18 町に入ってみた
というわけで。
気分直しに、一口分水を取り出して、飲み下し。
よし、と気合いを込めて、今来た道を戻り始める。
道をこのまま、村の方へ折れずに直進すれば、町へ続く街道に出るはずだ。
ほどなく、村への分かれ道に着いた。すぐ斜め奥に、さっきも見た石切場の岩がそびえ立つ。
その岩の威容を見て、思い出した。先日聞いたゲルトの言葉、だった。
村を石壁で囲みたいが、すぐにはできない、という。
何よりの難関は、大きな石を大量に切り出す作業だろう。
人力でやるなら、かなりの人手と時間が必要になるはずだ。
しかしそれも、『収納』を使えば簡単にできる。
やろうと思えば村を囲む壁の格好に積み上げることもできるが、さすがにそこまではやり過ぎだろう。
切り出しだけでも十分にやり過ぎだが、少なくとも数日前に迷い込んだ非力な小僧がそれをしたとは、絶対思われるはずがない。神のお恵み、奇跡、と判断されるのがせいぜいだろう。
何よりこの村に、自力で安全を構築する選択肢を残しておいてあげたい。あの大群は葬り去ったとはいえ、また数匹単位ならそこそこ近いうちに魔物が戻ってくる可能性はあるのだから。
――おそらくそんな作業、体力も消耗しないはずだしな。
岩の近くへ踏み込み、手早く作業を行った。
五十×五十×百センチ程度に大きさを揃えた直方体のブロックを、六千個ほど辺りに積み広げる。
村の外側一周を約一キロメートルとして、これを積み並べることで厚さ五十センチ、高さ三メートルの壁は作れることになる。
一個の大きさがこの程度なら二~三人で持ち上げることができ、昨日使っていた木の台車で運ぶことも可能だろう。
実際にそれだけの重労働をすることを選択するかは、あとは村人たちが決めることだ。このブロックを他の用途に転用することもできるはずだし。
『収納』『取り出し』の六千回のくり返しは、うんざりするほど大儀ではあったが、やはりほとんど体力の消耗はなかった。終了する頃にようやく日が真上まで上がったか、という程度に時間を費やしただけだ。
疲れは少ないが、一息ついて。村の習慣にはなかった、昼食をとることにした。
『収納』の中にはまだ焼き立ての肉がかなりの量あるわけだけど、ここは何となくの気分で、婆ちゃんにもらった干し肉を囓る。しみじみと、ありがたい滋養が染み込んでくる気がする。
少し休んでから、腰を上げた。
道へ戻って、村の方向へ一礼。
気を入れ直して、改めて町の方向へ歩を進める。
これでようやく、数日前に山中で目指していた方向の道程に戻ったことになる。人の住む町で自活の道を探るのだ。
街道は、馬二頭が何とかすれ違えるか、という幅の土の道だった。
もう少し幅が広い区間もあるが、見たところ馬車ならすれ違いも苦労しそうだというところが多い。無理な場合は、どちらかが広いところで待機することになるのか。
――いや考えてみると、この世界にそんな大きさの馬車のような乗り物があるのかどうかも、確認していなかった。
まあそんなことも町に行けば分かるだろう、とのんびり考えて、足を運ぶ。
前も後ろも、見渡す限り他の歩行者の姿はない。
町へ向かう方向は魔物から逃れて一散に逃げた後だろうし、その一報を聞いて逆方向は止められているということか。
そんなことを考えながらしばらく進むと、はるか先にこちらへ向かう騎馬の集団が小さく見えてきた。
さっきも予想した、魔物の実態を調べる調査隊、ではないか。
思って、こちらは脇の森に身を隠すことにする。
ここでそんなものと出会ってしまうと、もしかすると村人から報告されているかもしれない小僧の逃げ足が遅すぎることに、説明をつけにくい。もしや魔物に出会ったのか、どんな様子だった、などと問い詰められたら、ますます返答に窮してしまう。
魔物に見つからないように森の中を隠れながら移動してきた、道が悪いので時間がかかった、ということなら不自然も少ないだろうから、万が一森の中で人目についてもこちらは問題はないと思うのだ。
土埃を立てて駆け抜ける十騎ほどの集団を、やり過ごして。
あとはそのまま、街道に沿って森の中を進むことにした。
日が暮れてくる気配に、森の少し奥でやや広く開けた場所を見つけ、石の「家」を出して野宿の準備をする。
ここまで大きな動物には出会わなかったので、火を焚いて警戒し、すぐ「家」に籠もれる態勢でいれば、危険はないだろうと思われる。
久しぶりに、静かな孤独を噛みしめる一夜を過ごした。
翌日も、原則森の中の行軍を続けた。
定期的に街道の位置は確認しながら付かず離れず、できるだけ人と接触しないようにと気を払う。
時間的に、こちらが気がつかないうちに調査隊は町へ戻ったのではないかと思うが、それでもまだ街道を歩く人の姿は見えない。おそらくまだ、こちら向きには遠出しないように、注意が続いているのだろう。
森の中では何度かノウサギと遭遇し、「マチボーケ作戦」で五羽ほど狩ることができた。村で教わった方法で血抜きをし、『収納』しておく。
そうして進んでいくと、まだ昼前のうちに、街道の先に町の遠景が見えてきた。
建物の重なりはかなり先でぼやけているが、一キロも離れていない道の途中に門のようなものがあり、人が立っているようだ。
この先は姿を現さないわけにもいかないので、街道に戻ることにする。
婆ちゃんにもらったリュック型の袋の中身を確認し、『収納』から血抜きの済んだノウサギを二羽取り出して、両手にぶら下げる。
ふらふら疲れた足どりで近づいていくと、門の前に立つ二人の人間がこちらに気がついたようで、槍のようなものを構える動作が見えた。
数百メートル離れたところで一度足を止め、ぺこりと頭を下げてみせる。
もう少し近づいていくと、男が声をかけてきた。
「何だあ、東の村の方から来たのかあ?」
「はい、グルック村から徒歩で避難してきましたあ」
声を張り上げて、応える。
二人の男は頷き合って、近づいてこい、というように手を振り、槍を立てた。
すぐ傍まで歩み寄って、もう一度頭を下げる。
「歩いて逃げてきたのか。魔物には会わなかったか?」
「はい、広い道だと見つかるかと思ったから、森の中を抜けてきたので。ずいぶん時間がかかりましたけど」
「ふうん。昨日戻ってきた調査隊の話じゃ、かなりの数の魔物が同士討みたいにして死んでいたということだが、まだ安全とは言い切れない」
「そうなんですか?」
「まあお前も、早く町の中に落ち着くんだな」
「森の中を抜けてきたと言ったが、そいつ、ノウサギか、森で狩ったというわけかい」
「はい、幸運に狩ることができたので」
当然、「魔物が死んでいた」という情報には、大げさに驚いてみせる。
その後は特に訊かれたわけでもないが、簡単に自己紹介めいた話をした。
数日前にグルック村の村民に拾われたのだが、その前の記憶がないこと。
村民たちは馬で避難したが、自分は徒歩で後を追ってきたこと。
というのも、この町の護衛兵か何からしいそこそこ若い二人が比較的好意的なので、ある程度ここで知識を得ておきたいと思うのだ。
町に入ってから道行く人を取っ捕まえて質問するより、面倒は少ないだろう。
「というわけでこの辺に関する知識がまるでなくて。えーと、ここがプラッツの町でまちがいないですか」
「ああ。シュナーベル男爵領の領都だ」
「とりあえずここに落ち着きたいんですけど、何にせよ、一文無しなんです。このノウサギを何処かで売って金にするなんてこと、できますかね」
「おう、それなら肉屋に持っていくといい。この道を真っ直ぐ半時も進めば、店が建ち並ぶ一角に入る。その――こちらから見ると左側だな、ウサギの絵の看板があるから、分かると思うぞ」
「ありがとうございます。それで、このノウサギ二羽を売って、一泊の宿代になるものでしょうか」
「うーん、ぎりぎりかな。安い宿なら泊まれるんじゃないか」
「四人ぐらいの相部屋なら、ノウサギ一羽分でもいけるんじゃないか」
そんな調子で、親切に教えてくれる。
その勢いで世間話をして、いろいろ知識を引き出すことができた。
この二人は男爵領の領兵という身分で、昨日から臨時でここの門番として配属されたという。
門と言っても、道の左右それぞれ百メートルほどの横手まで木の囲いが立てられて町の内外を仕切って見せている間の出入口、という趣になっているだけだ。特にがっしりとした扉があるというわけでもなく、せいぜい出入りを禁ずるときには紐を張って仕切る程度なのではないかと思われる。
ふだんは別に、見張り番を置いているというわけでもないらしい。当然、昨日魔物の接近の報を聞いて、臨時に配属されたということだ。避難してくる人々の確認と、魔物の姿をいち早く見つけることが目的になるのだろう。
昨日の昼頃には避難民も町に入ってしまったし、報せが回ってここから外へ向かうものもいない。この二人の親切な態度は、どうもかなり退屈していた結果のようだ。
「ああそれから、町に定住するとしたら、口入れ屋に登録するのがいいと、村の人に聞いたんですが」
「ああ、それがいちばんまちがいがないだろうな。さっき言った店が集まっている一角の奥に、そこそこ大きな建物がある。行けばすぐ分かると思うぞ」
「この魔物騒ぎで、前から進めていた城壁を作る作業が急がされているから、若い者は歓迎されるはずだ」
「そうですか、ありがとうございます」
親切な衛兵たちに礼を言って、町に入らせてもらった。
入ることにも、資格や料金はいらないらしい。
この辺また、
――いや、専門に学習したわけじゃないから、正確には知らないけどね。
おそらくのところ城壁が必要だという町は、他からの侵攻や魔物などの脅威が常にある、という事情を抱えているのだろう。
それに比べるとこの町は、魔物の存在が最近になって現実味を帯びてきたので、大急ぎで防備を固めている、という段階のようだ。
しかし、間に合うのだろうか。
城壁が完成する前にあんな百匹以上の魔物の軍勢に襲撃されたら、そこそこ人口のありそうなこの町、ひとたまりもないのではないかと、改めて見て思う。
町に入ったとは言っても、しばらくは長閑な農村めいた風景が続いた。豆のようなものを栽培している畑が広がり、その合間にぽつぽつと人家が建っているという見た目だ。
街道沿いでこうなのだから、横手の奥へ入っていくともっと閑散とした感じなのだろう。
それが、土の道を進むにつれて徐々に人家の密度が増してくる。
やがて家屋同士がかなり近接するようになって、家々が建ち並ぶ、という表現が近くなってきた。
平家の建物が多く、二階建ては中で一割程度の割合だろうか。ほぼすべて木造のようで、窓にガラスのようなものは一切見られない。
その中に、少しずつ店のような見た目のものが混じってくる。
字が読めないので看板から業種の判断はつかないわけだが、書かれているものは何となく字というより記号とかシンボルマークといった感じにも見える。
あと、家の密集につれて、木造に交じって石造りらしい建築が増えてきているようだ。隣り合いが近くなると、火災が案じられるということかもしれない。
最初のうちは畑で働く人がぽつぽつ見えていた程度だったが、こちらも家が増えるに従って、通行人の姿が多くなってきた。服装はグルック村の人たちとたいして変わらず、少し小綺麗に見えるか、という程度だ。
女性と年輩者の姿が多いように見えるのは、この午近い時間帯、男たちは何処かで働いているということだろうか。
現代日本などと明らかに違うことに、こんな小僧が両手にノウサギの死骸をぶら下げて歩いていても、誰も気にする素振りがない。生前の都会なら、即警察に通報されそうな見た目だと思うのだが。
――まあ、こちらにとっては幸いだ。
衛兵たちにも話したように、とりあえずの生活の糧を得る当ては、こいつらしかないのだから。
聞いた通り、半時(三十分)程度歩いた頃に、道の両側には商店らしき佇まいが多くなってきた。道に面して台を広げて、野菜や小間物を並べているところもある。
そんな通りを、衛兵の教えに従って左側を中心に観察しながら歩く。
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