42 歩き出してみた

 午前の続きのように子どもたちと土間に並んで座り、ルーベンと話す。

 奥ではまるで時間が経っていないかのようにそのまま、若い店員とニールという子が事務仕事をしている。

 ここでの待ち時間がいつも長く、どうかすると二時間を超えることもあるらしい。いつも退屈なんだよ、とルーベンが零している。


「別に騒がなければ、何をしていてもいいんだよな?」

「うん、そうだよ」


 先輩の子どもたちに確認して、簡単な遊びを提案した。

 足元の土の上に三かける三のマスを描き、マルバツを入れていく『三目並べ』を教えてやる。目を輝かせて、ルーベンは食いついてきた。


「へええーー、これ面白い」

「何なに、それ?」


 二戦三戦と熱中していくうち、横にいた女の子たちも興味深そうに覗き込んでくる。改めてルールを教えてやると、そちらでも互いに対戦を始めていた。

 しかし前世の小中学生ならもっと声高に騒ぎ出して収拾がつかなくなりそうなところだが、意外なほど静かなひそめ声を交わしている。

 向かいに座った老人二人も、面白そうに覗き込んできた。

 対戦相手を変えたりして没頭しているうち、時間は過ぎていく。

 ややしばらくして、大声に驚かされた。


「うるせえんだよ、お前!」


 店員に叱責を受けたか、と慌てて顔を上げると。

 声はこちらに向けられたものではなかったようだ。

 奥の机で、若い店員が向かいの子どもを睨みつけている。

 見るからに大人しそうな子どもで、そんな「うるせえ」と言われるような音声も聞こえなかったが、と思う。


「嫌味ったらしくいちいち言わなくていい、黙って直しときゃいいんだ」

「う……」

「分かったら、黙って続けろ」


 こちら向きに見えている子どもは、石盤か何かに書き込みをしているらしく手に握った白い棒状のものを、顔の前でぷるぷる震わせている。

 泣きそうな顔で数呼吸して、目を落として筆記に戻っていた。

 こっちでは子ども五人が、自分が叱責されたように硬直して顔をしかめている。

「ほんと、まったく――」と呟きながら、店員は立ち上がってこちらに寄ってきた。


「お前らも、そこで騒いでんじゃねえぞ」

「―――」

「すみません」


 硬直しきった子どもたちを代表して、頭を下げる。

 さっきから邪魔になるような声は立てていないし、この待機の間は給与が発生していない自由時間のはずで、強制を受ける謂れはない。地面への落書きも、すぐに消して綺麗にならすことができるようにしている。

 そんな言い分はあるわけだが、ここで雇用先の店員に逆らってろくなことはなさそうだ。

 じろりとこちらを睨み回し、ぶつぶつ呟きながら若い男は奥へ歩き去っていった。

 ニールはそのまま真剣な表情で書き物を続けている。

 子どもたちと無言で頷き合い、ゲーム途中のマス目を足で消した。

 女の子の一人が脇の方へ駆け寄って、竹ぼうきのような道具を持ち出してくる。それで周囲の地面を掃くと、何事もなかったように綺麗になった。

 片づけて、全員元のように座り込む。

 向かいの老人たちも、申し合わせたかのように殊勝な見た目になっていた。

 用を足してきたのか若い店員が席に戻り、気まずい沈黙が続いた。


「それじゃ、始めるぞ」


 そんな緘黙が耐えられなく思えてきた頃、外から入ってきたアムシェルの呼びかけがあった。

 一同ほっとした顔で、立ち上がっていく。

 表側につけた牛車から運び下ろす荷物は、主に加工品用の倉庫へ入れるらしい。人足たちは黙々と袋を担いで行列を作った。

 ひとまず倉庫前に積み上げ、その後小僧たちの指示で中のしかるべき場所に収納する。

 一連の作業は、やはり一時間弱で終了した。

「ご苦労様」と終了宣言を受け、一人一人アムシェルから日当を手渡されて、帰途につく。

 締めて銀貨一枚と銅貨二十枚、これだけで宿泊と一食を賄うには心許ない収入だ。

 労働後の休息をあの土間でとる気になれない、というのは子どもたちも同様のようで、疲れた足どりで北に向かい出している。

「お疲れさん」とルーベンに手を振ってやると、それでも笑顔が返ってきた。


「またね、ハック。あ、でもハックはもうこんなとこ来ないかな」

「分からないけどね。まあ他の仕事があれば、そっち優先かな」

「だろうね」

「まあ、また来ることがあったらよろしく、先輩」

「けけ、じゃあね」


 笑って、先を歩く女の子たちに追いついていく。

 何となくの気分で給金の貨幣を手に握ったまま、逆方向に歩き出す。


――確かにこれは、大人のする仕事ではないな。


 賃金の安さ、無駄としか思えない時間の使い方、加えてあの若い店員の態度を思い出すと、また行きたいとは到底思えない。

 アムシェルからはそこそこ貴重な情報がもらえたが、利点はその程度だろう。

 時刻は、十六時の鐘を聞いてかなり経ったくらいのはずだ。宿に帰って食事にするには早い、森へノウサギ狩りに出るにはやや遅い、中途半端としか言いようがない。

 一応、口入れ屋へ終了報告に行く必要はあるので、寄ることにした。子どもたちは口入れ屋登録をしていないので、商会の直接日雇い扱いなのだろう。

 戸口をくぐると、ラザルスの笑顔に迎えられた。


「ああハックさん、お待ちしていました」

「え、今日の達成報告に来たんですが。何か他にありましたか」

「ええ。領の役所より、お預かりしているものが」


 それほど大きくはない布の包みが持ち出された。

 開いた中から出した、薄いものを手渡される。前にここで一度だけ見たことがある、特殊樹皮の紙モドキのものだ。

 書かれた内容をラザルスに読んでもらうと、「領主から特殊依頼の報酬」ということだった。例の岩塩に関するものだろう。魔物絡みの件は済んだはずだし。

 包みから取り出した金貨一枚を受け取る。

 この辺は口入れ屋の規則上のものだろう、それ以上詳しいことを尋ねることなく、ラザルスは受け取りサインを指示して、手続きを終えた。


 町をぶらついて時間を潰した後、宿に戻る。

 後から戻ってきたトーシャの話では、魔物に関して特に動きはなかったらしい。


「山の方まで調査に出た者の話でも、変わった様子は見つけられなかったってことだ」

「昨日まで続けざまに襲来があって、それきり途絶えたということだね。これで収まったと思っていいのかな。避難民にも、三日程度見て帰還許可が出そうだと触れが回っているらしいし」

「そういうことだな」


 トーシャはあと二日衛兵の備えにつき合って、それで何もなければ山の方へ魔物捜索に出たい、と言う。

 それでなお何も見つからなければ、南方へ捜索を広げていく。

 とにかく当面は、新しい魔物を見つけて討ちとり、レベルアップを果たすことが目標、ということだ。

 一人で山に入るというのも本来なら止められるべきことなのだろうが、ここまでレベルを上げてすでに遭遇している魔物なら討伐の自信がある。例のガブリンの『鑑定』に【この森周辺で最強】と出ていたのだから、とりあえずはあれより強い魔物はいないということになる。


――まあ、ここの森周辺を離れたり、時間が経過したりしたら、その限りじゃないのかもしれないけど。


 少しずつ別行動になっていくことになるが、くれぐれも注意するように言葉をかけておく。

 翌朝は日の出くらいに出かけるつもりなので、黙って出ていくけど気にしないでくれ、と明日明後日のこちらの予定を告げて床に着いた。


 ちゃんと起きられるか案じてはいたが、窓の隙間が薄明るい程度の時刻に目を覚ますことができた。

 手早く身繕いをし、エディ婆ちゃん手製の袋を背負って外に出る。

 やはり陽は昇ったばかりの高さで、鐘はまだ聞かないが四時を回った程度と思われる。

 東へ向かって歩き、街道を出る門へ来てもまだ衛兵はいない。

 見渡す限り高さ三メートルあまりの石壁が続き、門の部分も初めて来たときと比べると見違えるようなしっかりした板戸になって閂で閉じられている。

 離れたところ、森へ続く門の付近には篝火が見えている。やはり夜間は、森の方の警戒に努めているようだ。

 人目に気を払いながら少し脇の壁に寄り、足元に高さ一メートルあまりの石ブロックを取り出す。

 それに飛び乗り、よいしょ、とさらに弾みをつけて石壁の上によじ登った。ブロックは『収納』で消し、一度外側にぶら下がる姿勢になって、飛び降りる。

 要するに門番に知られずに町を脱出したことになるが、法に触れることではない――はずだ。

 誰にも見られていないことを確認して、街道を東へ歩き出す。

 歩きながら干し肉を囓って朝食とし、一路東へ。

 道中、まったく人と会うことはなかった。魔物による避難指示が解除されていないのだから、当然だろう。

 途中休憩をとりながらでも、予定通り日が暮れる前にグルック村に到着した。


――ああ、この風景だ。


 半月ほど前に数日滞在しただけだというのに、どこか懐かしい眺め。

 街道からの入口の片側に、話に聞いた通り、数メートルの長さで高さ一メートル程度の石壁が作りかけになっていた。

 一段だけなら数十メートル先まで並べられていて、その先まで建設予定の線が引かれているようだ。

 すぐ脇にまだ積んでいない石ブロックが数個と、セメントだか何だかそんなものらしいどろどろしたものが木の箱にそのまま残され、固まりかけている。そのまた横に箱に入った粉状のものは、そのセメントらしきものの素ではないかと思われる。

 半乾きのセメントに水を加えて添えられていた棒で混ぜてみたが、それらしい粘度への回復は無理そうだ。それは『収納』で消して空にした箱に粉と水を入れ、適当ながらも目的に適いそうな固さまで練り上げる。

 できたセメントを『収納』し、石切場に移動して残されていた石ブロックをすべて『収納』。

 そうして作りかけの壁の箇所に戻り、


――よし、やるか。


 気合いを入れて、積み上げ工事を始める。

 高さ五十センチのブロックを六段積み上げていくのが目標だが、素人のやり方で一気にそこまでの高さにするのは難しそうなので、まず二段ずつ積む形で歩き出した。

 周囲約一キロメートルを、一時間弱見当で一周。

 続けてさらに二段ずつ積み上げで一周する。

 結局三周で目標の高さまで積み上がり、陽は山際に隠れかけていた。


――まあ予定通り、かな。


 先日トーシャと手分けして行った町の壁に比べて、追加する段数は多いが長さは短い。段数の分一周では終わらなかったが、あのときの一人分より作業量は少なかったはずだ。

 徒歩移動とこの作業で一日仕事、夜までかかっても仕方ないという目算だったが、何とか暗くなる前に終えることができた。


「さて、あとはどうするか」


 独りごちてはみるが、おおよそ腹は決まっていた。

 町へ戻るのに、このまま夜道の独り歩きにどんな危険があるかないか、何の知識もない。危うきは避けるべきだろう。

 せっかく作り上げた石壁の中、出入口の部分はぽっかり空いているが、まちがいなく他より格段に安全なはずだ。

 さらに安全を期して、久しぶりに石の「家」を取り出す。

 焚火の傍で焼肉とパンで夕食をとった後は、暗くなると早々に「家」に籠もって就寝態勢を作った。

 改めて、やり忘れはないか思い返す。

 街道からの出入口を除いて周囲一巡り、まちがいなく三メートル高さの壁ができ上がったはずだ。

 先日の町の壁についての奇跡を見ているのだから、村人たちもわけ分からないながらそれの続きとして受け入れることになるだろう。

 とにかくも納得して今の収穫に集中し、秋冬の準備に向かってもらいたいと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る