2 神様と話してみた

「ちょ、ちょ――待ってくださいよ。せめていくつか、質問くらい――」

『我がままな奴だなあ。まあ仕方ない、大サービスで認めよう』

「何か釈然としないけど、まあ、ありがとうございます。まず①だと今までの僕が消えるのと同じなんだから、事実上③と同等になりますよね。一方で③を選んだら寿命バランスをとるという目的が果たせなくなるわけだから、結局僕の余命と釣り合いのとれる新生児を誕生させることになるんじゃないですか? つまり、①と③って、実質的にまったく同じなのでは」

『おお、よく気がついた。見た目に反して頭が回るようだね』

「見た目は放っといてください。それと、そうだとするとその新生児、僕の余命分を寿命に持つということになりますよね。②の場合にも関係しますけど、寿命バランスという話からすると、こういうことになりませんか。仮に以前の僕の余命が五十年、生き延びたお婆さんの余命が十年だったとすると、これからの僕の余命は差し引き四十年になる。②で生き返ったとしたら僕が死ぬ予定は五十七歳、①の新生児の場合死ぬ予定は四十歳、と」

『うーん――先に誤解のないように言っておくと、寿命とか余命とかは、別に決定ではないからね。その計算に合わせて言うと、①の新生児が必ず四十歳で死ぬ、②でやり直すと必ず五十七歳、というわけじゃない。生まれ変わった先での自然の運命に任せる、ということになる。それを踏まえた上で言うと、今君が言った通りだな。寿命というものを、平均とか傾向とかという感じで捉えてもらった上で、今の計算に合わせると②の生まれ変わりは余命が十年減っている。①の新生児だとさらに十七年減っている』

「そうですか」

『しかし、〈そんな理不尽な〉と言われるには、ちょっと違う気もする。君のいた日本の平均寿命に比べて、こちらの世界の平均寿命は二十年程度短いし。何にせよ元に戻すことはできない以上、多少の変化は受け入れてもらうしかない』


 まあそんなものだろうなあ、と納得してしまっている自分がいる。

 そもそも事故で死亡したということ自体、別に『チキュー君』の不手際だとなじる気も起こらず『事故は事故、仕方ない』という思いの方が強い。おそらくこんな説明を受けなければ、黙って成仏していただろう。

 何となく、生き返る選択肢を与えられたのは人生の追加サービスだ、とでもいうような受け止めをしてしまう。

 ただ――。


「『テンプレ』という言葉から想像できる気もしますが、平均寿命が短いということは、そちらの世界は今の日本に比べてかなり過去の時代に相当する、と思っていいんですかね」

『そう思ってもらってまちがいはないね』

「まあそこに不満があるわけじゃないですけど。ただそうだとすると、今の説明は無理があると思いますよ。『誤解を生む数字』『異なる時代を比べる注意点』とかいう感じで紹介されているのを見たことがありますけど、その平均寿命という数字、乳幼児の死亡も含めて、というものじゃないですか? 生活環境のせいで乳幼児の死亡率が高くて平均寿命は下げられているけど、十七歳の余命がそれだけ短いとは限らない、とか」

『――ギク……』

「いや、『ギク』って、あなた……」

『――まあ、それはそれとして』

「今、誤魔化しました?」

『では、十秒、カウントいいかな?』

「いやいや、まだ質問は終わっていません」

『我がままな奴だなあ』

「あなたに言われたくないような……」

『まあいい、受け付けよう。何だね』

「そちらがどんな世界なのか、教えてもらえますか」

『うーん……まあ〈テンプレ〉の最頻値の最大公約数、と思ってもらえればいいかな』

「何ですかその、分かったような分からないような、専門ふうの単語を使えば誤魔化せそうだという香りぷんぷんの表現は」


 正面から直視してやると。

 輪郭も不明瞭な白い人型は、片手を口と覚しき辺りに持ち上げて、こほんと咳払いの音を発した。


『――まあ、それはいいとして』

「いいんですか?」

『事情を少々ぶっちゃけるとだね、さっき別々の世界がいくつもあると言ったけど、その中でチキュー君の世界はほぼ最古参なんだ』

「へええ」

『で、他の世界の多くは、その最古参のチキュー君世界を参考に、いいところは取り入れもっと理想を入れれるなら増やし、という感じで作られているんだ。それをまあ〈右へ倣え〉という感じでやったんで、わりと同じようにできている部分が多い。基本の自然形態は似通っているし、多くの動植物や人間もかなり共通部分が多い。それにチキュー人の多くが描いている理想〈魔法が使えたらなあ〉というのを追加で採用しているので、自然界に〈魔素〉というものが存在して、それを身体に取り入れた動物は〈魔物〉となり、人間は〈魔法使い〉となる、という辺りもかなりの世界で共通している。この辺が〈テンプレ〉と呼ばれる所以だね』

「へええええ」

『それらの世界の間で、さっきも説明したような寿命総量のバランス調整のための移動がときどき行われるので、その際の処理にも似たようなことがされることが多くて、ますますかなりのものが〈テンプレ〉と呼ばれる結果になっている』

「へえ」

『一方でだ、ボクの世界はその中でも新しい方でね。スタート条件は他の世界とほぼ同じにしているのだけれど、言ってみればまだ成熟度が足りない。それにこうした調整を行うのも、実は初めての経験なんだ』

「へぇ」

『……さっきから君、何か遊んでない?』

「いやあ、無理のないところだと思うんですけど、さっきからお話を聞いていて、前にいくつか読んだその手の小説ノベルを連想してしまいまして」

『まあ、似通っているからね。ああいう小説ノベルの内容を多くの〈管理者〉がチキュー人の理想として真似しているのか、こちらで行われているところの内容がどうかして伝わって取り入れた小説ノベルが生まれているのか、実はボクも真実を知らないのだけど』

「いやまあ、その辺の実際はどうでもいいんですけどね。それはともかく読んでいて、そういう小説ノベルの多くで使われている相鎚の表記に、少し違和感があったもので。こういう場合の相鎚で『へぇ』とか『へえ』とか書いたら、ヤクザの三下辺りの『合点承知』という意味の返事に見えません? あの作者の方たち、感心の意味の相鎚を表現したかったのだろうか、『合点承知』の意味を表したかったんだろうか。前者のつもりで『へぇ』と書くのだったら、ヤクザの三下を登場させたときあの作者はどう表現するんだろう」

『………』

「………」

『……それ、どうしても今、考えなきゃダメ?』

「いやあ、思い出したときに考察しておかないと、忘れてしまいそうで」

『忘れたら、問題あるのかな』

「ないかもしれませんねえ」

『こっちはせっかく、律儀に質問に応えようとしているのに……ぐすん、ぐすん……』

「まあ、気を取り直して。そちらの世界は新しい方で、まだ成熟が足りないんですね。それで?」

『くそ――めげないもんね、ボク』


 白い人、今度は目と覚しき辺りを腕で拭っている。


「頑張って」

『くそ――でだ、スタートは同じでまだ成熟が足りないという感じなんで、ボクの世界はそういった〈テンプレ〉と呼ばれるものの最頻値の最大公約数的状態にあるわけだ。おおよそのところでは、君が読んでいたという小説世界の多くに共通するものが、最低限程度存在していると思ってもらえばいい』

「おお、話が戻った」

『茶化すなら、もう終わりにするよ。続き、聞きたくない?』

「はいはい、聞きたい聞きたいです」

『もう――だから少し具体的に言うとだね、こちらの世界はそうした〈テンプレ〉によくあるように、地球の西洋の中世辺りを思い浮かべればだいたい当てはまりそうな、自然や文化水準と思ってもらえればいい』

「ふむふむ」

『大きな大陸の中にいくつかの国がひしめき合っているが、だいたいそうしたものから想像される国王や貴族に統治されている。大陸は他にもあるけど事実上往き来はないので、考慮の必要はないだろう』

「そうして、さっきの話にあったように、魔物や魔法が存在する?」

『……かもしれない』

「はい?」

『さっきも言ったように、そうしたものが存在する世界と同じ設定でスタートしていて、〈魔素〉は存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない。しかしまだ成熟が足りない状態だから、必ず存在すると断言もできない』

「確かめてないので?」

『あまり隅々まで観察していないからなあ』

「管理者、なんですよね?」

『別にそこまで、熱心に見守る義理もないからなあ』

「いいんですか、管理者?」

『誰から強制されているものでもないからなあ』

「まあ、いいです。で、それ以上の情報は?」

『特になし』

「そちらの世界を存亡の危機から救ってくれとか、発展に寄与してくれとか」

『そんなすごいこと、君できるの?』

「できません!(キッパリ)」

『でしょでしょ。そんな重いもの、背負わせません』

「ですか」

『で、まああとは、行ってみてのお楽しみということで』

「ええーー」

『行く前にいろいろ分かってしまってたら、楽しみが少ないでしょ』

「旅行前には行き先の情報をつぶさに調べる主義なんですけど、僕」

『そこはまあ、少し主義を曲げて楽しんでもらうということで。その代わり、君に特別な能力を授ける。さっき言った、②の場合は、だね』

「おお、来た。チートスキルってやつですね」


 思わず、ぐっと拳を握る。

 それに頷いて、底抜けに明るい声が続く。


『まあつまりは、元の記憶は持っていても行った先の知識や経験の蓄積がない、その補いとして、これも最頻値の最大公約数的にだね。まず、行った世界のすべての国の言語について会話ができる。とは言ってもまあ、大陸内の言語は共通だけど』

「おお、さすが『テンプレ』」

『ただし、動物や魔物と会話できないし、暗号が解読できるわけじゃない』

「ちぇッ、――まあ、そうでしょうね」

『それから、それに加えて――』

「どきどき」

『いわゆる〈収納〉スキルというもの、だね。ごく近距離にあるものについて異空間のスペースに収納、取り出しが自由にできる。収納量は無限、ただし生き物の収納は不可』

「おお、『テンプレ』ではあるけど、ありがたそう」

『で、あろう。エヘン』

「それから、それから?」

『いわゆる〈鑑定〉というスキルだね。あらゆる物質と生物について、名称とチキューの何に近いか、食用可か不可か、程度の情報を知ることができる。どのくらいの詳細が分かるかは物によって異なるので、見てのお楽しみ。君たちがよく知るゲームのような、レベルやスキルや何たらポイントとかは分からないけどね。そもそも普通のものに、そんなの存在しない』

「はあ、なるほど。確かによくある『テンプレ』の最低限って感じだけど、それでも便利そう」

『で、あろう。エヘン』

「それから、それから?」

『以上』

「はい?」

『以上』

「いや普通こういうのって、『言語』と『収納』と『鑑定』は最低限当然で、その上に何かユニークなスキルがついてくるものじゃないんですか? 『無敵の武器』とか『何でも製造スキル』とか『魔力無限大』とか『転移能力』とか『ポーション(と容器)作成』とか」

『そんなユニークなもの、最頻値の最大公約数じゃないでしょが』

「まあ……そうすけど」

『さっきも言ったように、元の記憶は持っていても行った先の知識や経験の蓄積がない、その補いとして、だからね。知識不足の補完として、〈言語〉と〈鑑定〉。これまで十七年の人生で貯めてきた財産や所有物がない代わりに〈収納〉。どれもこの世界にはない破格の能力を、先達の例に倣って君のために新しく用意したんだ。現時点でほとんど魔法など存在しない世界で、飛び抜けて高い能力保有者ということになるんだよ、君は』

「……まあ……そう……でしょう……けどお」

『何だね、やっぱり君も〈○○無双〉とか〈○○TUEEE〉とかの能力がなければ、満足できないと?』

「まあ……そりゃ、そうでしょう」

『〈無双〉? 〈TUEEE〉? 何それ、美味しいの?』

「いきなりまた、軽薄調になるし。まあまちがいなく、そんな軽薄調の言い回しが好きな連中には、たまらなく美味しいんじゃないでしょうかね」

『でも、君はそうじゃないんじゃない? 最初の十ページ程度は不満たらたらの境遇だけどその後はやることなすことうまくいく、バトルは連戦連勝、この世でできないことはない、といった人生がお望みかい』

「そういう言い方されるとなあ……」

『人生の醍醐味は、自分で一歩ずつ道を切り拓く、努力してひとつずつできることを増やしていく、といったところにあるのだよ、君』

「全能の神様にそれを言われても……」

『とにかく、説明は以上だ。②の場合の特典はこの三つ。ああ、あと、最低限生存に困らない処置はしてあげる。今まで通りの十七歳からやり直すと言ったけど、体力的にはこちらの平均的な十七歳と遜色ない程度に補正を加える。見た目などもこれまでのものを基準に、顔立ちや髪の色、服装などあまり周囲と違和感がない程度に調整する。持ち物や所持金も最低限のものを〈収納〉の中に入れておこう』

「……それはどうも。できれば将来的なことも考えて、足腰が丈夫なようにしてもらえると嬉しいですね」

『おお、なら日本基準で短距離走と長距離走について、高校の県大会に出場できるレベルの能力をつけよう』

「お。少し微妙ではあるけど、ありがたそう」

『新しい生活を始める場所も、君にいちばんふさわしいところへ送ってあげる』

「はあ」

『では、本当にこれで、説明は終わり。あとは再生してからのお楽しみ、ということで。十秒以内に①、②、③から選んでください。間に合わなければ、ランダムで決定されます。はい、十、九、八……』

「わ、わ、わ……」


 その後間もなく、視界は暗転。

 今に至る、というわけだ。


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