116 紹介されてみた

 結局、特に新しい暇つぶしを見つけることもなく、二の月も過ぎようとしていた。

 塩についてはやはり、確実な収入が続いていくことになるようだ。

 トウフとチーズについてはまだ生産者の工夫が続いている状態で、はっきり売り物の形にはなっていない。

 代わりにこちらでは以前から仕込んでいた長期熟成のミソをいろいろ弄って、タマリと言うよりショウユと呼んでも前世日本人からことさら文句も出ないのではないか、というものを取り出すことができた。

 これについてはナジャたちに料理の味つけへの工夫をしてもらい、レオナルトの料理屋に持ち込んで手応えを確かめた上で、イザーク商会のミソ製造部門に情報を上げた。

 すぐに大流行というほどでなくとも、新しい調味料としてそこそこは受け入れられていくのではないかと思われる。


 話に聞いていた通り、二の月の下旬になると街中まちなかの雪が消えてきた。庭先に残ったわずかな積雪で、名残惜しいとばかりに小さな子どもたちが遊んでいる。

 暦が変わるのを待っていたかのように、三の月になると街中ばかりか防壁の外の草原もほぼ枯れ草の露出が続くようになっていた。いや、この世界の平民の家に、暦もカレンダーもないけど。

 様子を見に森へ入ってみたところ、地面はかなり雪解け水でぬかるんでいるものの、かなり草木の判別ができるようになっている。まだ少数だが遠くにノウサギの動きも見られる。


――もう数日も待てば、ニールを連れてきてもよさそうかな。


 考えながら元の西門へ向けて森を出ると、見覚えのある姿が近づいてきていた。帯剣、剣士姿の友人だ。

 足を速めて寄っていくと、「よう」と片手を挙げてくる。


「お前を探していたんだ。森へ行くのを門番が見たと言うんで、来てみた」

「何か用事だったか」

「ああ、会わせたい奴らがいるんだ。とりあえずお前の意向を確かめて、と思ってな」


 言いながら、トーシャの足はゆっくり森へ向かっていた。

 門番の耳目から遠ざかりたいのかと思い、それに歩調を合わせる。


「会わせたいって、どんな?」

「ああ、二人なんだけどな。どうも、転生だか転移だかの後輩らしい」

「何だって?」

「まあ言葉にうるさい聴取者がいるわけじゃないから、一括りに転生でいいか。ひと月ほど前に、隣のツァグロセク侯爵領の森に転生させられた。魔物の噂を辿ってこっちの領へ移動してきた。その情報収集で俺のことを聞きつけて、まちがいなく転生者仲間だろうってことで、訪ねてきたっていうんだ。こっちが言う前に例の白い管理者神様の話を持ち出してきたことからして、まず本物だと思う」

「ふうん」

「俺はまあ目立つ行動をしているから仕方ないが、お前は情報制限したい気があるかもしれんからな、まず意向を確かめてからと思って、そいつらには話していない。どうする? 会う気があるなら、これから呼んでくるが」

「ふうん、ご配慮ありがとう、だな。もっとくわしく聞かせてくれるか。どんな人たちなんだ?」


 話すうち森の木立を迂回する形で道を辿り、直接門からこちらが見えなくなっていた。

 声もまず届かなくなっているだろうが、それでもトーシャは音量を抑えている様子だ。


「男女の二人でな。二人とも十六歳の元日本人で、前世から知り合いだってさ。かなり人懐こくて話しやすいし、いろいろ情報に飢えているって感じなんだが。肝心なのは――」

「何だ?」

「二人とも、魔法が使えるっていうんだ」

「はああ?」


 友人に合わせて抑え気味にしていた声を、思わず張り上げてしまった。

 抑制を忘れた点、恥ずべきなのかもしれないが、しかしもし第三者がここにいたとしても気持ちは汲んでもらえるのではないか。


「魔法って――マジか?」

「マジだ。自己申告では、小説ノベルなんかで言うところの初級魔法程度らしいがな。街中で派手な真似もできないからちょっとだけってことで、指先に火と水を少し出すのだけ見せてもらった」

「へええ」

「何でも例の白い世界で、選択肢を与えられたそうだ。容量がおよそ体育館一つ分の『収納』、制限付き『鑑定』と成長する『戦闘力』スキルか、容量がおよそスーツケース一つ分の『収納』、制限付き『鑑定』と属性二種類の『魔法』スキルか、どちらかを選ばせるって」

「あの管理者神様、何を考えてんだ」


 どうも話の通りなら、無制限『収納』と『鑑定』、という選択肢はなかったらしい。

 そこにまた何らかの意図があるのか、単に三択にするのが面倒だったのか。


「当然二人は別々に管理者神様と会ったらしいが、どちらも迷わず『魔法』付きを選択したってさ。その能力で魔物狩りをするのを目的に、転移してきたって」

「まあ、分からんでもないな」

「今朝下宿を訪ねてきたところでその程度話を聞いて、大家を紹介して別の部屋にねぐらをとらせて休ませている。もうすぐ午になるところか、お前に会う気があるのなら連れてくるが。少し休んで午後からはこの辺に連れてきて、その魔法の実際のところを見せてもらおうと思っていたんだ」

「ふうん――」


 少しばかり、考え込む。

 その魔法ってやつに、当然ながら興味はあるのだが。


「紹介されて会うってことは、僕も転生者仲間で『収納』『鑑定』スキル持ちだってことをバラさなきゃならないわけだな」

「まあ、ふつうに考えてそうだろうな。俺も正直に、体育館相当の『収納』、『鑑定』と成長する『戦闘力』スキル持ちだということは伝えた」

「隠す選択もないことはないが、不誠実か。まあ、仕方ないな。それでも悪いが、とりあえず僕の『収納』が無制限だってことだけは非公開にしてくれるか。トーシャの『収納』より容量が大きいって程度で」

「分かった。それじゃ、会うってことでいいんだな。その魔法確認の都合で場所はここにしたいから、連れてくる。少し待っていてくれるか」

「了解」


 片手を挙げ、剣士は大股に戻っていった。

 その二人自体を人目から遠ざけるというのは無理だろうし意味もないだろうが、とりあえず魔法というものの存在は広まると大騒ぎ必至だろう。その意味で、西門から見て森の外を四分の一周ほど迂回して人目のないここら地点を面会の場に選んだわけだ。

 少し木立を離れると、地面からはほとんど雪も消え、枯れ草が湿って倒れながらまばらに広がる。ところどころに土中から岩が盛り上がっている。数百メートル先には、川が流れている。

 つまりはかの魔法使いが少しばかり威力の強い火を発したとしても、野火が燃え広がる懸念はまずなさそうだ。

 万々が一の場合でも、こちらの『収納』している水を撒けば、まちがいなく人目に触れる前に鎮火は可能だ。

 そんなことを確認しながら周囲を歩き回っていると。

 森の角を回って、人の姿が現れた。

 長身のトーシャを先頭に、それよりは小柄な二人が続いてくる。

 それらの身なりが徐々に鮮明に見てとれ出して。

 思わず、目を擦ってしまった、

 他人様の外観を、何やかにや言いたくもないが――。


――コスプレ、かい!


 まだ細かく視認できたわけではないが、見えている限りで。

 二人とも、マントというのかローブとか呼ぶのが正しいのか、そんなものを纏っている。かなり小柄な少女らしい方は、鮮やかな赤ワイン色。そちらよりは長身の少年らしい方は、黒と青の混合らしい。

 加えて、マントの隙間に覗く少女の下肢は、膝あたりからブーツの上までが生足のように見える。

 まだ空気に冷たさの残るこの季節、せめて肌色のストッキングの見まちがいであればいいが、などと思わず年寄り臭く考えてしまう。

 そこはともかく。


――目立つ。


 トーシャにしても身につけた衣服は神様謹製のため、おそらくこの世にないだろう材質で傷みや汚れと無縁だという点、目立つことこの上ないわけだが。汚れ少ないのが異質なことを除けば明るい灰色という色合いは、人目を惹いて仕方ない、というほどではない。

 しかしこの二人に関しては、一見したあのマントの極彩色だけで目が離せなくなること請け合いと言えそうだ。


「こいつが、話したハックだ」

「そうすかあ! ハックパイセンすね?」


 いくぶん気が急いたような速歩はやあしで寄ってきて、トーシャが紹介する。

 と、ほとんど言葉が重なる勢いで、隣に進み出た少年が声を上げた。


「どうもどうもパイセン。自分、ジョウっていうす。よろしくオネーシャス!」

「レオナっす。オネーシャース!」

「あ、ああ。ハックです」


――えーと……。


「パイセン」は「先輩」の意味だろうな。どこぞの業界用語?

「オネーシャス」はおそらく、「お願いします」の略だろう。

 いずれも何処かのマンガかアニメかでお目にかかったことがあるようなないような、記憶が判然としないところだが、少なくとも対面した生身の人間の口から発するのを聞いたのは初めての経験だ。

 トーシャからの前知識によると二人とも十六歳、おそらく元高校生なのだろうが、こんな会話形態を持つ高校が実在するのだろうか。同じ元高校生としても、なかなか想像が及ばないのだが。

 それともこの二人だけの個体特殊な生態によるものか。


――まあ今さら前世の確認のしようもないし、どうでもいいが。


「ハックパイセンも、元日本人の転生者でまちがいないんすね? こうして二人も先輩にお会いできて、ラッキーす。経験談や今後のアドバイスなど、いただきたいす」

「うちら、まだここに来てひと月になんないしい。分かんないことだらけだからあ」

「へええ、ひと月足らずなのか」


 まずは自己紹介代わり、全員『収納』が使える確認がてら、銘々河原近くの大石の上から水気や汚れを消して腰かけることにした。

 この使用法については、新人二人も慣れた様子だ。

 そうして話を聞くと。

 大雑把にはあらかじめトーシャから聞いた通りだが、それに肉づけした説明を二人口々にしてくれた。

 まず二人は幼い頃からの近所付き合いで、同じ高校に通っていた。


「別に、こいつと付き合っていたわけじゃないっすよ。うち、推しは別に、格好いい先輩がいたしい」


 さも重大事とばかり、レオナが注釈を入れる。

「推し」と「付き合い」の関係比較がよく分からないが、まあ何となく、言いたいことは分かる。


――ほぼ同年代で同じく元高校生のはずなのに、自分が年寄りのように感じられるのは何故だ?


 ともかくも。

 ある日、「付き合っていたわけではないが」近所のため必然で、二人は下校が一緒になって歩いていた。青信号で横断中、暴走トラックに撥ね飛ばされた、らしい。その瞬間は二人とも、記憶がないらしいが。

 目が覚めると、二人別々の話になるが、白い世界にいて白い人物に話しかけられた。

 誰かの場合のようなおちょくり合いはなかったようだが、話された内容はおおむねこちらと同じ。選択肢を示されて「容量がおよそスーツケース一つ分の『収納』、制限付き『鑑定』と属性二種類の『魔法』スキルを得て、今までの記憶を持ったまま死亡時と同じ十六歳から異世界でやり直す」というものを選んでこちらに送られてきた。

 転生した場所はここからだと南東方向、隣のツァグロセク侯爵領の領都近くの森だったらしい。

 目覚めたところで二人とも、幼馴染と同時転生だったことを初めて知った。

 情報を突き合わせてみたところ、二人ほぼ同じ。違うのは魔法の属性だけだったという。

 属性については「向こうに行ってからのお楽しみ」とかの管理者神様は笑っていたということだが、確かめると見事に二人で分かれていた。

 ジョウの属性は『火』と『土』。

 レオナの属性は『水』と『風』。

 生前のゲームやコミックの知識に照らして、いわゆる「初級」レベルのものと思われる。


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