47 見張りをしてみた

「ニールの勤務時間は、ナジャたちより長いんだろう?」

「それでも、同じだと言われたのだ」サスキアが吐き捨てる。「荷物運びができないのをお情けで雇ってやるのだから、と言われてな。腹が立つが、ニールがそれでもやると言うのだから、仕方ない」

「そうなのか」


 はああ、と、長い溜息が出てしまう。

 孤児たち一同、改めて納得がいかないという不満顔だ。

 もう一度、集う全員の顔を見回す。


「そんなの、あり得ないと思うぞ。店の小僧たちもできないことを、その店員より精度が高くやっていたということになるんだろう、ニールは」

「そう、いうことになるのか」


 ブルーノも、深々と息をついていた。

 その顔を、正面から見据え直した。


「なあ、残る五人の荷物運びの仕事、やっぱり切られたらまずいか」

「え?」

「俺に、交渉させてくれないか、ニールの名誉を守る。結果、五人も切られる可能性はそこそこ高いわけだが。そうなったら、六人まとめて俺が目指す仕事してもらって報酬を出す、ということじゃダメか」

「うーん……」

「そうしようよ!」


 迷うブルーノの隣で、ルーベンが声を上げた。

 並ぶ女の子二人も、言う前から同じ考えとばかり頷いている。


「ニールだけこんな目に会うなんてさ、我慢できないよ。仲間だもの、一緒に戦おうよ」

「う……ん」


 唸って、ブルーノはこちらを見返してきた。


「名誉を守るって、できるのか?」

「こっちの言いたいことを伝えるだけで終わるかもしれないけどな。それでも予想としては、あちらは商会として信用が大事なはずだ。子どもにこんな仕打ちをしたということ、公にしたくないだろうから、何かの反応はあると思う」

「それなら、やってくれるか」

「ただその前に、ニールに確認しておきたいんだが」

「ん?」

「ニールは、あちらが謝罪しただけで、納得するか。また元の仕事に戻りたい?」

「えと……う……」

「戻る気は、ないか」

「……うん」

「じゃあ、決まりだ。ニールは明日から、俺に雇われろ」

「え」

「仕事は、俺がやることの助手。それと、俺に読み書きを教えてほしい」

「……ん」

「ふんだんに金を出すことはできないんだが、一日六時間の勤務で、当初の給料は一時間当たり銅貨六十枚、つまり日当銀貨三枚と銅貨六十枚で、手を打ってくれないか」

「うん、打った」

「よし」


 本人は、問題ないだろう。

 続いて、横手の保護者格の顔を見る。

 剣を横に置いた少女は、じろりと鋭い視線を向けてきた。


「まずは、仮決定だ。どんな仕事をさせるのか、しばらく様子を見させてもらう」

「了解だ」


 見守っていた他の子どもたちも、ほう、と息をついていた。

 改めて、ブルーノが一同を見回した。


「じゃあそういうことで、明日はハックに交渉を頼む。そういう偉い人との話し方は俺はできないし、サスキアはこの件では冷静になれないだろうからな。領主様と話すことができるというハックなら、そういう話もできるだろうぜ」

「あまり期待はしないでくれよ。最低限、こっちの言い分を伝えるだけだ。商会長にすぐ会うことはできないだろうから、とりあえずあのアムシェルという人に話を通そうと思う」

「任せた」

「ああ」


 時刻は二十時に近づいたところで、子どもたちは就寝の支度を始めた。

 部屋の奥側、小さな子が寝息を立てる左に、壁側からニールとサスキア、右にブルーノの場所を空けてルーベンと女の子四人が並ぶようだ。

 板床に敷いた布の上にこちらに足を向けて寝そべり、腹の上に古着のようなものをかける程度の夜着だ。

 さっき入ってきた土間の方に小さな焚き火をつけて、境の板床にブルーノが腰を下ろしている。


 ブルーノから教えられたここのメンバーを整理しておくと、次のようになる。

 サスキア   十七歳女子

 ブルーノ   十六歳男子

 ナジャ    十四歳女子

 マリヤナ   十四歳女子

 ルーベン   十三歳男子

 ニール    十二歳男子

 レナーテ   十二歳女子

 ビルギット  十一歳女子

 マティアス  六歳男子

 シュテフィ  五歳女子

 カロリーネ  五歳女子

 ただし孤児たちの自己申告や見た目等からの想像も混じっているので、正確の保障はない。


 などということを頭に整理して。

 他の面子とは離れた壁際に横になって、前世を考えるとかなり早い時刻だがいい加減慣れたようで、間もなく眠りに沈んでいた。


「起きろ、交代だ」


 少女の低い声に揺り起こされた。

 見張り交代の二時になったということだろう。


「了解」


 まだ真っ暗な中で大きく伸びをして、起き上がる。

 小さく火が残る焚き火の側へ寄ると、サスキアはその脇の壁際へ身を退いた。寝床へ戻るのかと思うと、眠るニールの足近くで胡座をかいている。


「眠らないのか」

「こっちは気にせず、見張りをしろ」

「分かった」


 つまりは、まだ完全に信用できないから、見張りを見張るということのようだ。

 何は置いても真っ先にニールをガードする位置に着くというところが、いかにもこの少女らしい。

 好きにさせることにして、そちらに背を向ける。


「そういえば細かい要領を聞いていなかったが、何か危険を感じたら、サスキアを起こせばいいのか?」

「そうだ。わたし、ブルーノの順に優先してくれ。もちろんもっと大きな危険があるようなら、全員を起こす」

「山の噴火ということだってあり得るからな。分かった」


 そのまま黙って、剣を横に置いて座っているようだ。

 真夜中に、起きているのは同年代の少女と二人きり、という滅多にない、前世でも経験がなかったはずのシチュエーションだが、ロマンチックのかけらも感じられない空気だ。

 むしろ、背を向けていても、心なしか首筋にちりちりと殺気が感じられる気がしてしまう。

 非常時には真っ先にサスキアを起こせという指示は、おそらく彼女がいちばんの、というよりも唯一の戦闘力、という事情なのだろうな、とぼんやり考える。


――まあとりあえず、この殺気のお陰で眠気を覚えずにいられそうだ。


 そうして、半時以上も過ぎただろうか。

「分からんな」と、小さな呟きが聞こえてきた。


「ん、何か言ったか?」

「分からん、と言った。お前の姿、どう見ても隙だらけで戦闘力など微塵も感じられんのだが」

「だろうなあ」

「しかし何とも変哲な、油断がならないという感覚を覚える」

「何だ、そりゃ」

「ただの、勘だ」

「さいですか」


 本当にそうだとしたら、もの凄い勘の鋭さ、という気がする。

 今いきなりサスキアに剣を振るわれたら、本来ならおそらく避けることさえできないと思われる。

 しかしこうして背中に神経を集中させていて、剣を抜く気配だけでも感じとれば、その武器を消すことならできるだろう。

 そうだとして、そんなの勘で感じとることなどできるものか。

 内心、首を傾げてしまう。

 また数呼吸間の沈黙の末、「そうだ」と呟きがあった。


「聞いておきたい。お前、ニールにどんな仕事をさせる気だ」

「ああ。読み書きを習いたい、というのはいいな?」

「うむ」

「あとは、俺がノウサギ狩りに行くときの助手。一羽でも二羽でも運搬を手伝ってほしい。それと、森で薬草を摘んでニールの稼ぎにすればいいと思う。その他にはゆくゆく、俺が考えているものを作るのに、何日も経過観察をする必要があるはずだから、それを頼みたい」

「ふうむ」


 ややしばらくの沈黙は、今の話を吟味しているらしい。


「森のノウサギ狩りは、明日――いやもう日が変わったか――今日から行くのか」

「できればな」

「それなら、今日はわたしも同行しよう。危険がないものか、確かめたい」

「邪魔をしないなら、いいぞ」

「邪魔とは何だ」

「さっきも言っただろう。サスキアは強すぎる。近くで殺気を醸していたら、ノウサギが近寄ってこない」

「……分かった、気をつける」

「頼む」

「それと、ノウサギ一羽二羽というのは、ニールに運べるものだろうか」

「さっき見せたのが、一羽分の肉だ。どう思う?」

「うーん……微妙かもしれん」

「そうか。肉屋に六羽まで頼まれていて、俺一人で担ぐには四羽を超えると厳しいので、少しでも頼みたいんだが。まあ最悪は、袋に入れて引きずってでも何とかするか」

「うむ……木材があれば、ブルーノが荷車のようなものを作れるかもしれんが」

「ブルーノはそんなことができるのか?」

「しばらく木工工房の見習いをしていたそうだ」

「へええ。相談してみるか」

「うむ」


 頷く気配。それきり、言葉は絶えた。

 焚き火に薪を足して、座り位置に戻り。

 気になっていたことを口にした。


「こっちも、訊いていいか」

「何だ」

「答えられないならそれでもいいんだが。サスキアの剣は、何処かで正式に習ったものなのか」

「ああ。場所は言えんが、職業兵士の者から指導を受けていた」

「どれくらいの腕ということになるんだ」

「うーむ……たぶん、この地の平均的な衛兵なら、一度に四五人を相手にできると思う」

「それは、凄いな」


 何のこともない、という調子で、頷いているようだ。

 おそらく、当初のトーシャより腕は上ということになるのだろう。

 レベルアップ後のあいつとは、どちらが上なのか。

 まあ、今考えても結論は出そうにない。

 そのまま、会話は途絶えて。しばらくすると、外に明るみが射してきた。


 五時の鐘を聞いて、みんなを起こす。

 この日からは他の子どもたちに混じって裏の井戸で顔を洗い、朝食をとった。

 昨夜の残りのスープだが、やはり肉が入っている分食べ応えがあると、子どもたちの顔は明るい。

 いつもはブルーノとサスキアだけが職探しのために先に出るという頃合いに、小さな三人だけを残して全員で外に出た。

 イザーク商会の横手に来ると、倉庫の点検らしくアムシェルが一人でいるのが見えた。好都合だ。

 ブルーノ一人が「じゃあ、頼んだ」と断って、口入れ屋へ向かう。

 同伴者たちを路地に残して、倉庫の方を覗き込んだ。


「アムシェルさん、お早うございます」

「ああ、ハックくんか、お早う。どうしたんだ、こんなに早く」

「ちょっと、アムシェルさんとお話ししたいことが」

「何だろう」


 気さくな様子で、門口に寄ってくる。


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