117 見せてもらってみた

 二人が目覚めたのはやや小高い、山に到る途中の森の中という感じだったが、焦りなどを覚えることはなかった。

 季節柄寒いとはいえ、もうほぼ積雪はなく、昼間動き回るのに不自由はない。神様謹製の衣装が防寒に優れているという利点もある。

 見下ろした数キロ先と思しき辺りに、防壁に囲まれた明らかな街らしきものが見えている。

 森の中には小動物の動きが『鑑定』で見つけられ、冬場で少ないながらも木の実や果実も発見できた。

 わずかばかりの探索で、飲み水にできる川と炭焼き用らしい小屋を見つけることができた。そもそもレオナの魔法で出せる『水』が飲めることが分かっているので、その入手に急ぐ必要もなかった。

 ということで、二人の意思は一致。いつでも辿り着けそうな街に入るのは後回し、しばらくは森の中で魔法の検証に努めよう。

 そうして一週間ほど、山籠りを続けた。


――いやはや、何と言うか……。


 トーシャの場合に続いて、思ってしまう。

 こいつら、誰ぞに比べてスタート条件に恵まれすぎていないか?

 最も戦闘能力に乏しいこちらが単独で、オオカミ蔓延り行く先の見えない山の奥。魔法標準装備の二人組が、街の見えている浅い森の中スタートって。

 明らかにかの管理者神様の依怙贔屓、あるいは悪意が透けて見える気がするんだが。


――やっぱり最初の、おちゃらかしが原因か?


 ちなみに今話にも出た彼らの奇抜な衣装は、当然ながら管理者神様に要求して入手したものだという。


「魔法使いといえば、ローブすからね」

「せっかく魔法少女になったんだから、それらしいコスしなきゃあ」


 だそうな。

 二人別々に交渉の上獲得したわけだが、ローブだかマントだかがほとんどお揃いに近いのは、偶然らしい。

 小学生くらいまではよく一緒にゲームをしたりアニメを見たりしていたので、その影響だろうと思われる。

 そのローブを開いて見せてくれたところ、ジョウの衣服は基本真っ白の上下、当然ながら長袖長ズボンだ。用途利点は不明だが、袖口と裾先十センチほどが臙脂色に染められ折り返されている。肩と胸、膝付近に革製の防具が固定されている。服の素材はこの世界に存在しないだろう伸縮に富む布地で、水や多少の刃物は弾き通さないのだそうだ、

 レオナの方も服の素材は同様らしい。一面ショッキングピンクとでもいうのか、そんな着色の長袖とミニスカート。こちらも袖口と裾数センチが、白く染められ折り返されている。スカートの下には膝上までの黒いスパッツ着用で、「ご心配なく」との本人の弁。遠目に見た通り膝上から臑にかけては生足だが、ローブの恩恵で寒くないのだとか。

 わざわざ脚を露出する意図が分からないが、魔法少女としては譲れない点らしい。

 なおレオナにはこれも必須として用意してもらったとんがり帽子もあるのだが、さすがに街中を歩くのには異質で目立つので、今は『収納』中だという。


「でもほらほら、ここだったら大丈夫だしい」


 と、言いながら思い出したらしく、ごそごそ取り出している。

 一周する大きなつばと三十センチほどよじれながら尖り突き出した脳天部分が特徴的な、くすんだ濃紺の色合いの帽子だ。これも特殊な布製らしい。

 肩に届くほどの濃いめの金髪を整えながら、ご機嫌に頭に乗せている。

 改めて見直すと二人とも、外見はやはりこの世界に相応しく調整されている。こちら先輩二人と同様に肌は白人相当で、レオナは金髪、ジョウは青黒い短髪、目の色は二人とも青みがかって見える。

 あとは二人とも、腰に細めの剣を帯びている。

 これも偶然らしいが二人とも、最初は魔法使いらしく杖を要求しようと思った。しかし魔法の発現や強度にそんな道具は無意味、むしろ現実的な武器を持つ方が安全に寄与すると助言され、こちらを選んだとのこと。


――何とも妙に、きやつ《管理者》が親切なんだが。


 そうして話は戻るが、一週間ほど山籠りをして魔法の検証に没頭した。

 見つけた炭焼き小屋は隙間風が吹き込むこともなく、簡易の暖炉のようなものがあり、拾ってきた薪で十分な暖房になった。

 あらかじめ『収納』に入っていた毛布にくるまると、夜もほとんど寒さを感じることなく眠ることができた。

 最初の魔法実験で狩ることができたノウサギ肉を焼き、飢えに苦しむこともない。かなり偏った原始的な食生活だが、数日程度ならキャンプ気分で楽しめた。

 そうして。

 初日早々に確かめた魔法は、とりあえず最低限有用なものだった。

 種類は、限られている。

 ジョウは、『火球かきゅう(ファイアボール)』と『土槍つちやり(アースランサー)』。

 レオナは、『水矢みずや(ウォーターアロー)』と『風刃ふうじん(ウインドエッジ)』。

 名称は、本人たち命名。

 意外とファイアボールとウォーターアローの威力が低かったが、ノウサギやオオカミの顔に当ててその疾走を止める程度には効果がある。

 ジョウの場合、ノウサギにファイアボールを当てて一瞬動きを止め、直下地面からアースランサーを突き出して腹に貫通させることで仕留めることができた。

 他の三種の魔法は手の先から飛ばす感覚だが、アースランサーだけは地面から生やす形でしか発現しないのだそうだ。

 レオナの場合、ウォーターアローで動きを止め、ウインドエッジで首を斬ってノウサギのとどめを刺す。

 ウインドエッジでは、ノウサギの首半分近くまで斬り込むことができるらしい。

 どの魔法も、二十メートル先くらいまでなら、かなりの精度で命中が見込める。

 同様の方法で二人とも、オオカミを狩ることもできた。


「オオカミは肉にする度胸もなかったんで、そのまま『収納』しておいたす。後で街に入るときに門番に見せたら、役所に持っていったら賞金がもらえるってことで、収入になってよかったす」

「残ってたウサギも、肉屋に持ってったら買ってくれたしい。無駄になんなくてよかったよねえ」


 あらかじめ『収納』にそこそこの金銀貨が入っていたし、その後も森に出かけてのノウサギ狩りで生活の足しにすることはできたという。

 その門から街に入る際、「北方の森は魔物が近づいてきているという噂がある。大丈夫だったか?」と衛兵に心配された。

 街に入ってから噂を集めたところ。

 まだこちらの領ではっきりした目撃者はいないが、北方では何種類かの魔物の出没情報がある。

 種類によって差はあるが、群れを成していて動物や人間を食うらしい。

 ハイステル侯爵領の領都には、魔物征伐で名を揚げている剣士がいるらしい。

 といったことが分かってきた。

「魔法を持って異世界に来たからには、魔物と闘ってやろう」と、二人の意思は一致した。

 その街、ツァグロセク侯爵領領都でしばらく身体を休め、いろいろ情報収集や食糧補給などをした上で、三日前にそちらを出立してきた。

 とりあえずの目標は魔物征伐と、その剣士を捜し当てること。

 噂を聞く限りどうもそちらも転生者の可能性が高いので、そうだとしたら情報交換をして、魔物に対して共闘できたら、と思う。


「ふうん、なるほどね」

「少し話して、トーシャパイセンと思いは同じと分かったす。この世界にまだ冒険者とかギルドとかないみたいすけど、魔物の脅威は続きそうだ。俺たちで、対魔物の専門家、冒険者のパイオニアを目指す、す」

「そこはまあ、俺も考えていたことだからな」

「いいじゃんいいじゃん、楽しそうだしい」


 鷹揚に頷くトーシャに、若年二人は意気投合とばかり声を合わせている。

 胸前で両拳を握った少女が、笑顔の目をこちらに向けてきた。


「ねえ、夢があるじゃないですかあ。ハックパイセンもそう思うでしょ?」

「夢を止めはしないが。僕は付き合うのは遠慮するよ。そちらと違って攻撃に特化した能力はない、『収納』が大きいというだけだからな」

「ええーー、いいじゃないですかあ、『収納』が大きいって。羨ましいですう」


 口ではそう言っているが、おそらく本音ではないだろう。

 二人ともつい少し前に、『収納』の大きさより魔法の方を選んで転生してきたのだ。


「うちらの『収納』も便利には違いないけどお。限界が悲しいんすよねえ」

「スーツケース一つ分すからねえ。衣類や食糧をそこそこ詰めたら、もう限界す。一個の長さ一メートル程度のものしか入らない、この剣さえ無理なんすから」


 ジョウも腰の剣柄を叩いて幼馴染に同意する。

『収納』の基本機能については、こちらと変わらない。二メートルあまり先のものまで『収納』、十メートル程度先まで『取り出し』できる。

 ただやはり使うにつれ、容量の少なさについては不満が募るらしい。

 そういう事情なので、二人とも衣類の携行はほとんど断念したそうだ。神様謹製の衣装は丈夫で汚れにくいし、もし汚れても『収納』で綺麗にできることが分かったせいもある。

 今どき女子であるレオナは当然、コーディネートの種類を増やしたい気があるが、現在の服装が気に入りすぎて現状変える願望も起きないのだそうだ。

 あちらの街の服屋で見た庶民の衣服が粗末すぎて、着たいという気にならなかったという事情もあるらしい。とりあえず万が一を考えて着替え一組、特に必要はないにしても気分的にということで下着を少し多めに、と購入してきたという。

 コーデの楽しみを永遠に奪われた。と少女はぷんすか頬を膨らませている。生前はそこそこ、その辺不自由のない生活をしていたのか。

 そう言えば、この二人の前世の本名や現住地を聞いていない。そんなことを思い出したが、まあいいか、と呑み込む。今後に向けて、ほとんど意味のない情報と言えそうだ。だいたい、トーシャの本名だって聞いた気がするが、今さら覚えちゃいないのだ。

 ちなみにジョウとレオナという今の名前は生前のゆかりではなく、以前見たアニメでお気に入りのキャラクターからとったものらしい。

 そんなことを、分かったような分からないような、と確認して。

 ゆっくり、トーシャが一同の顔を見回した。


「それじゃあ、お前らの魔法を見せてくれるんだろう? ここなら他人には見られないし、危険も少ない。思い切りやって構わないと思うぞ」

「そうすね、いいっすよ」


「じゃあ、俺から」と、ジョウは尻を叩き払いながら立ち上がった。

 こちらから数メートル距離をとり、川の方に顔を向ける。


「まだ威力とかは発展途上ということで、了解オネーシャス」


 と軽く一同に会釈して、両腕を前方に伸ばした。

 こほんと空咳、開いた両掌を前向きに固定して。

 低く、それでもはっきり聞きとれる声が漏れてきた。


に炎の加護あらん! ここに輝き燃える力となれ!」


 両手の前に赤い炎が浮かぶ。見る見るうちに、直径三十センチほどの球形に膨らみ。


火球ファイアボール!」


 ひときわ張り上がった声とともに、火の球は高速で前方に飛び出した。

 野球のボールを全力で投擲したくらいの速度だろうか。

 あっという間に二十メートルほど飛翔、河原近くの小ぶりの岩に衝突し、一瞬で弾けた。

 ちりぢりの細かい火の粉が、川面に向けて散っていく。

 岩は形を変えないが、衝突部に黒ずみが残ったようだ。


「ほう」

「お見事」


 トーシャと二人、感嘆の声を上げていた。

 とにかくも前世今世を通じて初めて目にする、明らかに魔法としか表現しようのない事象だ。感嘆、以外の感想は浮かばない。

 にっこりこちら向きに笑って、ジョウはすぐに元通り向き直った。

「次、行くっす」と宣して、また両手を前に伸ばす。


朧朧ろうろうたる神よ! 我が声に答え、母なる大地より天をけ!」


 また低い呟きが、すぐ張り上げに変わった。


土槍アースランサー!」


 次の瞬間、さっき火球の的になった小岩が、躍り上がった。

 ごろり転がった岩のあった場所、凹んだ穴状の土から、細いものが突き出している。

 土でできているらしいそれが、アースランサーの本体のようだ。


「ほおお」

「凄いな」


 感心の顔を見合わせ、四人揃って河原へ歩みを進めた。

 今の標的になって転がった岩は、正確な球形ではないが直径一メートルを超えるくらいの大きさか。素手で持ち上げるにはかなり難儀しそうな重さに思える。

 という点から判断する限り、アースランサーなる魔法、なかなかの威力と思っていいようだ。


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