52 読み書きしてみた

「おし、ルーベン、その板とってくれ」

「よしきた」


 ブルーノとサスキアはまた朝一番で口入れ屋に向かうことになるが、その前に一仕事、と動き始めていた。

 屋根に登ったブルーノが、ルーベンを助手に修理作業に入っている。

 女の子たちも裁縫仕事を始めていた。

 こちらでは、ニールとサスキアを相手にいろいろ思案。森で狩った肉などをニールが運搬するのに、うまい方法はないかと相談する。

 車輪の形のものがあれば台車のようなものは作れる、とブルーノの話だが、今日明日すぐにというわけにはいかない。

 肉屋から手に入れた麻袋の類いはいくつかあるので、それを背負うなり引きずるなり何か方法はないかと試していると、マリヤナが口を入れてきた。

 エディ婆ちゃんからもらって使っている背負い鞄の作りを参考に、麻袋に帯紐を縫い付けて両肩に背負うようにならすぐにできる、と言う。

 さっそく頼んで、ニールの小柄な体格に合わせて加工してもらった。


「うん、これならノウサギの一~二羽は背負うことができるか」

「うん」


 ニールの背中に固定した袋の位置を調整しながら、サスキアが頷いていた。

 麻袋にノウサギ二羽以上は入るはずだが、重量的に小柄な子どもが保つかどうか、実際に試してみなければ何とも言えないところだ。

 それでも一応両肩にしっかり固定される格好になったので、ただ手に持ったり肩に担いだりよりは、安定して運搬することができるだろう。


ブルーノとサスキアが口入れ屋に出かけた後、ルーベンに手伝わせて工作作業をした。ますのような体裁の木の箱をいくつも作っていく。

 この日はナジャが小さな子どもの世話に残り、ルーベンたち四人は商会の荷物運びに出かけていく。

 それを見送って、ニールと二人で北の森に向かった。

 薬草を探して前日とは違う辺りに踏み込み、周りを見回して注意を与える。

 今日はサスキアもいないので、用心の上にも用心して、ニールの安全に気を払わなければならない。


――この子に何かあったら、サスキアに殺されかねないからな。


「とにかく何か気配を感じたら、こっちに逃げるんだぞ。ノウサギだって体当たりされたら骨折するかもしれないんだから」

「分かった」


 無表情ながら生真面目に、頷き返してくる。

 真面目にこちらの指示に従うことだけは、昨日の経験から信じてもいいだろう。


「そこの木の向こう、ハルクがありそうだ」

「うん」


 がさがさと、小柄な子どもは草の中に入っていく。

 もちろん『鑑定』の光を得ての指示なのだが、気がつくとそのすぐ近くに別の光が感じられた。


【アヒイ。地球の唐辛子に近い。食用。赤く熟した実が香辛料として有用。】


 丈の低い植物に緑や赤らんだ色の細長い実がついている外見は、確かに赤唐辛子を思わせる。

 デルツの料理屋でも見かけなかった気がするので、ここで売り物になるかは疑問だが、何か使い道はあるかもしれないと思う。


「その赤い実も採取しておいてくれるか。これからも見つけたら、赤くなったやつだけな」

「分かった」

「食べたら辛い実のはずだから。鼻で吸い込んだり切り傷につけたりしたら、酷い目に遭うかもしれない。気をつけてな」

「うん」


 摘んだ赤い実を掲げ、おっかなびっくり観察している。


「これ、売れるの?」

「分からない。ただ使い道はあるはずだから、将来的には売り物になるかもしれない」

「ふうん」


 頷き、素直に袋に入れている。

 その後、薬草採取をさせながら目の届く範囲でノウサギを狩った。

 二羽を狩っては川辺に寄って解体、をくり返す。結局昼前に六羽を仕留めて、これで上がることにする。

 ニールの背負う袋に二羽分の肉を入れてみたところ、なんとか立ち上がることはできたが、歩くのはきつそうだ。

 おそらく一羽分で十キロ程度の重さはあるだろうから、小柄なこの子に運搬は難しいかもしれない。


「やっぱり、一羽がいいところかな」

「もう少し、大丈夫」


 頑張ると言うので、一羽半分を担がせることにした。

 何とかこれで運んでもらえると、助かる。こちらの背負う袋も、四羽分を入れるとほとんどもう余裕がないのだ。半羽分を移動するふりをしてこっそり『収納』で誤魔化すことにするが、これが限界だろう。

 二人揃ってほとんどぎりぎりの状態で、えっちらおっちら町に戻ることになった。

 門まででも二~三十分はかかるか。そう思いながらかき分ける藪の中で、隣の足どりが緩んできている。

 片手を伸ばして背中の袋の底を押し上げてやると、前のめりかけていた小柄な背がひくんと反り上がった。


「ひゃ!」


 同行の悪戯と気づいて、じろり横目で睨み上げてくる。


「余計なこと、しないで」

「大丈夫? まだ歩けるか」

「平気だ」

「へたばる前にそう言えよ」

「平気」

「お前、意外と頑固だよな」

「よく言われる」

「そうなのか」

「サスキアに呆れられる」

「あのサスキアが手をこまねくっていうんなら、たいしたもんだな」

「どうも」


 あの騎士然とした長身の少女が年下相手に困る様は、なかなか想像できない。

 つまりはまあ、ニールに対してだけ甘いということだろうが。

 しかしそういったことを除いても、このニールの見た目に合わない頑強さはことほか筋金が入っているらしい。

 額から汗を滴らせながら、何とか肉屋まで歩ききっていた。


「よおし、到着。よく頑張った」

「おー」


 荷物を下ろすより先に、小さな連れは土間にしゃがみ込んでしまっていた。

 奥から出てきたヤニスが苦笑いになっている。


「おう、小っこい小僧も頑張ったのか」

「うん」

「助かったよ。親父さん、六羽分ある」

「おう、こっちに出してくれ」


 一羽分ずつ確認しながら台の上に載せていき、『収納』していた半羽分も忘れず取り出しておく。

 ニールの袋から出したものと合わせて、これも一羽分ずつまとめられる。


「うん、確かに六羽分あるな。ご苦労さん」

「毎度あり」


 代金を受け取る頃には、ニールも立ち上がれるようになっていた。

 口入れ屋に寄って、薬草の売り渡しと依頼達成届け。

 続いて料理屋で内臓を買い取ってもらう。

 口入れ屋と料理屋でアヒイの実を見せて尋ねてみたが、どうも有用なものとして認識されてはいないようだ。

 デルツは顔をしかめて首を振っている。


「こんな真っ赤な毒々しい色のもの、食材に使えそうに思えないなあ」

「スープなんかに少量入れて辛さをつける、という感じだと思うんですが」

「聞いたことないな、そんな使い方。辛くして旨くなるってものではないだろう。貴族が使う香辛料みたいにいい香りがするっていうわけでもないみたいだしね」

「そうですか」


 やはり、食材としては望み薄か。

 胡椒やカレー粉のように香りで魅了するというものではないので、どうも売り込みはしにくいようだ。

 確か赤唐辛子は、乾燥させて粉にするのではなかったか。そんなことでも試してみようかと思う。


「この後イザーク商会で買い物をしていきたいんだが、また荷物、持てるか」

「平気だ」


 この子の「平気」を何処まで信用していいものか迷うところだが、住居に戻るまでなのだから何とかなるだろうと思うことにする。

 商会では午前の荷運びが終わっていて子どもたちの姿はなく、搬入口の付近でアムシェルが動き回っていた。

 いくつか購入したい品を告げると、気さくに用意してくれる。

 主にこれから製品開発の試行錯誤に使うものなのでかなりの量になったが、何とかこちら二人で背負うことができた。

 大荷物を担いで帰ると、ルーベンたちが目を丸くして迎えてくれた。


「何だか凄い量の荷物だねえ」

「ああ。今日からこっちの土間でニールと物作りを始めるんで、勝手に触らないように頼む」

「分かった。あんたたちもいいね、あっちの勝手に触ったら、お仕置きだよ」

「はあい」


 ナジャも承知して、小さな子たちに言い聞かせてくれる。

 ルーベンと女の子たちにも手伝ってもらって、箱類を並べたり湯を沸かしたりの準備を進めることができた。

 午後の仕事に四人が出かけた後、ニールに指示して材料をかき混ぜる作業をしていると、小さな子たちが遊び半分手伝ってくれた。五~六歳の子たちでも単純作業ならニールとあまり変わらない腕力で、そこそこ役に立ったりする。


「ニールには今後の経過観察を任せたい。これからずっとの作業内容や材料の配分量、変化の具合など、記録していってくれ」

「分かった」


 仕事を終えて戻ってきた面々にも「勝手に触らない」を周知徹底する。

 まだしばらく明るいうちにと、ブルーノとルーベンは大工仕事、女の子たちは裁縫に耽る。サスキアもそちらに加わって針を動かしているが、年下の四人よりどこかぎこちなく見えるのが微笑ましい。

 どれもこれまでしたくてもできなかった必要な作業で、みんな生き生きとした様子で身体を動かしているようだ。

 夕食の後は昨日の続きで、ニール先生の読み書き教室だ。

 土間の土の上で、基礎文字を覚えた面々は簡単な単語綴りの練習になる。


――あれ?


 先生の指示に従って書き取りをしながら、妙な感覚に気がついた。

 覗き込んできたニールも不思議そうな顔になっている。


「ハックは、綴りの覚え、早い」

「うん」


 早い、と言うか。

 教えられなくても、書くことができるのだ。

 この国の言語は、前世の英語やフランス語などに近い感覚か。日本語のローマ字表記のように、発音されるそのままで文字が綴れるわけではない。表記と読みが一致せず、規則性があるようなないようなで、結局のところ単語ごとに綴りをいちいち覚えるしかない。

 その綴りが、音声を想起すると同時に頭に浮かぶのだ。

 つまるところ、すでに不自由なく会話ができているのだから、そのすべてについて読み書きができることになるようだ。


――『言語』スキルのせい、なんだろうなあ。


 今まで読み書きできなかったのは何なんだ、と疑問が起きてしまうが。要するにただ、基礎文字を知らなかった、ということだけが原因のようだ。

 昨日基礎文字の指導を受けたことで、もう今は何の障害もなく頭の中に文字化された単語群が流れるようになっている。

 またしても、管理者神様のやり口に何とも言えないものを覚えてしまうわけだが。ありがたいということにはまちがいないので、最終的にはまたまた、感謝しておくしかないという気になってしまう。


――何処か素直に感謝できないのは、何故だろうか。


 ぶっちゃけ、ここまでスキルをつけてくれたのならあと一歩、「基礎文字の知識も入れておいてくれよ」という愚痴が消えない。


――これまでの不自由は、いったい何だったんだ。


「どうなっているの、ハック」

「うーん……もしかすると俺、以前には読み書きできていたのかもしれない」

「ああ、記憶なくした、言ってた」

「うん。基礎文字教えてもらって、覚えていた綴りを思い出しているのかも」

「へええ」


 ニールも、しきりと頷いている。

 ということで、「他の奴の面倒を見てやってくれ」と先生には告げて、一人いろいろと書き取りを試してみる。

 ときどきニールに確認してもらった限り、問題なく綴れているようだ。

 この日以降、まったく読み書きに不自由することはなくなった。

 夕食後の読み書き教室は、せっかくだから他の子どもたちを対象に続けさせることにした。


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