82 決闘してみた 3

 一呼吸、二呼吸。

 場内に、異様な沈黙が流れる。

 次の瞬間。

 どさり、とエルンストの巨体が前のめりに地面に伏していた。

 さらに数呼吸、待って。

 一応油断しないようにして、歩み寄る。


――まあここで、死んだふりをする意味など、向こうにはないだろうけど。


 すぐ脇に寄って、確かめる。

 息はある。しかし、ぴくりとも動かない。

 頭の横に落ちていた拳大の石を拾い上げ、立ち合い人の顔を見た。


「まだ息はありますが、『参った』を言う気はないようです。この場合、息絶えるまで頭を殴りつけるべきですか」

「あ、いや――」喘ぐような口に、言葉が漏れた。「その必要は――いや、しかし――」


 だいたい、ルールの中に「息絶える」と「『参った』を言う」の他に「戦闘不能と立ち合い人が判断する」というのが設定されていないというのは、おかしいだろうが。

 そんなことを思いながら、続きの返答を待っていると。

 何度も目を瞬き、息を吐き吸い、ようやく隊長は現実に戻ってきたようだ。

 改めて大きく目を剥き、怒鳴り声を叩きつけてきた。


「何だ貴様、その石は!」

「さっきからずっと手に握っていましたが、何か?」


 まあ出所は『収納』なので、入手の瞬間は誰にも知りようはなかっただろうが。整備不十分の地面そこらに石は転がっているのだから、何処で拾ったとしても不思議はない。

 二度目の「構え」指示のときからずっと、対戦相手からも立ち合い人からも観客からも目につきにくい、右足裏に構えた手に握っていた。

 開始直後に振りかぶり、相手の頭に投げつけた。

 やはり投擲技術は磨かれていたようで、見事眉間に命中。まるで予想していないところに二メートル程度の真正面から投げつけられて、躱しも護りもする暇はなかっただろう。

 おそらくは脳震盪で、即座に意識が奪われたようだ。

 もしももしもバトル好きの読者がこの成り行きを目にしたとしたら、またしても四~五行の記述で終わる顛末、申し訳ない気だけはしないでもないが。もちろんそんなこと、かかずり合っていられない。


「反則だろうが! 武器は使わないと言っておいて、隠した石を投げつけるなど!」

「武器は使わない、とは言っていませんが」

「何だと?」

「武器は何を使ってもいいという確認をした上で、ここにある[#「ここにある」に傍点]武器は使わない、と言いました。その箱にある以外の武器は何を使ってもいいという道理ですよね」

「な、な――詭弁ではないか! それに貴様、エルンストが素手で闘うというのに、異を唱えなかったぞ」

「詭弁だというのなら、論理的に論破してください。こちらが武器は何でも使うと言っているところに、素手で闘う宣言をされて、別にそれを断る義理はありません」

「何にせよ、隠していた武器を使うなど、卑怯千万!」

「え、近衛兵の方は戦場で、敵の隠していた武器に気づかず敗れたら、それを言い訳にするんですか? 対戦時に観察して相手の武力に気がつかないなど、未熟の謗りを受けて当然と思えますが」

「何い――」


 そんなやりとりをしている間にも。

 観客席の兵士たちから「卑怯者」「卑怯者」のコールが沸き上がっていた。

 まあ、いわゆる脳筋の連中に、屁理屈に近い論理が通じるとはこちらも端から思ってはいない。

 とはいえこちらには、自分の命と全財産がかかっているのだ。手段など選んでいられない。

 それにしたってここまであちら本位の強引な成り行きで、この程度で「卑怯」呼ばわりされる覚えはないと思うのだが。


――とは言っても、通じないだろうなあ。脳筋思考が支配した集団心理の中じゃ。


「卑怯者」「卑怯者」のコールが続く。

 両目を吊り上げて、こちらの立ち合い人殿が足を踏み出してきた。


「問答無用! 卑怯な仕打ちに倒れた部下の仇を、俺が討つ! 貴様に決闘を申し込む」

「ええーー?」


 半ば以上予想していたところであるけど、わざとらしい呆れ声を返してやった。

 しかし一方こちらも予想通り、若い兵士たちの間から「さすが隊長」「卑怯者に鉄槌を」などと大きな歓声が上がっている。


「他の人が続けて決闘を申し込むということはないと、断言しましたよね。近衛兵の名誉としてあり得ないと。近衛兵の方は、そんなに簡単に前言を翻すんですか」

「うるさい! 卑怯者相手に約束を守るなど、あり得ぬわ」

「都合のいい約束ですね」


 改めて『鑑定』してみると、


【人間。男。三十四歳】


 と出る。

 そこそこ分別があっておかしくないお年頃だと思うのだが。

 こうして対してみるとさっきの【人間。男。二十三歳】と大差ない印象を抱いてしまうのは、もしかするとここの領兵に共通するカラーなのだろうか。

 やり合っている間にも、兵たちが動き出していた。

 四名がかりで、気絶しているエルンストの巨体を運んでいく。

 さっき一度片づけた、武器の入った箱を運んでくる。

 これ見よがしに嘆息して、領主の方を見た。

 金髪の大男はベンチで、苦虫を噛み潰すか苦笑か、どちらともつかない顔で腕を組んでいる。


「今言った約定は、領主閣下も承認いただきましたよね」

「そうだが」じろりと見返してきた。「領主にとって、配下の者の納得は重要だ。納得しない者がいる限り、一町民との約束を守るなど意味がなくなる」

「そうですか」


 そんなところだろうとこれも予想していたので、文句を言い募る気にもならない。

 確か前世では「国民が納得していないから」と言って他国とのとり決めを無効と断じた、一国の長や裁判所があったと記憶する。

 一応自称近代先進国家とされる中にも、そんなことが起きるのだ。こんな時代の僻地で成り上がり領主の判断など、まったく当てにできたものではないだろう。


「さあ、武器を選べ。さっきのような卑怯は許さぬ。武器は剣を用いる。この中から選べ」

「そうですか……」


 まだこれ見よがしに溜息をつきながら、地面に置かれた箱を覗き込んだ。

 大きめの長剣などはかなり重たげで、振ろうとしたら人間の方が振り回されそうだ。

 武器の善し悪しを判断する知識などまるでないのだから、適当に軽そうな短剣を選ぶ。

 その間に、さっきまで領主の後ろに座っていた中年の男が寄ってきた。

 目の前のハインリヒよりやや年長で、そこそこに威厳のある外見をしている。


「第二近衛隊長ハインリヒと町民ハックの決闘、第一近衛隊長ベルンハルトが立ち合いを勤めよう」

「はあ」


 当然ながら立ち合い人に対しては礼儀正しく接した方がいいとは思うのだが、そもそも最初から決闘に納得していないのだから、歯切れの悪い返答しか出てこない。

 別にそれをとがめ立てするふうもなく、ベルンハルトはこちらの手元を見た。


「得物はその短剣でよいのか」

「はい」

「それでは、こたびの決闘は今双方が手にしている剣だけを用いるものとする。他の武器の使用は認められない。武器とは見なされないかもしれぬ道具類も一切だ」

「質問していいですか」

「何だ」

「武器や道具を用いなければ、剣以外の技能を使うのは構いませんか。例えば、殴るや蹴るなどの」

「それは構わぬ」

「道具は使えないということですが、今身につけている衣服を利用するのは? 剣を防ぐとか首を絞めるとか」

「そんなことまで取り決めたことは聞かぬが――まあ、よしとしていいだろう」

「相も変わらず、細かいところまで気にする奴だな」


 今は向かいに回っているハインリヒが、吐き捨てる。

 言わせてもらえるなら、細かいとり決めをいい加減なまま命のやりとりに臨むなど、こちらが信じられない所業だ(一部の小説ノベルではざらだけど)。

 それでいて、ルールに則って隙を突いた行為には、卑怯と決めつける。


――あ、そうか。そういう脳筋感情論が最優先だから、細かいとり決めなど無意味なのか。


 決めても尊重されないとり決めなど、意味はない。ただ時間の無駄でしかない。

 そういうことなのだろう。

 ――違うかもしれないけど。まあ、どうでもいい。


「あと――」新しい立ち合い人の顔を、真っ直ぐ見る。「今度こそ、勝負のついた後続いて他の人に決闘を申し込まれることはないと、確約いただくことはできませんか」

「領主閣下の仰る通りだ。配下の者の納得までは約束できぬ」

「ああ、そうですね。ここで約束いただいても、守られないのならまったく意味がありませんね」


 肩をすくめて。

 向かいの尊大そうな顔を直視した。


「約束を口にした本人がそれを翻すお家柄なら、別の人に守らせるなどまったく無理ですね」

「問答無用。その生意気な口、きけなくしてくれるわ」

「それで」もう一度、立ち合い人に向かう。「その他の要領は、さっきとまったく同じということですね。勝負は息が絶えるか『参った』と言うまで。制限時間なし。周囲の草地に出たら、場外失格」

「そういうことだ」

「了解しました。ああそうだ、ハインリヒ隊長殿」

「何だ」

「僕は剣の勝負など経験がないのですが、何か特別決まりがありますか。たとえば、最初は剣先を合わせて始めるとか」

「そんなもの、特にはない。少し距離をとって向かい合って始める。剣は抜いて構えていても、鞘に収めていてもよい」

「そうですか。距離はどの程度とりましょうか」

「ああ、いちいちうるさい。貴様の好きなようにしていいぞ。常識的な程度ならな」

「では、さっきと同じ程度に」

「ああ。ただ、石を隠していて使ったなら、反則負けだぞ」

「承知しています」


 二歩ほど下がって、距離をとる。さっきと同様、二メートルと少しといったところだ。

 ハインリヒも、足場をならして構えを定めようとしている。

 見比べながら、ベルンハルトが尋ねかけてきた。


「それで、ここで『参った』を言う気はないのか」

「ありません」

「言っておくがこのハインリヒ、領内一の剣の腕前なのだぞ」

「そうなのですか」

「さっき、殴るや蹴るのことを言っていたが、そうした素手の格闘でも他にひけをとらぬ。先のエルンストと互角に闘うはずだ」

「へええ」


 それでも、オオカミの首をへし折るなどと言った武勇伝はないらしい。本人が言わないところをみると。

 そうした自慢を口に出さない奥床しい性格なのかもしれないが、まあそんなことどうでもいい。

 その奥床しいかもしれない御仁、にやりと笑いを向けてきた。


「それでも、一刀で首を刎ねるのは、つまらぬな」

「そうですか」

「そうだ、エルンストの無念を晴らす意味でも奴の言い分に合わせて、首を刎ねる前に両手脚を切り刻んでやる。そこまで命を延ばしてやる代わりに、腕か脚二本を斬り捨てるまでは『参った』の声を聞かぬ。『参った』は二本失ったその後にせよ」

「はあ。心遣い、ありがとうございます」


 部下と揃って、なかなかにいい性格をされているようだ。

 思い、空を見回す。

 陽はかなり傾いて、日没真際という頃合いだ。

 まだしばらくは手元が見えなくなるというほどにはならないだろうが、誰もが何処となく気を急かされる思いがしてくるところだ。

 ベンチでは、領主や娘が薄笑いめいた表情でこちらを見つめている。

 周りでは兵士たちが「隊長、しっかり」「卑怯者に、油断するな」などと勝手気ままな声を上げている。


「ああ、そう言えば」思い出して、向かいに声をかけた。「ハインリヒ隊長は、勝利で得た財産を領主閣下に献上、などという宣言をされないのですか」

「そんなこと、当然の行為だ。わざわざ宣言するまでもない」

「そうなのですか」


 やはりこの成り行きも、イーストの権利を領に入れる目的、と考えてまちがいないようだ。

 そういえば、さっきの勝負の結果でエルンストの全財産は何処に行くことになるのだろう。ふと思い出して気になったが、考えても詮ないことだと忘れることにする。


 足場を固めて、ハインリヒはゆっくりと腰の剣を抜き放った。おそらくそこそこ高級な業物なのだろう、と思う。

 こちらも足元が滑らないことなどを確かめ、短剣を右手に構える。

 立ち合い人が、一歩下がり。

 肩幅より少し広く、両腕を前に伸ばして開く。


「構え――」声とともに、両腕がクロスされ、「始め!」


 瞬間、思い切り足は土を蹴っていた。


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