、すぐ会長と会うことができた。大きな用事は入っていなかったらしい。
「実は――」ということで、近日中にこの街を離れることを告げる。
驚きながらも会長は、一通り説明を聞いてくれた。
理由は明瞭にしないが、ヘルツフェルトの支店と連絡をつけられるようにしてもらう必要がある。
「そういうことなら、承知した。ヘルツフェルトに話を入れておこう」
「よろしくお願いします」
「イーストに関してはまだまだ何が起こるか分からないので、ハックくんの協力を請いたい希望があったのだが。しかし逆に、ヘルツフェルトにはこれから製産場を作る予定を進めているので、そちらで相談に乗ってもらえるようならありがたい。お願いできるだろうか」
「できる限りでは、という約束しかできませんね。本当にその地に定住するかも、まだ流動的なので」
「できる限りで構わないので、ぜひ頼みたい。それにヘルツフェルトより南方にも支店を出していく予定はあるから、そちらで連絡がつくようにもできるかもしれない。何にせよ、ハックくんとは繋がりを保ちたいのでね」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
ついでに図々しい願いだが、ハイステル侯爵領から受けとる岩塩の報奨金などの受け取りに関して、方法の相談に乗ってもらえないかと請うと。あっさり、それならうちが仲介に入ろう、と言ってくれた。
イザーク商会が代理で領から受け取り、他の供与金とともに支店で受け取れるように手配する、という。
「ありがたいです。申し訳ありませんが、ぜひお願いします」
「いやいや、こちらとしてはたいした手間じゃない」
ちょうど今なら時間があるので、と領の役所まで同行してくれた。
こちらもいつもの顔、文官のカスパルと面会して、イザーク商会の代理受け取りの件を手続きする。
「ここを離れるのか、残念だなあ」
「カスパルさんにはいろいろお世話になりました」
「君には何度も驚かされたからね。今後も同じような刺激を期待していたんだが」
「はは、恐縮です」
おそらく、イザーク商会の主力がどの程度ヘルツフェルトなどへ流れるのか、どの程度マックロートに残るものか、計算が働いているのではないかと思われる。
いずれにせよ、ジョルジョ会長の機嫌を損ねないようにというのは、領の方針になっているのだろう。
一人の若者風情にとってかなり厚かましい商会や役所への申し出だが、とりあえずも快く了承が得られたことに、安堵する。
会長とともに商会まで戻り、店の前で別れる。
一通りの用事は済んだ、か。予定外にうまくトーシャとも話ができたので、時間短縮になった感覚だ。
ということで、帰宅すべく、歩き出す。と。
いきなり、妙な音声が耳に響いてきた。
『……パイ……パイ……』
「ん?」
『……パイ……パイセン……』
「何だ、レオナか?」
『そっす。ハックパイセン……SOSっす……』
「何だ、SOSって」
『うちら、二人……ピンチっす』
「何だ、どうした」
『…………』
「おい!」
先日と同様、レオナの『風通話』らしいのだが。
どうにも切れぎれで聞きとりにくい。また例の有効距離一キロをぎりぎり超えたところなのだろう。
「おい、もしもし!」
『……捕まって……地下牢、みたい……』
「捕まってる? しかし君らの魔法なら、何とかなるんじゃないのか」
『ジョウと……離れ……人質とられ……っす……口も、塞がれ……』
「人質にとられてるのか? 君は今何処だ?」
『分から……地下牢……』
「何か手がかりでも――」
『…………』
「おい!」
『…………』
音が切れて、今度はもう待っても戻らないようだ。
距離や自然の都合か、牢の見張りにでも見つかったか。
待っていても仕方ないか、と辺りを見回す。
しかし相手の居所が分からないのでは、動きようがない。
今の通話がどうして繋がったのかも不明だが、ある程度こちらの居場所がはっきりしていなければ、通話の再接続はできないはずだ。
――ここを動かない方がいいのか。それとも――
しばらくその場に立って待ったが、やはりもう繋がらないようだ。
意を決して、速歩で移動を始めた。
まずは、トーシャを見つけることだろう。
下宿を覗いてみたが、トーシャは戻っていない。もちろんあの二人も不在だ。
外へ出て、周囲を見回す。
と、やや遠くに友人の剣士姿を見つけた。
辺り憚らず、大声をかける。
「おい、トーシャ!」
「ああ?」
すぐに気づいた相手に、駆け寄っていった。
道端に寄って手短に事情を話すと、友人の顔がしかめられる。
「捕まった? 地下牢? 人質? 何の冒険小説だよ」
「分からん。が、声音からして、冗談じゃないと思う」
「しかし、その捕まった相手も、居場所も分からずかよ。手の打ちようがないじゃないか」
「だな。正直、放っといてもいい気もするんだが」
「おい」
「だってさ、あの二人、『収納』持ちの魔法使いなんだぞ。本来なら牢の中からでも外の人間を倒せるし、鍵を開けることもできる。今は無理だとしても、そのうち隙を突いて反撃できる可能性は十分あるんじゃないか」
「ああ……」
「しかしそれが今のところできずSOSってことは、二人離されて人質にとられている、へたなことをすると相棒の命はないぞってことなんだろうな」
「そういうことらしいな」
「女のレオナが人質にされているっていうんじゃなく、人質とられているって言ってた。ジョウが人質になっているのか、互いに両方に対して人質扱いにしてるか、だな」
「ああ」
「――そうか。レオナを拘束するのに、ジョウを人質にする。そこまでレオナを警戒するってことは、おそらく二人が魔法を使うことが知られている――」
「そう思った方がよさそうだな」
「しかしおい、この街に二人の魔法について知っている奴はいるのか?」
「――俺たち以外に、いないはずだな。最初に口止めした」
「偶然何処かで知ったか、あいつらがうっかり教えたか、か」
「あり得なくもない」
「ああ。――いやさ、どうしてそこを気にするかと言うと、そうだとすると相手の目的は、二人に魔法を使わせることだという可能性がある」
「あいつらの魔法で、人殺しでも放火でも、家一軒破壊でも、やろうと思えばできるからな」
「そう。あの二人の無事はともかく、この街でそんな
「まあな」
見回す
例えばここであいつらの火魔法や風魔法をぶっ放したら、無茶苦茶なパニックになるだろう。
「それにしても、手がかりがなさすぎる。僕が通話を受けたイザーク商会の前から一キロメートル強の距離だろうってことだけだ」
「他に何か、手がかりになることは言ってなかったのか」
「せいぜい、地下牢ってことだけだな。そうそうふつうの家にはないものだから、手がかりになるかもしれないとは言えるが」
「何か何処かで聞いた気がするな。大きな商家で、家の地下に牢屋があったって話」
「それが特殊な例なのか、この地ではそこそこある話なのか――」
「そこは分からん」
「手当たり次第探してみるしかないか。半径約一キロの円周上で、地下牢がありそうな程度の大きな家を」
「マジかよ」
「せいぜい一周六・二八キロってところだ」
「……前の、夜中の壁工事のときよりは短いか」
「まあな。しかし問題は、正確な地図がないので見当つけにくいってことだな」
「ますますうんざりだな。しかし、やるしかないか」
「ああ」
それほどの規模の建物というと、貴族の屋敷か大きな商家かということになる。
この街では西側は小さめの商店や工房、北には農地などが多く、貴族屋敷と言えばたいがい南方向だ。
ということで、南から始めることにする。
イザーク商会から一キロ強というと領主邸に至る道の途中で、貴族や役人のものらしい大きめの建築物がいくつもあった。
しかし問題は。地下牢の存在など、外から見てすぐ分かるものではない。
「たぶん、小さめにしても窓のようなものがあるとは思うんだ。地下牢とは言っても半地下程度で、高いところに外が覗く窓が見えているって感じで。レオナがどうやって連れ込まれたかは分からないが、少なくともイザーク商会の方向に見当がついて通信を試みたんじゃないか」
「ああ、ハックがそこそこ顔を出しているということを知ってか」
「うん。逆に言うと、トーシャの下宿やこちらの住居の方向は分からなかったとか。まあ通信を試みても本人がいなくて繋がらなかった、という可能性はあるが。それでもイザーク商会を選んだというのは、他に当てがなかったという公算がそこそこ高いと思う」
「あり得るな。しかしそれにしても、半地下牢屋の窓、か。外から見てもやはり見つけにくいだろうな」
「手がかりが何もないよりはマシって程度だな」
大きな屋敷を見つけても、塀があって中を見られないか、覗けても地下の窓は見つけられないというばかりだった。
近所の商店などでそれとなく訊いても、地下牢のある屋敷の噂は得られない。
そうしているうちに、日が暮れ始めていた。
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