27 剣士に助けられてみた

「あ、ちゃーーー」

「この野郎!」

「手間かけさせやがって」


 起き直る暇も、あらばこそ。

 すぐに背負い鞄を掴み押さえる力が伝わってきた。

 同時に、首筋近く幅広い剣の刃が当てられてきた。

 赤髪さん、ちゃんと剣を拾ってから追いかけてきたらしい。

 鞄を掴むのは別の手らしいから、灰色氏の方もズボンを押さえながらの走りで追いついてきたのだろう。

 振り返って笑ったら相手のご機嫌を損ねそうなので、首は動かさないことにする。

 切れ味悪い刃が食い込んでくるのも、御免蒙りたいし。


「もう、ただじゃおかねえ」

「ほら、早く金を出しやがれ」


――さて、どうしよう。


 今この瞬間にも、首に当てられた剣を消すのは可能だ。

 やろうと思えば二人ともの服を消し去って全裸に剥き、慌てふためく隙に振り払う、ということもできるだろう。オッさんズのストリップなど金をもらっても見たくない、というところが難点だが。

 あるいは何なら、二人の頭上から手頃な大きさの石を降らせる、ということだってできる。

 魔物や野生の獣相手というわけじゃなし、石だと鬼畜が過ぎるんでないか、というなら、大量の水にする手もある。

 これらのどれでも、おそらく拘束から逃れることはできるだろう。

 ただどの策も、さっきのように「手が滑った」「たまたま紐が切れた」といった、偶然に思わせることが難しい。

 こちらの能力を人に知られたくないという方針からすると、もしこれらを行ったならその後、彼らの記憶が消えるような措置を講じる必要が出てくる。

 まあそうは言っても、命には代えられないから、この刃に力が加わったなら思い切るしかないだろうが。


「覚悟しろよ」


 唸るような声とともに、剣が離れる。

 明らかにこちらの命を奪う目的で、振りかぶられた、ようだ。

 さて仕方ない、『収納』を使うか。

 思った、瞬間。


「何やってんだ、あんたたち」


 妙に陽気っぽい声がかけられた。

 街道の方向から、まだ若い男のようだ。

 ぎくり、とこちらの男二人に動揺が走るのが分かった。


「見るからに、一人に対して二人で、追い剥ぎか暴行か働いている図としか思えないな」

「あ、いや……」

「そんなんじゃ……」


 あからさますぎるほどに、二人の声はしどろもどろになっている。

 さっきからの勢いに比べて、情けなさすぎないか。

 思いながら、顔を上げると。

 ある意味、二人の気持ちが理解できた。

 と同時に、訳の分からない衝撃に打たれていた。

 そこに腕組みで立っていた男の、見てくれ。


――剣士?


 頭は鮮やかな金髪。がっしりとした筋肉質の長身。

 上半身と膝回りに革の防具を身につけ、腰には日本刀程度の長さでもっと太さのある長剣を提げている。

 この世界に来てからこれまで、ついぞお目にかかったことがない。

 どう見ても、その種のゲームに必ず登場する、職業『剣士』という人種だ。冒険者パーティーで前衛または攻撃役アタッカーを務める、いちばんの花形。言い換えれば、たいていは目立ちたがりの性格の者が選ぶ――。

 などと想像を巡らせていると。

 じろり、と金髪男の剣呑な目がこちらに向けられた。

 失礼なことを考えているのが、読まれただろうか。

 とにかくも、明らかに戦闘力に秀でているとしか思えない外見だ。

 素人がとりあえず武器を手にした、という程度だろう男二人がビビるのも無理はない。


「その、たいして力もなさそうな若僧を二人がかりで襲っている、というところか」


 あちらはあちらで、なかなか失礼な言い種だ。


「いや、その……そんなんじゃ、ないんで」

「その……あ、そう――こいつが引ったくりを働いたんで、追いかけて取り押さえたところで」

「ほう、引ったくりね」

「そ、そう」


「あ、そう」などと言っているところでもう、言い繕いを捻り出そうとしているのが見え見えだと思うのだが。

 それでも赤髪男は、この場を逃れる算段を必死に思い巡らせているようだ。


「何を盗られたんだ?」

「あ――か、金だ」

「いくらだ?」

「あ、えーと」

「見たところこの若僧、手には何も握っていないな。盗んだ金を持っているとしたら、懐かその背中の袋の中か、だな。あんたらが盗まれた金額を言って、それが見つかるなら言い分を信用してもいいが。こいつがその金額を持っていなかったら、あんたらの方が嘘をついているということになる」

「あ、その……」

「いくらだ?」

「その……銀貨十枚、だ」


 ごくりと唾を飲み、赤髪男が呻くように答えた。

 まあ、少なくとも二日分の稼ぎを背負い鞄に隠しているはず、という確信で、無難な金額を口にしたのだろう。

「ふうん」と鼻を鳴らして、金髪男はこちらに目を向ける。


「いいですよ、身体検査して。袋の中も見せます」

「そうしてくれ」


 土の上に胡座をかいて、背負い鞄を下ろす。

 まず上着を脱いで、振ってみせる。

 下半身は、立って金髪剣士に上から触って確かめてもらう。

 その間も、剣士は男二人から視線を離さないでいるようだ。

 それから路上に座り直し、袋の中身を洗い浚いぶちまけた。

 いちばんの大物は毛布。

 他には、草の葉に包んだ肉。

 少しの下着。

 手拭い、歯ブラシなどの小物。

 自衛用の短い木の棒が一本。

 まったく現金がないのもおかしいので、たたんだ毛布の間に銀貨二枚と銅貨十枚を今し方入れておいた。


「ないな、銀貨十枚など」


 ぎろりと、金髪男が視線を上げる。

 立ちつくす二人は、明らかな狼狽の態だ。

 進退窮まったというのが、もちろん。

 さらにそこに、銀貨二枚を相手に強盗を働いてしまったのかという、失望感も混じっていたかもしれない。

 少なくとも銀貨数十枚は身につけているもの、と確信して犯行に及んだのだろうに、お気の毒様という他ない。


「あんたらの方が追い剥ぎを働いていたと、結論するしかないようだな」

「そ、その――」

「わあ、畜生――」


 自棄になった勢いで、赤髪男が剣を振り回してきた。

 金髪男は一瞬で鞘ごと長剣を抜き、それを断ち払う。

 一合で、赤髪の剣は見事に弾き飛ばされていた。返す刀が腹を打ち、その場に昏倒させてしまう。

 ほとんど一瞬、の早業はやわざだった。

 金髪剣士、見た目に違わない腕前のようだ。

 その傍らで、慌てて灰色男が逃げ出そうとしている。

 その足元へ、掴んだ木の棒を投げつけた。


「わ、何だ――」


 見事に足を絡ませ、逃亡者はたたらを踏む。


「逃がさんよ」

「うわ、助け――」


 半分けんけんの格好で狼狽えている男に、すぐさま駆け寄り。

 金髪の剣がこちらも腹に打ち込まれた。


「ぐえええ――」

「おし、一件落着」


 鞘ごとの長剣を腰に戻した金髪男は、こちらを見てにやりと笑いを浮かべていた。

 その足元で、男二人は腹を押さえてのたうっている。


――まあ、レバーブローは効くだろうなあ。


 特に、腹筋の鍛え方が足りない者には地獄の苦しみ、と聞いたことがある。経験したことがないから、実感としては知らないけど。


「助かりました。どうもありがとうございます」

「どういたしまして、だ。こいつら縛って、あちらの領兵隊のところへ連れていくか。お前、何か紐でも持っているか?」

「ああ、あります」


 こっそり『収納』から取り出して、あたかも下着の間にあったようなふりをする。

 剣士が赤髪男の腕を縛っているのに倣い、灰色男の手首に布紐を回した。

 それぞれ引っ立てて、歩かせる。

 道幅の広い街道に出ると、ところどころに篝火のような灯りがあって、ほっと安堵を覚える。

 とはいえ現代日本とは比べものになりようもないし、時代劇の江戸の町と比べてもかなり劣悪、と思っていいだろう。十数メートル先に近づいた人間の存在がようやく認識できるかどうか、人相などは望むべくもない、という状況だ。

 江戸の町ならもっと、戸を閉めた店先にも灯りがあったり、通行人が提灯を下げていたり、という印象がある。


――テレビ時代劇に描かれているのがそのまま信用できるとも、思えないけど。


「本当に助かりました。僕はハックといいます。出稼ぎみたいなもので、壁工事の現場で働いています」

「ああ。俺はトーシャだ。決まった職業はないが、まあ冒険者って感じだな」

「冒険者、ですか」

「おうよ」


 簡単に自己紹介。それ以上詳しい話をする前に、兵隊詰所に着いていた。

 戸口前と中に、三名の帯剣した兵士が控えている。

 簡単な説明で、領兵の方々は理解してくれた。


「おお、それはご苦労さん」

「ひどい目に遭ったな、坊主」


 男二人を床に座らせ、こちらに労いをかけてくれる。

 兵士たちに厳めしい問いかけをされると、二人はあっさり罪を認めていた。

 聞きとりの中で赤髪と灰色髪の名前も聞こえたが、覚える気もしない。

 トーシャが拾って持参してきた剣を机に載せると、兵の一人が顔を険しくした。


「おいこれ、こないだ詰所から紛失していた剣じゃないか?」

「違いない。こいつらが盗んでいたわけか」


 男たちの罪状が追加されたようだ。

 確かに今夜のこの男と剣士を除くと、これまでに衛兵以外で剣を持つ人を見たことがない。それほど庶民の身近に存在するものではないのだろう。

 この男たち、追い剥ぎ目的で剣を盗んだのか、剣を手に入れることができたので今夜の犯行を目論んだのか。こちらをずっと監視していたらしいことからすると、金を奪うこと自体は前から計画していたもの、と想像されるが。

 とはいえ、二人とも前科はなさそうで、指名手配者というわけでもなく、捕縛して賞金が出るということもない。

 いくつかの聴取の後、剣士と連れ立って詰所を出た。

 暗い夜道に出て、剣士はううーー、と伸びをした。


「少し緊張した。稽古以外で人間相手に剣を振るったのは、初めてだったんでな」

「そうなんですか」

「ああ。これまではもっぱら、ウサギとかオオカミとかばかりが相手だった」

「しかし初めてにしては、お見事な腕前でしたね」

「まあ、剣の腕自体にはそれなりに自信があったんだが――」


 苦笑いのような。

 少し妙な具合に唇を曲げて、金髪男はこちらの顔を見た。


「それにしても、だ。お前――」


 ぐい、と首を伸ばし、近々と覗き込んでくる。


「日本人だよな?」


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