93 森を歩いてみた 2
肉を土産にして家に戻ると、ナジャたちに大喜びされた。
ミソの作業が一段落したところで、サスキアとニールに森の様子を話す。
「そういうことで、山の方の危険がないことが確かめられたら、プラッツの北の森と大差ないと思ってよさそうだ」
「ふむ。狩りも薬草採りも可能ということだな」
「ああ。口入れ屋での薬草の買い取りも、プラッツと同じだ。肉の買い取りをする店もあるようだが、当分は必要ないだろう」
「数日に一度、気晴らしがてら出かけるというのも、よさそうだな」
「うん」
サスキアの言葉に、ニールも頷いている。
あまり人目につきたくないという二人にとって、街の西端から外の森にかけてならほぼ心配もない。
話す様子を見ていると、ニール以上にサスキアの方が身体を動かす気晴らしを求めているという印象だ。
「まあだから、しばらくお預けということになるが。まずはトーシャが戻ってきての報告待ちということになるな」
「うむ、分かった」
その「報告」は、思いがけず早く訪れた。
この日の夜、小さな子たちを寝かしつけ、他の面子もそろそろ寝室に上がろうかという頃合い。入口の戸板が叩かれたのだ。
出てみると、まだ旅装も解かないトーシャだった。
「よお、イザーク商会に訊いたらお前らがこちらにいるということだったんで、夜遅く悪いが押しかけてきた」
「久しぶり、だが、何か緊急事態なのか」
「まあ、な」
ブルーノやサスキアにも挨拶の声をかけながら、今にも外へ駆け戻りそうな落ち着かない様子に見える。
「悪い。ハックと急ぎ密談をしたい」
「そうか」
納得して、仲間たちは二階の寝室へ上がっていった。
いつも食事に使っている囲炉裏端に、友人と向かい合う。
床に腰を下ろすや、トーシャは切り出してきた。
「よけいな話をしている余裕がない。西の
「噂では聞いたが、事実だったのか」
「ああ、俺がこの目で確かめた」
「で、今急いでいるということは、トーシャで退治しきれなかったというわけか。でかいとか、強いとか?」
「いや、大きさだけならたいしたことはない。四つ足のトカゲみたいな見た目で、体長二メートルかそこらというところだ」
「その辺も、噂で聞いた通りだな」
「しかしそれがまるでワニみたいに低く這い蹲っているんだが、表皮が無茶苦茶硬くて、剣が通らないんだ」
「なるほど、厄介だな」
「しかもそんなのが、百匹近くはいるんじゃないかという群れを作って、こちらを目指してきている」
「こちらに向かっているのか、確かなんだな?」
「ああ、まちがいない」
トーシャの『鑑定』にも、
【四足歩行の魔物。決まった名称はない。体長二~三メートル、体重二百~二百五十キロ程度。主に群れで行動する。雑食で、獣や人を食う。特に人肉を好む。】
と、出たという。
まちがいなく周囲のノウサギなどを捕獲して食っていたし、これまでの魔物と同様に迷いなく人里を目指して進んでいるように見える。
いちばん厄介なのは。
「カメレオンみたいっていうのか。長い舌を伸ばして獲物を捕まえるようだ。見ていたら、二~三メートル先を走り抜けるノウサギを、一瞬で捕獲していた。舌先に粘着力があるらしく、捕まえられたノウサギはほとんど抵抗もできずに丸呑みされていた」
「走るノウサギを、一瞬でか。かなり素速い動きということだな」
「ああ。テレビで観たカメレオンが虫を捕る映像を、そのまま拡大したみたいな
「ということは、退治しようとしてもなかなか接近しにくいわけだ」
「そういうことだ。少し群れと離れた一匹に試しに剣を向けてみたんだが、どうにも攻撃が通らない。飛んでくる舌は辛うじて剣で払えるんだが、かなり強靱なのか弾力があるのか、斬り払えない。何とか舌の攻撃を掻い潜って頭や背中に斬りつけても、傷一つつけられない」
「なるほど」
「全身それこそワニみたいな硬い鱗で覆われていて、この剣でも弾くほどの強さらしいんだな。剣や矢が何とか通りそうなのは目か口の中かと思うんだが、試しに石を投げつけてもまったく無駄だった。ほとんど全部、舌で払い除けられる。あの舌はたぶん、矢も通らないだろう。それで辛うじて目に当てても、先に瞼を閉じられたら石も撥ね返してしまう」
「攻撃のしようがないというわけか」
「一つ幸いなことに、動きが素速いのは舌だけで、本人の移動は無茶苦茶のろいんだ。それこそ亀みたいな歩み、というかな。しかし一方、ほとんど直立した岩肌でも貼りつくみたいにして登っていく。もしかすると足の裏が吸盤みたいになっているのかもしれん」
「つまりそんなやつの大群が、じわじわとこの街に近づいていると。門を閉じても、防壁をよじ登ってくるかもしれない。剣や弓矢での撃退は難しく、接近を許したらたちまち舌で捕獲されて食われてしまうことになる、というわけか」
「そういうことだ」
その他にも。
トーシャがそいつらと遭遇したのはぼこぼこと岩が転がる地帯で、できる手段も限られていたということだが。
直径二メートルほどの岩を上から落としてやっても潰れるということはなく、間もなくのそのそと下から這い出してきた。
深さ五メートルほどの穴を開けて落とし、岩や土で埋めてやっても、時間をかけて土を掘り、這い上がってきた。
頭から油をかけて松明の火をぶつけても、燃え上がる下で平気の様子で、ただ消えるのを待つだけだ。
「というわけで、思いつく限りの攻撃手段が、すべて通じなかったということになる」
「うーん」
「仕方ないので一度撤退することにして、門番の衛兵に報告してきたところだ。幸いやつらの足の遅さだと、あのまま前進を続けてもこの街に達するのは明日の朝過ぎだろう。夜間は休むとしたら、もっと遅いことになる」
「なるほどな」
「しかし言い換えると、放っておけば明日の午前から昼頃にかけて、あの大群が街を襲ってくる。防壁も衛兵の迎撃も通じないとしたら、住民たちの避難を考えるしかないことになる。衛兵たちは急いで上司に報告を上げる、おそらく夜明けを待って兵を差し向けることになるだろうということだ。そこまで打ち合わせて、俺はお前に何か知恵がないか頼ってきたというわけだ」
「そうか」
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