8 『収納』を考えてみた

――しかしそれにしても、あのスペクタル、見応えがあるよなあ。


 給水の必要がなくても、「ただ見たいだけ」用途でくり返してみたくなりそうなほど、何度でも見飽きそうにない。

 しかもその際に魚の捕獲ができるというのだから、いいところだらけだ。

 まあさすがに何十回もくり返したら川の水量に影響が出そうなので、自重は必要だろうが。

 魚を捕るのだけが目的で実行した場合には、事後に水を返しておけばいいかもしれない。

 とにかくもいいところだらけで、この用途に使えるだけでも『収納』スキルに感謝したくなるほどだ。


――あの給水方法――スペクタル――。


「あれ?」


 考えていて、やや不思議なものを感じた。

 しつこいようだが、この『収納』スキル、過去に読んだ数多あまた小説ノベルの中ではありきたりの設定と言っていいものだった。

 食料や水の『収納』は当然ながら、どの作中でも日常茶飯に行われている。

 こちらの現状のように、川での給水シーンなども頻繁にあったと思う。

 しかし、不思議に思ったのは。

 それらの小説ノベルの中で、かの給水スペクタルのような描写を読んだ記憶がないのだ。

 ほぼ例外なく、川での給水は革袋や壷のような容器を使って行い、その容器ごと『収納』していたと思う。

 しかし――何しろかの神様がそう意図したというのだから――数多の小説ノベルのものとこちらの『収納』にはそんな差がないはずだ。

 収納量は無限。

 時間経過なし。

 内容物は互いに干渉しない。

 作品によってはそこまではっきり説明されていないものもあったかもしれないが、この点はほぼ例外なく共通していたと思う。

 では何故、小説ノベルの中に「給水スペクタル」が登場しないのだろう。

 いや、数多の作品の中には探せばあるのかもしれないが、とにかく過去読んだものの中にあった記憶がない。

 収納量は無限なのだから、革袋や壷にこだわる必要はない。傍迷惑にならない限り、大量に『収納』したっていいではないか。水など、いくらあっても困るものではない。用途はいくらでもある。

 内容物は互いに干渉しないのだったら、容器など使わずそのまま『収納』していいではないか。

 何故、小説ノベルの主人公たちは「給水スペクタル」――要は、川水を切り取って直接『収納』――に思いつかない、試してみることさえしないのだろうか。


――何か、かの小説ノベル群とこちらの間に、違いがあるのか?


 そんな些細なこと、気にするだけ無駄なのではないか。

 そう、頭の隅辺りに囁く声も聞こえる。

 しかし理由もない直感のようなものだが、捨て置いてはいけないこと、という気がするのだ。

 何か、多くの小説ノベルとこちらの間に、違いがある。

 本質的な違いなのか、もしかすると小説ノベルの登場人物あるいは作者が気がついていないかもしれないことか。


――何だ?


 何故、小説ノベルにはあんな給水方法が登場しないのか。

『収納』の機能に差があるのか。

 あるとしたら、どの点か。

 今までここでいろいろ『収納』を試してきて、ことさら小説ノベルのものより優れているという実感はなかったのだが。

 収納量。

 時間経過。

 内容物不干渉。

 どれも、数多の小説ノベルに登場しているものと共通のはずだ。

 これらが保証されている限り、「スペクタル給水」をためらう必要はないはずだ。

 水を『収納』しようと思い立って、何も悩む要素もないではないか。

 ちまちま革袋に水を汲んでいるより、よっぽど手っ取り早い。ガバッと一瞬で切り取って、保存してしまえるのだ。


――一瞬だぞ。これ以上簡単なことがあるか?


 何故、試みようとさえしない? 

 一瞬で――。

 切り取って――。

 え?


「切り取る?」


 もしかして、これか。

 思い返してみると。小説ノベルに登場する『収納』のやり方は総じて、一個一個の「物」を鞄に収める感覚で入れるというものだ。

 保存する単位は常識的に「一個」「数個」という捉え方で、川の水のような大量のひと固まりのうちの一部を「切り取る」という発想はほぼそこになかったのではないか。

 小説ノベルの『収納』に「切り取る」という機能がないのかどうかは、定かではない。

 何となくの記憶では、畑の土を一掬い『収納』したというのがあった気がするし、例のドラゴンの火を『収納』する話ではおそらく切り取りを行っていたのだと思う。

 そう言えば、大迷宮での魔物同士の戦闘で、『収納』した大量の水と空気を利用して勝利した、というのがあったな。あれはまちがいなく、もっと大量にあるところから一部を切り取ってきたはずだ。

 あの辺が『収納』スキルの常識を外れていないのだとしたら、「切り取る」という機能はふつうにあって不思議はないのだろう。

 おそらく他の話では、使う側の登場人物にその発想がないのではないか。ほとんどの作中で、そんなことができるのかどうか試行した描写さえ読んだ記憶がないことからして、その想像が近い気がする。


――まあ、その辺はどうでもいい。


 大切なのは、現実にこちらの『収納』で「切り取り」ができるということだ。

 機能の問題か発想の違いかはともかく、この点でこちらは数多の小説ノベルの登場人物に対するアドバンテージを得ているのかもしれない。

 水の一部を『収納』できたというだけで大袈裟な、と笑い飛ばされるところかもしれないが。もう一歩進んで考えてみる。

『収納』の際に水の一部を「切り取る」ことができる。

 その「切り取り」は、どのような力をもってされているのだろう。別に、刃物や何らかの道具を用いて、ということではないはずだ。

 言ってみれば、「魔法」とか「神の力」とか、少なくとも人智を超えたものであることに疑いはない。

 人間の常識として、水を汲み取る、紙を破く、木を折る、石を砕く、などという行為にそれぞれ方法や要する力の違いがあるわけだが、人智を超えたものにそんな区別は存在するか?

 どれも同じようにすっぱり切り取ることができて、何の不思議もないではないか。

 つまりぶっちゃけ、水を切り取れるのなら同じように岩を切り取れてもいいのではないか。


――乱暴な発想、かな?


 乱暴でも無謀でも、何でも構わない。

 考えるだけなら無料ただだし、誰に聞かれて笑われるでもない。

 それに、試してみるのもこの上なく簡単な話だ。

 見渡す限り、身近に嫌というほど実験材料は転がっている。

 目の前、一メートルほど先に鎮座する岩に、目を向ける。


「上部十センチ分だけ、切り取って『収納』」


 何となく気分で、口に出してみる。

 と。


「! …………」


 予想というか期待というか、はしていたわけだけど。

 愕然と、目を瞠ってしまった。

 ……あまりに、期待通り過ぎて。


「マジかよ」


 目の前の岩、その天辺が、一瞬で消え失せて真っ平らな断面を曝していたのだ。

『収納』を探ると、確かに高さ十センチ分の切断された片割れがある。

 元あった場所に『取り出し』してみると、紛うことなくぴったり収まる。

 と、いつになく成果を丁寧に検証してしまったのは、あまりの好結果が信じられなくて、の狼狽からだ。


「すげえ……」


 何が凄いって。

 この機能を使えば、何の道具も使わず好きな分量の切断ができるのだ。

 おそらく、生物以外のすべての物体について。

 今、何の道具も持たないこの身にとって、涙が出そうなほどありがたい発見だ。


――ということは、もしかして……。


 もう一度目の前の岩の真っ平らにした上面を曝して、形をイメージして念じてみる。

 と、思い通りのものが『収納』された、感触があった。

 取り出して、手に乗せてみる。

 薄く見事に成形された、石のナイフだ。

 片脚を切り取り済みのノウサギを取り出し、もう一方の脚にその刃を当てる。さっきの破壊生成の石庖丁とは比べものにならない切れ味で、脚は切り落とされた。


「さっきまでの苦労は、何だったんだ?」


 ほとんど自棄糞やけくそに近い「岩石落とし」による庖丁作りも、それを使ったぐだぐだとしかいいようのないノウサギ解体も、どうもいらぬ苦労だったらしい。この『切り取り収納』をもっと早く試していれば、何のこともなかったわけだ。

 まあ、いろいろ得難い経験をすることができたわけだが。

 この『切り取り収納』、試してみると想像以上に便利だということが分かった。狙った場所から、ほぼイメージ通りの形を切り出すことができる。

 上面平らな岩に向かって、「一辺十センチの立方体」と念じてみると、注文通りの形が出現した。


「これは使える」


 ほくほくの気分で、もっと大きな岩が積み重なっている場所へ移動する。

 高さ五メートルは超えていそうな巨大岩石の天辺を平らにして、上から順に同じサイズの直方体を何個も切り出し『収納』していくのだ。規格は一応、縦五十センチ、横二メートル、高さ一メートル、ということにする。

 まずは、ノウサギを衝突させる目的の「岩壁」に適当ではないか、という選択だ。他にもいろいろ応用できそうだし。

 同規格の石直方体を三十個『収納』した後、


「待てよ……」


 少し考えた。

 うまく使えるかどうかはやってみなければ分からないが、と自分に言い訳しながら、縦横四・五メートル、厚さ三十センチの岩板も二枚作っておく。

 そんなことをしていると、これまで存在していた巨大岩石が二個分、ほぼ内部が空洞という有様になってしまった。

 何となくこれをそのままにしておくのは大自然の中で不自然極まりない気がして、別の巨大岩石を上から落とし、破壊しておいた。これもなかなかの大スペクタルだった。


「お次は……」


 その後、気分を変えて森に入ることにした。

 思い返してみると少し前、睡眠をとろうかと検討していたはずだが、何だかさっきからの新発見やら作業やらですっかり目が冴えてしまっている。

 逆に、睡眠不足の中で精神がハイになってしまってとんでもないことを仕出かしたくなることも予想されるので、気を引き締めておく。

 森の中での目的は、食べられる果実とその他役立ちそうなものの探索だ。

 昨日のように『鑑定』様が協力してくれるのではないかと期待して念じていると、間もなくまたソルドンの実を光らせて教えてくれた。


――何とも、ありがたい。


 新たに、その実を八個採取することができた。

 さらに奥へと、木刀で草をかき分けながら進む。

 ふと、ガサリ、という音が横からして、振り向いた。

 見ると、草の陰からまたノウサギが覗いている。

 突進に備えて木刀を持ち上げる。と、すぐにその小動物は踵を返して姿を消した。辺りに、静寂が戻る。


「残念」


――新しい石直方体の「岩壁」を試す絶好の機会と思ったのに。


 改めて、草の中に行軍を再開。

 しばらく進むと窪地に降りて、小さなせせらぎが流れていた。

 ごく浅く濁っている外観で、『鑑定』でも【飲用不可】と出る。

 それでも周囲に何か役立つものはないか、と見回しながら流れに沿って進む。

 道すがら、セイヨウスグリに近いという【食用可】の小さな木の実をいくつか採集できた。

 また、少し広くなった湿地の地面の隅に、『鑑定』の光が生まれた。

 探していたものらしい、と期待して、目を凝らす。


【粘土。成形して乾燥すると、土器のようなものが作れる。】


「ビンゴ」


 ――だった。

 薄く光っている範囲がそこそこあるので、けっこう大量にありそうだ。


「粘土だけを、百キログラム程度『収納』」


 と、念じてみる。

 途端、ぽっかりと地面に大穴が穿たれた。

 覗いてみると、見えている穴の口より下の方が広くなっているようだ。注文通り「粘土だけ」を選んだ結果、不規則な形に掘られたのだろう。

 これもこのままにしておいては不自然なので、「岩石落とし」で潰しておいた。


 試しに少量取り出した粘土を手でこねてみると、とりあえず何かの形を作るだけならそのまま使えそうだ。

 質のいい陶器などの製作を追求するなら、十分にこねたり他のものを混入するなど工夫がいるのかもしれない。

 まあ一応目的に適いそうなものが入手できたので、河原に戻ることにする。


 森を出て、ごろごろ転がっている岩の間を辿っていく。こうなると両手が空いていた方が便利なので、木刀は『収納』した。

 そうしてある程度進んだところで、背後から鈍い足音が近づいてきた。見ると、ノウサギが二羽、一目散に突進してきている。


「来たか」


 大きな岩の間を抜けたところで距離をとり、タイミングを計る。

 二羽がその岩を抜ける瞬間に、鼻先に幅一メートル、高さ二メートルの岩壁を出現させた。

 がつ、がつ、と鈍い衝突音が連続して響いてくる。

 動く気配が静まるのを確認して、岩壁を消す。

 気絶していた二羽の側頭を、木刀で打ち据える。

 絶命を確認して『収納』。木刀を手にしたまま辺りの気配を窺うと、少し離れた岩陰から数羽のノウサギが逃げていくのが見えた。


――何だかなあ。


「岩壁」の試行が成功、また肉が得られたという意味では喜ばしいのだが、どうにもノウサギの行動原理が理解できない。どういう場合に攻撃してきて、どうなったら逃げていくものやら。

 そもそも草食動物のはずなのだから、積極的に攻撃に転ずる理由が分からないのだ。

 自分たちの縄張りを守るとか、子育て中で気が立っているとか、あるのだろうか。何となくではあるけれど、前世での街中のカラスの行動を連想してしまった。確か奴らは、繁殖時期には好戦的になるという話だったような。

 さっき森の中で逃げていった奴と、今突進してきた奴、またその後で逃げていった奴の状況を比べると、もしかするとこちらが木刀のような武器を持っているかどうかが、ある程度攻撃と逃走の目安になっているのかもしれない。

 確証はないわけだが、気に留めておこうと思う。


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