95 山に入ってみた 2
がさがさと、膝下丈の草をかき分けながら。
それにしてもなあ、と行く先のものを考えると、改めて溜息が込み上げてきた。
「まるで僕たちの居場所に合わせて次々と魔物が現れるようで、堪ったものじゃないんだが」
「まあ、そうだよな。タイミングがよすぎるっていうか」
「何処かの誰かさんがトーシャのレベルアップ目的で配置しているっていうんじゃなけりゃ、やっぱりあの火山の影響ってことになるのかな。最初のガブリンとかの出没は、噴火の前兆を感じて。最近のゴ○ラや今回のは、噴火の後で山の中とか向こうとかに居辛くなったってところか。火山より向こうにいたやつらがあの北の山をぐるりと迂回したら、ちょうどこの辺に出てきたとか」
「タイミング的にも、ありそうなことだな。前にも考えたことだが、火山の周辺の山奥が主に魔物たちを生み出しているのか、長期間こちらとは隔絶していたのか。とにかく火山活動が最近の動きに関係していることはまちがいなさそうだ」
「問題は、この先も似たようなことがあるのかどうか、だよな。噂ではプラッツを墜した後、こちらの侯爵領兵の一部が魔物の脅威を調べるために北東の方まで出向いたらしい。しかし実際には見つけられなかったらしいと」
「ある程度俺が討伐した後だからな。見てきた限りじゃ、当分大群は現れない感じだ」
「こちらも今見つけた群れを何とかしたら、収まってくれるんならいいんだが」
「何とも言えないな、そこは」
そんな会話をしながら藪の中を進むうち、やがて草よりも岩の露出が多くなってきた。あちこちに大小の岩が土中からそびえ立ち、大きく起伏しながら徐々に登り坂ふうになっている地形が続く。
その岩の間を抜けて登っていくと。
いた。
多数の岩に囲まれてやや窪地になった一帯に、件のトカゲの魔物が。
目につくだけで、二~三十匹はいるだろうか。向こうの大岩の陰から、まだまだ何匹も這い出し数を増してきているようだ。
見た目は、トーシャの話の通りだ。
遠目には、ワニのような外観。頭部だけは地球で南方の島にいるナントカオオトカゲといった感じ。その辺詳しくは、テレビに出てくる天才小学生動物博士のような知識はないので、よく分からない。
それにしてもテレビではたいてい必ず『天才=丸暗記知識が豊富なこと』という定義での扱いになっていたようだけど、これ、一般的に通用するものなのだろうか。
――いや、今さらどうでもいい疑問だけど……。
とにかくも、いかにもな見た目爬虫類の魔物がうじゃうじゃ群れている様子は、気持ちのいいものではない。肉食の危険性を別にしても、女性の大部分は遠目だけで震え上がるのではないかと思う。
確かに体長二メートル以上はあるようだ。そして少なくとも全身の上部、つまり背中側はびっしり頑丈そうな鱗で覆われている。
またこれも前情報の通り、歩みはのろい。
数十メートル離れたこちらから見ていて、じれったくなるほどゆっくりとこちらに向かってきている。ぼんやり観察していると、まったく移動していないのではないかと錯覚してしまいそうだ。
ただ、素速く動く箇所もある。これも話に聞いた通り、一匹残らず開閉する口から覗き出した、舌だ。
前世のカメレオンがどうだったかは覚えがないが、こいつらの舌はひっきりなしに数十センチの長さで出し入れをくり返しているらしい。
観察を続けていると、いきなり端の一匹の舌が高所へ向けてひときわ長く伸びた。
岩の上に止まった小鳥を捕獲したらしい。二メートルほども伸びた赤い舌が小さな緑色を捕らえ、一瞬で口の中に収めていた。
ふうん、と頷く。
「確かに、トーシャの話の通りらしいな」
「だろう?」
「さしあたっての危険は、あの舌だけか。火を噴いたり酸を飛ばしたりなどの攻撃はないんだな」
「そこまで長時間観察したわけではないから、絶対ないとは言えないがな。少なくとも昨日の観察と一、二匹を相手に剣や岩落としやを試した限りじゃ、そんなのはなかった」
「その程度対敵しても出さないってことは、そういう攻撃法はないと思っていいんだろうな。まあもし万が一そんな奥の手があったとしても、『収納バリア』を常時発動していれば、僕たちだけなら心配はない」
「だな。だから気をつけるのはあの舌と、横や後ろから近づくときは尻尾の攻撃くらいだ」
「なるほど、舌と尻尾だな。そいつは『バリア』で防げない。トーシャなら、どちらも回避できるわけか」
「ああ。だが、全身の動きののろさに比べていきなり来るから、とにかく油断禁物だ。新米の衛兵とか、戦闘の経験が乏しい奴だと危ないかもしれない」
「ということは、僕は近づかないのが賢明ということだな。約三メートル距離をとれば、安全圏か」
「そうだな」
そんな会話を交わす間にも、魔物の群れはほとんど近づいたという実感がなかった。
しかし周囲の岩の佇まいと比較すると、まちがいなく前進はしている。
見えている数も最初より増えて、もう五十匹を超えているのではないか。
先の岩陰から、まだまだ這い出しが続く。本当に、百匹程度はいるのだろう。
ゆっくりながらも確実に街へ向けて進行しているということは、疑いないようだ。
何匹かの個体は、大きく頬を膨らませてもぐもぐとばかりに口を動かしている。ノウサギか何かを丸呑みにする途中なのかもしれない。
本当にゆっくりした歩みだが大きな川のように着実に流れ、近づいた生き物はすべて呑み込んでいる、という虚実不明の映像が連想される。
津波のよう、とまではいかないにしても、濁流のように、というくらいの形容はできそうだ。直接の勢いはそれほどでなくても、確実に何もかもが呑み込まれてしまいそうな恐怖、というか。
話の通りなら、落し穴でも岩を落としても壁で囲んでも、この進行を止めることはできないということになる。
火でも水でも無理らしい。とてつもない規模のものならどうかは分からないが、周囲に大災害を起こしかねないので、案としては却下だろう。
「こちらから見えている鱗に覆われた上面が剣を通さないというのは、今さら確かめる必要もないだろうな。トーシャの持つ神様謹製の剣で歯が立たなかったわけだ」
「ああ」
「裏側、腹の方は試してみたのか? 勘違いかも知れないが、ワニのイメージなら背より腹の方が弱そうな気がするんだが」
「それはしていない。岩落としや落し穴なんかを試しても、裏返しにすることはできなかった」
「じゃあまず、初めはその確認からか」
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