80 決闘してみた 1

「おおーー!」

「決闘だーー!」


 正面の若い兵たちの集団から、一斉に咆哮が上がった。

 それより年長の者たちの間にも、疑念の様子はない。

 訳分からず、追ってきた男を振り返る。


「何ですかその、決闘って」

「決まっているだろう。貴様と俺が一対一で戦って、決着をつけるのだ」

「それって、騎士さんとか兵士さんとかの習慣なんじゃないですか? 僕はただの町民ですよ」

「そんなものは関係ない。決闘を申し込まれたら、受ける以外の選択はない」

「断ったら、どうなるんですか」

「その命と、全財産を差し出すことになる」


――そんな、馬鹿な。


 前方から、他の兵士たちも近づいてきている。

 ただ皆近衛兵とかいうものらしく、門番や魔物狩りなどで顔を合わせた記憶のある顔は見つけられない。

 やや近くに来ていた馴染みがあるというほどではない知り合い、中隊長の顔を見ると。

 憮然とした表情で、軽く頷きが返ってきた。

 ともかくもその、決闘という仕来りの存在にはまちがいがないらしい。


「おし、決闘だ!」

「みんな、訓練場へ移動だ!」


 楽しい娯楽を見つけたという勢いで、兵たちは明るい声を交わしている。

 決闘を申し込んできた男は、群集の後方の男に向けて会釈した。

 確か魔物退治で拝謁したとき声を出していた、ハインリヒと呼ばれていた武官だ。あのときの立ち位置からして、中隊長より上の身分なのだろう。


「隊長、お聞きの通り決闘を行います。立ち合いをお願いできますか」

「うむ、分かった。近衛兵エルンストの決闘の届け、確かに受理した」


 あっさり、承諾して下さる。


――部下の暴挙、止めないのかよ。


 とりあえず、これから決闘の相手となるらしい男の名がエルンストであることは、ここに判明した。

 相手に名乗りも上げず、決闘を成立できるらしい。前世の昔話に聞くその辺の手続きより、かなりいい加減だと思うしかなかった。


「行くぞ、行くぞ」

「貴様、恐れをなして逃げるなよ」


 群集がぞろぞろと移動を始め、数人が取り囲んできた。

 拘束されたわけではないが囲みを払うこともできず、引き連れられて階段を降りる。

 一階でさらに奥へ進み、裏口のようなところから外に出た。

 すぐ横に屋敷から渡り廊下でつながれた飾りのない二階建ての建物があり、その手前までが何もないただの草地になっている。

 その建物に声をかける者がいて中からさらに兵士らしき人が出てくるところを見ると、どうも兵舎の類いと思われる。

 草地を抜けて二階建ての角を回ると、広い空き地に出た。

 前世の学校のグラウンドを半分程度にしたような広さの踏み固められた土地で、これが訓練場らしい。

 動き回りやすく整備されているようだが、それでもいくらかのデコボコや転がった石ころが見えている。

 単なる整備不良か、戦闘訓練として必ずしも綺麗な足場ばかりではないことを想定してか――まあその辺はどうでもいい。


「おい、早くしろ」

「日があるうちに、終わらせようぜ」


 先んじてその広場に集まった兵士たちが、口々に騒いでいる。

 確かに陽はかなり傾いて、日没は近いようだ。

 と思っていると、教会の鐘の音が聞こえてきた。四回だから、十六時だ。日暮れまで一時半かそこら、といったところか。

 訓練場はほぼ長方形の形状で、およそのところ百メートル弱×五十メートル程度、くらいに見える。周りを草地が囲んでいて、館側の草地に木のベンチのようなものが二脚、縦並びに置かれている。

 フィールド内に三十名ほどの兵士ががやがや集い、その中央付近に連れ出された。

 不敵な笑いを浮かべたエルンストが、向かいに仁王立ちした。


「よーし、始まりだ」

「しっかりやれよ、エルンスト」


 囲んでいた兵士たちがやや遠巻きに下がって、向かい合う二人が残された。

 その横手に、さっき隊長と呼ばれていたハインリヒが歩み寄ってくる。

 すぐに逆方向が騒がしくなってきた、と振り返ると。

 館の方から、さらに人の群れが出てきたところだった。

 見ると、先頭は護衛をつけた領主だ。

 その隣に、ピンクのドレスを調えた娘も従っている。

 どう見ても、何かの出し物を見物しようという様子だ。

 いったいどういうつもりか、問いかけたいところだが。横手から声がかかった。

 ハインリヒ隊長が二人を見回して、朗々と一面に響き渡る声量で。


「これより、近衛兵エルンストと町民ハックの決闘を執り行う。立ち合いは、第二近衛隊長ハインリヒが相勤める」

「「「おーーーー!」」」


 宣言とともに、一斉に周囲の兵たちから雄叫びが上がった。

 耳が痛くて適わない。

 しかし、それにしても。

「立ち合い人」というのはどうも、後見のように証人として臨席するというものではなく、審判のようなものらしい。


――いや、そんなのアリか?


 これから決闘する一方の上司が審判って……。

 もし後見に過ぎなくても、こちとらそんな人材は用意しようがないという不公平があるっていうのに。

 審判が片方の関係者だなど、不公平どころの騒ぎじゃないだろう。

 そんな疑念、不満は、例え口に出しても取り上げてもらえそうにない空気だ。

 こちらの表情に気を回すつもりもさらさらないようで、立ち合い人は言葉を続けていた。


「当然、決着は息の根を止めるか『参った』を口にするかでつけられる。そのどちらの場合でも、勝者は敗者の全財産を得るものとする」

「「「おーーーー!」」」


――改めてこうして聞くと、野蛮極まりないルールだなあ。


 思っていると。

 向かいのエルンストが、力強く右の拳を突き上げた。


「これは、お嬢様への侮辱に対する怒りの決闘だ! このエルンストは、ただ純粋にお嬢様のために闘う! 勝利して得たこいつの財産は、領主閣下に献上すると、ここに宣言する!」

「「「おーーーー!」」」


 兵士たちの興奮は、ますますヒートアップしている。

 その芝居がかった熱狂は、置くとしても。

 やはり。ある程度の推量が形をなしてきた、気がする。

 彼らが想定しているこちらの「財産」というものは、まずまちがいなくイーストとその製法だ。

 この日の一連の小芝居めいた出来事、おそらくのところ一貫してこの目的のためだろう。

 イースト製造の利益を、領のものとする。

 証拠はないが、その後の展開ができすぎている。

 まず、お嬢様襲撃事件からして、出来レースだったと思われる。

 その結果の恩人とおだてて領主邸に招き。

 第一幕が、領主からのスカウト。

 第二幕が、お嬢様の色仕掛け。

 第三幕が、お嬢様侮辱の断罪。

 最終手段の想定が、侮辱の罪で裁きにかけることだったか、決闘に持ち込むことだったかは分からない。

 何となく前者の方が手間が少なく穏当な気がするが、もしかするとこの二種類の準備がされていた上で、エルンストが自分の手柄と誇りたくて暴走したのかもしれない。

 やや疑問なのは、領主が何処まで主体的に絡んでいるか、というところだが。

 お嬢様と目の前の兵士は、まちがいなく共謀。周囲の兵たちや上官も、少なからず前情報を得ていた動きに思われる。決闘に持ち込む成り行きは、兵たちへの娯楽提供の意味もあったか。

 だとすると、領主だけ聾桟敷ということは、まずあり得ないだろう。


「さあどうする、貴様。ここで土下座をしてお嬢様に詫び、全財産を差し出すというなら、命だけは助けてやるぞ」

「はあ……」


 まあ、そこが目的だろうな、と思う。

 こんな非力な町民をただ嬲り殺しにして、兵士の名誉になるとも思えない。

 落とし所は、『参った』で全財産提供、というところだろう。

 今回の目的を考えるとおそらく、イーストそのものだけでなく、その製産法の知識も求めているはずだ。それも財産のうちとして、拷問にかけてでも引き出すつもりはあるだろう。とすると、ここで命を奪うのは本末転倒だ。

 まあ少し穿って考えると、今ここですぐ『参った』をさせるより、少し戦闘を行って相手を嬲った末の方が、こいつも気分はいいし周囲の兵たちも娯楽として気が晴れる向きはあるかもしれない。


「詫びる気がないなら――」

「その前に」横の、隊長の方を向く。「皆さん方と違って、僕にはまったく決闘というものの知識がありません。もう少し詳しく説明をお願いできないでしょうか」

「詳しく、も何もない」隊長は鼻を鳴らして肩をすくめた。「今言ったように、命を奪うか『参った』を言うまで闘う、それだけだ」

「時間制限はないのですか」

「そうだ」

「使う場所の制限は。場外失格などはありますか」

「ん? そんなことを決めたことは今までにないが。まあそうだな、この訓練場全体。周囲の草地まで逃げ込んだら失格、反則負けということにするか」

「もしも、ですが。僕が勝ってしまった場合、他の人が仲間の仇とばかり続けて決闘を申し込んでくるということはないでしょうね」

「近衛兵の名誉として、そんなことはあり得ない」

「どう考えても、あちらと僕の間に戦闘力の差がありそうなんですが。ハンデとかはないのですか。武器などに差をつけるとか」

「情けをかけてやりたい気もしないではないがな。そんなことをしていては、キリがない。決闘はあくまで、平等の条件の下で行う」

「そうですか」


 どう考えても、審判にしても周囲のサポーターにしても、はなから平等とはほど遠いのだが。

 完全アウェーで、まかりまちがって相手を倒してしまったら、その後こちらの五体無事が危ぶまれそうなくらいだ。

 一応、連続決闘申し込みの芽は摘んでおいたわけだが。それだって完全履行の保障はない。

 まあこの辺、何を言っても無駄のレベルだろう、と思う。


「まあ、町人ごときに近衛兵が平等にしてやる義理もないわけだがな。わが部下の恥にならない程度に、気を払ってやろう」

「それは、お優しいことで」


 立ち合い人は見限って、逆の方に視線を向ける。

 館側の草地では、領主と娘がベンチに腰かけていた。後ろのベンチに座るのは、謁見の場でも見た記憶がある、領の重鎮たちだろう。

 数十メートル離れているが、ここまでのやりとりは聞こえていたはずだ。

 それでも、少しは声を張り上げてみる。


「領主様、恐れ入りますが、よろしいでしょうか」

「何だ」

「今確認された要領で、決闘というもの、この領の裁量で認められているということで、まちがいありませんでしょうか」

「うむ、そういうことでいいだろう」


 いつもながらの金髪と頬髯、大きな古傷。その顔に、ためらいや憐憫の様子はない。むしろその口元は、わずかな薄笑いの形をとっている。

 やはり前もってすべてこの領主も承知している、と判断していいのだろう。


「ここまですべて、領主様の承認の上、ということでまちがいありませんね?」

「そうだ」

「了解いたしました」


 向き直ると。

 欠伸を堪えるような表情で、エルンストが見返してきた。


「気は済んだかよ」

「はあ。まったく納得はできませんが、仕方ないという程度には」

「それなら、改めて訊くぞ。土下座をして、全財産を差し出すか」

「やめておきましょう」

「そうかよ」


 にやり、と不敵な笑いが浮かべられる。

 ここで終わってしまっては拍子抜け、少しは楽しむことができるか、という表情だ。

 周囲の兵たちにも、にやにや笑いが広がっている。

 おそらくのところ、身の程知らずの馬鹿な町人め、といった思いだろう。

 同時にそちらにも、少しは楽しめるか、という期待めいたものが混じっているかもしれない。

 立ち合い人が、少し遠く館の方を見た。

 つられて見ると、兵士が二人がかりで大きめの木の箱を運んできている。

 上に剣の柄らしきものが見えるところからすると、武器を入れたものらしい。

 さらに遠く、兵舎の端の扉に施錠しているらしい者が一人見える。してみると、あそこが武器庫のようになっているのか。

 運ばれてきた箱が、立ち合い人の横にどさりと置かれた。

 やはり大小の剣、短槍のようなものが相当数、覗いて見える。

 ここから決闘に使う武器を選べ、ということらしい。

 さすがに、帯剣した相手と徒手で闘えとは言わないということか。


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