7 魚を捕ってみた

 これもくり返しになるが、いくつも読んだかの類いの小説ノベルのほとんどで、『鑑定』と『収納』は基本中の基本、その上に便利だったり強力だったりする能力が与えられて、主人公は異世界を生き抜いていくのだ。

『収納』だけで戦闘の役に立てるわけがない――いや、例外中の例外で、それを実現していた小説ノベルもあったか。

 しかしそれらの小説ノベルでは、物体を運動の勢いを保ったまま『収納』できるとか、『取り出し』をするとき特殊効果で勢いよく飛び出させることができるとか、そんな付加機能があったはずだ。それに加えて、運よくドラゴンの吐く火だとか、生物を皆殺しにできる水だとかを手に入れて『収納』し、戦闘に用いて無双する、という設定だった。

 比べて、こちらの現状は。

 物体を運動つきで『収納』できないのは、検証した。

 そんなことができるなら投げた石をすべて『収納』しておいて、ウサギの目の前に百個程度も出現させてやればたぶん仕留められると思うのだが、現状不可能だ。

 あの兄ちゃん神様の言っていた通り、『最頻値の最大公約数』の機能で、多くの小説ノベルのものと比べて飛び抜けたものではないようだ。

 ドラゴンの火の『収納』ならもしかするとできるかもしれないが、それ以前にそんな恐ろしいもの、遭遇したいとも思わない。

 こちらでできることは、せいぜい――。


「あれ?」


 考えていて、ふと気がついた。

 今日になっての思いつきで、昨日より便利に『収納』を利用することができるようになっていないか?

 ノウサギの目の前に岩を出現させて、狩ることができた。

 岩を空中に出現させ、落下で破壊することができた。

 どれも、単に今日になって思いついたというだけで、考えてみればできて当たり前、何で昨日のうちにやってみなかったんだ、というレベルの話だ。

 おそらく数多あまた小説ノベルの設定でもこんなの当たり前に可能なはずで、主人公たちも自在に実現していたのではないか。


――あれ、しかし。


 これまで読んだ中で、戦闘シーンなどで『収納』スキルについてこんな利用の仕方をしていた話、あまり記憶がない。

 たぶん、数多の主人公が他に便利な能力を持っていたからか。

 相手の目の前に岩壁を出現させるというのは、たいてい『土魔法』なるもので実現していた。

 岩を持ち上げて落下させるのは、『空間魔法』だったか。

 そんなものを最初から使えるから、主人公たちは『収納』を収納以外の用途に使う発想がないのではないか。

 第一、かの主人公たち。

 たとえば剣を持った暴漢に襲われたとき、いちいち自分も剣を抜いて応戦しているけど。そんな場合、まずまちがいなく『収納』で相手の剣を奪うことができるはずではないか。

 いくら剣の腕に自信があるとしても、どこぞのスケとかカクとかでもない限り、斬り交えている中ではどんな事態が起こらないとも言えない。しかし相手の剣を奪ってしまえば、まずそれ以上まちがいが起こる可能性はなくなる。

 能力を人に知られたくない事情があるのならともかく、明らかにそんな配慮が必要ない場合でも、彼らは剣を抜く。『収納』を利用しようとしない。


――何故あの主人公たちは、その選択をしないのだ?


 よほどの戦闘狂なのか。

 秘かに神たる作者から「バトルシーンの好きな読者のために、サービスせよ」と厳命を受けているのか。

 それくらいしか、可能性は浮かばない。

 もしかするとあの手の世界では、『収納』を戦闘に使うのはタブーとされているのかもしれない。


 しかし今ここの事情では、まったくそんなことを言ってられない。

 自称神たる人から厳命も受けていないし、タブーも知らされていないけど。もしそんなのがあったとしても、糞食らえだ。

 今後生き延びるために、この『鑑定』と『収納』でできることは最大限に活かしていかなければならない。何しろこちとら、これ以外に使える能力はない。何を逆さに振ろうが、出てきようもないのだから。

 その点、今日見つけた活用法は大きいと思う。「岩壁」と「岩石落とし」は、いろいろな野生動物の撃退に有用なのではないか。

 正々堂々の勝負をこよなく愛する向きからすると、卑怯この上ないと見られるかもしれない。小説ノベルなら、熱いバトルを狂愛する作者と読者に外方を向かれるかもしれない。

 しかし、当然ながら。


――そんなことを言ってられるか、糞食らえ、だ。


「熱――」


 何だか妙なところで、心中の呟きに力が入ってきていた。

 気がつくと、頭髪が灼けるように熱を持ち始めている。

 川べりの石に腰を下ろしてそんな思索をしているうち、陽は高く、ギラギラ照りつけてきていた。やはりそんな、熱射に気を払うべき季節のようだ。

 このままだと、自分の髪が発火する羽目になりそうだ。水分補給にも十分留意すべきなのだろう。

 思い、一口分の水を口中に取り出して、飲み下す。

 そうしていると、ちょっとしたひらめきが訪れて。

 しぱし、眩しい空を仰いで考えた。


――ダメで元々。試してみるだけなら、無料ただだな。


 考えながら、川べりに近づく。

 まずは昨日と同様、大量の水の『収納』を行った。やはりわずかな時間ながら川底まですっかり露呈するスペクタルに、感心してしまう。

 十分な水の在庫を確認して、実験に移る。

 一応川面の真上を指定して、高さ一メートル程度の空中から水を出現させるのだ。取り出し量を調整して、直径五センチほどの静かな落下が続くようにする。

 それを安定させると、事実上川面の上に直径五センチ、高さ一メートルの水の円柱ができたことになる。

 次には、『収納』から数本の枯れ枝を取り出す。

 枝の黒ずんだ部分を見繕って上流側、つまりは円柱を挟んで陽射しとは逆側にかざしてみる。少しの間位置調整をして、日光が集中して明るくなっている一筋を見つけることができた。

 その筋が黒い部分に当たるように保ちながら、枝を移動して水際の石の上に置く。


――これでしばらく様子を見よう。


 円柱形の水は、不完全ながらレンズの役割をする。水を入れたペットボトルで自然発火が起こることがある、あの原理だ。夏場と思われるこの日の強い陽射しなら、かなり成功が期待できるのではないか。

 待つこと、数分。

 枝の黒ずみから、白い煙が立ち昇り始めた。

 成功の予感に胸躍らせて、さらに待つ。

 そのうち待ちきれなくなって、煙の立つ元に息を吹きかけてみる。

 やがて黒い表面が赤らみ出し、それが広がってきた。

 枝よりさらに燃えやすいのではないかと用意していた枯れ草をそこに近づけると、ちらちらと炎が形を見せてきた。


「やった!」


 別の枯れ枝にその炎を移し、『収納』してみる。

 収納物が互いに干渉しないらしいというこれまでの結果を信じて、の処置だ。

 一応確かめとして、しばらく待った後で毛布を取り出しても、焼け焦げ一つ見当たらない。

 また、もう少し待ってから今の枝を取り出してみると、変わらず炎は燃えているが、枝が短くなるような変化は見られない。

 つまり、想像通り『収納』の中では時間経過がない、ということが証明されたと思っていいだろう。

 満足して、燃える枝を『収納』し直す。これで、いつでも使える種火を確保できたというわけだ。

 改めて見直すと、石の上では最初の枝と枯れ草が燃え続けていた。

 役目を終えた水の円柱は消し、火のついた枝を手に持って、少し水辺を離れた岩の近くに移動する。砂地の上に数本の枯れ枝を出し、燃える枝をその上に乗せる。少し待つと、火の気は安定を見せてきた。

 今はあまり風がないが、一応念のため、手頃な石をいくつか運んできてその焚き火を囲む形を作った。


「よっしゃあーー!」


――成功だ。


 ずっと念願だった『火』を、ようやっと手に入れたことになる。

 大袈裟だけれど、初めて人間としての文化水準を一段上がった、という実感だ。


――これで、肉や魚を食うことができる。


 ウキウキの気分で、さっき血抜きをしたノウサギを取り出した。


「んしょんしょ――く、固い――」


 石包丁を使って、後ろ足を一本切り離す。苦労しながら切れ目を入れ、毛皮を引きはがす。

 切れ味の怪しい刃物だから綺麗に作業できたとは到底言い難いが、何とかウサギの腿肉一本分を手にすることができた。それに木の枝を刺して、焚き火の炎の上にかざす。

 間もなく、食欲を誘う芳ばしい肉の香りが立ち昇ってきた。

 すぐにも齧りつきたいところだが、この世界の寄生虫などの実態はまるで分からない。念を入れてじっくり火を通しておいた方がいいだろう。

 この場にいると腹の虫が騒ぐばかりで落ち着かないので、火はそのままにして、自分は川辺に移動した。

 もう一つ、できそうなことを試しておこうと思うのだ。


――これまでの数回の結果を見ると、まずうまくいくと思うんだよな。


 川に向かって、これで三回目になる、水の大量『収納』。

 約十メートルの長さに渡って、川底が露出する。水草や石などの合間に、小魚が何匹かぴちぴちと踊っている。


「今だ!」


 あらかじめその大きめのものを見繕って、素速く行動開始。露出した川底へ駆け込んで、次々と魚を拾っていくのだ。

 その間、数秒。上流から新たな水が押し寄せてくる前に、魚を三匹拾い上げて元の岸へ駆け戻ることができた。


「よしよし」


 収獲はどれも、鱗が銀色に光る長さ二十センチほどの川魚だった。二匹が同じ種類に見える。

『鑑定』してみると、


 一匹が

【マスの仲間。食用可。】

 もう二匹が

【イワナの仲間。食用可。】

 と、出た。


 これらについても首を切り取り、血抜きをして内臓を捨てる処理をしておく。

 魚なら生きたまま運びたい気がするが、それでは『収納』できないはずなので、仕方ない。

 今回の三匹は活きのいいうちに調理してしまおう、ということで木の枝を刺して火の上にかざした。

 さっきから焼いていたウサギ肉は、表面がかなり焦げ始めていた。下ろして肉を削ぐように刃を入れてみると、断面はやや赤らむ程度で火が通っているようだ。

 口に入れてみると、


「うまい!」


 いかにも野趣溢れる肉の味が、口中いっぱいに広がってきた。

 冷静に考えてみれば、生前口にしていた豚や牛の肉よりもクセが強く、食べやすいとは言い難いかもしれない。塩も胡椒もなくまったく味つけされていないのだから、なおさらだ。

 それでも、噛みしめたその味は、ひとしおだった。

 この世界に来てから、これぞ食事という食べ応えのあるものを口にするのは、初めてなのだ。

 いかにも動物としての食の欲求が満たされたという満足感が、腹の底から湧いてくるように感じられる。

 腿一本の肉半分ほどを夢中で貪り、ようやく一息。気分を変えて、イワナモドキの一匹を手に取る。

 こちらも、塩味なしが物足りないとはいうものの、何とも「サカナ!」というクセの強い風味が口中を満たしてくる。

 もしかすると日本人ならではなのかもしれない、本能的な欲求充足が実感されるとでもいうような食感だった。

 さすがに腿肉が大きいので、そこまでで腹一杯になっていた。残り半分と焼き魚二匹は、『収納』しておくことにする。


「ふううう」


 食事中座っていた砂地より少し高い岩に腰を下ろし、大きく満足の息をつく。

 少し、食い過ぎだったかもしれない。

 肉と魚が得られた喜びに舞い上がって、おおよそ魚一匹分食事量が多くなってしまった感覚だ。予定以上に食後休憩を長くして腹を落ち着けないと、歩行に支障をきたしそうな予感を覚える。

 まあ、できるだけ早く人里に辿り着きたいという希望はあるものの、何か約束や締め切りに急かされているという身の上ではない。体調を考慮して無理は避けた方がいいだろう。


――とにかくこれで、焦燥に駆られる要素はかなり少なくなった。


 水と火と食料を、得ることができたのだから。

 当面はこれで、生き抜いていくことができそうだ。

 川の水は、ほぼ無限と言っていいほど存在している。

 種火を保存できたし、薪に使える枝も無尽蔵に近く手に入れられるだろう。

 さっきのやり方でいつでも魚は捕れるし、ノウサギも狩ることができそうだ。

 大きな獣が現れても、たいがいは「岩壁」と「岩石落とし」で退けることができるのではないか。それらも効果のないほど強力な獣や魔物が現れて逃げるすべもなくしたとしたら、どうしたってもう諦める以外はない。

 肝心なのは、今後も油断することなく周囲に警戒を続けていくことだろう。


「はあわわあーー」


 真剣な思い巡らしをしている中で、大きな欠伸あくびが口をつく。

 眠気を覚え始めていることに気がついて、思い出した。昨夜は一睡もしていないんだった。

 また、さらに警戒を強めなければならない夜を迎える前に、何処かで短くとも睡眠をとっておくべきだろうか。

 安全な場所はあるだろうか。日中の仮眠で気をつけなければならないのは、どういう点だろうか。

 昨夜のように背後が岩の崖のようになっている場所で、近くに焚き火をしておく、というところか。それでたいていの獣は寄ってこないのではないか。

 ああ、大きな岩で周囲を囲んでおくという手もあるか。考えてみると、『収納』を使えばそんな荒技も可能だ。

 とにかくも、眠りこけている間に襲われてしまうというのでなければ、襲撃に気がついた瞬間に「岩壁」や「岩石落とし」で防御はできるはず。つまり、不意打ちを食わない態勢を作っておくことだ。

 準備として、何が必要か。

 まずは、今の計画に必要な「岩壁」や「岩石落とし」に使える岩をいくつも収納しておく。とりあえず十数個もあればいいだろう。

 食料は、肉、魚、果実がいつでも取り出せる。最悪、岩の防御壁の中に引きこもって、多数の獣に遠巻きに囲まれたとしても、一~二食分は大丈夫だろう。

 水は、まちがいなく十分だ。あのスペクタル給水を三回行って、例のレンズ用途で放出した分でもその三分の一にもなっていないと思う。


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