46 詳しく訊いてみた

「とにかくさっきのくり返しになるが、俺をここに置いてくれるなら、夜の見張り番に入る、ブルーノと同額の稼ぎ分を入れる、二日に一羽程度はノウサギ肉を持ってくる。ということで、どうだ」

「うーむ……」


 唸って、ブルーノは隣の少女の顔を窺う。

 無表情は崩さず、サスキアは小さく頷くだけだ。


「まあ、分かった。失礼な言い方になるが、背に腹はかえられねえ。生活費と肉は、まちがいなくありがたいからな。しばらく様子を見るということで、ハックがここにいることは認めよう」

「ありがたい」

「そういうことだ、いいな、みんな」


 ブルーノが宣言すると。

 洗い物から戻ってきていた五人を含め、子ども全員が一斉に頷いていた。

 小さな三人など意味が分かっているものか疑問だが、リーダーの口調を感じとってだろう、すっかり神妙な表情になっている。


「夜の見張りは今夜から、三人で三時間さんときかんずつということで加わってもらおう。二十時から、俺、サスキア、ハックの順だ」

「分かった」

「一つ、条件だ」じろ、とサスキアが鋭い視線を上げた。「しばらく、信用がおけるまでは、他の子たちと離れたところで寝てくれ。みんなはこの部屋の奥側に並んで寝ているから、ハックはこちら手前側だ」

「了解した」


 小屋の中で辛うじて屋根が頼りになるのは、今みんなが集まっているこの部屋だけらしい。広さは二十畳程度もあるのではないかと見えるので、離れて寝るというのも可能だ。

 少なくとも、屋根の下で寝ることができるだけでありがたい。

 他に下が土ざらしの部屋が二つほどあるが、上は空が見えている状態だという。

 話すうち、遠くから鐘の音が聞こえてきた。十八時ということだ。

 もう少しは就寝時刻に余裕があるようで、小さい三人が遊ぶのに上の子たちが面倒を見てやっている格好だ。

 見回すうち、思い出すものがあった。


「そうだ、言うの忘れていた」

「何だ」

「いや、夕方に魔物の件で領主様と話すことになってな」

「領主様と?」

「ああ。そこで頼み事をしたら、少し聞き入れられた。この空き地をみんなが使うことは、黙認するってさ」

「黙認? え?」

「まあもしかするとこの土地に使い道ができたら移動命令が出るかもしれないが、それまでは使っていてもいいってことだな。少なくとも、突然役所から人が来て追い出されるってことはないはずだ」

「それは、え――すご、ありがたいぜ」

「それは、大いに助かる」


 目を丸くして、ブルーノは言葉を詰まらせる。

 一方で、サスキアは珍しく表情を明るくして、身を乗り出してきた。


「本当なんだろうな、その話?」

「口約束だけどな」

「ありがたい」


 胡座の横に置いた剣の手を離して、サスキアは拳を握り締めていた。


「不審者が金品を狙ってくる分には、力で追い返せばいい。しかし役所から立ち退き命令が来たら、もう拒めないと覚悟していたのだ」

「ああ、その心配がなくなったってことだな、助かるぜ」


 すっかり安堵の様子で、二人は顔を見合わせている。

 確かにこの点は大きかったはずで、もっと早く伝えるべきだったと、反省する。


「これで少しは落ち着いて、先のことを考えられる。当面はみんなの栄養をつけることと、秋冬に向けての諸々の準備だな」

「ああ」


 そんな言い交わしをしているこちらを見ながら、年下の連中もご機嫌の表情になっていた。

 年長の二人の喜びようが、すぐ敏感に伝わるらしい。

 わいわいと、小さな子たちも嬉しそうに動き出す。


「わ」


 音色の変わった声に、見ると、小さな子に抱きつかれてニールが後ろに倒れ込んでいた。

 みんなの目が集まる。

 と、そのときにはもう立ち上がったサスキアが駆け寄っていた。


「ニール、平気か」

「ん」


 子どもを抱き上げ、ニールの手を取って起こす。

 そうしてすぐに、背中に回って怪我がないか覗き込んでいるようだ。

 横から、ルーベンが陽気に声をかけた。


「大丈夫だよこれくらい、なあニール」

「うん」


 抱きついた子どもも加わって、一同揃って笑い合っている。

 こちらでも、安堵したようにブルーノが苦笑いになっていた。


「ほんとにサスキアは。弟のことになると、大げさなんだ」

「大事にしてるんだな」

「ああ」


 頷いて、少し声を潜める。


「ニールがちょっと、身体が弱いからな。もともと丈夫じゃないようだし、昔右肘を骨折して、直り方が悪くてうまく曲げ伸ばしできないらしいんだ」

「そうなのか」

「そのことに、サスキアが責任を感じるところがあるらしくてな。まああまりこのこと、触れないように頼むぜ」

「分かった」

「どう見てもあの姉弟、育ちはよさそうなんだけどさ。その辺、深く訊かないことで。昔を思い出すと嫌な気になるのは、みんな同じなんでさ」

「だな。俺だって、昔のことは話せない」

「ハックのは、思い出せないんじゃなかったのか」

「そうとも言うな」

「何だ、そりゃ」


 肩をすくめて、笑っている。

 そのまま向こうでは、小さな子たちを寝かそうということになったようだ。

 床に敷いた布の上に三人を寝かせて、次に小さいレナーテとビルギットが傍についてやっている。


「ところで、そのニールの仕事の件は、どういうことになっているんだ?」

「ああ……」


 質問すると、とたんにブルーノは苦い顔になっていた。

 眠り始めているらしい三人と世話をしている二人を残して、残りの五人はそっとこちらに移動してきている。

 元の場所に座り直す少女に、ブルーノは尋ねかけた。


「サスキア、ニールの仕事のこと、話題にしても大丈夫か。ハックの意見も聞いてみたい」

「……うむ」


 本人の方をちらりと見やってから、サスキアは気が乗らないように頷いた。

 ニールの気持ちが気にかかるのだろう。

 残りの四人もブルーノの横に座り込み、中でも表情の少ないニールは拒否するふうもなく無言のままだ。

 一同を見回して、ブルーノはこちらに目を戻した。


「順に話をした方がいいかな。あの壁の工事が始まって、俺とサスキア、ナジャとマリヤナは十四歳以上だから登録して、そっちの仕事を始めたんだ。そしたら、イザーク商会では工事に人をとられて荷物運びの手が足りないから、子どもでもいいから雇いたいってことになってさ。ルーベンとニール、レナーテ、ビルギットの四人がやりたいって言い出して、そっちに行くことになった。先月の初めぐらいか」

「七の月の七の日」


 ぽつりと、ニールが補足した。

 そちらに頷いて、ブルーノは続ける。


「こんな小さい奴らで本当に大丈夫なのかって、俺たちも気になったからさ。最初は俺とサスキアも付き添っていって、向こうの話も聞いたんだ。そしたら、とにかく荷物を運べさえすればいいんだという話だし、そのとき会った商会長の旦那もそこそこ好意的ってかさ、俺たちのこと、子どもだけでよくやっている、応援するぞって言ってくれて、安心したんだ」

「うん」

「まあニールだけは荷物の持ち上げがきついようだったんだけど、代わりに読み書き計算ができるって聞いて、それはすごいって旦那も喜んでくれて、事務の仕事をすることに決まったんだ」

「なるほどな。読み書き計算できるって、そんなに珍しいのか」

「俺たちの中で読めるのはサスキアとニールだけだし、商会でも小僧たちはまだ怪しいって言ってたぜ」

「なるほど。ほんとすごいんだな、ニールは」


 声をかけると、当の本人は無表情にちらりと横目を向けるだけだった。

 むしろ、サスキアの方が珍しく顔を綻ばせて、得意げにも見える表情だ。


「まあニールだけが仕事の時間が長いのも気になったんだけど、大丈夫だって言うからさ。それで始めて、最初のうちはよかったんだ。問題は、その事務仕事についているトッドっていう店員らしくてな」

「その男も、最初はよかったらしい」サスキアが引きとって言った。「計算も速いし字も綺麗だって褒めてくれて、重宝して使ってくれたようだ。ニールは計算ならわたしよりよくできるからな。それがだんだんその店員、態度が悪くなってきたっていうのだ。聞く様子ではどうも、ニールの計算が自分より正確らしいということで、かんに障ったのではないかと思う。帳簿にまちがいを見つけて報告するたび、不機嫌な態度をするようになってきたと」

「何だよ、それ」横手の当人に、確認する。「ニールの仕事って、帳簿の計算を確かめてまちがいを見つけることなんじゃなかったのか」

「うん」

「それを、まちがいを見つけたら怒鳴られるっていうんじゃ、仕事にならないだろう」

「だよな」


 我が意を得たりとばかり、サスキアが大きく頷く。

 周りの一同、同じ表情だ。

 頷いて、ブルーノが続けた。


「そんな調子で来たところ、昨日はとうとうそのトッドって奴、ニールを殴ろうとしたらしいんだな。慌ててニールは逃げ出して、ちょうど仕事が終わっていたルーベンたちと一緒に帰ってきたっていうんだ」

「なるほどな」

「本当なら商会に抗議に行きたいぐらいの話だと思うんだが、ちょっと躊躇いもあってな。向こうの機嫌を損じて残りの五人の方に影響が出たら、困る。工事が終わって、ナジャとマリヤナもこれぐらいしか仕事がなくなっているんでな」

はらわたが煮えくり返るが、こちらは弱い立場だからな」


 憤然と、サスキアは膝の上で拳を握っている。

 実際には双方の言い分を聞いてみなければ何とも言えないが、ここまでのことが確かなら、前世なら一発アウトのパワハラ案件だ。こちらの世界でも、外聞的に通る話ではないのではないか。


――最終的には、商会長がどう受け止めているか、だろうな。


「そのトッドっていう人、地位の高い店員なのか」

「地位とか役職とかは聞かないけどな。どうも、旦那の親戚筋らしいぜ」

「従弟の子どもだって言ってた」


 ブルーノの返答に、ルーベンが補足した。

 あまり喜ばしい情報ではない。


「てことは、抗議しても向こうの肩を持つ可能性は高いか」

「かもしれないよなあ」


 ブルーノは苦い顔をしかめている。

 隣のサスキアは、今にも剣を抜きそうな殺気を込めた顔になっている。


「それにしたって、泣き寝入りをするのも馬鹿らしい話だよな。いちばん手近ではっきりしている点でも、ニールは昨日、日当をもらってないんじゃないのか」

「うん」

「途中早退の扱いだったとしても、日当の半分は受け取って当然だと思うぞ」

「半分の銅貨六十枚?」ナジャが空を見るような顔で呟いた。「それだって、大事だよねえ」

「だろう? それだって――あれ、え?」


 言いかけて、思い返す。

 銀貨一枚と銅貨二十枚の半分。よく計算できたと感心されるが、おそらく自分たちの一時間当たりの給金として聞いていたのだろう。

 しかし。

 発言した少女の横顔に、問い直した。


「銅貨六十枚ってそれ、ナジャたちの日当の半分だろう?」

「うん。だから、そうなるでしょ」

「ニールの日当は――」

「同じだよ」

「そうなのか?」


 改めて問い返すと、みんな一様に頷いている。

 年長の二人、特にサスキアはますます憤懣の様子だが。


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