40 様子を見てみた

 簡単に昼食をとった後、町中の様子確認とノウサギ狩りのために、外に出てみた。

 避難していた北方面の住人も家に帰ったということで、もう辺りは平穏を取り戻している。通常の仕事目的らしい通行人が行き交う光景だけだ。

 東門方向へ歩く途中にも、畑仕事をする農民の長閑な様子が目に入る。

 ただいつもと違うのは、壁建設の現場だ。

 肉体労働の者たちの姿はなく、いつもはそれらを監視している職員らしい人影が、数名分行き来して見えるだけになっていた。

 遠目にそちらを見ながら、足は止めずに門を目指す。


「突然当てにしていた日当が入らなくなって、困っている人もいるんだろうね」

「だろうな。仕方ないわけだが」


 おそらく朝この現場に来たところで仕事がなくなったと聞かされて、慌てた者も多いのだろう。果たして、代わりの仕事を見つけることはできたものか。

 これまで現場で見かけた顔がいくつか頭をよぎり、申し訳ない気も湧いてくる。

 食うに困る者が出ないことだけは、祈りたい。


「今日は先に、三人ほど森に入っているのがいるぞ」


 森へ続く門へ行くと、新しく設えられた板戸が開かれていて、顔見知りの衛兵が教えてくれた。

 どうも同じくノウサギ狩りが目的の、先客がいるということらしい。

 ずっとこうした同業者とは出くわさずにいたのだが、工事仕事が中止になった影響だろうか。

 弓を持った者もいたから、流れ矢に注意しろ、という話だ。


「どうする?」

「まあ、様子だけでも見ることにするか」


 確認すると、もともとトーシャはそれほどノウサギ狩りに拘りはないので、あっさりした反応だった。

 二人ともまだ日銭に困る状態ではないし、領からの報奨金が出たらしばらく余裕が持てそうだ。

 今日の目的は今後の方針を検討するための状況確認、という程度で構わないだろう。


 森の中は、やはり少し落ち着かない気配になっていた。

 かなり広さはあるので、人間も動物もすぐには姿が見えない。しかしそれでも、奥の方で忙しなく動き回る小動物の音が断続的に伝わってくる。

 いつもに比べると、例えてみればまるで何か異物が投げ込まれて水中や面に波が治まらない池のようだ。まあまちがいなく、狩人が徘徊しているというせいだろう。

 少し進むと、藪の隙間に動物の存在を知らせる『鑑定』の光が小さくちらつき出した。人間の通知を指示しても、それに該当する光はない。

 先客は、もっと奥にいると思っていいのか。


「弓を使っているなら、姿がなくても安心できないな。俺が周囲を見張ってやるから、お前は狩りに集中しろ」

「ああ、助かる」


 いつになく落ち着きのない動きばかりだが、ノウサギと思われる光が藪の中、二メートルほど先を横切ろうとしていた。

 すかさず、その進行先に石ブロックを出現させる。

 がつん、と手応え。

 急いで駆け寄り、頭を打って息の根を止める。

 少し考え、獲物は『収納』せずにそのまま麻袋に入れた。

 同業者と出会った場合、獲物をぶら下げている方が不自然がないと思うのだ。

 次に見つけたノウサギは、逸早く横手の方角へ逃げ込んでいった。

 こちらが動きをとろうとした瞬間、逆方向からの危険な気配を察したせいらしい。

 足を出しかけたところに当てが外れて、思わず少したたらを踏んでしまった。


「と、と――」

「やっぱり今日は、勝手が違うか」

「そのようだね。やつらも気が立っているようだ」

「そりゃ――あ、下がれ危ない!」

「え?」


 トーシャの警告に、慌てて数歩足を退く。

 次の瞬間、数メートル前方の藪に突き立つものがあった。鋭く飛んできた、矢だ。

 とりあえず今の動きのままなら危険はなかったろうが、もし万一こちらが前方に駆け出していることがあったら、まちがいが起きていた可能性もありそうだ。


「おい、弓はよせ! 人がいるんだ!」


 トーシャが呼ばわると、奥でがさりと藪が揺れ、静まった。

 代わりに、わずかその横手にがさがさと動きが生まれる。

 押し殺した、男の声がした。


「おい、だから気をつけろと言ったろ」

「……だけどよ」

「とにかくまず、姿を見せろ」


 トーシャの呼びかけにしばらく沈黙が落ち、やがて木立の奥に人を示す光が見えた。一つ、二つ。いや、三つか。

 逡巡の様子で少しの間左右に揺れ動いていたが、やや置いて観念したように近づいてくる。

 まさか弓を向けてくることはないとは思うが、トーシャは警戒して剣の柄に手を置いていた。


「悪い悪い、人がいるとは思わなかったんだ」


 無精髭に頬を覆われた、大柄な若い男が現れた。

 それよりは少し小柄ながら似たような風体の男が二人、後ろに続く。

 警戒を解かず、トーシャは低い声をかけた。


「弓を使うなら、人がいないか慎重に確かめるのが当然と思うが?」

「ほんと悪かったよ。いつも来ている森に、他に人がいるとは思わなかったんだ。あんたたちもノウサギ目的か?」

「はい。ここ半月ほど、ほぼ毎日狩りに来ているので」


 こちらが答えると、男は面白くなさそうに顔をしかめた。

 以前から狩りをしていた占有権のようなものを主張したかったのだろうが、しばらくのブランクを否定できず、言葉に詰まったようだ。


「身軽な格好に見えるが、そんなので狩りができるのか」

「はい、この通り」


 血の滲む麻袋を持ち上げてみせると、男たちは憮然と顔をしかめた。

 見たところ、三人ともにまだ獲物は手にしていないのだ。


「弓も何も持っていないようだが、そっちの剣で仕留めたのか」

「そんなところだ」


 やはり低く答える剣士に、男は肩をすくめてみせた。

 トーシャの腕が立つことを察して、揉め事は避けたい気になっているようだ。


「それなら、俺たちはもっと奥で狩りをすることにする。なるべくかち合わないようにしようや」

「分かりました。僕たちは逆方向に行くことにします。それで、あなたたちもノウサギを持ち込む先はヤニスさんの肉屋ですか」

「ああ、そうだ」

「肉屋と料理屋に、買い取りできるのは一日最大八羽まで、と言われているので」

「そうなのか?」

「せっかく狩った分が買い取りされないというのもつまらないでしょう。とりあえず今日のところは、一人二羽までということにしませんか」

「えーと……こっちは三人だが、そっちは一人分でいいのか?」

「ああ。俺はこいつの護衛だけだ」

「それなら分かった。そうしよう」

「よろしく」


 頷き合って、三人は奥へ向かっていく。

 木立の陰に消えていく背を目で追いながら、トーシャは苦笑の顔になった。


「相変わらずお人好しだな、お前は。おそらくこっちの方が狩るのは早いから、先に買い取ってもらえばいい話だろうに。あっちの様子なら、三人合わせて六羽も狩れないんじゃないのか」

「そうかもしれないけど。こんなところで争いになったり、あとあと恨まれてもつまらないからね」

「まあこちらは、今すぐ金に困ることもなさそうだから、いいがな」

「あっちはもしかすると、今日の日当がなくなるとすぐに困っているのかもしれないね」

「まあ、その辺はどうでもいいが」


 間もなくもう一羽を狩ることができたので、早々にこの場は離れることにする。

 門に戻る草地を歩いていると、向かいから来る男二人とすれ違った。一人が弓を担いで、やはり狩り目的らしい。

 こちらが担ぐ血が滲んだ麻袋をじろりと睨み、森へ向けて足を急がせていった。

 どうもこれから、競争は避けられないようだ。

 門番には「いつもより獲物が少ないんじゃないか」と声をかけられた。


「やっぱり他の人と出くわしたので、独り占めは避けることにしました」

「まあ、争い事になるのは止めてもらいたいところだな」

「まだ他にも、狩りに出る人は増えるんでしょうか」

「俺もよく分からないが、そうなるかもしれんなあ」


 ここの見張りは魔物の情報が出てきてからの臨時措置なので、衛兵たちも以前の状況はよく知らないという。

 もし門番が立たなくなって狩りをしたい者が増えると、トラブルの増加も予想される。やはり今後については、考えものかもしれない。

 料理屋と肉屋に獲物を売り払いながら、そうした現状を伝えておいた。

 肉屋のヤニスは、苦笑混じりの渋い顔になっていた。


「そうか。お前さんが持ってくるのは傷みも少なくて助かっていたんだが」

「済みません、他の仕事も探しておきたいんで、今までほど確実にはならないかもしれません」

「まあ、仕方ないわな」


 続いて口入れ屋に依頼達成の届けをする。

 話を聞くと、やはり壁工事の仕事が中止になって混乱しているらしい。

 ただ、ここ数日は魔物の危機が迫ってかなり無理矢理増員をかけていたところなので、明日以降、その分については元に戻るだろう。

 また先日ダグマーがそうだったように、近隣からの出稼ぎ者の中には農作業のために村に戻る者も出てくる頃合いだ。

 そういうことからすると、仕事がなくて路頭に迷う者はそう多くないだろう、ということだ。

 役人に聞いた話では、一晩で東側の壁がほぼ完成してしまった奇跡的出来事の原因は、杳として分からない。しかし現実としてそうなってしまっているし、そのため予算に余裕が出るので、近いうち西側まで壁建設を広げることになりそうだという話もある。

 もしそうなったらまた雇用が出てくるので、今の混乱も間もなく収まるかもしれない、という。

「まあ今日になって起きた事態だから、まだ確かな方針は分からないんだけど」というラザルスの話だ。


「僕もその関係で仕事にあぶれてしまっている口なんですけど、明日以降何かありますかね」

「商店の荷物運びとか、農家の手伝いとか、限られていますね。朝ここに来てもらって、早い者勝ちということになります」

「そうですか、分かりました」


 口入れ屋を出て、その向かいの衛兵詰所に顔を出す。

 昨日とこの日の魔物狩りの報奨として、銀貨二百枚を渡された。もちろん、二人合わせた分だ。

 この日の礼に加えて、小隊長からトーシャに依頼があった。

 まだ数日は魔物の襲来がないか警戒を続けていかなければならないので、協力してほしいということだ。

 もしもの場合はすぐ迎撃に加わって欲しいというのがいちばんの目的で、そのため何もなければ衛兵とともに巡回と詰所待機を交代で行う。それに合わせた日当が支給される。

 とりあえず三日間、という約束でトーシャは引き受けることにしていた。

 今回の魔物の群来が先日の噴火のせいだとしたら、その程度の期間を見て収まりを確かめればいいだろう、という見込みらしい。


 宿に戻って、受け取った報奨金はきっちり二等分することにした。

 昨日のはともかく今日の分の報奨は戦闘に駆り出されたトーシャに対してのもののはずだが、それも含めて折半にしようという。

 まあ一連を通して、二人の功績についてどっちがどうだと判定のしようがなくなっている。

 追い剥ぎに遭ったところをトーシャに救われたり、トーシャの命を救ったり、レベルアップに協力したり、自己満足に近い壁建設につき合わせたり、といった諸々を考え合わせると恩の貸し借りなどもう訳が分からない。この折半をもってすべてチャラにしよう、ということにした。

 今後それぞれの行動は、別になるかもしれない。ただ互いに協力や相談が必要な事態になったらできるだけ助け合おう、と約束をする。


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