70 無茶をしてみた

 横に展開した兵士たちは、正面に近づき横に回りをくり返しながら、矢や石で攻撃を続けている。

 最も攻撃力があるのは当然陣の背後に設置した投石機だが、それに火炎ブレスの直撃を受けたら、こちらはほぼお手上げだ。そのため、魔物の注意を分散させて正面に向かわせないように努めているのだが、限界があるだろう。

 その動きに加わって、手での投石を続ける。

 しかし情けない話だが、この状態ではほとんど役に立っていない。身体能力の差だろう、遠投距離は他の兵士たちよりはっきり劣る。投じた石は、相手の足にさえ届かずに落下することもしばしばだ。


「休むな!」

「右手、もっと矢を射かけろ!」


 ますます余裕を失った声が行き交う。

 そんな、全員分を合わせても気休め程度にしかならない注意分散目的のちょっかい出しもいい加減慣れてしまわれたようで、魔物はどしどしとためらいなく投石機の方向に向かい始めていた。

 そちらに向かうというのは、とりもなおさず町への接近を許すことを意味する。投石機の少し後ろはお馴染み、ノウサギ狩りに日参している森で、そこを抜けるともう町を囲む防壁が間近なのだ。

 兵士たちも全員が承知している。この戦闘が、最後の防衛ラインだ。

 同居している仲間たち、町で知り合った人々の顔が、次々と脳内によぎる。


「くそ!」


 焦燥のあまりかなり前進して投擲すると、敵の胸元に命中した。

 しかし刹那、大きく開いた口からこちらへ向けて、炎が放たれた。


「わあ!」


 飛び退く足先まで、火炎が届く。

 そのまま必死に後ろへ向けて、転がり下がる。


「大丈夫か?」

「バカ、無理するな」


 周りの兵士から声がかけられた。

「すみません」と頭を下げて、よろけ立つ。

 隣のトーシャが手を引いて助けてくれた。

 そこへ、囁きかける。


「『収納バリア』、あのブレスに有効だということが分かったぞ」

「そうか?」


 足先に炎が達しようとしたタイミングで『バリア』を指示すると、まちがいなく届く前に消え失せたのだ。

 そんな密談をしながら敵を牽制して前後左右の移動をしていると、近くに来た小隊長が険しい顔を向けてきた。


「無茶をするんじゃないぞ」

「他の人より、投擲距離が短いもので」

「それでもだ」

「それにしてもやっぱり、あいつの表皮には石も矢もまったく効きませんね」

「そうだな。このままでは手詰まりだ」

「表皮がダメなら、可能性がありそうなのは目か口の中じゃないですか」

「目は最初から狙っているが、的が小さくて命中しない。しかし、口の中だと?」

「実際にどうかは分かりませんが、他よりは表面が硬くないかもしれないですよね。我々の口の中を考えても」

「うーむ……確かに。それに、的としても目ほど小さくはないか」

「それに、あの炎を噴き出すのを邪魔できるかもしれないし、うまくすれば喉に石を詰まらせて打撃を与えることができるかもしれません」

「なるほど、試してみる意味はありそうか」


 日本語には、「ダメ元」という言葉がある。確か、権威のある国語辞典にも載っている由緒ある略語だ。……どうでもいい知識だけど。

 頷いて、小隊長は周囲の兵と投石機操作の者に大声の指示を出した。


「あの口が開いたところで、みんな一斉にそこを狙え」

「は!」


 火炎ブレスを吐く前に、魔物は大きく口を開けて息を吸う。

 それにタイミングを合わせて、一斉に投擲を集中させた。

 がぼがぼと口の中に石が飛び込み、怪獣は一瞬目を回したような表情になる。

 目論見通りすぐにブレスは噴き出さず、下向きになった口からごほごほと大量の石が吐き出された。


「効いているぞ、これをくり返す!」

「は!」


 石を吐き終わって、魔物は激昂したように首を振った。

 ぐおおおと咆哮し、火炎放射をやり直すつもりらしく、改めて大きく息が吸われる。

 そこへ向けて、また一斉に石が投じられる。

 その機を捉えて。

 一人、一目散に前へ飛び出した。

「こら、無茶するな!」という制止を振り切り。

 怪獣の足元近くまで駆け寄り、握った石を思い切り真上に投げつける。

 次の瞬間には、横っ飛び。


「みんな、伏せろ!」


 背後に、あらん限りの声で呼びかけた。


「トーシャ、『バリア』!」


 それだけ叫んで、自分も地面に伏せ転がる。

 一瞬の後。


 ドオオオオーーーン!


 大轟音が響き渡っていた。


「わあ!」

「何だ?!」


 慌てて地面に転がり、驚嘆の声が辺りかしこに行き交う。

 ひと息程度の間を置いて、周囲にボタボタと重い音声の落下が続いた。

 その後、しばしの静寂。


「な――」

「何だ――?」


 伏せていた一同が、恐る恐る顔を上げる。

 その眼前に。

 巨大な魔物は、変わらず立ちはだかっていた。

 しかし――。

 見るからに頑丈な脚――鱗に覆われた腹――胸――。

 視線を上げていくと。

 あるべきものが、なかった。

 太い首の上、ついさっきまで炎を吐き続けていた醜怪な頭部が、消え失せているのだ。


「な、何だ――?」

「何が起こった?」


 顔を見合わせ、兵士たちは声を震わせている。

 しかし、その答えを考える余裕はなかった。


「あ!」

「危ない、みんな下がれ!」


 このときになってようやく身を起こし、みんなに合わせて投石機の近くまで後退した。

 その目の前で、魔物の巨体がゆっくり前のめりになっている。

 前のめり、傾き、やがて倒伏。

 ずしーーん、と大きな音が響き渡る。

 倒れた胴体の先、半ば焼け焦げたような首の断面から、血液らしきものが流れ出してきた。

 周囲にいくつも落ちているのは、さっきの轟音の直後に落下した、おそらくは頭部の破片と思われる。


「つまり、何だ――」ようやく小隊長が、唸るような声を漏らした。「こいつの頭が爆発してしまった、というわけか」

「そのようです」


 隣の兵士が、目を丸くしたまま答える。

 別の一人が恐る恐る近づき、魔物の胴体を剣の先でつついてみていた。

 当然ながら、もうびくとも動かない。


「確かに、死んでいるようです」

「うむ」


「頭がないんだ、当たり前だろう」などとツッコむものはいない。

 頷いて、小隊長はすっかり放心したような顔で、部下たちを見回した。

 全員揃って一様に、まだ成り行きが信じられないという表情だ。


「今度こそ、決着がついたようだ」

「はい」

「しかし――分からん。何が起きたのだ」


 首を傾げながら、一通り視線を回し。

 その顔が、こちらを向いた。

 とにかくも回答を求めるようだが、そうは言われても答えようもない。


「分かりませんが、口の中で石が爆発したんじゃないでしょうか」

「石が?」

「ありますよね、焚火をしていて、中で石が弾けるってこと」

「あるが――奴が炎を吐くのとそういう石が飛び込むのと、偶然に合ったというわけか」

「たぶん」

「うーむ――それにしても……」


 腕組みで、考え込んでしまう。

 そんなうまい偶然、あり得るか?

 そんなのが、あれほどの爆発になるか?

 疑問は晴れないだろうが、他に考えようもないだろう。


「何とも納得いかんが――とにかく作戦終了としていいようだな」

「は!」

「みんな、周囲の被害状況を確かめて、撤収に入れ!」

「は!」


 指示を受けて、とりどりに兵士たちが動き出す。

 この命令を受ける必要まではないはずなので、ぶらぶらとさっき抜けてきた山側の森に寄ってみる。疲れた表情で、トーシャも後についてきた。

 戦闘の間は時間も忘れていたが、そろそろ日が暮れようという頃合になっていた。

 森の中は、散々な状況だ。魔物が駆け抜けた道なりに何本もの木がなぎ倒され、至る所に焼け焦げの跡が残っている。

 逃げ遅れたノウサギの焼死体も、夥しい数に上りそうだ。

 見回していると、トーシャが問いかけてきた。


「さっき、何をやったんだ? 石が弾けたぐらいであんな大爆発になるはずがねえ。お前が何かしたんだろう」

「まあ、そういうことになるか」

「何をした」

「水素濃度を二十パーセント程度にした空気を、あいつの口の中にぶち込んだ」

「はあ――水素?」

「ああ」

「てえことは、何だ――あれ、水素爆発とか、そんなことになるのか?」

「だろうな」

「よくそんなもの思いついた、というか」

「前から考えてはいたんだけどな。爆発物の類いを作る知識は、まったくない。そこら辺から『収納』で手に入る単独の物質というかそんなので、爆発するものとして思い当たるのは水素しかなかったんだ。濃度は低いとはいえ、水素は大気中や水中にふつうに存在している。折を見て少しずつでも『収納』しておけば、それなりに貯まる」

「まあ――確かにな」

「ただあらかじめ実験して量などを調節する暇はなかったから、ぶっつけ本番、どんな規模のものになるかまったく予想もつかなかった。トーシャが『バリア』で先頭の兵たちを護ってくれるだろうという見込みがなかったら、思い切れなかったな」

「ああ……」

「もしそれでもこちらに被害が出たとしたら、諦めてもらうしかない。あいつを止める方法は他に思いつきようがなかったし、みんな命を懸ける覚悟はしていたんだろうから」

「まあ――そういうことになるか。しかし、いちばん危なかったのはお前じゃないか。あんなに接近する必要があったわけか」

「これが実現できたのは、あいつの口の中なら火種があるという理由だからな。ぶち込むのは口の中しかあり得ない。推定身長十メートル近いんだから、足元近くまで寄らないと『取り出し』が届かない。まあ僕一人に関しては『バリア』で爆発後の衝撃を避けられるだろうという予想が立っていた」

「なるほど、な」

「それにしてもまあ、二度と同じことはやりたくないな。火を噴く魔物相手にしか有効じゃないはずだから、そうそうこんな機会はないだろうけど」

「だな」

「よっ、と。まあこんなものか」

「それにしてもお前、さっきから何をしてるんだ」


 トーシャの問いかけは、少し前から会話の傍ら、森の中を歩きながら主にノウサギの死骸を対象に行っている『収納』操作についてだ。


「うーん、ノウサギの毛を集めている」

「毛?」

「うん。こういう動物の『毛皮』を指定した『収納』は無理だったんだけど、『毛』だけならできるみたいなんだな。『毛皮』だとその下の脂肪や肉との境界が明確じゃない、『毛』だけなら区別ははっきりしている、ということだと思うんだが」

「なるほどな。それにしてもウサギの毛など、何にするんだ」

「布団の中綿代わりにできないかと思ってな。ここの冬の寒さは相当らしいから、備えておきたい」

「何だかお前、妙に所帯染みてきてないか」

「十人規模の子どもの生活を考えてやらなきゃならないからな」

「そうなのか」


 焼死体対象だが、そこそこ焦げていない毛も見えているのだ。

 いちいち近くに寄って焦げている毛とそうでないものを区別するのも面倒なので、比較的白っぽい毛だけを『収納』しているのだが、それだけでも布団二枚程度にはなるのではないかという量を集めることができた。


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