24 町を歩いてみた

 それよりも、と店内を見回す。


「あ、古着なんかも置いているんですか」

「ああ。本当に、その辺の家でいらなくなった代物だけれどね。最近は出稼ぎもんが増えてるんで買い手も見込めるから、仕入れを増やしているのさ」

「もしかして、下着なんかもあります?」

「おお。これも出稼ぎを見込んで、うちの婆さんが縫い物を増やしている」


 これは、大助かりだ。

 なかなかに、市場状況をよく見て利に長けた店主らしい。

 これでしばらくは大丈夫と思える数の衣類を買い込んで、店を出た。

 衣食住のとりあえずの目処は立ったかな、と考えながら、ついでに思いついて近くの店で青物野菜を少し買い求めた。宿に竈があるのだから、倹約のためにできるだけ自炊をしたい。肉は十分あるので、あとは野菜と炭水化物ということになるか。

 しかし通りを見回しても、パンを売る店はなさそうだ。

 これも、当然と言えるか。「パン屋さん」は現代日本の子どもにとって憧れの仕事ではあっても、自給自足の傾向が強い地域では最も不要な商売だろう。家事担当者がパンを焼けないはずはないし、不自由な家があれば向う三軒両隣で協力し合うのがふつうと思われる。

 それでもさっきの小間物屋主人の話のように、「出稼ぎ者特需」に期待は持てないか。えいダメ元で、と青果屋に訊ねてみると、


「ああそれなら、そこのデルツの店で、頼まれれば焼いていると言ってたぞ」


 連日ノウサギの内臓の持ち込みをしている、料理屋の名を挙げられた。

 なるほど、さすがに宿屋と料理屋は出稼ぎ者の動向に敏感に対応しているということか。

 青果屋に礼を言い、宿に戻る際に料理屋に寄ろう、と予定を頭に刻む。

 まだ日は高いので、その前にもう少しこの辺を歩いてみよう。


――通りから裏手に入った方は、ほとんどまだ見ていないからな。


 今まで歩いた地域は、街道から見て肉屋や口入れ屋の並ぶ南側に限られている。

 試しに、北側の裏手に入ってみようかと思う。

 小路に入っていくと、ちょっとした垣根のようなものに囲まれた古めかしい人家がぽつぽつと並んでいる。何となく、古くから棲みついている中流以上の階級の住居、という感じだ。

 少し進むと先にやや広めの空き地があり、周りは畑が多くなってきた。

 空き地は何処となく、昭和時代のマンガに出てくる子どもの遊び場を連想させる。要するに中規模の児童公園くらいの広さで、隅に崩れかけた建物の残骸が見える他、低い草が生えていたり土が露出したりがまだらに広がっている感じだ。

 別にどうということもない土地に目を惹かれたのは、


――野宿するとしたら、そこそこうってつけなんじゃないか。


 という思いが浮かんだせいだった。

 少し住宅地から離れて、人目を気にしなくてよさそうだ。崩れかけた建物跡は辛うじて屋根を残しているようで、雨露程度はしのげるだろう。建物の陰辺りなら、夜闇に紛れて石造りの家を出現させても見つからないかもしれない。

 森の中などに比べて、野生動物の襲撃の心配は少ないのではないか。

 つまり、うまくすれば宿代の節約になるかもしれない、ということだ。


――もちろん、所有者がいるのだとしたらそんな勝手をするわけにはいかないだろうけど。


 見たところは、長い間何にも使われず放置された土地、という印象だ。

 もう少し中に入ってよく見ようかと、足を踏み出しかけると。


「お前、あいつらの仲間か?」


 剣呑な声をかけられた。

 振り返ると、こちらと距離をとって初老の男が木の棒を構えている。


「はい?」

「あのガキどもの仲間か、と訊いている」

「ガキども?」

「違うんか……」


 嘆息のような表情で、男は棒の先を下ろした。

 そこそこ落ち着いた服装で、近所の住人かと思われる。

 こういうときにも使えるんじゃないかと、口入れ屋の登録書を取り出してかざしてみせた。


「あそこの壁工事に来ている、出稼ぎ者なんですが。町中に詳しくないんで、見て回っていたところで」

「そうか、俺の見誤りだな。済まん」

「ガキどもって、この辺で子どもが悪さしているんですか」

「ああ、そこの空き地に住みついてな。親のない奴らのようで気の毒なところもあるんだが、家に忍び込んで食い物を漁るようになっちゃ、こちらも堪らん」

「孤児というわけですか」

「前までは何処にいたのか知らんが、最近はそこを気に入って集まってきてるみたいでな。こないだの魔物の騒ぎで、また新しく外から来たのが増えているって話もある」

「そうなんですか。本当に親がいないっていうんなら――」

「ちゃんとしているなら、少しは助けてやろうって気にもなるがな。悪さをして回るんじゃ、住民としちゃ堪ったもんじゃない」

「それはそうでしょうね。ここは空き地ですか。誰か持ち主がいるんでしょうか」

「昔は教会の支部が建っていたんだがな。何年か前に町の中央に聖堂を建てて、こっちは引き揚げたんだ。今は領主様の所有だが、使い道がなくて放っとかれているんだと」

「へええ」


 棒で肩をとんとん叩きながら、仏頂面のままけっこう親切に話してくれる。根は話好きの小父さんらしい。

 こことは別にもう少し東方面には大人の浮浪者がたむろしている地域があるので、近づかない方がいい、と教えてくれた。

 礼を言って、元の道を戻ることにする。


 途中から一本脇の道を辿ると、先の建物と路地に少し活気のある様子が見えてきた。どうも、その向こうの大通りから建物脇の裏口へ、そこそこの人数で荷物運びをしているようだ。

 地図を思い返し、この地区では唯一やや大きな店を構えているイザーク商会の建物だと気づく。他から入荷があったらしく、その運び込みに人数を繰り出しているのだろう。

 確かこうした荷物運びの依頼が口入れ屋の説明にもあったな、と思い出す。見たところけっこう小さな子どもも雇われているようだ。

 荷運びのの出入りを邪魔しないように狭い道路の脇に寄って、そこを通り抜けた。

 大通りには牛の引く大きな荷車が停められていて、そこから荷物を運び下ろしているのだった。荷車が路地には入れないので、こうした人手が必要になっているらしい。

 納得して、その場を離れた。


 宿への帰り道、デルツの料理屋に寄ってパンを買えないか訊ねてみた。少しなら余りがある、と二食分程度の量を売ってもらえた。

 木賃宿には追加して一週間分の宿泊を予約しておいたのだが、この辺は連泊を申し入れている者と毎日更新している者と、人によってそれぞれらしい。昨日と同じ部屋に入ると、見知ったダグマーが愛想よく迎えてくれたが、残り二人は入れ替わっていた。

 工事労働の感想などを少し話した後、食事に立つ先輩と肩を並べた。


「夕食を作るつもりなんですけど、ダグマーさん、買いませんか」

「ん? ハックが自分で作るのか」

「ええ。簡単な汁物の予定なんですけど。今日もノウサギを狩ることができたんで、少し手元に残したのを入れて」

「へええ、お前さん、狩りの才能があるんだな」


 ダグマーも他の出稼ぎ者と同様、夕食は料理屋の内臓煮込みか買い置きの干し肉かのどちらからしい。外食は内臓料理ばかりだとすぐ飽きるのだが、他は高くつくのだそうだ。

 そのため、内臓煮込みと同程度の値段で別の料理が食えるのならありがたい、という。

 庶民にはそこそこ贅沢っぽい新鮮なノウサギ肉を使っているということだけの価値で、完全な素人料理なので味などの保証はできない、という断りの上、交渉成立。

 炊事場に常備されている鍋に水を汲み、竈の火にかける。

 背負い袋から肉と青物野菜を取り出し、適当に切って投入。味つけは塩だけだ。

 あとはテーブルで、それに固いパンを添える。

 無茶苦茶質素な献立なのだが、ダグマーは喜んでくれた。


「何にしろ温かい料理はありがてえ。しかもちゃんと塩味がついているじゃないか」

「ええ、少し持ち合わせがあるので」

「塩は安くない上に、少しだけ買うっていうとますます高くつくんだよなあ」

「ああ、そうですよねえ」


 その辺も、出稼ぎ男たちがあまり自炊をしない理由らしい。

 この日参加した作業場では、見た目栄養が十分に摂られていないのではないかという労働者が相当数いた。

 体力勝負なのだから栄養面の配慮は必要なのではないか、と言うと、ダグマーは渋い顔で頷いている。

 この点別に栄養学などの素養があるわけではないが、少なくともパンと肉と野菜類はできるだけ一緒に摂るように心がけるべきではないかと思う。


「パンも固くて情けないところですけどね」

「いや、こんなものだろう。あそこの料理屋で買ったのか? 家で食うのと同じ程度には焼き立てだと思うぞ」

「そうですか。たとえばお貴族様や裕福な人たち向けにもっと柔らかいパンがある、とかはないんですかね」

「聞いたことねえなあ。パンはパンだろうがよ」


 ばりばりもそもそという食感だが、汁物に浸して口にすればかなり食べやすくなる。その意味でも、干し肉だけの食事とは段違いだ、とダグマーは喜んでいる。

 とにかく少なくとも、この世界に酵母などで膨らませたパンがないらしいことは分かった。

 今後も、強制力を持つ約束ではないが、できるだけこうして夕食を共にしよう、と言い交わす。


 翌日からも、だいたい一日の行動は初日と同じになった。

 早朝から工事現場に出かけ、土嚢二百個の運搬をして、日当を受け取る。

 その後森へ直行し、ノウサギを三~四羽狩り、薬草を採取する。

 それらを金に換えた後、町を散策。

 宿に戻って、ダグマーと夕食を共にする。

 こんな調子で、日々が過ぎた。


 工事の仕事を始めて四日目。

 初日以来見かけていなかった、あの妙に偉そうな金髪の男の姿があった。

 両手に二個ずつ土嚢を運びながら、労働者や職員に気さくに声をかけている。

 その背を見ながら、ちょうど近くにいた監視人に尋ねてみた。


「何だかちょっと、他の人たちと違った雰囲気の人ですね」

「ん? お前、知らなかったのか」

「はい、まだ始めて数日なので」

「そうか。あの方は、領主様だ」

「――はあ?」


 聞きまちがいかと、思わず耳をほじってしまう。


「領主の、シュナーベル男爵閣下だ」

「え、えーと――領主様が、こんなところに混じって肉体労働をなさってる?」

「毎日ではないがな。大切な領地事業なので、できるだけ様子を見、ご自身も身を以て体験していきたい、という仰せだ。あのようにここでは気さくにされているので、必要以上に礼を尽くすことは無用だが、失礼があってはならんぞ」

「は、はい。承知しました」


 考えてみると、かの小説ノベルの類いによく登場していたな、庶民派で豪放な領主や王族。これもある種のテンプレというやつか。何処かの誰やらの意思が働いているのかもしれない。

 まあしかし前世の実際の歴史でも、その種の逸話を残す貴族とか殿様とか、いたような気がする。はっきり覚えていないけど、確かオダさんちのノブナガさんとか。

 また小説ノベルの方の一つ定番として、そういう貴族階級の人物がすぐ主人公と親しくなって後ろ楯のような存在になる、というのがあったが。


――あまり気を緩めないようにしよう。


 と、思う。

 自分が小説ノベルの主人公のようにこの世で特別な存在だなどと、思い上がる気は毛頭ない。

 この世界に来てから、一見テンプレふうながらそう甘くない、もっと現実的で生々しい状況というもの、わずか十日あまりの中の体験で、枚挙にいとまがない、という気がする。

 その辺からの学習結果として、あの領主様にも必要以上に近づかず、遠くから礼を尽くしているのが妥当と思われるのだ。

 夜にダグマーに確認してみると、肉体労働好きの領主の存在はそこそこ知られていたらしい。


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