41 荷運びをしてみた
翌朝、領兵詰所へ出かけるトーシャと口入れ屋の前で別れた。
しかしこちらの仕事探しは少し出遅れということで、目ぼしいものは残っていなかった。職員の説明によるとは残りは「子ども向け」評価のものということだ。
「イザーク商会の積荷運びなんですけどね」
「日当が安いとかいうわけですか」
「まあ、そういうことです」
正確には、時給換算でそれほど安いというわけではないらしい。
仕事内容は、前にも通りがかりで見たことがある、運搬用の牛車への荷物の積み下ろしだという。商会から遠方へ輸送する分の荷物を、倉庫から車へ運ぶ。また町外から運搬してきた荷物を、車から降ろして倉庫へ運ぶ。
これがそれぞれ短時間で、午前と午後に分かれているらしいのだ。
運び出し用の荷物積み込みは、おおむね午前の
一方の運び込みは、午後の十四時頃から十七時頃にかけて、牛車が到着したときから始めて正味一時間程度になる。つまりは遠くから運んでくるので、到着時刻が正確に定まらない。それを雇用条件として、十四時頃からずっと待機していて作業開始から一時間程度換算の給金が支払われる、ということになっている。
午前一時間、午後一時間と勤務時間が分割されていて合計二時間にしかならないので、日当としてはたいした額にならない。
中途半端に空いた二つの時間帯なので、他の仕事との掛け持ちというのも難しい。
さらに、午後には無駄な無給の待機時間ができてしまう。
ということで、ふつうの労働者から敬遠されて不思議のない仕事なのだ。
そもそも商会側としては、ふつうの労働者を想定していないらしい。
口入れ屋職員の言う通り、文字通り「子ども向け」なのだ。
町中に定住の家を持たない子どもが何人かいる。その子たちに仕事を与えてやろう、という発想から、大人は引き受けにくい労働条件をあえて設定している、と公言しているのだそうだ。
――本音か建て前か、聞いただけではよく分からないけど。
とにかくそんな仕事が、いつも携わっている子どもたちの他に少数、こちらであぶれた者用の枠として常時口入れ屋に募集が来ているのだそうな。
この日は、そんな労働しか残っていないということなので。試しに受けてみようと思う。
――我ながら物好き、とは思うけど。
物は試しだ。本日はそういう見聞を広める目的、と割り切っていきたいと思う。今後のことを考えて、少し想定している情報等を集めたい思いもある。
受託の手続きをして、それほど離れていない商会の建物へ向かう。
勤務開始の九時に半時ほど余裕があるが、店脇の路地には数人の子どもがしゃがみ込んでいた。
その傍に立っていた若い男が服装からして店員らしく見えたので、挨拶をする。
初めての参加なので名前を登録し、勤務の注意を受ける。
口入れ屋で聞いた通りの時間の使い方、勤務内容は単純に職員の指示に従って荷物を運ぶということだけだった。
まだ時間に余裕があるせいか、アムシェルという店員は倉庫の前まで案内してくれた。
「こっちが穀物用の倉庫、小麦や豆類だな。それぞれ種類で分けて分かるようにしているが、小麦は二種類あるので、区別に注意してくれ。隣の倉庫は他の野菜や加工品、だな」
「はい。その、字が読めないんですが、区別とか大丈夫でしょうか」
「店の小僧が一緒に作業に参加しているし、さっき路地にいた子どもたちはだいたい毎日仕事しているから分かっている。怪しいところはそいつらに訊いてくれ」
「はい、分かりました」
そういう説明を受けて、路地に戻る。
しゃがんでいる子どもたちは女の子が四人、男の子が一人で、皆年頃は十代前半に見える。粗末な服装で、口入れ屋の人が言っていた「定住の家を持たない」、つまりは孤児なのではないか。
よく見ると、年長の女子二人は工事現場で見かけた気がする。さらに年長の少年少女から、無理はしないようにと注意を受けていた子たちではなかったか。
そんなことを考えているうち、口入れ屋の方から来た老人と言っていい外見の男が二人、面子に加わっていた。レキュラーメンバーなのか向こうで仕事にあぶれたのか、よく分からない。
やがて店の中から、こちらも十代前半と見える少し身なりがきちんとした少年が二人出てきた。アムシェルの言っていた「店の小僧」だろう。
九時の鐘を合図にして、そのうちの年長らしい十四、五歳に見える少年に、アムシェルは声をかけた。
「じゃあ、始めよう。ウィル、任せたぞ」
「はい」
路地の子どもたちが立ち上がり、ウィルと呼ばれた小僧を先頭にみんなで倉庫前に移動する。
まずは出荷する荷物を、倉庫の中から前の空き地へ運び出すのだという。
「いいか。まずはシロコムギが三十袋、キコムギが五十袋――」
ウィルの指示で、子どもたちが率先して動き出す。
こちらの若僧と老人たちは、それに倣う形だ。
どれも、一袋当たり十キロ程度の重さだろう。子どもや老人にも、とりあえず一つずつならそれほど無理なく運べるようだ。
四半時あまりで、倉庫からの運び出しは終わった。
一つ一つの運搬は重労働ではないが、陽射しが強く気温も上がってきているようで、みんな汗まみれ、熱中症が案じられる様相だ。
それでも休む暇なく、店の前に着けた牛車へ向けての運搬に移る。
一人ごとのノルマはないのでそれほど張り切る必要もないのだが、たった一名の若者層としてだらしなくすることもできず、足どりの緩んだ老人たちや女の子たちを追い抜くようにして往復運搬を続けることになった。
さすがに『収納』によるズルはできないし、やる気も起きない。
やはり合計一時間程度、十時の鐘が鳴る直前、車への運び込みは終了した。
車の中の積み込み調整をしていたアムシェルが降りてきて、手を叩く。
「はい、ご苦労さん。午後は十四時集合、よろしく頼みます」
ふうう、と息をついて、全員がその場にしゃがみ込む。
数呼吸落ち着けたところで、小僧二人が立ち上がった。脇の出入口から店の中に戻るらしく、移動していく。
身なりの粗末な子どもたち五人も、のろのろとそれに続いた。
中の年少らしい男の子が、声をかけてきた。
「
「そうなんだ」
素直に、子どもたちの後をついていった。
脇の戸口を入ると、四畳半程度の広さの土間になっている。小僧たちは奥へ上がっていったが、五人の子どもはそのまま土の上に座り込んだ。
上がったすぐの板の間は事務作業の場になっているのか、若い男が一人と子どものように見える一人が机に向かい合って座り、書き物らしきことをしている。
こちらでは女の子四人が固まって座り、その横にさっきの男の子が足を伸ばしている。その脇に空いたスペースに、腰を下ろさせてもらう。
隅に寄る格好にして、さすがに店の人が通行する余裕は空けておかなければならないだろう。
陽射しが遮られて外よりは確かに涼しい空気に息をついていると、男の子が話しかけてきた。
「今日は兄ちゃんのお陰で早く済んで、助かったよ」
「そうなのか?」
「いつもは十の鐘の後までかかるのがしょっちゅうでさ。それでも給金は変わらないんだから」
「なるほどね」
「兄ちゃんみたいなのがいつもいると助かるんだけどね。あれだろ、向こうで仕事の早い者勝ちに負けて、こっち来たんだろ」
「まあ、そうだ」
「ときどきいるんだよ、そんなの。俺たちは他の仕事雇ってもらえなくて、毎日ここなんだけど」
「そうなのか」
「俺、ルーベン。兄ちゃんは?」
「ああ、ハックという。よろしくな。午後からもまた教えてくれ、先輩」
「先輩だって、けけけ」
笑って、ルーベンは横の女の子たちを見る。
明らかにルーベンと仲間同士らしい女の子四人は、少し微妙な表情でこちらを窺っている。十一、二歳といったところかほぼ最年少らしく無邪気な様子の少年に比べて、初対面の男を警戒する様子だ。
「じゃあ、そろそろ行こう」
四半時くらい、休憩しただろうか。
年長の女の子の号令で、子どもたち一同は腰を上げる。
土に座っていた尻を払いながら、一人が奥へ向けて声をかけた。
「じゃあニール、お先に。頑張ってね」
「うん」
机に向かっていた子が、わずかに顔を上げて頷き返す。
金に近い薄茶色の短髪で、ルーベンと同年齢ほどの少年か、という外見だ。
親しげな声かけの様子からして、そちらも仲間だったようだ。
一緒に外に出ながら、ルーベンに訊いてみた。
「あの事務をしていた子も、仲間なのか」
「うん。ニールはサスキアの弟なんだけど、身体が弱いから力仕事はできなくて、読み書きできるから事務仕事なの」
出てきた名前は、よく分からない。
「なるほど。これからみんなはどうするの?」
「チビの連中がいるから、見てやんないと」
「そうなのか」
そのまま北の方面へ向かう子どもたちと、路地で別れた。どうも向かう先は、前に見た空き地のようだ。あそこで会った男が言っていた「ガキども」に当たるのかもしれない。
逆方向に歩きながら、三時間半程度の空き、どうしようかと考える。
少し思案の末、グルック村の人々を訪ねることにした。先日聞いたところでは、東の森へ向かう途中で脇に入ったところの農家に寄宿して、畑仕事を手伝っているはずだ。
かなり南の山方向へ入っていったところで、それらしき農家が見えてきた。近づくと、庭先でエディ婆ちゃんとユリアが、この家の人らしい女性と何か作業をしているようだ。
「あ、ハックお兄ちゃんだ」
すぐこちらを見つけて、ユリアが駆け寄ってきた。
腰に抱きついてくる、その頭を撫でて女性たちに挨拶する。
「婆ちゃん、お元気でしたか」
「お陰さんでねえ」
お土産だ、とノウサギ一羽を渡すと、喜んで受け取り、脇の女性に預けている。
夕食のおかずにしようね、と話しているところを見ると、やはり寄宿先の主婦らしい。
簡単に様子を訊くと。
男たちはもっと山側の畑へ農作業に出かけている。
今朝衛兵が来て話してくれたところによると、あと三日程度何もなければ村に帰ってよいということになりそうだ。
村の畑は豆類が収穫時期に来ていて、早く帰って作業をしたい。
しかし帰ることができてもまだ魔物の心配がなくなったというわけにはいかないので、村を囲む壁を作る作業も進めなければとヨルクたちは話している、ということだ。
婆ちゃんたちも収穫した豆類の始末をする作業中のようなので、長居をして邪魔するわけにもいかない。少し話した後、ユリアにも手を振ってその場を辞した。
商会へ戻ると、集合の十四時にはまだ余裕のある頃合いだった。
子どもたちや老人たちはまだ来ていないが、アムシェルが倉庫を開いて荷物受け入れの準備をしているところだった。
挨拶をして少し穀物を覗かせてもらっていいかと尋ねると、入口から見るだけならいい、という返事だ。
まあ荷物出し入れの仕事で中に入れるのだから、部外者にまったく秘密の蔵でないことはまちがいない。
午前にも出入りしながら見た内景だが、一通り積み重ねられた穀物の袋や暗くどこか粉っぽい空気を見回す。
正直を言うとやろうと思えばこの位置から『収納』で穀物袋を盗むことも可能なのだから、誰にも分からないのは承知しながらも少し気が引けたりする。
「小麦は二種類あるんですよね。種とか元からの種類の違いなんですか?」
「そうだよ。キコムギの方が弾力が強くて、パンなどに向いている。シロコムギはダンゴや菓子向きだな」
「なるほど」
「この他にキコムギについては貴族様用のもっと品質のよいものもあるんだが、うちでは扱っていない」
「へええ。貴族様用だともっと柔らかいパンとか焼けるわけですか」
「多少は柔らかく口当たりがいいということだな。私は実際口にしたことがないのだが、驚くのは柔らかさではなく、香りのよさということらしい」
「へええ。一度食べてみたいものですね」
「そんなパンはなかなか手には入らないし、目の玉が飛び出るような値段らしいぞ」
からかうように笑って。
まだ暇だったらしく、アムシェルはその他に豆の種類なども教えてくれた。
シロマメ、キマメ、ハナマメ、などの種類があるのだそうだ。
シロマメ、ハナマメは大振りで煮ると柔らかくなるので、スープの具などに使われる。キマメは粒が小さくて柔らかく煮にくいので、乾燥して保存食にすることが多い。
そんな話を聞いているうち、子どもたちも集まってきた。
まだ外からの牛車の到着報せが来ていないから土間で待つように、と言い置いて、アムシェルは奥へ入っていった。
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