14 子どもと遊んでみた

 そんな話をしていると、ユリアが戻ってきた。

 父親はそのまま、畑に行ったそうだ。


「村のみんな、喜んでくれたよお」

「そうかいそうかい」

「後でカミラ、遊びに来るって」

「そうかい、よかったねえ」


 その後は、お婆ちゃんが豆を莢ごと干すのだという作業を、座ってできる範囲でユリアと一緒に手伝った。

 豆の莢を枝からちぎり取る作業をしながら、ユリアが楽しそうにお喋りして、いろいろ教えてくれる。

 村には、家が四軒ある。

 ゲルト小父さんの家は、奥さんと娘のカミラ、お婆ちゃんがいる。

 このゲルトが、昨夜薬草を持ってきてくれた人らしい。

 マレイ小父さんはうちの父さんより年上だが奥さんはいなくて、老いた両親と三人暮らし。

 ベサル小父さんは奥さんと二人暮らしだ。息子が二人いるが、町に働きに出ている。

 村の真ん中に畑があり、四軒の家はそれを囲むようにある。

 畑はそれぞれの家の分で分かれているが、人手が要るときは交互に協力し合う。四軒とも親戚だったり生まれたときからの付き合いだったりで、仲がいいらしい。

 農耕用の馬が四頭、それぞれの家の所有だが、一箇所に固めて飼っていて交代で世話をしている。父さんたちが町(領都)に行くとき、荷物が少ないときは馬に乗り、多いときは馬に引かせて歩いていく。馬は人二人乗せても軽々と駆け足できる。

 カミラはユリアより一つ下の六歳だ。可愛い妹分で、毎日のように遊んでやっているのだ、と言う。


 話しているうちに、そのカミラがやってきて手伝いに加わった。

 確かにユリアより少し小さい、大きい目に愛嬌のある女の子だ。

 初対面の男を見て警戒気味ながら、ユリアの陰に座って元気に話し始めている。

 すぐに二人競うように、いろいろ常識を教えてくれた。


「ね、カミラ、今日は何日だった?」

「七の月の十八の日だよお」

「そう、そうだねえ」


 三十日でひと月、月は一から十二まである。どうもちょうど三百六十日で一年になるらしい。お婆ちゃんに確かめても、それできっちり、あまりなどが出ることもないということだ。

 今は七の月。だいたい六の月から九の月くらいが夏ということになるので、ちょうど夏の盛りになるところだ。

 十二の月から三の月くらいが冬で、ここらは雪に閉ざされるという。

 子どもたちに訊いても、曜日のような日の呼び方はないようだ。

 時間は、一日が二十四のときに分けられる。夜中の二十四ときに日が変わり、その後、一時いっとき二時にとき、と進み、二十三時、二十四時で日が終わる。その刻み分の時間の長さを一時と呼ぶ。

 体感の限りでは、前世の一時間がこちらの一時と同じとみてほぼまちがいなさそうだ。

 村に一つある日時計で、時刻は確認するという。日時計の円形を区切って時間の単位を作るのだから、十二や二十四に分けやすいのは当然ということになるのだろう。

 短い時間は、半時はんとき四半時しはんとき、という呼び方で示すようだ。

 長さの単位は、ヤータ。これも一ヤータがほぼ一メートルと同じとみてよさそうだ。

 千ヤータの長さを一マヤータ、千分の一ヤータを一ミヤータという。

「これぐらいで十ミヤータだよ」とユリアが指先の長さで見せてくれたところからして、一センチ相当で問題なさそうだ。


 他に、お金の単位について知りたいと訊ねてみたが、驚いたことにお婆ちゃんでさえ詳しくは知らなかった。

 小さい買い物には銅貨を使う。少し大きな買い物には銀貨。その上に金貨があるが、見たこともない、と言う。銅貨百枚で銀貨一枚と同じになるそうだ。

 農作物の売買は、男衆が町に運んで行う。年に数回行商人が村に寄る際に日用品を買うことがあるが、「銅貨何枚、銀貨何枚」で通用する。

 みんなが着ている普段着を古着で買う場合、一着銀貨四五枚から十枚くらい、と言うから、銀貨一枚で千円前後相当というところだろうか、と推測する。


 豆を干す段になると子どもや怪我人は手伝えないので、遊びに行ってきなさい、とお婆ちゃんに言い渡された。

 河原の近くへ行って、子ども二人が地面にお絵描きしたりするのを傍で見守る。

 平地まで下ったせいだろう、山中で見たより川幅は広く、流れも緩やかになっているようだ。

 お絵描きに飽きた二人に、手頃な石を拾って川面に水切りをしてみせると、手を叩いて喜ばれた。


「すごすごい、あんなに跳ねた!」

「もっかい、もっかいやって見せて、お兄ちゃん!」

「怪我してなきゃ、もっといけるんだけどなあ」


 もったいをつけながら、もう一度再現してみせる。

 水面を石が跳ねる回数は、再度試みても五回がせいぜいだ。言い訳ではあるけれどやはり、右足と左肩が不自由でなければこんなものではないのに、と思ってしまう。

 それでも二人の女の子は大喜びで、自分たちも挑戦してみていた。

 七歳女児に記録を超されなかったのは、幸いだった。


 そろそろ時刻は正午を過ぎると思われるが、ここの習慣では一日二食で昼食をとらないので、子どもたちは構わず遊びを続けていた。

 それでも最も陽射しが強い頃合いで、日向に居続けると熱中症が心配になってくる。

「少し日陰に入らないか」と呼びかけると、ユリアは飛び跳ねるように寄ってきた。


「じゃあじゃあ、父さんのとこ、行く」

「父さんは、畑かい」

「うん、そう」


 張り上げ声で応えて、女の子二人は手をつないで駆け出した。

 戻った村の中央部、そこそこ広い畑の中に人影はない。

 見ると、耕作地の脇に木立がいくつか残されていて、その下の日陰に男が四人間隔をとって座り込んでいた。

「父さーん」と、娘たちはそれぞれの父親の元へかけていく。

 寄っていくと、ヨルクは座る場所を空けてくれた。


「休憩ですか」

「うむ。いちばん暑い時間は、ここで昼寝する」

「なるほど。炎天下、無理はいけませんよね」

「うむ」


 少し離れた男衆に会釈して、ヨルクの傍らに腰を下ろさせてもらった。

「食え」と言って出してくれたのは、山中でお馴染みのソルドンの実だ。休憩中のおやつとして準備しているのだろう。ユリアも嬉しそうに齧りついている。

「ありがとうございます」と、遠慮なくいただく。


「娘たちと遊んでくれてたようだな」

「いやあ、僕の方が遊んでもらってたようなもので。いろいろ分からないことを教えてもらってました」

「ふむ」


 離れて眺めながら訊いたところでは、現在生育しているのは大豆のような豆類と、ズッキーニのような野菜らしい。

 ぽつぽつと話していると、少し離れた木陰から男が話しかけてきた。

 カミラに縋りつかれた格好の、昨日薬草を持ってきてくれたゲルトだ。


「兄ちゃん、自分のこと思い出せないんだってな。今日になっても変わらないんか」

「はい、やっぱり何も。ユリアちゃんやカミラちゃんにいろいろ教えてもらってたんですけど、この国の名前とかもみんな、初めて聞く感覚です」

「そりゃあ困ったもんだね」

「まあもう仕方ない、一つ一つ教えてもらってやっていきます。怪我が治ったらとりあえず町に出て身を立てようと思うんですけど、できたら必要な最低限のことでも教えてもらいたいです」

「教えれることは教えてやっけど、俺たちだって町に住んだことはないから、詳しいことはからっきしだな」


 ゲルトの苦笑に、ヨルクも「そうだな」と頷いている。

 この村の男たちは、町へ行くのも農作物を売りに行く数ヶ月に一度程度だという。女たちはもっと頻度が少ない。ユリアなど、生まれてから二回しか町を見たことがない、とぼやいている。


「知ってる範囲で言うとな、俺たちが持っていく野菜なんかは、一括して農業協会で買ってもらうんさ。ノウサギを狩ったのなんかは、直接肉屋に持っていって買ってもらう」

「農産品は一括して取り扱っている機関があるけど、肉などにはないということですね」

「だな。農家は町の周りにいくつも村があって、安定して持ち込まれるからってことだろうな。肉は当てにならないんさ。その分、定職を持たないやつが森でノウサギを狩ったりして、食いつないでいるのはいるみたいだ」

「町に出て職を得ようとしたら、そういう猟師みたいなのも一つはアリってことですね」

「ああ、収入は安定しないだろうけどな。あと、とりあえず町の中での仕事を斡旋してくれる『口入れ屋』ってのがあるはずだ」

「そういうの、僕みたいな素性の知れないものがいきなり行っても、扱ってくれるんでしょうか」

「ああ、十四歳以上から、だったかな。それで犯罪者で手配書が回っているとかじゃなきゃ、大丈夫なはずだぞ。口入れ屋に登録して登録書を持っていれば、町の中で身分保証みたいなことになるはずだ」

「なるほど。口入れ屋に登録で、意味があるんですね」

「そういうこったな」


 その手の小説ノベルに出てくる『冒険者ギルド』に近いものかな、と思う。

 ただ、管理者神様が「魔物の存在は確認していない」と言っていたのでまちがいなければ、『冒険者』などという存在がそもそもなさそうだ。

 一応ゲルトに確認してみると、「ボーケンシャ? そんなもん聞いたことねえ」という返事だった。当然、それらに付随する強さのランクづけなどといったものもないだろう。

 それでも、この点も確認しておこう。


「何だか意味も分からず頭に浮かぶんですけど、『魔物』って何か、そんなものいるんですか?」

「お、そりゃ……」


 訊ねると、ゲルトはやや目を丸くして、ヨルクと顔を見合わせた。


「いや、俺は見たこともないんだが、わりと最近、町に行ったとき、噂にだけ聞いたことがあるぞ。何でもそこらの獣より獰猛で、人を食うんだと」

「いるんですか、そんなの?」

「ほんとに噂だけどな。何処かでそんなのが大量に現れて、村一つ全滅したとか。何処に現れるか分からないから、用心しておけとか」

「何処まで信用していいんか、分からんけどな」


 やや前のめりに食いついてきたゲルトに、ヨルクが醒めた声を入れた。

 生まれてこの方一度も見たことも聞いたこともなかったのだとしたら、あまり本気で信じる気になれないのは分かる。

 こちらとしても、もし地球でこの話を聞いたのだとしたら、眉唾物として聞き流していたかもしれない。

 しかしこの世界では、管理者神様の「〈魔素〉は存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない」という事前説明がある。

 その上で最近噂が出回り始めているということは、今までいなかった魔物が何処かで生まれて増え始めている状態、という可能性を考えて一応警戒する必要はあるのではないか。


「それって、その魔物、どんな見た目なんでしょうね」

「いくつか情報はあるが、一定していないみたいさ。クマの大きいのとか、イノシシに大きい角が生えたのとか、人間のように二足で歩いて腕とかが凄い太くて石の棒を振り回すんだとかな。古い言い伝えに出てくるドラゴンの格好をしている、なんていう話もあるそうだ」

「話がばらばらで、ますます信用おけない感じさな」

「でも、それ――」首を傾げて、考える。「ばらばらではありますけど、今までなかった話が最近になってそんなに具体的に出回っているということは、中には真実のものもあるかもしれないと思うべきじゃないですか。もしこの村の近くに現れたとしたら、大変ですよね。何か対策は考えているんですか」

「そんなのが大量に出たとしたら、町へ向けて逃げるしかないわな」


 唸るように言って、ゲルトはヨルクと頷き合っている。

 そこへ、話が聞こえていたようで、他の二人の男も近づいてきた。

 ヨルクやゲルトより少し年上らしいマレイと、もっと年輩で白髪が多いベサルだ。

 それでも四人とも揃って、前世の感覚からするとかなり屈強な体付きに見える。

 ベサルが、一同を見回して確認口調で言い渡す。


「その話、何処まで信用できるか分かんねえが、もしものことがあっちゃなんねえ。こないだも話したように、森の方へ警戒を絶やさずに、何かあったらためらいなく村を捨てて逃げるこった。人の足じゃ追いつかれることは十分考えられるから、馬の準備も日頃からしっかりせねばな」

「俺あ、そんな話信じられねえと思うけどさ」マレイも頷いている。「用心しとくに越したことはねえ。警戒は油断なくしとこうぜ」

「だな」


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