38 頼んでみた
そこへ「それにしても」と、こちらから問いかけた。
「こんなに次々と魔物が現れるなんて、異常事態ですよね。今までこんなこと、なかったんでしょう?」
「そうだな。東の方では群れで現れたというのがあったが、この町の近くでの目撃は、一匹ずつだ」
「僕らもこないだのトーシャの意趣返しのつもりで、一匹だけを狙って出てきたんですが。こんなに次々と現れて、もうダメかと思いました」
「そりゃそうだろうなあ」
「何かこんなのが騒ぎ出す原因があるんでしょうか。昨日の噴火が関係しているとか」
「分からんが、あるかもしれんな」
全部の死骸を町まで運ぶには、量が多すぎる。二種類の魔物一体ずつを運搬することにして後は付近に埋めてしまおう、と衛兵たちは相談していた。
あとは任せてお前たちは先に帰れ、と小隊長に指示された。
「今回は助かったが、こんな無謀な真似、二度とするなよ」
「はあ……」
頭をかきながら、トーシャは明瞭な返事をしない。
戦闘力アップのために、今後も別な魔物狩りは続けるつもりなのだ。
そんなやりとりをしていると、妙な音声が聞こえた。
かなり遠く、ウォォーー、という獣の声のような。北東の山の方角か。
「何だ?」と衛兵たちが顔を見合わせている。
「オオカミか?」
「いや、モリオオカミの声とは、少し違う」
山方面に詳しいらしい衛兵が、かなり自信ありげに断定している。
難しい顔の小隊長に、「もしかしたら」と話しかけた。
折り重なったオオカミモドキの死骸を指さして、
「そこの魔物の声かもしれません。さっき森の中で遠吠えしていたのと近い気がします」
「そうか。そうすると――」しかめた顔で、小隊長は山の方を見通す。「遠いが、まだこいつらの仲間がいるかもしれん、ということか」
「もしかすると、ですね。それに、さっき話したように奴らの動きに噴火が影響しているなら――」
「まだ山の方にいる奴らも、こちらへ移動してくるかもしれん、か」
「ということですね」
ますます渋い顔で、小隊長は考え込んでいた。
そうしてから、部下たちに指示を出す。
「俺は彼らとともに町へ戻って、本隊に報告を上げる。お前たちは死骸の処理を進めていてくれ。応援の連中も呼んでおくから」
「はい、分かりました」
町中の領兵隊詰所に連行されて、さらに御偉方らしい人の前でもう一度経緯を説明させられることになった。
こちらからは、石投げで援助しただけの若僧の存在はできるだけ広めないでくれるように頼んでおいた。
妙な評判が広まって、それこそまた魔物などの征伐に頼りにされたり、腕自慢に勝負を挑まれたりしても困る。そう言うと、小隊長は苦笑で承諾してくれた。
それ以上はさほど手間取ることなく、解放される。しばらく宿泊先は変えずすぐ連絡がつくようにしているように、と念を押された上で。
何だかんだで疲れ果てた思いだが、まだ昼前だ。
外出禁止までは申し渡されなかったので、宿でしばらく休息した後、また東の森にノウサギ狩りに行くことにする。
トーシャも石ブロックを出すタイミングの練習をしながら、ノウサギを狩っていた。
レベルアップのお陰でノウサギ相手なら剣だけでもかなりの余裕で仕留められるようだが、それ以上の難敵相手にはブロックでの足止めが有効という判断で、練習を続けるという。
昨日同様四羽ずつを狩って、町に戻ることにした。
改めて見ると、町の東側から北側にかけてまた一段と壁が高くなっている。しかしそれでもようやく二メートルを超えたかという程度で、もうそろそろ本日の作業は終わるところだ。
門番の話では、魔物出現の話を聞いて作業を急がせているが、これが限界ということらしい。
「石を一個運ぶのに二人がかりだとか、この高さになったら足場を組みながら移動しなけりゃならないとか、積み上げる位置をかなり正確に合わせる必要があるとか、かなり緻密な注意が必要なようでな。日が落ちてから篝火の中で作業するというわけにもいかないらしい」
「でしょうねえ。でも北の衛兵の人とも話したんですが、オオカミをでかくしたような魔物が群れで近づいているらしい、この壁の高さなら跳び越えてしまいそうだ、ということになりそうですよ」
「ああ、それも報告で聞いている。しかし今夜から明日は、これで凌ぐしかない。ここと北の門には、森の方を見張る不寝番を立たせる予定だ。明日明後日には壁もほぼ完成して、その話に聞く魔物でも簡単に跳び越えるわけにはいかないということにできそうだ」
「明日明後日までの辛抱、ですか」
「そういうことだな。今夜から明日にかけてそんな群れが現れたら、かなり決死の迎撃をしなきゃいかんことになる。まあそれでも領兵の上層部でもこの件は重く見て、思い切って人手を割くことにしたようだから、お前たちも安心していいぞ」
「はあ」
町中へ向かいながら、トーシャと話した。
こちら二人がいちばん分かっている、というよりも他に実際あのオオカミモドキが動くのを見た者はいないはずだが。まちがいなくやつらは、今の壁の高さなら軽々と跳び越える。それを阻止するには、少なくともあと二段は石ブロックを積み上げなければならないだろう。
最近の作業の進捗を見る限り、おそらく一日半程度は必要だ。
領兵の見張りを立てていざ群れが現れても外でそれを迎え撃つ、ということだが、壁の高さが十分あるかどうかでその気構えもかなり変わってくるだろう。一匹でも防御をすり抜けられたら町中まで侵入を許してしまうというのと、背後の壁が防いでくれるというのとでは、気持ちの余裕がまるで違う。
しかも。この点はまったく
「ここの領兵の腕前は知らないが、隣の領と同等だとして、平均的な兵の剣の腕で、あのオオカミモドキを一人で一頭足止めするのは無理だと思うな」
「また二十頭くらいの群れで来たとして、倍の人数はいないと安心できないって感じか。そんな人数を用意できるのかな」
「朝の北の門で、十人くらいだったか。それよりは上の覚悟も違っていると思いたいがな。しかし夜を通した不寝番に、どれだけ人数を割けるか」
渋い顔で考え込みながら、町の中を歩く。
料理屋と肉屋で獲物を売り払い、口入れ屋で報告手続きを済まして、宿屋へと向かう。
その道すがら、躊躇いながら切り出した。
「トーシャ……頼みがある」
「おう分かった。頼まれた、協力する」
「――っておい、まだ頼み事の中身を言ってないんだが」
「俺もたいがい他人の気持ちを察するのは苦手な方だが、さすがにこの話の流れなら見当がつくぞ。まあ本来の性分には合わないが、お前には借りがあるからな。黙って手伝うさ」
「――そうか、感謝する」
トーシャの「性分に合わない」というのも、十分に理解できる。
別に、こんなぽっと出の異郷人がしゃしゃり出る謂れなど、まったくないのだ。
この町に住みついて、まだひと月にもならない。場所への思い入れなどほぼない。関わりを持った人間も、まだほんの数人に過ぎない。
このまま他人事として傍観していても何の問題もない、誰から責められるでもないのだ。
しかしそれなのに、気持ちの何処かに引っかかりが残ってしまう。
誰に言えることでもないが、明らかなことがある。
この町のほぼ総力を挙げても不可能な防御態勢の整備が、この二人になら可能なのだ。
それを知らなかったふりをしていて、もしも今日明日で何処かに被害が出たら、何とも寝覚めが悪い思いが残ることになりそうだ。
そして何よりも自分個人にとって、グルック村の人々が町の東端というかなり危険な地区に宿をとっている、という事実がある。もし万一彼らに難が及ぶことになったら、一生自分を許せないことになるだろう。
もし実行しても、ややこしい事態が付随してくるのはまちがいない。メリットなど、ほんのわずかな自己満足程度のものだろう。
ましてや、トーシャにとってはほぼ何の利益もないことだ。
それでもこの、まだ付き合い深くない友人は、快活に笑っていた。
「俺はまったく要領が分からないからな。お前が段取りを組んでくれよ」
「分かっている」
夕食を済ませ、十分に日が落ちた後。
並んで宿を出て、半月の明かりだけが頼りの夜道を歩いた。
いつもは早朝に辿る道順が、暗く沈んでまったく別物のようだ。
歩きながら、段取りを説明する。本来の工程、これから実行することの手順と注意。
やがて闇の中に見えてきた現場に、予定通りまったく人影はなかった。あらかじめ
接近している魔物がもし夜行性だとしたら、付近に人がいたらわざわざそいつらを呼び寄せる撒き餌にもなりかねないのだから、当たり前の配慮と言える。
いつもの受付場所を過ぎて奥へ進むと、大量の直方体状の石が積み上がっていた。すぐ横に、すでに水で練られたセメント
それらのすべてを、二等分して二人で『収納』する。
そうして、手近な壁建設地点に移動。正確ではないが、全長十キロ程度の建設途中の壁の、ここらがほぼ中間地点になっているはずだ。
「じゃあ、打ち合わせ通りね。トーシャはそっち、東方向を頼む。僕は北方向だ」
「分かった」
最初は並んで、作業を開始する。
すでに二メートル少し程度まで積まれた壁の上面にセメントを塗り、石ブロックを積み上げていくのだ。
だいたい二~三段分を積んで、約三メートルの高さに揃うことになる。
月明かりだけを頼りの作業だが、この二人には足場も精密な調整も要らない。
ただ「下の段と揃う位置に『取り出し』」と指示するだけで、完了してしまう。いつもながら、体力も魔力も消費しない。実際にまったく、手を使う必要さえない。
使う体力はほぼ、これから作業現場の端まで、約五キロメートルを徒歩移動するという点だけだ。
数個の積み上げで要領を掴んで、トーシャと手を振って、右と左に別れた。
「任務の無事を祈る」
「ラジャー」
ほとんど音さえ立てずに、今さらながら魔法のような不思議な光景で、作業は進む。見る見るうちに、壁の高さが揃っていく。
ただ、トーシャの側はほぼ心配いらないが、こちら方向は少し注意が必要だ。
間もなく、東の森に向かう門に近づく。その付近には、衛兵の不寝番が見張りに立っているはずだ。
まだ低い壁の上に身を乗り出して窺うと、予想した通りだった。
十名程度が固まっているようだが、その位置は少し門から離れ、完全に森に向かった姿勢で篝火を焚いている。建設中の壁から、五十メートル以上は距離がとられているだろう。
一般町民には「壁に近づくな」という触れが回っているのだから、この極秘作業を目撃される危険があるのは、この見張りの人たちだけだろう。しかしそれもこの程度距離がとられて、注意は逆方向に向いているのだから、ほぼ心配はない。
すでにできている壁に遮られて、姿を見られることはまずない。
石ブロックが宙に出現する瞬間を目撃されるのでさえなければ、少し前より数段高さが変わっているということもさほど気がつかれないのではないか。たまにこちらを振り向くことがあってもまさかそんな短時間で高さが変わるなど想像だにしない、月明かりでおぼろげな中、疑問を持つこともないと思われる。
ということで、さほどそちらを気にせずに作業を進めていく。気をつけるのは、石の取り出し位置を高くして物音を立ててしまう、ということがないようにという点だけだ。
さらに、東の街道から続く門を過ぎる。こちらは門の付近だけ壁が高くでき上がり、新しく大きな板戸が作られて内側から閂で閉じられていた。
ここに人の姿はない。夜間の警戒は、森方面に集中しているのだろう。
そのあとはしばらく、内側に畑が隣接する光景が続いた。
やがて少しずつ民家が近づくようになってきたが、それでも作業を見咎められる心配をするほどではない。
一応闇に目を凝らして人影の有無に注意しながら、進んでいく。
石ブロックの数が足りるか案じられたが、途中二箇所に別の保管場所が設けられていたのでそこで補充した。考えてみたら十キロに及ぶ建設作業、拠点が一箇所というわけがない。
またしばらく進んで、見覚えのある一帯になってきた。朝にトーシャと共に壁を乗り越えた地点、さらに少し向こうには北の森に向かう門が見えてくる。
その門から少し出た辺りに篝火が見え、東門よりかなり多い人数が詰めているようだ。さすがに実際魔物が出現した森の見張りには、人数を割いているらしい。
それでもこちらのやることに、変わりはない。
一同の注意が森に向いているのを確認して、作業を続けていく。
さらに一キロ余りを進んで、壁の端に着いた。
初めて見たが、話には聞いていた。町の北から西寄りと南方面は岩山に面していて、まず魔物などの侵入は考えられない。ということで、当面の壁建設はここまでということになっているという。西方面に開けた地帯は、また改めて計画されるらしい。
トーシャの作業方向も、同じように南の岩山で終了しているはずだ。
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