29 走り出してみた

 話を戻して、トーシャの側のこれまでの経緯を引き続き聞く。

 トーシャは、隣の領都マックロートで二週間ほどを過ごした。この町から徒歩で三日程度の距離らしい。

 ノウサギやイノシシを狩って、日銭を稼いだ。

 領兵に頼んで剣の稽古の相手をしてもらい、管理者の言う通り『中の上』程度の腕前はあることを確認した。

 志願兵のような扱いで近くの森に増えていたオオカミ征伐に参加し、謝礼を稼ぐことができた。


「その後、こっちに移動してきたんだね。こちらのプラッツの町はかなり辺境に当たるようだけど、またどうして?」

「そりゃあ、決まっているだろう。魔物の噂を聞いたからだ」

「ああ」


 トーシャの当面の目標は、戦闘力を成長させることだという。

 そのためには、魔物を征伐しなければならない。

 そこで耳にしたのが、北東の辺境の村が魔物に襲われた、という情報だった。


「しかしそれ、僕もあっちの村にいて避難する羽目になったわけだけど、話に聞く限りではゴリラを大きくしたようなやつで無茶苦茶凶暴、一匹でも人間の手に負えないようなのが群れを作っているっていう話だよ」

「ああ、それも話を聞いた。さすがに俺も、いきなりそんなのを相手にしようとは思わねえ」

「だよね」

「だけど他の話も聞いてみると、やっぱり魔物ってのは一種類じゃない、いろいろなやつの噂が聞こえてきているみたいじゃないか」

「ああ、そうみたいだね」

「そんなのも合わせて、魔物の噂はかなりこっちに集中しているみたいだからな。まずは手頃な魔物を探すつもりだ」

「なるほどね」

「魔物ってやつ自体、この世界ではまだ出てきたばかりのようだからな。兵士なんかでも、魔物を狩ることができたって奴はほとんどいないようだ。俺はこの世界で魔物狩りで名を馳せて、冒険者のパイオニアになるんだ」

「ほお」


 その他いろいろ、これまでの経験を話し合った。

 例の魔物群を圧死させた岩山落としの件だけは、あまりに荒唐無稽なのと、トーシャには真似できないことなので反感を買いそうな気がして、言わないことにしたが。それ以外はほぼすべて打ち明けたことになる。

 管理者神様に「人生の中で一度だけ呼び出すことができる権利」をもらったことを話すと、「それは俺は聞いてねえ」と言う。一つだけこちらが優遇を受けた点、ということになるのか。ありがたいと思っていいのか悪いのか、微妙なところだが。

 自分の奥の手が、相手の頭上に岩を落とすことと、石造りの家に籠城することだと言うと、トーシャは面白がって聞いていた。


「なるほどなあ。俺の場合は剣で魔物を狩らないと成長にならない気がするからできるだけ剣を使うが、その岩の使い方も確かに奥の手としてはアリだな」

「うん。何といっても命あっての物種だからね」

「参考にさせてもらおう。前もって岩を大量に収納しておくのと、石の要塞を作っておくことだな」

「ああ。お薦めするよ」


 さらに『切り取り収納』『選択収納』ができることについても、トーシャは「試したことがない」という話だ。

 この点でも、そんな必要に駆られるほど困窮していなかったということで、羨ましく思えてしまう。


「『切り取り収納』は何となく分かった。無茶苦茶便利そうだよな。俺も試してみよう。それで『選択収納』ってのはどういうんだ?」

「例えば――そうだな。河原の砂を見て、『花崗岩の砂だけ収納』ということができる」

「ほおお」

「もっと極端に、空気の中から『酸素だけ収納』ってのもできたよ。成分を分析して確かめたわけじゃないけど、手応えとして成功したのが分かる」

「すごいな、おい」

「『鑑定』でここに酸素がどの程度あるってのも分かるわけだけど、『収納』した酸素を取り出した途端、周りの空気と混じり合ってしまうわけだから、百パーセント酸素だけになっていたのかは正確に判定できないけどね。まあまちがいないと思う」

「へええ。何かすごい、便利な使い道がありそうだな、それ」

「だね」


 今後こちらは部屋を借りるか何かして、壁工事現場労働とノウサギ狩りで当面の資金を貯めていく予定、と話す。

 トーシャの方はオオカミ征伐でしばらく食うに困らない収入を得ているので、魔物の情報収集に専念するということだ。


「あとは、剣の稽古は欠かさずしていくつもりだ。魔物対策を考えると、さっきのようなモブの小悪党を圧倒できたからといって、慢心していられないからな」

「だろうね。だけどさっきの連中、モブ小悪党とも言えないんじゃないか」

「どういうことだ?」

「知らないか? 異世界のモブ小悪党ってのが弱い奴に対するときは、必ずもれなく『キャハハハ』とか『グヘヘヘ』とか、そんな笑い方をするって決まっているだろ」

「何だそりゃ」

「いやさ、生前読んだその類いの小説ノベルじゃ、当社調べで八割以上の作品みんな、右に倣えでそうなんだ。偶然じゃあり得ないだろう。これは絶対、『異世界管理委員会』みたいな組織があってさ、そこで決めた基準に沿わないものは異世界ものと認定されないってことになっているんだと思う。そうでなきゃ、本来オリジナリティを信念とするはずの尊敬すべき作家先生が、みんな右に倣えするわけがない。きっとそれに倣っていない約二割の作家は、そのうち委員会の査察を受けて、異世界不認定の烙印を押されるに違いない」

「………」

「とにかく、異世界のモブ小悪党は、必ず『キャハハハ』とか『グヘヘヘ』と笑うと決まっているんだ。マンガなら、舌を出しながら笑えばさらに完璧だな。ここが異世界であることは疑いないんだから、そういう笑い方をしていなかったあの二人がモブ小悪党ではない、と結論するしかない。QED」

「……お前さあ」

「え?」

「生前、変わり者とか言われてなかったか。ちゃんと友人はいたか?」

「まあ、友人があまりいなかったのは、事実だな」

「さもあらん」

「それでも学校で、プリント配付のとき順をとばされたり、グループ編成のとき余されたりは、なかったぞ」


――あれ、自分で言ってて何だか悲しくなってきた。


「……それはよかった。強く生きてくれ」

「どうもありがとう」


 何だかわけの分からない慰め方をされて、この日の話は収めることにした。

 今後行動を共にする必要はないだろうが、せっかくだからこれからも頻繁に情報交換ができるようにしていこう、と申し合わせてこの日は部屋に戻っていく。


 翌日は、工事の仕事を休むことにした。木賃宿の前払い分も終わるので、とりあえず継続の手続きはせず、町に情報収集に出ることにする。

 どうも、トーシャはまだ寝ているようだ。

 しばらく何ということもなく歩き回って、午近く。

 口入れ屋に顔を出すと、ラザルスが出てきて応対してくれた。


「やあハックさん、今朝来た領兵の人に聞いたんですが、強盗に遭ったんですって?」

「ああはい、通りがかりの人に助けられて、被害はありませんでしたけど」

「だそうですね。怪我もなかったようで、よかった。犯人がこちらに登録している出稼ぎ者だということで、たいへんでしたよ」


 領兵が身元照会などに来たということらしい。

 真摯にこちらを慮る様子で尋ね、説明してくれる。

 その件は納得した上、話を進められた。


「それで、今日はどういう用件で」

「はい、この町で部屋を借りられるようなところがあれば、教えていただけないかと」

「なるほど。少々お待ちください」


 一度奥に下がって、木の板を何枚か持ち出してくる。

 壁工事のために長期滞在者も増加して、下宿や部屋貸し業を営む者もそこそこ出てきているのだそうだ。こちらに登録している分について、間取りや家賃、大家の住所を教えてくれる。


「ところで、町中に野宿というか野営のようなことができる場所はないのですか」

「正式な場所はないですね。北東の方の空き地に無断で住みついている者が何人もいて、治安上問題になっているという話は聞きます」

「ここを少し北に行ったところにある、元教会の土地だったところに、子どもが住みついているというのを聞きましたが」

「ああ、それもありましたね。どうも孤児らしいということで同情もあって、役所も近所の住人も今のところ黙認しているようですが、これも何か揉め事があったら問題になるかもしれません」

「そんな親のない子どもを引きとる、施設のようなものはないんですか」

「ないですね。気の毒だとは思っても、仕方ないというか。そういうところに金をかける人はいないと思います」

「そうですか」


 まあ確かに、日本の戦国時代やその前に、しっかりした孤児院のような機関があったという話を聞いた覚えはない。せいぜい、何処かのお寺の和尚さんが個人でそんなことをやっていた、という程度なのではないか。

 何となく西洋にはそんなものがあったかもしれない印象もあるが、例によって確かな知識はない。孤児院と言えばキリスト教の教会が運営しているという連想をしてしまうが 中世と呼ばれる時代にあったものやらどうやら。これもまた、小説ノベルに頻出するからといって現実の歴史でどうだったか、そちらに近いと言っていたこの世界でどうなのか、何の保証もない。

 とにもかくにも、この町にはない。ラザルスの話によると、知る限り他の町にもないだろうということだ。

 厳しいことを言えば、弱肉強食、弱い者が淘汰されていくのは仕方ないという認識なのだろう。

 礼を言って、貸し部屋巡りをするべく外に出た。


「おお、昨夜の坊主じゃないか」


 大通りを西に向かおうとしていると、路地から出てきた兵士に声をかけられた。

 昨夜、強盗の件で詰所で話した兵士のようだ。


「あ、昨夜はどうも、お世話になりました」

「ああ。しかしあのときの派手な格好をした兄ちゃん、お前の知り合いか?」

「会ったのは初めてですが、あの後少し話をして親しくなったというか。彼がどうかしましたか?」

「いやな、さっきまで俺、北の門で番をしていたんだが、凄い勢いで走って出ていったんだ。北の森、魔物を見たという噂があって危険なんだが、話も聞かずにさ」

「え、魔物ですか」

「おお」


 兵士は、苦り切った顔で頷いている。

 魔物――トーシャが張り切って出ていくのに、無理はないかもしれないが。


「魔物って、どんな?」

「東の方の村が襲われたって話は、聞いているだろう? 東の森に現れるんなら分かるが、どうもぐるっと回って北の森にやってきたらしいんだな。目撃者の話が事実ならってことになるが」

「あの、東の村に現れたのと同じなんですか?」

「どうも、そうみたいだぞ」

「それを聞いて、彼が森へ向かったんですか」

「おお。いきなり町中から走るようにやってきてな。『ガブリンが出たって、本当か』って訊くから、ここから見えるあの森だって教えたら、『よしもらった!』とか叫んで、止める間もなく走って行っちまった」

「ガブリン、ですか?」

「ああ、あの魔物をそう呼ぶ奴が出てきてるそうだ。昨日北の森で見かけた話があって、注意を呼びかけていたんだがな。まさか不用意に近づいたりはしないと思うが、放ってはおけん。とはいえ聞いた話の通りなら、相手がたとえ一匹でも一人や二人がかりじゃ敵いそうにない。こちらも一人で森へ行く度胸はないから、ちょうど交代の奴が来たんで詰所に応援を呼びに行くところだ」


 急いでいるということで、兵士は詰所へ向けて駆けていった。

 立ちつくして思いを馳せ、顔から血の引く感覚に襲われてきた。


――トーシャ――。


 もしかして、『ガブリン』という名前だけ聞いて、それだけで飛び出していったんじゃないのか?

 昨日話した恐ろしい魔物のことだとは、認識していないんじゃ?


 迷いはあったが、結局走り出していた。


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