35 案じてみた

「こんなものだ」

「鮮やかなもんだな。さすがに慣れている」

「まあね」

「これなら、練習すれば俺にもできるかもしれんな」


 使っている岩ブロックのサイズを教えてやると、頷いてトーシャは離れていった。少し先の岩地へ行って、ブロックの『切り取り収納』を試みている。

 これまで経験がないと言っていたが、ちゃんとうまくいっているようだ。

 その後こちらと距離をとって同じ猟法を試していたが、すぐに要領を掴んだようだ。おそらく剣士の才能から、動体視力や反射神経が優れているのだろう。

 止めは剣で首を斬り落としているが。


「あれ、すぐ止めを刺してしまうと、血抜きにならないんだったか?」

「いや、肉屋の話によると、血抜きにはそれほど拘らなくていいんだそうだ。それよりも大切なのはできるだけ早く水で冷やしてから解体することなんだって。この点はすぐに『収納』してしまうから、問題ない。だいたい三~四羽仕留めた後、まとめて川に運んで処理しているんだ」

「なるほど」


 こちらが四羽仕留めた間に、トーシャも三羽の猟果があったようだ。

「そっちのもう一羽で終わりにしよう」と声をかけると、「おう」と返事があった。

 見ていると、剣を『収納』したらしく手ぶらでがさがさと標的を誘っている。

 いきなり飛び出してきた一羽に、今度は岩ブロックを使わなかった。右手に剣を取り出して、一閃。次の瞬間には、茶色の首が胴体と別れて宙に舞っていた。

 さすがに、剣士の腕前だ。


「お見事」

「剣の腕は、それほど落ちちゃいないようだ。しかし左が使えないんで、これ以上力が入らない。もっと大きい獣だと、一撃で仕留めるというわけにはいかないな」

「そうなのか」


 その後は奥の小さな川に移動して、解体の要領を教える。

 さすがにこれは大剣を使うというわけにはいかないので、石ナイフの作り方を教えるとトーシャはすぐに会得して、それで作業を進めていた。

 二人合わせて八羽の結果だ。

 肉屋のヤニスに確認してこの数まではまちがいなく買い取ってもらえることになっているので、それぞれの収入にできる。

 運搬用の麻袋も分けてやると、詰め込んだ獲物を片手で担ぐのに苦労している。


「これ、かなり重いよな。『収納』で運ぶのじゃダメなのか?」

「あそこの門番や町の人に、手ぶらで歩いているのを見せるわけにはいかないからな。門番にはすっかり覚えられていて、袋の大きさでだいたい何羽入っているか当てられてしまうんだ」

「なるほど。それなら、代わりに布類でそれなりの大きさが入っているように見せかけて、後で入れ替えるってのはどうだ」

「おお」


――そんな狡い方法は、考えたことがなかった。


 門番の前でだけはそれなりの重さがあるような演技が必要になるが、何とかなりそうだ。

 中身を見せろと言われることはまずないし、万一の際は一瞬相手の目を盗めば、『収納』『取り出し』でたちまち入れ替えることができる。

 最悪バレたとして、何の罪になるわけでもない。

 今日は獲れなかったのが恥ずかしいので誤魔化した、と言えば笑い話で済むことだ。


「なるほど、いけそうだね」

「だろう」


 共犯の笑いを交わして、そんな誤魔化しの準備をする。

 いつもより時間が早いのでその後、トーシャが剣を振るう試行をするのを見物した。

 それから、石の家作りを指導する。

 結局二人の『収納』に共通して、石の家、多数の岩ブロック、大小取り混ぜた石礫、大量の土が収められることになった。

 大量の水は当然、元々入っている。

 土に関しては、最近思いついた。岩で頭を潰したりして狩ることをしたくない獲物に、大量の土を被せて窒息死させよう、というものだ。絶命を確認した後、土だけ『収納』したら何事もなかったかのように綺麗になるので、まずまず使える。


「攻撃の方法は、いくつも用意しておいた方がいいからね」

「確かにな」


 そんな話をしているとき、いきなり足元が大きく揺れ出した。

 何処かで、地響きめいた音も聞こえた気がする。


「え、何だ?」

「地震か?」


 幸い、揺れは長く続かなかった。

 周囲に、崩れて危険になりそうなものもない。

 小川の流れも辺りの佇まいも、今し方と変わらない。

 地震大国日本の出身としてそれほど慌てふためくものではないが、異世界に来てこんな経験をするとは思わなかった。


「もう、大丈夫かな」

「ああ。こんな地震、ここでもあるんだな」

「震度、二か三かというところかな」

「そんなところだな」


 やはり同じ日本人同士、妙に落ち着いて感想を話し合ってしまう。

 そうして辺りを見回すと、上方に妙なものが見えた。


「あれ、何だ?」

「煙か?」

「山火事? いや――」


 近隣の森を越えてその先、そびえ立つ山々の隙間辺りから、濃い灰色の煙らしきものが太く青空に立ち昇って見えるのだ。

 なかなかに恐ろしい想像が浮かんで、友人と顔を見合わせた。


「もしかして――」

「火山か?」

「近くに活火山があって、今のはその噴火のせいだとか――」

「冗談じゃないぞ、おい。あの煙、結構近いんじゃないか」

「だね」


 しばらく観察していると、煙は徐々に収まっていくようだ。地面の震動も、それきりない。

 本当に火山のせいなのか、ここで見ていてもそれ以上分からない。

 そうしているうち、ふだんより遅い時間になっていた。

 帰途に着くことにして、町の入口で門番に尋ねる。


「さっきの地震、もしかして火山の噴火ですか?」

「ああ、あそこの向こうに火山があるからね。小噴火ってとこじゃないのかな」

「よくあるんですか、こんなの?」

「数年に一回ってところだな。二年前だと思うが、前のときより揺れは小さかったと思うぞ」

「そうなんですか」

「煙や何かもここまで飛んでくることは今までなかったはずだから、そんな心配はいらないと思うぞ」


 衛兵の反応は、意外と落ち着いたものだった。

 長い目で見ると、珍しいことでもないという受けとめらしい。

 確かにここまで来ると、山の噴煙もほとんど見えなくなっている。

 袋の偽装は、何事もなく門番の目を逃れた。

 ただ、料理屋のデルツには、その内臓肉の量に困惑された。


「わあ、嬉しいけど少し、持て余しそうな量だねえ」

「そうなんですか」

「これで三日連続、前より多い量だろう」

「ああ、そうでしたね、済みません」


 肉屋には了解を取っていたのだが、こちらの料理屋には話をしていなかった。

 あちらは干し肉に回すなどの方法があるのだろうが、こちらの内臓肉はそうもいかないし、元々日保ちがしない。迷惑をかけてしまうことになりそうだ。


「でしたら、使う量だけ買ってもらえればいいですよ」

「うーん、いや、今日のこの量までは買う、と決めておこう。正直なところ、ここしばらくはお前さんが狩ってきてくれないと入荷の当てがないんでね。いい関係を続けていたい」

「そうですか、ありがたいです」


 以前からときどき狩りをしていたような面々は、壁工事の人手にとられてすっかり猟を止めてしまったらしいのだ。

 こちらとしても内臓はたいした収入にならないのだが、一応それこそいい関係は続けたい。

 買い取り価格の低さにはデルツも引け目を覚えているらしく、愛想のよさはいつも変わらない。

 トーシャと二人分になる内臓を受け取って処理しながら、店主は苦笑いを見せていた。


「俺にもっと料理の腕があれば、これぐらいすぐにけるんだろうけどね。出稼ぎの連中なんかに安価な内臓料理はそこそこ人気なんだが、味が飽きられて毎日というわけにいかないんだ」

「ああ、味付けの工夫ですか。基本塩しかなくて、工夫の余地が限られるんでしょうね」

「そういうこと。お貴族様の料理のように香辛料みたいなのが使えれば違うんだろうけど、あれは目の玉が飛び出る値段だからねえ」

「そうなんですか」


 愚痴は聞いても、力になってやれそうにない。元々しがない高校生で、料理の知識などまるでないのだ。

 せいぜい、森の中でうまい香草などが見つかったら教えてやろうか、と考える程度だ。

 ちなみにさっきの地震について、デルツも深刻に思っていないようだ。

 森では聞こえた地響きのような音も、町中では気がつかなかったらしい。

 これまでに何回か山の向こうに噴煙を見たことはあるが、「この町で生きてきて、そんなのでいちいち驚いていられない」ということだった。

 そんなものかな、と思う。

 この日焼いたパンがあるというので買って、次の目的地肉屋へ向かった。

 肉屋のヤニスは、大量の入荷を機嫌よく受け入れてくれた。


「火山の噴火には驚いたけどな。町の連中があの様子なら、慌てる必要はないのかな」

「そうなんだろうね」


 宿の部屋に戻り、トーシャとこの日のことを話し合う。

 夕食としてパンとノウサギの焼肉を囓りながら、の感想会となった。


「それよりもさ、ちょっと思いついたんだけど」

「何だ」

「もしかしたら、最近の魔物の出没とこの火山活動、関係があるんじゃないのか」

「火山活動で魔物が生まれたってのか」

「生まれは分からないけどさ。とにかく魔物たちは最初、あの山の奥にいたんじゃないか。それが火山の活動を察して、こちらへ移動を始めたんじゃないか」

「ああ、野生の動物たちは、そういうの敏感に察知するって言うな」

「もしそうだとするとさ、魔物の出没はこれからも続くんじゃないか。もしかすると、今日の噴火でますます移動が活発になるんじゃないか」

「あり得るな」


 腿肉を大口で囓って、トーシャは頷く。

 顔をしかめて考え、すぐに深く溜息をついた。


「この身体の調子がよければ、魔物狩りの機会が増えるってんで喜ぶところなんだけどな」

「新しい魔物が出てきてる可能性があるっていうんだ。もしかすると、まだまだ別の種類の魔物が現れるかもしれないよ。その中にはもっと、狩りやすいのもいるかもしれない」

「うーーん。可能性はあるかもしれない、が、そう楽観的にもしてられないよなあ」

「まあ、そうだけどね。――それにしても、この町は大丈夫なのかな。もしそんな、魔物が大量に押し寄せるなんてことになったら、今の状態じゃ一溜ひとたまりもないぞ」

「だなあ。さっき見た建設中の壁、まだ二メートルになるかどうかってとこだよな。あのくらいなら例のガブリンってやつ、簡単によじ登って越えちまうんじゃないか」

「だよね。新しい魔物がもしもオオカミを大きくしたようなやつだったとしたら、勢いつけたら跳び越えそうだ」

「せめて高さ三メートルぐらいは欲しいってとこか。それまでに、もう数日はかかるか」

「今のペースだと、あと三、四日ってところだろうな。高くなるほど足場を作るなんかで手間がかかるだろうしね。それで間に合うか。まあそんなの、町の偉い人が考えることだけど」


 自分たちのことを勝手に考えるだけなら、それほど心配はない。

 魔物が東から来るにしても北からにしても、この宿まではかなり距離がある。本当に手前勝手な言い方をすれば、そちらの住民たちが被害を受けている間に報せが回ってきて、避難する余裕があるだろう。

 意表を突いて西や南から来ても、同じことだ。

 しかし――。


「冷たいことを言えばさ、僕たちには別にこの町に固執する理由はない。危ないようならさっさと逃げ出してしまえばいい。だけど気になるのはね、僕の恩人の村人たちがこの町に避難してきているんだ。東の端の方の農家に寄宿しているから、もしかしてあちらから魔物が侵入してきたら、被害に遭うかもしれない」

「そうなのか」

「そこは何とかしたいんだけど、個人でどうこうできることはないからなあ。せいぜい、壁の建設に協力することくらいだ」

「まあ、そうだな」


 どうしたらいいか。

 悩みながらもいい思いつきはなく、この日は床に着いた。


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