81 決闘してみた 2
さて。
――どうしようか。
改めて、向かいの相手を見る。
長身、見る限り肉づきも十分。巨体、と言ってもいいかもしれない。『鑑定』によると、年齢二十三歳。
今まで交流のある衛兵たちと比べても、質の高そうな鎧と剣。
自信満々の表情。
何処からどう見ても、平等な条件で闘って敵う相手ではない。
特におそらく、剣での対戦ではまったく何の抵抗もできないはずだ。
相手は曲がりなりにも剣の修行をしていると思われる。
こちらはまったく一度も、真剣を握った経験さえない。
構え合った次の瞬間、一合も交えずに首を刎ね飛ばされたとしても、まったく不思議はない。
まず考えられる、対抗策は。
第一は前にも盗賊相手に試みた、相手が剣を振りかぶった瞬間に『収納』して背後に放り出す方法か。
しかしこれは、本人はともかく、周囲の目を誤魔化すのは至難だ。
少し離れて見る目には、剣が消えて違う場所に出現するのが視認されてしまう。おそらく兵士たちの中には常人より動体視力が優れている者がいるはずで、不自然に気づかれるのは確実だ。
これをもっと際どいタイミングで行う運動神経は持ち合わせていないし、まかりまちがって時機を失したら、こちらの首か腕かが飛んでしまいかねない。
他に、『収納』を利用するにしても周囲に不自然に思われず済ます方法は、思いつかない。
――剣の勝負は、無理だな。何とかして、回避だ。
しかしともかくも、そもそも論として。
ここで全財産を差し出す選択をする気には、なれない。
今までの苦労がすべて水の泡となり、孤児たちを路頭に迷わす結果になるのだから。
その顛末の末で孤児の面倒を見てくれと領主に頼んでも、おそらく無駄だろう。
ここまでかなりなりふり構わない手段に出たというのは、領主が何としてもイーストによる利益を我が物にしたいという意思の表明だ。
想像でしかないが、隣の領との戦闘などで財政的に困窮しているのではないか。
身寄りのない子どもたちの財産など絞り尽くすつもり、と思ってそうまちがいではなさそうだ。
それならもっと強引に、端からこんな小僧ごとき人間扱いせず何でも罪を押しつけて財産没収としても、自分の領内なのだから不可能ではないだろうが。
やはり想像でしかないが、そこまでやる度胸がない。決闘にせよもう少し明瞭な罪名にせよ、ある程度は領民向けの言い訳が立つようにしなければ思い切れないのだろう。
見た目と裏腹に小心、ということか。まあ確かなところは分からないが。
とにかくも、『参った』をしたら最後、骨の髄まで絞り尽くされる覚悟でいるべきと思う。
――それにしても、自分の命に換えるものでもないわけだが。
こんなふうに、何処か呑気に考察できる、こちらにはまだ手段が残されている。
例によって、『収納』を秘密にしない覚悟なら、どんなことでもできる。
早い話が今この瞬間、領の重鎮たちと兵士たち合わせて推定五十名強、全員の頭の上に岩を落として殲滅することだって可能だ。
秘密を守り続ける可能性と無闇に人命を奪う愚を避ける余地を残すなら、ありったけの水を落とすでもいい。まちがいなくこの全員を場外に押し流す量はあるし、自分だけは『収納バリア』で難を逃れて立ち去ることができる。
まあ、岩よりは「信じられない自然災害」という解釈の余地を残せるか、という程度だ。
ただどの方法にしても、無理矢理この人々に被害を与えての逃亡は、身の破滅を招く結果しか残さない。
この領から逃げ延びたとしても、「お尋ね者」として、全国に手配されることになる。領に重大な被害を与える高度な「お尋ね者」認定された犯罪者は、全国何処でも取り締まりが厳しく及ぶものらしい。
国外まで逃亡を図るにしても、小さい子どもまで巻き込んでは難しい。
その事態に到るのに比べれば、まだ全財産を差し出す方がましだろう。
イーストを失っても、何とか隣の領に移動して、他のもので巻き返しを図るのは不可能ではない。
という諸々を考察、比較して。
さて。
――どうしようか。
と、いうことになる。
だといって、考慮の余地がそれほどあるわけもなく。
仕方なく一つ二つの策を胸に収めて、時を待つ。
傍らでは、運ばれてきた武器を立ち合い人が改めているところだ。
向かいではエルンストが仁王立ちで、いらいらと膝を揺すっている。
――なんかなあ。
悪い癖で、時間が空くと妙に思考が現実逃避の方に逸れていく。
また、生前読んだ
よくありがちなストーリーで、それまで目立っていなかった主人公が超人的な働きで、魔物を退治するなど国や町を救う大活躍を見せる。
帰ってきた主人公に、先輩冒険者やギルドマスターだとかが、「信じられない。お前の実力を見せてみろ」と、決闘なり腕試しなどを挑む。
仕方なく、主人公は応じる。「こんなところで正体明かしたくないんだけどなあ」などとぼやきながら。
そんな
国や町を救った英雄が、何故そんな意に染まない要求を呑む必要がある。
結局、いやいやながら応じるのは。
主人公と作者の根がバトル好きで、同じくバトル好きの読者に媚を売っている、そんな理由しかないのではないか。
――などというどうでもいい記憶を辿ってしまうのは。
そんな生温い要求に応じるかどうか形ばかり逡巡してみせる作中人物に比べて、今の自分の立場が情けない、という現実から目を逸らしたい思いから、だった。
見せたくないなどと言いながら見せつけて、喝采を浴びる実力があるでなし。
もし拒絶したら、たちまち地の底に叩き落とされそうな、そんな境遇なのだ。
――勘弁して、ほしい。
あのときお嬢様と中隊長に言い募られて、この領主邸に招待される決断をしたのが、失敗だったか。
しかしこの一連の企み、あそこで拒絶した程度で逃れられるものではなかったという気もする。
どう転んでもこんな境遇に導かれるように仕組まれていたと思って、まちがいないのではないか。
ぶつぶつ思っていると。
立ち合い人の声がかけられた。
「いいだろう。この場に相応しくない武器は入っていない」
宣言して、じろり視線を向けてくる。
「町人にはもったいない道具だがな。せめての情けだ、貴様に選ばせてやろう。どの武器を使う決闘とするか」
「武器は、何を使ってもいいのですか」
「そうだ」
「でしたら、ここにある武器は使いません」
「何だとお?」
こちらの言葉が終わらないうちに、向かいのエルンストが叫んだ。
「素手でやろうってのか、おもしれえ。それなら、それに応じてやる。おい、これ預かってくれ」
近くの兵を呼び寄せて、腰の剣を外し、鎧を外してすべて手渡す。
予想通りの反応だ。これで少なくとも、圧倒的に差のありそうな剣技による勝負は避けられることになる。
「剣を使わなければ少しは勝機があるかとか、命を助けてもらえるかとか、思っているのかもしれんが大きなまちがいだぞ。俺は素手の格闘で同僚にひけをとったことがない。武器を持たずにオオカミと闘って首をへし折ったこともある」
「へええ、すごいですね」
「その情けなく細い素っ首、すぐにへし折ってやる。覚悟しろ」
鎧を外して現れる、隆起した筋肉から目を逸らしながら。
また、ずれたことを考えていた。
もしこちらでのことの成り行きに、神様とか、全能の神たる何処かの作者みたいな存在の意思が働いているとしても。
何か知らないその人、少なくとも根がバトル好きだったり、バトル好きの読者に媚を売ったりする気は持ち合わせていないはずだと思う。
いちばんの例が、しばらく前の、魔物ガブリン百頭程度を根絶やしにした件だ。
バトルマニアを満足させる気があったとしたらあれ、もう少しは時間をかけた乱闘に仕立て上げていただろう。
まさか開始から記述三行程度で終結してしまうなど、バトル好きの読者から石を投げられても不思議のない所業だ。
だから――。
などという思考は、無粋な声音に遮られた。
「さあいいか、始めようぜ」
「両者、構えよ」
部下の言葉に合わせるように、立ち合い人の指示が下された。
何とも息がぴったりで、喜ばしい限りだ。
「立ち位置や距離のとり方に、決まりはありますか」
「何ともいちいち細かい奴だな」質問すると、隊長は顔をしかめた。「特に決まりはない。常識的な範囲であれば、好きにせよ」
「では、もう少しだけ距離をとって始めていいですか」
「好きにしろ」エルンストが嘲笑の顔で肩をすくめる。「一瞬で首に手が届いてへし折ってしまったんじゃ、観衆もがっかりだろうからな」
「お言葉に甘えて」
それまで立っていた位置から、二歩ほど下がる。
両脇に下げた腕に筋肉を盛り上がらせている相手とは、二メートル少し程度離れた格好だ。
そうしている間に、観客たちも位置を定めていた。
最初はすぐ傍を囲んでいた兵士たちも移動して、こちらから見て左側、特等席に座る領主たちの脇に横並びになっている。
対戦者たちの近くに残ったのは立ち合い人だけで、事実上どれだけ暴れても邪魔者はいないという状況だ。
「では両者、構えよ」
改めての、立ち合い人の指示。
やや上体を屈め、右足を少しだけ前に出す。右手は右足の裏辺り、左手は左腿の前にして拳を握る。
向かいでも腰を低め、左足を前に踏み出した。すぐにこちらを掴み押さえるつもりのようで、両手は自然に開いた形でやや前に構えられている。
ふん、とエルンストの鼻が鳴らされた。
「今ならまだ間に合うぞ。『参った』を宣言して、お嬢様に土下座の上全財産を差し出すなら、無傷で終わらせてやる」
「無傷というのはありがたいんですが、全財産というのがねえ」
「格闘を始めて、貴様に万の一つも勝ち目があるはずもねえ。大怪我をさせるとか命を奪うとか、こちらにそんな気がないと甘く見ているんじゃねえだろうな。そうだ、少しだけ現実を考えさせてやろう。真っ先に首をへし折るのはやめて、両手両脚を順番にへし折っていってやる。それで途中で『参った』するなら、そこでやめてやろう」
「どうも、ご親切に」
そんなやりとりの間、立ち合い人が黙っていたのは。どうもずっとこちらの顔を観察していたようだ。
観衆から弥次やブーイングがかからないところから見ても、居合わせた全員、時間の問題で『参った』宣言があることを予想して、少しはそれを待つ間を置くことを暗黙に了解しているのだろう。
少しだけさらに間を置いて、ふん、とハインリヒも鼻を鳴らした。
「理解に余るウツケだな、この町人は。実際に痛い目に遭わなければ分からぬか。よかろう、始めてよいのだな」
「どうぞ」
「よし」
立ち合い人が、一歩下がり。
肩幅より少し広く、両腕を前に伸ばして開く。
「構え――」声とともに、両腕がクロスされ、「始め!」
「おらあ!」
瞬間、エルンストの右足が踏み出す。
迎え撃つべく、左足を大きく踏み出し。
思い切り、右手を振りきった。
がつ、と鈍い音が響き渡った。
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