33 いろいろ取り繕ってみた
「それにしても、だけど」考えながら、言葉を続ける。「あの
「経験者は語るってか」
「まあな。とにかく君のその魔物征伐でのレベルアップもさ、まだ何かやり方があるんじゃないのか。もっと弱い魔物が何処かにいるとか、あのガブリンにしてもうまい攻略法があるとか」
「どうだかな。もしそうだとしても、とにかくこの怪我じゃもう無理筋だろう。この左腕、当分まともに動かせないんじゃないか」
「その辺は、医者の先生に訊いてみなきゃ分からないけどな。しばらくは焦らずに行ったらいいんじゃないか。治療やリハビリには僕も協力するからさ」
「ああ、ありがとう、助かる」
間もなく、医者が戻ってきた。
ひと目見てトーシャの回復具合に驚き、診察して「もう大丈夫だろう」と太鼓判をくれる。
食欲はあまりない、と言いながらトーシャは、通いの賄い女性が作ってくれた麦粥を深皿半分まで口に入れた。
その様子を見て、医者は安堵して板床に足を伸ばしていた。
「それにしても、何なのだろう、この奇跡的な回復は」
「それなんですけど、先生」
病床の脇から、頭を下げてみせる。
「勝手をして申し訳ありません。実は昨夜、故郷の知識で薬になりそうなものを飲ませました」
「何だって? 何だ、それは」
「これなんですけど」
小鉢に入れた青緑色の半液体を見せる。
一見して、医者は眉を寄せていた。
「何だい、これは」
「カビをすり潰したものです」
「カビい?」
「専門家じゃないので全然詳しくないんですけど、こういう病気に効くものを含むカビがあるっていうんです」
「本当かね」
「どんなカビでもいいってわけじゃないらしいんですけどね。とにかく昨夜はもう他に助かる方法がないってことだったので、藁にも縋る思いでかき集めてきたのを潰して水に溶いて飲ませてみたんです」
「信じられんな」
「ちゃんと薬効を持つカビに当たるかが賭けみたいなものだったわけですけど、幸運に当たったようなので。つまり、このカビを増やしてもっと効率的に薬効成分を取り出せれば――」
「土痙攣病の特効薬ができるってわけか!」
「そういうことじゃないかと。ほんと、専門家じゃないので何とも言えないんですけど」
「ううむ――」
こそげ落としただけのカビを入れた容器とすり潰したものを見比べ、しばらく考え込み。
ややあって、アドルフはゆっくりと頷いた。
「王都に、薬学研究をしている知り合いがいる。そいつと連絡をとってみよう。本当に土痙攣病に効く望みがあるなら、すごいことだ」
「はい」
何とか期待していた方向の返答がもらえた。
フィクションのいわゆるタイムスリップものや、異世界転生ものの登場人物がよく煩悶する点で「この世界になかった知識を安易に持ち込んでいいのか」というものがあるが、それは当然頭に浮かぶ。
しかし人間一人の生命には換えられず、やってしまったのだ。もうなかったことにはできない。
だとしたらできるだけ有意義に使ってもらうことを目指して、医療関係者に丸投げするのが最善なのではないか。
ペニシリン一つで歴史が大きく変わるとは、思えない。というか、思いたくない。
まあその点タイムスリップものとは違い、既知の歴史上の偉人や自分の先祖などに影響する、という可能性を考えなくて済むのは気を楽にしてくれると言える。
二つの小鉢を進呈すると、「いいのかね?」と少し躊躇いながらも医師は受け取った。
「とにかく、トーシャ君か。土痙攣病の恐れは一応去ったようだから、あとは安静にして栄養をつけることだ。だいぶ血を失ったのが心配だが、それも回復するだろう。腕の傷は数日中に塞がると思うが、しばらく、もしかすると今後当分の間、引き攣れが残る感じで不自由があると思う。足の捻挫も数日のうちには歩ける程度になるだろう」
「はい、ありがとうございます」
その後まだ午前のうちに、衛兵が話を聞きに来た。
トーシャと二人、打ち合わせた通りに答えると、疑問の様子もなく聞き入れられたようだ。
昨日の魔物については、まちがいなく死んでいるのが確認されたという。
「あの魔物を倒したというのは、まあとにかくたいしたことだ。領主様に報告を上げたところ、褒美を取らせようという話も上がっているそうだ。しかしそんな大怪我をしたぐらいなのだから、無謀な行為だったのはまちがいない。二度とそんなことはしないでもらいたい」
「はあ……」
トーシャとしては、確約できないところだ。
魔物を倒して成長する、という目標はまだ捨てきれないだろう。
助太刀というわけでもないが、横から問いかけを入れた。
「あの魔物、まだ他にもいそうなんでしょうか」
「うーん……何とも判断のつかないところだな。あれで全滅したとは、どうにも言い切れないところだ」
「そうですか」
過日魔物を大量虐殺したとき、少なくとも二匹の逃亡する後ろ姿を見た。昨日一匹を仕留めたことになるが、さらに一匹以上は生存していると思うべきだろう。
その辺はっきりとこちらから説明できないわけだが、まあ衛兵たちがまだ警戒を解いていないということなら、よしとしておいてよさそうだ。
「それにしても昨日のやつ、先日の東の方の村を襲った集団と同じ仲間なのかどうかも断定できないのだ。同じ種類なのはまちがいないようなのだが、前のやつの仲間なら東の森に現れそうなものなのに、今回は北の森に出てきたのだからな」
「ああ……」
その点もはっきり口で説明できないが、理解できる気はしている。
昨日のやつが先日逃亡したのと同じ個体なら、百匹に上る集団が一瞬で岩山の下敷きになったという超常現象を見て、あの草原を再び通る気が失せているのではないか。
あそこを大きく迂回して北の山近くを進行してきたとするなら、人の気配を求めて北側から町に近づいてきたという理由は納得がいく。
「とにかく無茶なことはするなよ」
「分かりました」
真剣な顔でトーシャに念を押して、衛兵は帰っていく。
医師も外来診療に戻っていく。
患者の様子も心配なさそうなので、しばらく後を頼んで東の森に出かけることにした。
昨日は初めてノウサギ猟に出られずに、肉屋や料理屋への義理を果たせなかったのだ。
少し時間を費やして、この日は九羽のノウサギを狩った。
一人で担いで歩くのはほぼ四羽で限界なので、残りは『収納』になる。買付の店の近くで取り出して、袋で引きずってきた態を作ることにした。
料理屋に内臓を届けると、デルツは喜んでくれた。
「昨夜はどうもありがとうございました。お陰様で友人の命が助かりました」
「いや本当に驚かされたが、マジであんなカビが役に立ったのかい」
「はい」
「昨夜のお前さんの様子を見ていたら、落ち着いてものを聞くこともできなかったが。本当なんだなあ」
「はは、お騒がせして申し訳ありませんでした」
かなり鬼気迫った形相でカビの収集を頼んだので、相当に驚かせたと思う。
もしかするとこのタイミングで説明に来ておかないと、今夜頃には発狂寸前に走り回っていた少年の噂が酔客たちの間に面白可笑しく広められていたかもしれない。
何度も礼を言って料理屋を後にする。
肉屋のヤニスも、一日空けたので待ちかねた勢いで歓迎してくれた。
締めて銀貨十五枚超の収入を手にして、医院に戻る。
残していた一羽分のノウサギ肉と内臓を厨房に持ち込んで、患者の食事に使ってくれと言うと、医師と賄い女性に喜んでもらえた。やはり血の足りない患者向けに、内臓肉は珍重されるらしい。
そんなこともあって、この日もそのまま病室に泊まり込むことが許された。
トーシャはというと傷は塞がりきっていないが、体力的にはかなり戻ってきている。回復が早すぎる気もしてしまうが、自分のときのことも思い合わせて、この世界の一般的傾向なのか我々転生者が何か優遇されているのか、と首を捻ってしまう。
「ここの入院も明日の夜までの予定になっているからね。歩けるようならここを出て、宿に移ることにしないか。二人部屋を探しておくから」
「ああ。済まないが、よろしく頼む」
「僕はまだしばらくこのまま、工事現場の仕事とノウサギ狩りで稼ぎを溜めていくつもりだから」
「俺は――どうするか。この足と腕で、どの程度動けるか見極めてからだな」
そんな確認をして。
翌日は、早朝から工事現場に赴いた。
三日ぶりに見ると、作業員がかなり増えて、驚くほどに工事が進行している。
北の森に魔物が現れたという報せを受けて、壁建設を急がせているということだ。今まで以上に一般町民たちに招集をかけて、土嚢運搬だけでなく実際の壁に石を積み上げる作業にも専門職以外の人手を投入しているという。
町の東側と北側については、とりあえずの防御になりそうな段階まで、数日中に完成を見られる見込みらしい。
年寄りや女性、若年層は従来通り土嚢運搬を推奨ということなので、以前と同様に二百個運搬で登録して始める。
「おお小僧、来ていたか」
「あ、はい」
昼の休憩をとる頃合い、領主が姿を見せて、声をかけてきた。
慌てて礼をとるところへ、また制して傍らに腰を下ろしてくる。
「探したぞ。お前と連絡がつかなくて」
「申し訳ありません。友人が怪我をするなどして、ばたばたしていたもので」
「そうか。先日の岩塩の件だがな、山中で存在は確かめられた。引き続き、埋蔵量と品質の調査を進める予定だ。なかなか有望らしいと報告が来ている。お前のお陰で、かなり領地を豊かにする展望が開けるかもしれぬ。助かった」
「それなら、よかったです」
「うむ。調査を進めて手応えが確かめられ次第、お前にも礼をするつもりだがな。ただしばらく、そちらの時間がとれぬかもしれん。当分、この壁建設に領地の総力を挙げる必要が出ているのでな」
「ああ。魔物の出没ですか」
「そうだ。――そういえばお前、友人が怪我と言ったが、もしや、あの魔物を討ちとったという男か?」
「ああ、はいそうです。本人も怪我をして、寝込んでいますが」
「そうか。あの大きな魔物を討ちとることができたというのは、驚くべきことだ。何より話を聞く限り、そいつが一匹だけでも町に入ってきたら、町民に多大の被害が出たと予想されている。その男、大きな功績を挙げたと言える」
「そうですか」
「報奨金を出すと決定したのでな、今日その男のところに使いが出向いているはずだ」
「それは、友人も喜ぶと思います」
「うむ」
やや晴々とした表情で頷いたが。
すぐに、領主は顔を曇らせていた。
「どうも先日群れをなして現れたのと同じ種類の魔物のようだが、今回は一匹だったというからな。かなり数を減らしたか、この種類は死に絶えたかと思っていいのかもしれぬ。それにしても、魔物はそれだけで終わらぬだろうからな。山の方では、今回討ちとられたのとは違う種類の魔物も出没している可能性がある」
「そうなのですか」
「うむ。その岩塩の調査のために山に入った者たちから、報告があったのだがな。今まで見たこともないような食われ方をしているノウサギやオオカミなどの死骸が、多数見つかったらしい。足跡などを見る限りどうも今回のやつとも違う、四つ足で大型の獣の格好をしている魔物が相当数現れてきているのではないかと推定される」
「それは、たいへんですね。あ、そうするとまた、東の方の村々が危険に曝されているということになりませんか」
「うむ。そちらの村には、この町へ避難してくるように指示を出した」
「ああ、少し安心しました。お話ししたように、グルック村に恩人がいるもので」
「そういえば、そう言っていたな。たぶん今日中には、避難が完了すると思う」
「そうですか」
ずいぶんやはり話好きの貴族様のようで、こんなことまで、と思えるほどの情報をもらうことができた。
なにより、グルック村のみんなが無事避難できるなら、一安心だ。さすがにこの程度余裕を持った指示なら、年寄りたちも連れてくることができるだろう。
そんな忙しい身ながらここに領主が現れた主目的は、やはり工事の進捗が気になるということなのだろう。その後すぐ、忙しなく壁の方へと去っていった。
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