51 話し合ってみた 2

「それでも俺は、こいつらを生き延びさせてえ」

「できる範囲で、無理はしないことだね」商人は、表情を変えずに返した。「うちの店でも、あのような条件で働いてくれる人手はなかなかないので、助かる」

「そう、すか」


 イザーク商会の荷物運び業務がほぼ子どもしか従事できない条件になっていることに、何か意図があるのかもしれないとは、口入れ屋で聞いたことがあった。

 人件費を低く抑えるなどの利点はあるのだろうが、とにかくもこの町で多少なりと孤児たちの便宜を図ったことをしてくれているのはこの商会以外ないというのは事実のようだ。

 そんなことを思い巡らせていると。「それにしても」と、会長の目がこちらを向いた。


「ここに来てハックさんがここに加わったというのが、思いがけないのだが。このブルーノくんの理想に共感したということでしょうか」

「ああ……それもなくはないですが、どちらかというと自分の利益のためですね」

「利益というと?」

「ご想像にお任せします」

「護りが固いのだね」


 わずかに、ジョルジョは苦笑した。


「あなたには、感謝しているのですよ。今回の件、ここの子どもたちとの仲介をしてもらえなければ、恥ずかしながら我々が事実を正しく認識する以前に店の信用を落としかねないところだった。ひとえに、あなたのお陰のようです」

「何というか、恐縮です」

「少し調べさせてもらいましたが、あなたにはたいへん驚かされています」

「え」


 ぴしり、と何かが叩き置かれた音、の幻聴が聞こえた気がした。

 こちらを見据えた目つきが、口元の形と裏腹に真摯な色を見せている。


「この町に現れてまだひと月足らずというのに、肉屋や料理屋の主の信用を得て、魔物退治に一役買って領兵とも交流しているとか」

「魔物に関しては、たまたま腕の立つ友人と知り合ったお陰ですね」

「その他、医者に有益な情報を与えたらしい、領主様と話している現場が目撃されている、などという話も聞いています」

「ああ……」

「その上で今は、ここの子どもたちに協力する動きを始めている。そんなあなたの行動に、注目せずにいられないのです」

「はあ」

「ハックさん、あなた、うちの商会に来ませんか」

「それは……」

「何か考えていることがあるなら、商会の中で実現を支援することができるでしょう。それに私はあなたに、将来的な可能性のようなものを感じます。可能性のある若い人を傍に置いて、その成長を見てみたい」

「はあ……」

「何を始めるにしても、最初は元手というものが必要でしょう。こちらに来れば、それを提供して差し上げられます」


 願ってもない提案、ということになるのだろう。

 これまでの情報を聞く限り、この町で西の方にはさらに大きな商会が一つ二つあるらしいが、このイザーク商会はそれに次ぐ、言ってみれば中堅以上の企業に該当するようだ。

 前世からの常識に照らしても、こうした企業に就職して足元を固めるのは、悪くない選択だ。と言うより、これを逃せば二度と巡ってこないかもしれない、チャンスの神の前髪という気がする。

 堅実な就職先。

 さらに、こちらの企画の実現を後押ししてもらえる。

 細かい待遇面は相談しなければならないだろうが、当座、これ以上ないほどの好条件と言えそうだ。

 しかし。

 両膝に拳を置いて、正面に頭を下げる。


「大変ありがたいお申し出なのですが――」

「ほう、断ると?」

「今は自由に、自分の力でやってみたいと思っています」

「ふうむ」


 渋い顔で、会長は唸る。

 両隣から、驚嘆の視線が寄せられるのが分かった。

 しかしそれは、気にしないことにして。


「こんなありがたいお話を拒絶する失礼をした上で、たいへん図々しいとは思うのですが、ひとつお願いできないでしょうか」

「何だろう」

「先ほども言いましたように、僕は自分の利益のためですが、試しに作ろうと思っているものがあります。その試作品ができたら、一度見ていただけないでしょうか」

「ほう」

「見て、感想をいただくだけで構いません。そちらの商会で買い上げる価値があるというご判断でしたら、優先的にお売りします。とるに足らないということでしたら、遠慮なくそう言っていただければと」

「ふうむ。つまりはその製品にそれなりの自信はある、こちらの商会内で作るより、自分の利益確保の確信が持てるということですかな」

「その辺りは、ご想像にお任せします」

「面白い。分かった、見るだけは約束しよう。しかし延々と時間を延ばされても迷惑だ。見せてもらえる目処はつけられるかな」

「半月から、長くてひと月程度で」

「分かった。ひと月は待つことにしよう。目処が立ったら、このアムシェルに連絡をください」

「承知しました。ありがとうございます」


 妙に満足した様子で、商会長は帰っていった。

 見送って、両隣の二人は深々と息をついている。


「はああ、あんな偉い人と向かい合っていると、緊張するよ」

「緊張というのとは違うが、商人は腹の内が見えにくいので気が抜けないな」


 二人それぞれの感想だ。

 ブルーノはそもそも地位のある大人との会話の経験が少ないという理由のようだが、サスキアの方は商人限定で苦手意識があるらしい。言い換えるともしかして、貴族などとは話した経験がそれなりにあるということかもしれない。

 じろりと、ブルーノが横目を送ってきた。


「ハックは平気でやりとりできるんだな。商人相手とか、慣れているのか」

「慣れているというわけじゃない、とは思うけど。その辺図々しい性格なのかもな」

「それでも、よかったのか? あんないい提案を断ってしまって、驚いたぜ」

「いい話には裏がありそうだからね。たいしてこっちを知らないうちにあれだけ持ち上げようってのは、信用ができない」


 新しいことを始めるに当たって、とりあえず初動の資金を当てにして有力者と組むというのも、アリかもしれないとは思う。

 しかしその点でも、今考えている計画は初期の運用資金をそれほど必要としない見込みだ。

 それよりも当面黙って指示に従って動く人手が大切なので、ここの子どもたちの方が条件に合うと考えている。


「ふうん――まあ、いいや。それで、何か作るっての、どうするんだ」

「そちらは追い追いな。とりあえずさっきも言った、木材を運ぶのを手伝ってくれるか」

「おう」


 力仕事になるので、ブルーノとサスキア、ルーベンを連れ、炊事中の女の子たちは残していくことにする。

 面白がって荷車を引くルーベンを先頭に、まず真っ直ぐ防壁に突き当たるところまで進んだ。それから壁沿いに、北の門に向かう。

 道順は他にもあるのだがこの行程を選んだのは、壁に突き当たったところですぐ外側の場所に処理した木材を取り出しておくためだった。ちょうどさっき作業をした、門から目の届かない辺りになっているはずだ。

 門に差しかかると大仰な荷車を引く格好を衛兵に見咎められたが、正直に説明しておく。


「領主様のご厚意で木材をいただけることになったので、運搬するところです」

「へええ、そうなのか」


 壁の外沿いに移動して、積んであった木材を荷車に載せる。

 倒木二本分、長さ二メートルほどの板と薪はなかなかの量になっていたが、なんとか載せきることができた。

 ブルーノとルーベンが前を引き、残る二人で木材を支えながら押す分担で運んでいくと、改めて衛兵に呆れられた。


「そんなに量があるのか。それに、ちゃんと板になっているとは驚いた」

「できたら、領主様にお礼を伝えておいてもらえますか」

「おう、まあこうした特殊な出入りについては報告を書くことになるからな。そこに一言つけ加えておこう」

「お願いします」


 実際に領主と話をつけたのは倒木状態の木材で、こうした板になったものとは齟齬があることになるが、そこまで詳細に報告のやりとりはされないだろうと思っておく。

 報告を吟味してどの段階で板の形に加工されたか疑問を呈するほど暇な役人はいないだろう、と思いたい。

 実際板の状態で壁の外から運んできた以上、森の木を加工した以外考えようがない。何処かから盗んできたと疑われる懸念はないはずだ。

 同時に、この程度曖昧なやりとりで済ましておけば、ブルーノたちには領主から板の形で譲り受けたと納得されるだろう。


――『木材』というのは、なかなか都合のいい言葉だよな。


 小屋横の空き地に木材を下ろし、その足で一人、肉屋に荷車を返しに行く。

 元置いてあった場所に返却し、礼を言うとヤニスは意味ありげな笑い顔を向けてきた。


「商会の親父が、お前さんのとこに行ったんだろう?」

「ああ、はい。どうなるかと思いましたが、ずいぶん好意的に対処してもらえました」

「まあそうだろうな、ずいぶんお前さんのことを調べていたようだし」

「そうなんですか。そうすると、ここへも訊きに来た?」


 確か会長は「肉屋や料理屋の主の信用を得て」などということを言っていた。当然、この付近から情報を集めていたのだろう。


「まああの親父は昔馴染み、ガキの頃からよく知る仲だからな。訊きに来たんで、正直なところを答えておいたよ」

「そうですか。話が無事に収まったのも、そのお陰ですね」

「そんな情報がなくても、お前さんに印象が悪いことはできなかったろうがな」

「そうなんですか?」

「もしかしてお前さん、自覚がないのか」

「どういうことでしょう」

「まだ大っぴらに広まっていないが、この間の魔物退治、片棒を担いだんだろう?」

「ああ。主に友人が仕留めたんですけどね」

「それが事実でも、とにかくお前さんは町を救った、言わば英雄の片割れだ。これが知れ渡ったら、称賛を集めることになる。庶民相手の商売をしている商会が、そんな英雄に嫌われたというような評判を立てることできるわけがないだろう」

「ああ……大げさですが、まあそういうことになりますか」

「おまけに、領主様と親しく話す間柄だなんて評判も聞こえてくるしな」

「そんなんじゃないんだけどなあ……」


 ヤニスの方はもっと根掘り葉掘り訊きたそうだったが、適当なところで暇を告げた。

 小屋に戻ってみんなで食事をしながら、屋根などの修理とこちらで作って欲しい桶や箱などについて相談した。

 それくらいならお安いご用、とブルーノが翌日から仕事の合間を見てルーベンを助手に作業をしていくことになった。

 サスキアが仕留めたイノシシの代金で、かなりのところ生活に余裕ができる。これからもみんなで働いていく方針に変わりはないが、あまり無理まではしない、小さな子たちに目を配ることも考える、冬に向けての準備も進めていく、などということを全員で確認した。

 ナジャとマリヤナはそこそこ裁縫ができるので、この日買い集めてきた古布類で全員分の下着や冬用衣料などを作っていく。レナーテとビルギットも教えてもらいながらそれを手伝う。

 そんな方針が、だいたいでき上がった。

 食事の後片づけも終えたところで、隣の天井がない土間はまだ灯りが要らないほど明るい。そちらを指さして、呼びかけた。


「俺はニール先生に字を教えてもらいたいんだが、一緒に勉強したい人、いるか?」

「字を覚えたら、何か得がある?」

「将来的に、就くことができる仕事の幅が広がると思うぞ。商会の中でも、読み書き計算ができるのは多くないっていうんだ。本当ならこれまでの仕事、ニールの給金はもっと多くても不思議なかったはずだ」

「へええ、そうなんだ」


 ルーベンが質問して、熱心に頷いている。

 結局、小さな三人とサスキア以外、全員で勉強することになった。

 ニールが用意した文字表を見ながら、みんなで土の上に基礎文字を書く練習だ。

 一時間ほどの勉強で、十四歳以上の四人はほぼ覚えて一文字ずつ書けるようになった。下の三人も、あともう少しという感触だ。

 気がつくと、サスキアが面倒を見ていた小さな子たちが眠そうな様子を見せるようになっていた。

 いつもの分担ということで、レナーテとビルギットが寝かせる世話につく。

 この日はみんなでいつも以上に早く床に着き、翌日は早くから活動を始めることにした。


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