37 迎撃してみた

 醜怪な顔に、生命反応が消えて。

 一呼吸後、トーシャは大きく頷いた。


「うん、またアップした。レベル3だ」

「そうか」

「悪かったな。ブロックを出すタイミング、早かったか」

「咄嗟だから、難しいよな」


 トーシャはブロックを『収納』し直す。

 こちらでは、埋もれた魔物の全身を『収納』し、草地の上に仰向けに取り出し直した。空いた穴には土を戻しておく。その箇所だけ草が消えて、新しい土が露出した結果になった。


「しかしそんな、咄嗟に落し穴を作る方法もあったんだな。これの方が、ブロックでつまずかせるより確実なんじゃないのか」

「そうかもしれないけどね。ブロックは『取り出し』だから、およそ十メートル先までできる。この落し穴は『収納』だから、二~三メートル先じゃないとできない。失敗したらもう終わり、という最後の手段になるんだ」

「ああ、そうか」

「まあ、穴を空けて次の瞬間にその土を頭上から落とす心積もりをしていたから、完全に穴に填まっていなくても奴の動きを止めることはできたと思うけどね」

「なるほどな。もしうまく穴に落ちていなくて横倒しとかになったら、首だけ残してというわけにいかない。剣で止めを刺すのがうまくいかなかった、という程度のちがいか」

「たぶんね」

「まあ何にせよ、助かったよ」


 並んだ二つの巨大な死骸を眺めて、改めて二人で安堵の息をつく。

 考えてみれば柄にもない、よくこんな危険なものに接近を試みたものだ、と思う。

 町とトーシャの都合がなければこんなこと、金を積まれてもくり返したくない行動だ。


「とりあえずこいつらはこの状態にして、衛兵たちを呼んでくるべきだろうね」

「ああ。二匹退治したというのは、ちゃんと知らせるべきだろうな」

「避難を始めた町民に安心してもらう必要もあるからね。それにしてもこれ、主にトーシャ一人で仕留めたことにしてよ。僕は石を投げて助勢した、という程度で。それ以上は説明のしようがない」

「まあ、そうか。そういうことにするしかないな。報奨金が出たら、山分けでいいか」

「そういうことで」


 頷きながら、トーシャは何やら上体と両腕をしきりと動かしていた。

 やがていきなり剣を抜き、両手で縦横に振り始める。


「どうしたんだ、いきなり」

「いやさ……」


 腕を止めて首を傾げ、また振り始める。

 剣を放した左腕を振って、顔をしかめ。

 また両手で剣を握って、首を傾げている。


「何か感覚がおかしいと思ったら、左腕が動くんだ」

「どういうことだ」

「この左腕、ふつうにしてたらまだ傷が引き攣る感じでまともに動かないんだけどさ。剣を握って振るのには、ちゃんと問題なく動くようになってる」

「へええ。もしかして、レベルアップのお陰か」

「そうとしか思えないな」

「戦闘能力が上がるっていうのだから、剣を握った戦闘状態のときは傷めた部分も正常に使える、とかか」

「そうなのかもしれんな。レベル3の効果か」

「何にしろ、いいことじゃないか」

「だな」


 もう数度、剣を振り。大きな動作で鞘に収める。

 そんな仕草を感心して見ていたが。

 そちらに気をとられていて、注意が散漫になっていたかもしれない。

 後から考えると、大きな死骸を二つ転がしたまま、というのも考えものだったかもしれない。

 狩った死骸をそのまま放置していると、その血の匂いでさらに危険な肉食動物の接近を招く恐れがある、というのは猟の際の常識だったはずだ。

 気がつくと、何か剣呑な気配が聞こえてきていた。

 今度は、やや東寄りの方向か。

 さっきの奴に比べると大きな音ではないが、細かく大量に、という感じだ。


「何だ?」

「また魔物か、獣か?」


 言い交わす間に、音は近づき。

 いきなり、ウォーーン、という吠え声も聞こえてきた。


「オオカミか?」

「かもしれん」


 思わず数歩、東側の森と距離をとる。

 待つ間もなく、そちら側の木の間から跳び出してくるものがあった。

 続いて、二頭、三頭。

 見た目はオオカミかと思ったが、茅色の四つ足姿は以前遭遇したそれより二回りほど大きい。

 しかも、口には下向きに大きな牙が覗いている。

 獣か魔物かはともかく、以前のとは違う種類のようだ。


【四足歩行の魔物。決まった名称はない。体長二メートル前後、体重百五十~二百キロ程度。走る速度はモリオオカミ以上。主に群れで行動する。雑食で、獣や人を食う。特に人肉を好む。】


「やっぱり、魔物か」

「らしいな」


『鑑定』結果からして、逃亡も戦闘も楽観のしようがない。

 草地に駆け込んで一度止まり、こちらを値踏みするような目を向けている。それがたちまち数を増して、十頭以上、二十頭近くはいるようだ。


「トーシャ、相手できるか?」

「一頭二頭なら何とか、か。この数一度に来られたら、無理だ」

「しかし、速さもオオカミ以上らしい。逃げるわけにもいかない」

「そうか――」


 返る声の調子からすると、トーシャの『鑑定』には速度に関することまで出ていないらしい。

 およそ二十メートル×五十メートルの長方形のフィールドで、幅二十メートルに少し余裕がある程度まで広がった群れは、およそ二列まで揃って集結を終えたようだ。やはり総数二十頭といったところか。

 こちらを餌認定したように、涎を垂らさんばかりの表情で、今にも飛びかかってきそうな様子だ。

 トーシャの言うように、このまま一度に来られたら、対処のしようはない。特にこちら一名は、何の武器も手にしていないのだ。

 思ううち、先頭の一頭が駆け出す気配。


「くそ!」


 考える余裕もなく、できることをした。

 その進行先に、高さ二メートルの石壁を出現させる。

 しかしいつものように鼻先にタイミングよく、というわけにいかない。驚きはしただろうが余裕を持ってストップしたらしく、衝突音は響かなかった。

 それでもとりあえず、突進を止めるのが目的だ。横へ回ったり、続く奴らが駆け抜ける前に。

 続けざまに、同じ石壁をその横に並べていく。次々並べて、幅二十メートル近くの草原がすっかり二分されるまで。

 横手の木立の中まで迂回に走るか、まで予想したが、奴らはそんな迂遠な策をとらなかった。

 見えなくなった向こうで、しばらくがさがさと動く足音が聞こえたが。

 次の瞬間、ポーンとばかりに壁の上に跳び出す一頭の姿が出現した。

 あの図体で、二メートルの走り高跳びは楽勝らしい。


「任せた、トーシャ!」

「おう!」


 とりあえず一頭だけ、それも着地地点がほぼ予想できるのだ。

 駆け寄ったトーシャが剣を一閃。足が地に着く直前のその首を撥ね飛ばした。

 しかし、安堵する暇はない。

 続けてもう一頭が、壁の上に跳び出してくる。

 すぐに駆け寄って、トーシャが首を撥ねる。

 そのまま、もう一頭、続けてもう一頭。

 そうするうちに跳び出す相手の数が増え、トーシャの対処が間に合わなくなってきた。

 それを見てとり、間に合わない相手に近づく。

 着地地点を計って、落し穴を空けるのだ。落ちたところで、すかさず上から土を落とす。

 結果を見る手間もとらず、次の獲物へ。

 もう着地が済んでいても駆け出す前に、足元の地面を消す。

 そうするうち、トーシャが叫んだ。


「くそ、レベルアップが止まった」

「そうなの?」

「三頭倒すまでは上がったが、それで終わりらしい」

「そうか」


 それならますます遠慮は要らない。

 奴らが全員一斉に跳び越えてこないのは、まちがいなく一度下がって助走をつける必要があるからだろう。まだ十頭以上が壁の向こうで、うろうろしているはずだ。

 その順番待ちらしく、一度わずかに跳び越えの間が空いた。

 そこを狙って、壁に近づき。

 向こう側、半径約十メートルの半円内に、ありったけの石礫を雨霰とばかりに降らせてやった。


 どどどどど――。

 キャキャキャキャーー。


 ひとしきり喚き立てる吠え声が立ち上がり。やがて、消えた。

 しばらくの間油断なく壁の上と向こう側の気配を探っていたが、かすかな蠢き程度以外はなくなっていた。

 隣に肯きかけて、ブロック一つを消す。

 草地の上に、人の頭を越える大きさの石にところ構わず打たれて横臥する四つ足獣姿が、折り重なっていた。

 ところどころで、断末魔よろしく震える動きが窺える。

 数えると、十二頭分だ。


「容赦ねえな、お前」

「容赦なんて余裕、なかったろう」

「違えねえが」

「まだ息のある奴の止め、頼める?」

「分かった」


 苦笑いで、トーシャは剣を提げて歩み寄る。

 一頭ずつ様子を確かめて、首筋を剣で斬っていく。完全に息のないものを除いて、十頭近くは処理したようだ。

 その間にこちらは、すべての石壁を『収納』し直した。

 少し考えて、落し穴に埋めた個体はそのままに、穴の痕跡だけ分かりにくくしておくことにする。後で衛兵などが現場検分をしたとき、こ奴らの死因の説明はしにくいので。


「トーシャがレベルアップしたってことは、こいつら魔物でまちがいなかったんだな」

「だな。お陰で、レベル六になった」

「おめでとう」

「それにしてもこんな、続けざまに魔物が現れるなんて思いもしなかったな」

「だね。できすぎというか。やっぱり昨日の噴火が関係しているのかな」

「かもしれないな」


 続いて魔物の死骸の間を歩き回り、大きいものから優先して石礫も『収納』していく。さすがに草地を埋め尽くしそうな量は、説明に困る。逆に手で投擲できそうな大きさのものは相当量残して、死体損壊の説明がつくようにしておく。

 そんな作業があらかた終わった頃、また何かが近づく音がしてきた。

 今度は南側、町の方向だ。数はそこそこのようだが、大きなものではないらしい。


「人間か?」

「衛兵たちじゃないのかな」


 こちら二人が森に入り、大きな魔物が遠ざかっていった。そこまでは門から見えていただろうから、そろそろ様子を見に来る頃だ。

 ずいぶん長時間戦闘をしていたかのような実感があるが、落ち着いて考えるとまだ三十分も経っていないのではないか。

 がさ、と低木をかき分け、予想通り兵士の装備をした人間が現れた。

 後に続く者を合わせて、五名らしい。


「ああ、いた。お前たち、いったい何を――」

「な、何だ、こりゃあ!」


 問いかけと驚愕の叫びが、交差する。

 夥しい魔物の死骸を目にして、当然の反応だろう。


「何だこれ、みんなお前たちが退治したのか?」

「はあ、まあ……」


 トーシャの返答にいぶかりの目を向けながら、どこか恐る恐るの足どりで一行は近づいてきた。

 散らばってそれぞれの死骸の検分を始め、代表者らしい一人がこちらに質問をしてくる。

 小隊長の肩書で、昨日トーシャに報奨金を届けに来た人物だという。


「剣を持っているのは、お前一人だよな。お前が全部、倒したのか」

「まあ。こいつが石を投げて助けてくれて」

「信じられんな。あの、一匹でも五人以上でかかって苦戦しそうなでかいのが二匹と、そっちは見たことがない、オオカミをでかくした感じか、それがこんな数で」

「でかいの二匹は別々だったし、オオカミみたいなのはその後で出てきた、す」

「それにしても、だ」

「トーシャはマックロートの町で稽古して、剣の腕は領兵と比べても上位の方だと言われたらしいですよ」

「そうなのか」

「でかい奴は、こいつが石投げて気を惹いた隙に、後ろから斬りつけた、す。あまり褒められた戦い方じゃないけど」

「まあ、人間相手なら卑怯呼ばわりされるかもしれんが。こんな魔物じゃ仕方ない、というかうまくやったと言うべきだな」


 こちらに戻ってきた兵が「確かにガブリン種は二匹とも、首の後ろが斬られています」と報告した。

 オオカミモドキの方を見た者からは、「首を斬られたのが十四匹、石で頭を割られたのが二匹ですね」という報告だ。

 うんうんと頷き、小隊長は一応納得したようだ。


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