28 思いがけない会話をしてみた
瞬きを忘れ。
体感、約四十秒ほど息が止まっていた。
「…………え?」
「あのマンション建築現場の事故のとき、婆さんの車椅子を押してやっていた高校生、だろ?」
「あ、じゃあ――」
暗がりの中ではあるが、相手をまじまじと見直す。
見事な金髪、かなりの長身、横柄な口調――。
あのとき、はっきり身なりや顔を見たわけではなかったけれど。
「あのとき、後ろに立っていた?」
「おうよ」
「あなたも巻き込まれて、一緒に命を落としたんですか?」
「そういうことになるな」
「てっきり、死んだのは僕一人だと思ってましたよ」
「まあ一瞬だし、お前は前に立っていたから後ろのことなど分からなかっただろうな」
「ああ、ああ、そういうことでしょうけど――」
衝撃の新事実に、頭がほとんど真っ白で何を口にしていいのかも分からない。
自分と同じ境遇の者がこの世界にいるなど、思ってもいなかったのだ。あの管理者も「こうした調整を行うのは初めての経験」と言っていたはずだし。
まあ、二人分揃って初めての処置、ということならまちがったことを言っていたわけでもないのかもしれないが。
「それにしても、よく僕が分かりましたねえ」
「あの『管理者』だったっけ、お前も会ったんだろう? あいつが教えてくれてたからな、あのときの高校生も別の場所だがこちらの世界へ送るって」
「はい? ――そんなこと、僕には一切教えてくれなかったんですが」
「言い忘れたのか? まあその辺は分からんが。それしてもお前は、さっき俺のこの身なりを見て驚いてはいてもまったく想像を超えたものを見たというようじゃなかったし、冒険者という言葉を聞いても『それ何?』と訊き返すわけでもなかったからな。実際に会うのは初めてでも知識としてはあったってわけだろう。この世界に来てから十日あまり、誰も彼も『その身なりは何?』『冒険者って何?』っていう反応ばかりだったんでな」
「なるほど」
「まあとにかく、何処かで落ち着いて話ができないか? 俺はさっきこの町へ着いたばかりで、何も分からないんだ」
「ああ、ならあっち――あの料理屋、まだ開いているかなあ」
しばらく鐘の音を聞いた記憶も残っていないが、おおよそ二十時を過ぎたくらいの見当だろうか。デルツの料理屋へ一杯やりに出た出稼ぎ者たちも、そろそろ宿に戻った頃だ。店も終わっていて不思議はない。
それでも一応、料理屋と木賃宿のある方角を目指して歩き出す。
道すがらまず交わした情報として、トーシャは最初、この町より南西側、隣のハイステル侯爵領領都近くの森に出現したらしい。
そこでまず動物たちを相手に腕試しをした後、森を出るとすぐ街道に出たので、通行人に訊いて町へ向かった。マックロートというその領都でしばらく過ごした後、このプラッツの町を目指して移動してきた。
どうも二人は、プラッツの町を挟んで東西逆側に転生させられたということになるわけだ。日の流れをつき合わせてみると、正確ではないがほぼ同時、三週間ほど前のことになる。
それにしても――。
――何となく聞いている限りで、トーシャの方はこちらほど生命の危機をくぐり抜けてきたようではないみたいなんだが。
その辺を詳しく聞く前に、デルツの店の前に来た。予想通り、戸口はもう閉められている。
仕方なく次善の策、木賃宿に案内することにした。
「四人部屋」と聞いてトーシャは顔をしかめたが、もう遅いこの頃合いから別の宿を探す気も起きないようで、不承不承の様子で従ってくる。
変わらない無愛想顔ながら少しは話し慣れてきた受付の老婆は、よけいなことを訊かずトーシャの部屋を取ってくれた。満室近くなっているわずかな残りで、当然こちらとは別部屋だ。
食事用の炊事場ももう火を落としているようだが、
「彼と少し話したいので、炊事場のテーブルを借りることはできませんか」
と尋ねると、渋い顔をされた。
椅子とテーブルはともかく、照明や竈の火を無駄に使わせたくない、ということらしい。
「灯りはいりません。竈だけ、自前の薪で使わせてもらえれば」
「それなら、まあいいだろう。火の始末はちゃんとするんだよ」
「はい、責任を持ってしますので」
何とか了解を得て、奥へ向かった。
それぞれの寝床を確認して、炊事場へ。
『収納』から薪を出しながら、確認する。
「トーシャさんもこの『収納』、持っているんですよね?」
「おう、当然だな。ああそれから、そんな丁寧言葉にしなくていいぞ。同郷のよしみだし、年も近いんだから、タメ口のダチ関係でいこうぜ」
「ああ、了解」
訊いたところ、トーシャの年齢は十九歳だという。ちなみに前世での氏名は
竈の薪に火を点けると、近くのテーブルなら何とか向かいの顔が判別できるか、という程度の明るさが得られた。
要は、照明用の油は自前で持ち合わせがなかったが、薪なら嫌というほど『収納』されていた、という事情だ。
皿を借りて焼いてあったノウサギ肉を載せ、軽く塩を振ってトーシャに勧める。
「それにしても、そのトーシャの装備、どうやって手に入れたの?」
「どうやってって、もちろんあの管理者って奴に用意させたさ。俺は『戦闘力』付きの方を選んだから、それに相応しい格好にしろって」
「え?」
「お前はそっちを選ばなかったのか?」
「ちょ、ちょ――何それ? その『選ぶ』とか『戦闘力』付きとか」
「あの何だか分からない白いところで、お前も奴と話したんだろう? 自分の世界に転生させるに当たって、無限に入る『収納』と『鑑定』スキルだけを選ぶか、『収納』『鑑定』は制限付きだがその代わり成長する『戦闘力』スキルを選ぶか――」
「はあ?」
「なかったのか? そんな話」
「話はいろいろあったけど、その選択はなかったよ。スキルのようなものは無条件で『言語』『収納』『鑑定』、最低限のこれだけって」
「何だあ?」
「何、この依怙贔屓」
「お前、何か奴に嫌われるようなこと、言ったかしたか――」
「……にわかに否定はできない、けど……」
「マジかよ」
仕切り直して、最初からの説明によると。
宝馬俊哉氏は十九歳、両親および二歳下の妹と同居。高校二年で中退の後、自称就活中。ほぼ毎日の時間を自室でのゲームとスポーツジムでの筋トレに費やしていたらしい。
例の事故のときは、ジムからの帰りだった由。
「で、不幸にして事故に遭った、と?」
「うん、そうだ」
「それにしてもあれ、僕は自分の意志で車椅子の節介を焼いていたせいということになるけど、トーシャは僕がいたせいで立ち止まっていたため、つまり僕に巻き込まれたってことになるね」
「まあ、そう言えなくもないが、どう見ても完全な事故だからな。お前を恨む気はまったくないぞ。むしろあの管理者の話を聞いて、前よりも生きがいを感じているほどだ。ここではまだ未熟ながらも魔物ってやつがいて、実際にゲームのような狩りができるんだからな」
「なら、いいけど」
お返しにこちらからも前世の話をしたが、ほぼ説明に時間を要さない。ただ平凡な男子高校生だった、というだけだ。
続くトーシャからの説明によると、その後こちらと同様に白い世界で目覚め、白い
そこで提示されたのがさっきの、無制限『収納』と『鑑定』か、制限付き『収納』『鑑定』と成長する『戦闘力』スキルか、という選択肢だったそうな。
『戦闘力』として、最初にこちらの世界の兵士の平均より少し上程度の剣と格闘の技能を与える。
この世界に「レベル」という概念はないが、便宜上これを「レベル1」とする。
その後、トーシャが魔物を征伐するたび、レベルは上昇する。ただしこれは、魔物の質にもよる。簡単に言うと同じ魔物ばかりを狩ってもそのうち上昇は止まり、以後はもっと強い魔物を相手にしなければならない。まあ、よくゲームにある設定だ。
その都度のレベルは、本人だけ頭の中で知ることができる。
――なるほど、これは元ゲーマーなら飛びつきそうだ。
当然ながら一も二もなく、トーシャはこの『戦闘力』スキルつきの方を選択した。
その上で、この能力に相応しい装備、剣と防具を要求して実装してもらった。
剣の腕も切れ味も、申し分ない。最初に出現した森の中でノウサギやオオカミを相手にしてみたが、問題なく斬り伏せることができた。
しかもこの剣、何の材質でできているものやら、とにかく扱いやすい。切れ味のよさはもちろん、刃こぼれなどの心配もなさそうだし、血や脂などもすぐ落ちて研ぎ直しの必要もなく今まで使えている。さすがは神謹製の道具だ。
飲み水にできる川を見つけてその側に陣を張り、二日ほどそうした狩りで戦闘力の確認をした。
「そうして狩った動物を食料にしてってわけか。そう言えば、火を点けるのに苦労しなかった?」
「いや。あちらで死ぬときポケットに入れていた百円ライターが、そのまま『収納』に入っていたんでな」
「わあ」
「そこそこヘビースモーカーだったんだが、それで助かったことになる」
「そうなんだ」
「考えてみると、こっちへ来てから煙草を
「確か地球でも、煙草が西洋に伝わったのは新大陸発見の後なんじゃなかったっけ。ふつうのイメージでの中世ヨーロッパの片田舎に煙草がなかったとしても、不思議はないんじゃないか」
「なるほどな。まあニコチン欲求もないわけだから、どうでもいい話だ」
「だね。しかしそれにしてもそっち、優遇されすぎなんじゃない?」
「そうか?」
こちらの転生初日の話をすると、真面目顔で聞いていたトーシャが、終いには我慢しきれなくなったとばかりに噴き出していた。
「ぷー、え、え? ノウサギに襲われて、死にそうな目に遭ったって?」
「笑わないでよ。ほんとマジ、真剣だったんだから」
「いや、
「戦闘力のあるそちらが町の近くの森の中で、武器も持たないこちらが完全な山の中なんて、あの
「そうも思えてくるよなあ」
「今となっては、僕にとっても笑い話だけれどね。お陰さんで今では、この町でノウサギ獲り名人みたいな扱いを受けている」
「そうなのか。うまい狩り方を見つけた?」
「ああ。ノウサギが走っている鼻先に、岩を出現させてやる。これでまず、百発百中なんだ」
「なるほどなあ。『収納』を使えばそんなことができるわけだ」
「ちなみにトーシャも、『収納』と『鑑定』は周りに秘密にしている?」
「ああ、当然だ。自分を有利にしておきたいし、こんな能力を
「化物扱いで、火あぶりになったって不思議ないと思う」
「まあ、冗談と笑い飛ばすこともできないよなあ」
なお、二人の能力を簡単に突き合わせ比較してみると。
トーシャの『鑑定』も、対象の名称や食用の可否、動物なら強さの目安などが見られる。聞いた限りでは、こちらとあまり差異は感じられない。
『収納』に関しては、容量がおよそ学校の体育館一つ分くらいだという。
「ゲームやラノベでよく出てくるマジックバッグの目安で、
「そいでもって、魔術が発達した世界でも、そんなマジックバッグは日本円相当で数億円、S級冒険者でもないと買えないっていうんだよね」
「そうそう」
まあ現実的な容量として、不便を感じることはなさそうだ。これまでの三週間近くのあれこれを回想して、その容量で不可能そうなのは、あの岩山一つで魔物の群れを圧死させた一件くらいではないかと思われる。
あの件は例外中の例外。この世界でも、ふつうの人間が一生に一度出遭うかどうかの災害級の出来事と思うべきだろう。
そう考えると。
トーシャの『鑑定』はこちらと大差なさそうだ、『収納』は常識的な使用範囲で十分破格なほど便利、これにさらに『成長する戦闘力』がついているという。
――やっぱり、恵まれすぎ、だろが。
この選択肢を最初に提示されていれば、自分だって迷いなくこれを選ぶだろう、と思ってしまう。
何だっていうんだ、この待遇の差は。
――あの最初の面談時、少々おちゃらかしたのが気に障ったのか?
いやそれ、神様としてあまりに狭量にすぎるんじゃないか、という気がするんだが。
まあしかし、今ここでそれをグチグチ言ってても仕方ない。
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