34 邂逅を喜んでみた

 休憩の間に、建設中の壁に近づいて様子を見てみた。

 石を綺麗に大きさを揃えた直方体に切り出して、整然と積み上げているようだ。

 一つの大きさは高さ三十センチ、幅五十センチといったところか。現代日本のブロック塀にもよく見られるように、高さはかなり綺麗に揃え、横の継目は上下とずらして互い違いになるようにしている。すべての継目にはセメントのようなものを塗って隙間を塞いでいるらしい。

 今は高さ一・五メートルほどまでできているが、完成時には三メートル程度になるのだとか。まず町の東と北について横の広がりを優先しているということで、予定の半分程度の高さで見渡す限り続いている。たぶん、長さ十キロは超えているのではないか。

 まだ今の高さでは、例のガブリンなる魔物を食い止めることはできないだろう。あの身長なら、軽々と乗り越えてしまいそうだ。

 新しく出没しているかもしれない大型四つ足の魔物というものについても、おそらく期待薄と思われる。今のままでは、ふつうのノウサギやオオカミでも簡単に飛び越えてしまうに違いない。

 やはり、とりあえずの魔物侵攻を防ぐために、もう数日の工事は必要なようだ。


――間に合えば、いいけど。


 領主には言えなかったが、ガブリン種はもう一匹以上いる可能性が高い。あんなのが一匹やってきただけで、町全体に壊滅的な被害がもたされたとして、不思議はないだろう。

 また、出現が想像される大型四つ足の魔物にしても。

 山に棲む肉食の四つ足動物というとオオカミやヤマネコのようなものを連想するが、仮にそんなものを大型にした魔物だとすると、ガブリン以上に移動速度があるのではないか。そんなのが集団で来るとしたら、とんでもないことになってしまう。

 ノウサギなどの死体を見つけたという岩塩調査隊がもう戻ってきているのだから、その近辺に出没した魔物が今すぐにでもこの辺りまで近づいてきたとして、何の不思議もない。ガブリンと同様に人肉を好んで匂いを辿ってくるのだとしたら、もう時間の問題なのではないか。


――考えても仕方ないのかもしれないけど、落ち着かない。


 工事現場のノルマを終えて、いつものようにノウサギ狩りに出た。

 この日も時間をかけて、八羽を仕留めた。

 昨日も同じ程度納品して肉屋や料理屋では間に合っているかもしれないが、もし魔物の接近が確認されて森へ出ることが禁止されたら、またすぐに品薄になるのだ。その辺話をして、買い取ってもらおうと思う。料理屋はともかく、肉屋では干し肉を作るなどの用途もあるはずだ。

 また四羽分を入れた袋を担いで、門へと戻る。

 毎日同じではないがかなり顔を合わせる頻度の高い門番が、笑って迎えてくれた。


「今日も大猟だなあ」

「お陰様で。森に行くのがいつ禁止されるか分からないというんで、少し欲張ってみました」

「だなあ。魔物についちゃ、まったく油断できない状態だ」

「何か、情報を聞いていますか」

「はっきりとしたものはないがな。東方面の村々に避難を呼びかけに行った連中の話じゃ、北の山の方で今まで聞いたことのない不気味な獣の吠え声が聞こえているそうだ」

「新しい魔物かもしれないってことですか」

「そういうことだ。とりあえず、避難を急がせて――ああ、噂をすりゃ、あれそうじゃないかな」


 遠くに目を転じた門番に倣って、街道の方を振り返る。

 道のかなり先に、人と馬の交じった集団が近づいてきているのだ。

 姿形が明瞭になるにつれ、どうも見知った顔ぶれに思われてきた。グルック村の一行ではないか。


「お兄ちゃん! ハックお兄ちゃん?」


 この辺りも高さ一・五メートル程度までできている壁沿いに数百メートル移動して、街道の門へ寄っていくと。

 近づくにつれ顔が分かるようになって、先頭を歩いていた小さな女の子がこちらへ駆け出してきた。


「やあ久しぶり、ユリアちゃん」

「お兄ちゃん、どうしたのお?」


 たちまち駆け寄って、こちらの腰に抱きついてくる。

 その頭を撫でながら、続く村人たちに頭を下げた。

 今回は年寄りと女子どもを優先して乗せた馬を引いてきたらしく、歩きになっていた先頭のヨルクとゲルトが親しげに笑いかけてくる。


「おうあんちゃん、元気にしていたか」

「はい、お陰様で」

「へええ、知り合いだったのか」


 言いながら、こちらも顔見知りの門番は何やら板を取り出していた。

 避難してきた村人の名を記録しておくらしい。

 ベサルが代表して、門番に申告している。

 ユリアに加えてカミラも腰脇に纏い付かせたまま、ヨルクとゲルトとこのかんの近況を告げ合った。

 こちらは工事現場の労働とノウサギ狩りで生計を立ていたと話すと、二人はしきりと感心してくれた。


「ほう。たいしたものだ」

「意外と兄ちゃん、体力があったんだな。今抱えているのもノウサギか? そんなに獲れるんか」

「ええ。コツを掴んだみたいで、結構狩れるんですよ」

「たいしたもんだ」


 村人たちはこのかん、魔物の出現に怯えながら畑の収穫を急いでいた。

 同時に、男たちは村の周囲の備えをしていた、という。


「何の奇跡か、生霊の悪戯か、分かんないんだがさ、ちょうどよく切り出された岩がたくさん見つかったんで、それを運んで積み上げているんさ」

「へええ、好都合でしたね」

「まったくだ」


 相変わらず、ゲルトは前のめり気味に、ヨルクは落ち着いた口調で、話をしてくれる。

 岩を積み上げて村の周りの一部に、高さ一メートルほどの囲いは作り始めたが、まだまだ魔物対策には足りない。

 ここまでの収穫分を担いで、今回は急ぎ避難勧告に従って大移動をしてきたということだ。

 しばらくは、知り合いの農家の家に分散して宿を借りるのだという。

 その宿泊先を聞き、日を改めて訪ねると約束する。

 ついでに、持っていたノウサギ肉の二羽分を差し出す。


「食料は多い方がいいんでしょう? これ、持っていってください」

「それはハックの生活費になるのじゃないのか?」

「昨日この倍くらいを狩ることができたんで、余裕があるんですよ。ぜひ、持っていってください」


 遠慮するヨルクに、無理矢理押しつけた。

 横で「わーいお肉だ」とユリアが躍り上がっている。


「済まないな、助かる」

「こんなものではお礼にもなりません。今こうしていられるのも、村の皆さんのおかげですから」

「そんなの、気にするな」

「エディ婆ちゃんも環境が変わってたいへんでしょうけど、元気でいてくださいね」


 呼びかけると、お婆ちゃんは馬の上からにこにこと笑い返してきた。


「はいはい、あんたもしっかりやるんだよお」

「はい」


 宿泊先へ向かう村人たちと別れ、町中に戻る。

『収納』していた四羽分を取り出し、合わせて六羽分を料理屋と肉屋に売却する。

 その後口入れ屋に達成報告を届け、宿屋を探しに出た。

 木賃宿と通り一本離れたところに一段グレードの高いところを見つけ、二人部屋を予約して、医院に戻る。

 本人や医師と話し合ったところ、無理をしないように気をつける限りで退院して動き回ってもいいだろう、ということになった。

 本当に怪我に関しては驚くほど回復が早く、腕の傷は塞がって、足の捻挫も支えがあれば歩ける程度になっているらしい。

 以前ヨルクにもらった杖が使いやすかったのでトーシャにも試してみたが、身長が違うので長さが足りない。森で拾ってきた棒を『切り取り収納』で加工し、似せたものを作ってみるとなんとか使用できるようだ。

 それにしても二週間前の自分の場合も、怪我の治りは異様に早かった。医師も驚いているくらいなのだから、この回復の早さ、もしかすると転生者ギフトなのかもしれないと思う。


「ああそうだ、今日衛兵が訪ねてきて、領主から魔物退治の報奨金が出たということで渡された」

「ああ、そういう話だね」


 領主当人からそのことを聞いた、と話すと、驚かれた。

 気さくに工事現場に現れる領主なのだと言うと、複雑な顔で納得している。

 報奨金は銀貨五十枚だという。相場としてどうなのか、二人とも経験がないので分からない。


「とにかくこれは、お前がもらうべきだ」

「僕のことは公にしたくないからね。この後君が金に困っているなんてことになって人に知れたら、困る」

「命を助けられたのは、大勢が知っている。その礼だということなら、不自然はないだろう」


 そんなやりとりをして結局、トーシャの治療費等をそこから出した残りをこちらで受け取ることにした。

 今後の生活についてはやはり、以前のオオカミ狩りで稼いだ分でまだ少し余裕があるらしい。

 医者に払いを済ませて、杖をついた怪我人と共に宿に移動する。

 今後のことを、宿で二人になって語り合った。


「噂話を聞いたんだが、新しい魔物が近づいているかもしれないっていうんだな」

「うん。どうも、四つ足大型で肉食のやつじゃないかっていうことだ」

「大型ってどれぐらいなのか。こないだのやつよりは小型だっていうんなら、少しは望みもあるのかもしれない」

「もしそうだとしても、もっと大きな群れで行動するのかもしれないよ。征伐を考えるにしても、とにかくよく調べてからにしないと」

「だよなあ」


 トーシャとしてはとにかく魔物征伐をして戦闘力成長を目指したいのだろうが、無理をするべきではないと思う。

 まずはとにかく、腕と足の十分な回復が最優先だろう。


「明日僕は、いつものように工事現場とノウサギ狩りに行くつもりだけど。君はここで安静にしているのがいいと思うよ」

「それなんだけどさ。午前は安静にしているから、午後はお前につき合って、ノウサギ狩りを見せてくれないか」

「狩りを見るのか?」

「ああ。話に聞いただけなんで、実際にどうやっているのか見せてほしい。今後俺も、魔物狩りは無理でも真似をすればノウサギ狩りはできるかもしれないだろ。もし魔物に対するようになっても、参考になるかもしれないしさ」

「そういうことなら、まあ、足の状態がいいなら構わないよ」

「頼む」


 次の日の工事現場に、領主は現れなかった。

 見覚えのある中では、先日四人で話していた若年グループのうち年長の男女二人が黙々と働いている姿があった。休憩になっても年下の者が寄ってこないところを見ると、重労働から脱落したのかもしれない。

 建設中の壁の高さは、前日よりも一~二段積み上がったかという程度に見える。まだ二メートルに達するかどうかといったところだ。


 いつものように土嚢二百個のノルマを終えて、森に出る門に向かう。

 待ち合わせたトーシャは、もうそこに立っていた。

 門番に「無理するなよ」と声をかけられたのは、トーシャの怪我の具合や魔物の噂や、いろいろ含んでのことだろう。

 防具や剣など平常通り装備した友人は、杖を支えにそこそこ軽快に歩いている。


「具合は、大丈夫かい」

「ああ、足の痛みはほとんどない。横に捻ったりすると痛むが、ふつうに動かしている分には問題ない」

「それなら、森の往復は大丈夫か」

「だな。問題は、左腕の方だ。傷は塞がってほとんど痛みはないが、まず満足に動かねえ。動かそうとしても傷が引き攣る感じで。両手で持てないから、剣を使うのも碌にできねえ」

「長い目で見て、リハビリが必要かな」

「かもしれん」


 森の奥へ入って、ノウサギ狩りの要領を見せた。

 連れには少し離れて気配を抑えてもらう。

 こちらは徒手であることを見せながらがさがさと草を荒らすと、深い藪の中にノウサギを示す『鑑定』の光が見つかる。

 咄嗟に飛び出す獲物の、鼻先を看取して、どさりと岩ブロックを取り出し。

 衝突を確認して駆け寄り、ナイフで首筋にとどめを刺す。

 息絶えたところで『収納』して、完了。


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