71 紹介してみた
領兵たちの検分も終わって、揃って帰還を始めることになった。
魔物の死骸はさすがに大きすぎて、すぐ動かすことはできない。散らばった頭部の肉塊の中から、牙が残って元の大きさが想像できる部分だけを持って帰ることにしたらしい。
ごろごろと投石機を転がして、北の森の脇を抜け、門に近づく。
門番として残っていた仲間たちから、歓声とともに迎えられた。
この門の位置からは、接近していた魔物の頭が見えていた。それへ向けて投石などで迎撃する様子も、かなり窺い知れた。
今にも魔物が速度を上げて接近を始めそうで、次第に生きた心地がしなくなってきたそうだ。
町の中ではその状況に鑑みて、先日と同様に衛兵たちから民の者へ避難準備の指示が回っていたそうだ。これ以上近づいてくるようなら直ちに避難を始めよう、と。
そのような緊迫した空気の果て、だったらしい。
先ほどの爆発は、防壁の中まで聞こえてきたという。
見えていた魔物の頭部が消え、戦闘が収まったらしい様子が窺えた。
残っていた兵たちも町民たちも、安堵の息をついていたということだ。
「よくやってくれた!」
門に詰めていた少し階級が高いらしい兵士が、小隊長の肩をばんばんと叩いて笑いかけた。
「みんなの頑張りのお陰です」
「ああ、諸君の功で町は救われた。後で領主閣下より労いがあるだろう」
中隊長だというその男は、全員に熱のこもった声をかけていた。
そのまま兵士たちは警備に戻り、隊長たちは報告のために領主邸に向かう。
こちら部外者二人は、追って連絡するので待機していてもらいたい、ということだ。数日間は連絡のつくところにいてほしいということなので、孤児たちの住居を告げておく。
トーシャも同じ場所にいるのがいいだろうということで、連れていくことにする。
「ハックだ! 無事だったんか?」
住居に戻ると、こちらを見つけてルーベンが駆け寄ってきた。
珍しく慌てた様子で、ニールもそれに続いてくる。
興奮して、そのままルーベンは肘の辺りに抱きつかんばかりに身を寄せてきた。
「兵士や近所の人たちが騒いでいたぞ。でっかい魔物が森の向こうまで近づいてきたけど、どうやら退治できたみたいだって」
「ああ。まあそういうことだな」
「ほんと、でっかい奴だったんだろう? 凄え凄え」
ばしばしとこちらの腰を叩いてくる。
正直、傷つき疲労した身体にそこそこ響くが、苦笑するしかない。
もう一人、ニールは数歩離れて立ち止まり、怯えたような目を向けていた。
「ハック――怪我してる」
「ああ。いや、たいしたことない。傷口も洗ったしな」
地面に転がった際に膝を擦りむき、ズボンも破れている格好なのだ。
多少の出血はあるが、さっき『収納』していた清潔な水で洗い、『鑑定』で土痙攣病などの菌類は付着していないことを確かめてある。おそらく薬草などを使わなくても自然治癒できるだろう。
返答に頷きながらも、ニールは真剣な目をこちらの膝に向け続けていた。
「本当にたいしたことない?」
「ああ、平気だ」
そんなやりとりをしていると、少し遅れてブルーノやサスキア、他の子どもたちも建物から出てきた。
もうそれぞれの仕事も終わって、夕食前に全員が集まっていた頃合だ。
「おおよかった、ハック無事だったか」
「心配したぞ」
みんなに囲まれて、気がつくとニールの姿が傍から消えていた。
見ると、長身のサスキアの背後に下がって、警戒の表情でこちらを覗いている。どうも少し落ち着いたところで改めて、見知らぬ男が立っていることに気がついたようだ。
遅ればせながら皆にトーシャを紹介すると、ルーベンを始め、小さな子たちの目が輝く。
「凄え、あの、前に魔物を退治したっていう剣士の人だろ?」
「ああ、そうだ。その後も東の方で魔物を調べて歩いていたんだそうだ」
「凄え凄え」
数日ここに泊めたいと
とりあえず裏で身体を拭いて戦闘の汚れを落とし、家に入る。
食事をしながら公式発表の範囲内で魔物との激闘の様子を話すと、皆目を輝かせて聞き入っていた。
「そんなにでかい奴だったんだあ。森の向こうに見えたって人もいたけど、こっちからははっきり見えなかったもんなあ、残念」と、ルーベンは悔しがる。
「そんなのがここまで来たら、たいへんだったよねえ。みんな、食べられちゃったかも」と、ナジャとマリヤナは震えて顔を見合わせる。
「頭が爆発したのかあ。偶然にしても運がよかったんだな」と、ブルーノは何度も頷く。
「剣も弓矢も効かない相手とはな。二度と現れてもらいたくないものだ」と、サスキアは苦い顔になっている。
食後も焚火の灯りの傍で、ルーベンを筆頭にトーシャに話をせがむことになった。
やはりそうした武勇伝は男子に恰好の話題で、ブルーノも熱心に聞き入っている。
彼ら男子ばかりではなく、腕に覚えのあるサスキアも、前のめりになっていくようだ。
「トーシャさん、あれだろ? ガブリンっていうでかい魔物や、オオカミをでかくしたようなのも、剣で退治したんだろう?」
「ガブリンには一度不覚をとったし、ハックが石投げで気を惹いたところを後ろから斬りつけてやっとだったな」
「オオカミのやつは、衛兵よりたくさん仕留めていたって聞いたよ」
「衛兵より先に一度出くわしていたからな。こっちも最初は、ハックの手を借りてやっとだった。それでも慣れてくると奴ら、すばしこいが動きはそこそこ単純なんだ」
「へええ」
ルーベンとトーシャのやりとりに、ブルーノもサスキアも真剣に聞き入っている。
それにつられてか、女の子たちも小さな子たちも飽きず話を聞いているようだ。
人見知りの強いニール一人がやや醒めた表情で、サスキアの斜め後ろで膝を抱えているが、それでもときどき頷きなどを見せている。
ルーベンに続いて、ブルーノが問いかけを入れた。
「トーシャさんはずっと、東の方で魔物を探して歩いていたと聞いたが」
「ああ。やっぱり向こうでは、以前は見られなかったという魔物が増えてきているようだ」
「そうなのか。新しい魔物も見つけた?」
「今日のあのでかい奴ほど奇抜じゃなかったけどな。見た目はネズミとかイタチとかをでかくしたようなのの、群れに出くわした」
「うわあ、群れになってたのか。大丈夫だった?」
「一匹ずつはオオカミモドキより力もすばしこさもないから、何とか剣で全滅できたな。数十匹だったから何とかなったが、あれが数百匹とかになったら、対処できないかもしれねえ」
「ネズミのでかいのが数百匹か? 想像したくもないな」
「そんな群れにならないことを祈りたいな。とりあえず山の麓付近に出てきていたのは殲滅したし、まだ森を出て人里に近づく動きは見せていないようだ。それと、どいつも木に登る様子はなかったから、もしこっちに近づいてきてもとりあえず防壁で足止めはできそうに思う」
「そうなのか」
さっき歩きながら聞いたところ実際には、イタチモドキはともかく、ネズミモドキの方は百匹を超えそうな群れだったらしい。
こちらについては剣だけでは間に合わず、半数以上を『岩落とし』で始末したという。
そのまま森の奥から山地まで踏み込んで残党狩りをしたので、再出現は当分ないのではないかという話だ。
とはいうものの、そうしたトーシャの狩りの後で先日の噴火が起きているのだから、その影響による動きはなんとも予想できないところとも言える。
その夜は、トーシャを男子部屋の雑魚寝に加わらせた。
いつもの習慣でほぼ日の出とともに起き出し、作業場で製造中のイーストとミソを見せると、トーシャは感心しながら笑っていた。
「イーストはともかく、ミソとはなあ」
「条件に合うものを、他に思いつかなかった。この地で知られていない調味料という意味では、我々の先入観を除けば特におかしいということもないだろう」
「まあ、そうだが」
朝食を済ませると、ルーベンとブルーノに請われて、トーシャは剣の稽古につき合っていた。
そちらが一段落すると、サスキアもその場に歩み寄っていく。
「わたしとも、立ち合ってもらえないだろうか」
「ああ、いいよ」
いざ、と稽古用の木の棒を構えるや、サスキアが鋭く踏み込んでいった。
日本の剣豪小説のように相手の力量を測って対峙し合うという選択は、この少女剣士の念頭にないようだ。
目にも留まらない打ち合いの果て、一瞬の鍔迫り合いからトーシャが全身で押し返すと、サスキアの足がわずかに退かれた。
その機を捉えて力強く払われ、サスキアの手から剣が離れた。からからと、木剣が地面に転がる。
「参った。ぜひ、もう一戦」
「おう」
礼をして剣を拾い、たちまち再びサスキアは大男に挑み掛かっていった。
十戦以上も剣を交えて、結果はトーシャの七―三程度か、というところに終わった。
大方はサスキアの剣が払い落とされて決着するが、数度はその剣先がトーシャの籠手に当てられる、といった結果だ。
印象としては、速さでサスキアが勝り、力強さはトーシャに長がある、というところか。
かなり息を弾ませ、互いを称え合って立ち合いは終了した。
「さすがは、魔物退治の英雄。感服しました」
「こちらこそ。専従兵士以外でこれほど使える剣士がいるとは思わなかった」
トーシャと二人のときに聞いたところでは、山中で魔物退治をくり返して、もうかなりアップは望めなくなっているが、戦闘力レベル12になっているという。
感覚的に、これまで稽古などで剣を交えてきた衛兵たちに対しては、ほぼ後れをとることはないと思われるそうだ。
そういう現状のこの男に三割程度でも一本を入れることができるサスキアは、衛兵に混じってもトップクラスの腕前と判断してよさそうだ。「平均的な衛兵なら一度に四五人を相手にできる」という自己申告も、まんざら誇張ではないということか。
この二人の最も大きな違いは、サスキアがかなり基本を踏まえた修行を積んでいるのに対して、トーシャはほぼ自己流、というか神から与えられた能力で本能のままに動いているらしい、という点なのだろう。
実際立ち合いの中で、稽古の基本を踏まえてなのだろう、サスキアの籠手はいわゆる「寸止め」の形で抑えることができている。
トーシャの方はそんな技術がないので、相手の身体に打ち込むのは避けて、剣を払い飛ばすことに専念していたようだ。
まあともかくも、この一団の用心棒たるサスキアの技量が十分であることが再確認されて、皆納得といったところだ。
身体を動かした連中が汗を拭って戻ってきた頃合い、使いの者が訪ねてきた。
領兵詰所から、昨日の件で話をしたいという
形ばかりも身なりを調えて、トーシャと二人、案内人に従っていくことになった。
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