45 訪ねてみた
「じゃあ悪いが、俺は先に出る。お前はゆっくり食っていけ」
「はあ、どうもごちそうさまでした」
「なかなか愉快な話ができた。お前が何をするつもりか、楽しみに見ていよう」
笑って手を振り、領主は大股に出ていく。
思わず肩をすくめ。賑やかな酔客の騒めきの中、冷めかけた煮込みをゆっくり腹に収めた。
夕食を終えて夜間営業の料理屋も開いたわけだが、外はまだ日が暮れる前だった。ふつうの家の夕食はまだこれからというところではないか。
――うーむ。
大通りまで戻ったが。
口入れ屋で質問しようかと思っていた案件が、一通り領主に尋ねて解決してしまった。
前準備はとりあえずよしとして、次の行動に移ろうかと思う。
北向きの道路、門に向かうものを一本外れて歩く。
しばらく進んで人家が途切れるところで、今日解体を済ませたノウサギ一羽分を袋に取り出し、手にぶら下げた。
そのまま進んでいくと右手に空き地が広がり、すぐ先に壊れかけの小屋が近づく。
奥から何人かの子どもたちの声が聞こえ、何か煮物を作っているらしい匂いが漂ってくる。
敷地に足を踏み入れ、正面から覗き込む、と。
「何者だ」
いきなり、陰から細身の剣を突きつけられた。
わあ、と肉の袋を握ったまま両手を挙げた。
半ば予想はしていたので、何とか驚きは抑え、誰何してきた女の顔を横目で窺う。
すらりと背の高い、やはり工事現場で見かけた少女だ。
「ルーベンくんの知り合いなんだけど、いるかな」
「ルーベンの?」
「できれば、ブルーノさんとサスキアさんという人も一緒に、話をしたいんだけど」
「何……」
おそらくこの少女が、サスキアのはずだ。胡散臭そうに目を細め、考え込む素振りだが。
奥から顔を出した小柄な少年が、声をかけてきた。
「あれ、ハックじゃん」
「ルーベン、お前の知り合いでまちがいないか?」
「うん。商会の荷物運びで一緒になった兄ちゃん、ハックっていうんだ」
「ふむ」
一応剣は退いたが、少女の警戒は消えないようだ。
ルーベンに続いて出てきたやや年長の少年もナイフを手にしていて、こちらに眇めるような目つきを向けてきた。
「もしかしてあんた、壁の工事現場にいた?」
「ああ。俺の方も、君たち二人に見覚えがあるな」
年長の少女と少年を見回す。
剣を収めた少女も思い出したようで、「ああ」と小さく頷いた。
この場の代表よろしく、少年が一歩進み出てくる。
「つまり、そんな日雇いの人なわけだ。それが何、俺たちに話って?」
「うん、ちょっとお願いがあってね。その前にとりあえず、今食事の支度中なんだろう? これお土産に持ってきたんで、料理に加えたらどうだろう」
ルーベンに向けて、袋を差し出す。
年上の二人の顔を窺いながら受け取り、開いて、少年は笑顔を咲かせた。
「わあ、肉だ!」
「おい、こんなに、いいのか?」
「うん、挨拶代わりだ」
「じゃあルーベン、それナジャのところに持ってって、スープに加えるように言ってくれ」
「オッケー」
兄貴分の指示を受けて、ルーベンは勇んで奥へ駆け込んでいった。
その背を見ながら、少女は妙な表情になっている。
「本当に、いいのか? あんな大量の肉」
「あれでノウサギ一羽分だけどね。どういうわけか俺、他の人よりノウサギを狩るのがうまくいくみたいなんだ。日雇い仕事の他、ノウサギ肉を売って収入にしているんだが、肉屋で引きとってもらってそれでも余った分だ」
「へええ。わたしも森でノウサギを獲れないか挑戦してみたんだが、一匹も獲れなかった」
「サスキアさんか、それきっと、あんたが強すぎるからだと思う」
「強すぎる?」
「何だい、それ」
「ノウサギはその辺妙に賢くてね、強そうな奴や武器を持った奴には近寄ってこないんだ。俺の場合、何も持たずにぼうっとしてみせていたら、弱いと見て攻撃してくるみたいなんだな。そこをぎりぎり引きつけて、かわして岩に衝突させてやる方法で、けっこう仕留められる」
「へええ」
少女は無言で目を丸くし、少年が感心の声を上げる。
そうしてからにやりと、少年は中へ顎をしゃくった。
「ハック、だっけ。俺はブルーノだ。何かあんた、面白いな。お願いっての、聞かせてくれ」
「ありがとう」
揃って奥へ移動し、板の床に腰を下ろす。
少し離れた先に竈らしきものが設えられて、大きな鍋がかけられている。その近くに集まっていた子どもたちが、こっちに好奇の目を向けていた。
商会で会ったルーベンと四人の女の子、ニールの他に、もっと小さな子が三人いる。
向かいのブルーノは少し緊張を解いた様子でナイフは仕舞っているが、横向き隣のサスキアはまだしっかり剣を握って、こちらから警戒の目を離さない。
やはりブルーノが代表して口を開いた。
「で、話ってのは?」
「まず自己紹介というか説明しておくとね、つい最近、魔物を退治した奴の話を聞いているかな」
「ああ、聞いたぜ。剣を持った強い人ともう一人、って話だったな」
「あまり大っぴらにしたくないんだが、そのもう一人ってのが俺でね」
「そうなのか?」
「まあその噂の通り、友人のトーシャってのが剣の腕が立つ奴で、俺は横で石を投げて補助していただけなんだが。その辺はともかく、そのトーシャが今朝、東の方に魔物がいないか探りに行くと旅立って、二人でとっていた宿の部屋を解約したんだ」
「ふうん」
「残された俺はこの町で稼ぎ口を探していくつもりなんだが、とりあえず一人で泊まる宿を探すより、野宿で倹約したい。そういう事情なんで、ここの空き地の片隅でも使わせてくれないか」
「ふーん、そういうことか」
「夜中に襲撃とかないかって、君たち二人で見張り番をしているんだろう? そこに加わって手伝うぞ。生活費の足しになる相応分も、協力する。それと別に、今日のようなノウサギ肉、これからも持ってこられると思う」
「おいおい、それちょっと、こちらに譲歩しすぎなんじゃないのか」
「一人で野宿じゃ、安心して休めないからな。見張り番を交代でできるだけで、大助かりだ」
「そういうものか?」
「いや……」
二人の会話に、サスキアが固い声を入れてきた。
「こちらにとってあまりに好都合すぎる提案だ。こういう話には、きっと裏に別の企みがあるに違いない」
「バレたか」
少女のシリアスな口調に、冗談めかした声を返した。
はあ? と二人の目が揃って丸くなる。
「実を言うと、お互いにもう少し信用がおけるようになったら、ここにいるみんなに頼みたいことがあったんだ」
「みんなにだって? どういうことだ」
「まだ詳しいことは言えないけどな。実を言うと俺、その魔物退治の礼金をもらって、今少しだけ金を持っている」
「ふうん」
「贅沢をしようと思ってできないわけじゃないんだがな、しかしいわゆるあぶく銭ってやつだから、使ってなくなってしまえばそれまでだ。そこを考えてな、これを元手に物を作って売ることを始めたいと思う。その売る物を作るのに、協力してほしい」
「何を作ろうってんだ」
「それはまだ、話せない」
「ふうん」
隣のサスキアの顔を見て、ブルーノは腕組みで考え込んだ。
全体に関する問題はこの二人で相談するが、最終決定はブルーノに委ねられているようだ。
少し時間を置くことにして横を見ると、竈の火は消されて子どもたち全員揃ってこちらに注目している。
「夕食の支度ができたんじゃないのか。俺は済ませているから気にしないで、食事にしたらどうだ」
「ん……まあ、そうするか」
隣に頷きかけて、ブルーノは腰を上げた。
ナジャとマリヤナが張り切って、深皿にスープをよそい始める。
子どもたちのきらきらした視線が、その手元に注がれる。
「すごい、お肉入ってる!」
「おいしーーい」
食べ始めると、立て続けに歓声が上がった。
ブルーノはすっかり苦笑いの顔になっている。
食事が終わると、女の子四人とニールが食器類を集めて奥へ運んでいった。
ルーベンは小さな三人の相手をしている。
こちらに戻ってくる年長二人に、尋ねかけた。
「ここ、水は使えているのか?」
「ああ、裏に井戸があるんだ」
「それは助かるな」
「ああ」
頷きながら、ブルーノがまた正面に腰を下ろす。
サスキアもさっきと同じ横向きに位置をとった。
お互い似た年回りなんだから楽に話そうぜ、とブルーノが言い、頷いて了承する。
「肉は助かったぜ、ありがとう」
「役に立ってよかった」
「子どもには栄養が必要だからな。たまにしか食べさせてやれないのが、心苦しかったんだ」
無表情のまま、サスキアもぽつりと零した。
その目は半分ほど、奥で食器を洗っているらしい五人の背に向けられている。
「ふだんはどういう食事なんだ?」
「農家を回って、捨てるような野菜をもらってきたりな。それで足りない分は、稼いだ金で買っている。しかし、なかなか肉には手が出なくてな」
「栄養的には、パンも必要なんじゃないのか」
「それも、数日に一度ぐらいは買ってくるようにしているが……」
頭をかいて、ブルーノは悔しそうに言葉を濁していた。
十分な食事をとらせてやれていないのが、何よりも不満で仕方ないようだ。
「それにしても、二人はよくやっているよ。事実上、二人で十一人の家計を支えているわけだろう? たいしたものだ」
「足りないことばかりだぜ」
「本来は、ブルーノが責任を持つ話じゃないんじゃないのか。肉親というわけじゃないんだろう?」
「ルーベンが従弟で、マリヤナが小さい頃から近所で育ったというだけだな」
「で、サスキアは?」
「ニールが弟だ。二人で遠くから移動してきたので、他はここで初めて会った」
「それで、ここまでやっているんだ。たいしたもんだよ」
「ふん」
わずかに下を向いて、少女はがりがりと頭をかいている。
苦笑いで、ブルーノは問いかけてきた。
「ハックは、親はいないのか?」
「たぶん、いない」
「たぶん?」
「ちょっと、特殊なんだ。ひと月ほど前に倒れていたのを近くの村で拾われたんだが、その前の記憶がない」
「何だそりゃ、わけ分からんぜ」
「そういうの、話に聞いたことはあるが……」
「原因も何も分からないんだけどな。その後はっきり思い出してくるものもないから、もう諦めて今後の生活を作っていくことを考えなくちゃならない。ただ妙なことに、ぼんやり頭に浮かぶもので、どうもこの町に似たものが存在しない、うまく作ることができたら売り物になりそうだってのがある」
「それを、俺たちに協力させて作ろうってわけか」
「まあ、そういうことだ」
「何だか、雲を掴むような話っていうんじゃないのか、こういうの」
「そうかもしれないけどな」
ブルーノの向けてくる目が、呆れたような色に変わった。
隣のサスキアも、馬鹿にしたように肩をすくめている。
「まあだから、そっちの話は追い追い形にしていく、ということにしておいてくれ。とにかくある程度はっきりしているのは、ハックという名前と、どうも年齢は十七歳らしいという程度でな」
「ふうん、サスキアと同い年か。俺より一つ上ということになるな」
「それにしちゃ、ブルーノはしっかりして見えるな」
「俺が嘘でもしっかりしていないと、やっていけねえぜ」
「まあ、そういうことか」
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