君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――

eggy

1 人助けをしてみた

 目の前には――

 鬱々とした暗緑の森林。

 苔むし、湿った地面。

 遠く、甲高い鳥の声。

 横手はるかに、水の流れる音がする、気がする。

 人の姿は、ない。

 見回しても、どこにもない。

 木の間を透かし見ても、影も形も、何もない。

 つまりは、一人。

 見渡す限り、人と言える存在は自分一人、らしい。

 何故、こうなった?


――ヤロめ。あの、神だか管理者だか、得体の知れない奴――。


――『君にいちばんふさわしい場所へ送ってあげる』とかぬかしやがって。


「詐偽だ、こら、やり直せ!」


〈やりなおせ――やりなおせ――やりなおせ――〉


「……はあはあ、はあ……」


――まあ、分かってた……。


 人影一つない、森の中なのだ。

 いくら声を張り上げようと、あの左手遠くに見える山あたりの山彦が返る程度だって。

 目が覚めたら、薄暗い木の根元。

 しつこいようだが、人影一つない。

 熊とか、危険な獣が傍に現れないという保障はまったくない。

 大声上げる元気があるなら、その力が残っているうちに何処か安全な場所を探すべきだろう。

 いや、その前にまず、自分の身の周りの確認か。


 大きく溜息をつき。

 湿り気のある草の上に座り直す。

 もう一度嘆息しながら、思いを前に巡らせ直す。


――どうして、こんな羽目になったのだったか。


 何時間前か、何日前か、分からない。

 舗装された道路を歩いていたはずだったのだ。

 平日、いつもと変わらない下校時刻、午後四時前後。

 自分、県立○△高校二年B組、篠崎しのざき珀斐はくび(男)は。

 いつも通りの通学路を。

 いつも通りの、ボッチ歩き(放っとけ)で。

 数週間前から続いている、マンション建設現場の前。

 見ると、道を遮るものがあった。

 建設の都合で下水か何かのため地面を掘ったのだろう、舗装が途切れて鉄板が渡され、道幅が狭められている。

 その上で、どうもお婆さんが乗っている電動車椅子らしきものが、立ち往生してしまっているのだった。

 鉄板の隙間に、車輪が填まってしまったのか。

 本来ならこういうところ、警備の人などがいるはずと思うのだが。元からいないのか中座しているのか、それらしき存在は見当たらない。

 道が狭いので、脇をすり抜けるのも難しい。

 何より、見て見ない振りも傍目みっともよくない。

 一瞬逡巡してしまった自分をそれこそ『みっともない』と思いながら、後ろから車椅子の背に手をかけた。


「手伝いますよ」

「あらあら、ありがとう、すみませんねえ」


 真っ白な髪のお婆さんが、にこにこと振り返る。

 すぐに背板を押すが、どう填まってしまったか左の車輪がなかなか外れない。両手で握った把手を押したり捻ったり、くり返す。


「お、何だ、こら、こら――」

「おい邪魔だ、早く行け」


 悪戦苦闘していると、後ろから背中をつつかれた。

 振り返ると、やや堅気らしからぬフリーダムっぽい身なりのおガタイの大きな兄さんが、すぐ後ろに立っていた。

 金髪の前髪の下、純日本風の切れ長な三白眼がぎろりと見下ろしてくる。


「あ、済みません、今動かしますんで」

「早くしろ」


 それでもお兄さんも年寄りつきの車椅子を押しのけていこうという気にまではならないようで、不機嫌そうに後ろに待機している。

 せっつかれる意識で、思い切り、持ち上げ気味に前に押し出す。

 ガクンと手応えがあり、勢いづいて車は前に跳ね出した。

 こちらの手を離れ、舗道の先へ。


「あ、ごめんなさい、勢いよすぎた」

「大丈夫、大丈夫よお」


 そのまま何処かに衝突するまで進むのではと肝を冷やしたが、当然ブレーキ機能がついていたようで、少し進んだ先で停車している。

 笑って、振り返りながらお婆さんは手を振ってみせた。

 振り返してみせようとしていると、どん、と肩を押された。

 当然、さっきから立つお兄さんだろう。


「ほら、さっさと行け」

「は、はい」


 頷き、足を踏み出す。

 瞬間、


「あーーー!」

「危ない、どいてーーー!」


 いきなり、周囲から大声が響き寄せ。

 直後、意識は消えていた。


----

----


 目を開くと。

 一面白いだけの世界だった。

 前後、左右、上下、ただただ白いだけ。

 霧のような――という表現も当たりそうになく、ただただ濃淡もなく真っ白だけ。目の前はふつうなのだが、どこからという区別は分からないまま見通す先は白で満たされている。

 下だけは白いながらもしっかりした地面のようで、それだけはわずかに安心を覚える。

 しかし。


――何だ、ここ。天国というやつか。


『天国とは、ちょっと違うけどねえ』


 不意に、横手からのんびりした返答があった。

 見ると、やはり、白い。

 変わらず白いながらも、目を凝らすと、その中に何か形が浮き上がってきているようだ。

 周囲の白とさほど区別はつかないままに、何となく気のせい程度に、人の形をかたどって。


「えーと……何方どなた、でしょう?」

『えーー、あまり驚かないんだね、つまらない』

「これまでいたところと何もかも違う気がするので、とりあえず現状理解を優先しようかと」

『賢明だね。無茶苦茶騒ぎ立てられるよりは、助かるよ』


 変わらず、のんびりした声音。

 いやしかし、本当に音声として発声されているのかも疑わしい。

 もしかすると頭の中に直接届いているのかもしれない、という気もしてくる。

 そのためかどうか、声質もよく分からない。

 姿形、体格も顔立ちも分からない。

 それなのにまた何となく、見た目声音ともに、何処かとっぽいあんちゃん、といったイメージを思い浮かべてしまう。

 そしてまた、当然半信半疑ながら、近年よく読んでいるある種のノベルの設定を連想してしまう。


「それで、何方なんでしょう」

『うん、今君がちょっと連想したので、あながち的外れというわけでもないよ』

「まーーさかあーー」

『ほーーんとにいーー』

「念のため口に出して確認しますけど、僕は今『神様』という存在を連想したんですが」

『うん。それで、あながち外れじゃない』

「うっそーー」

『ほっんとーー』


――この軽薄男を、『神様』と信じろと?


『失礼なこと考えるねえ、君は』

「考えるだけなら自由だと思いますけど。勝手に考えを読むのが失礼なわけで」

『ははあーーこりゃ一本取られたねえ』

「………」

『………』

「……つかぬ事をお尋ねしますけど」

『何でありましょう』

「その自称『神様』様は、ここへ何のためにいらしたのでしょうか」

『そりゃまあ、完全無欠の親切心から、君に状況説明をしてあげようかという目的だね』

「それはありがとうございます。できましたら無駄を省いて、その説明なるもの、よろしくお願いいたしたいと存じます、『神様』様」

『何だかその口調に引っかかりを覚えないでもないけど、了解。では説明します。君は、死にました。いいかな?」

「はあ」


 ある程度予想していた宣言だけど。それにしても、簡単に言ってくださる。


『その上で、どうも地球の、日本という国の、この時代の、君くらいの年代の人は、理解が早いんじゃないかと聞いているんだけどね。〈テンプレ〉というキーワードを出すとさらに理解されやすいとも言ってたな』

「はあ」

『この世にはいくつか別々の世界があってだね、それぞれにまあ通称〈神様〉と呼ばれる管理者が存在している。かく言うボクはその一つの世界の管理者なわけだ』

「はあ」

『何か、感動が薄いなあ。まあ、いい。それでだね、君はその世界の一つにある地球という場所の中で命を落とした。それに関してボクは、そちらの管理者チキュー君から相談されたんだな』

「はあ」

『――ここまで言えば、日本の若者なら〈テンプレ〉というキーワードで大方を理解してくれる、とチキュー君に聞いたんだが』

「はあ……もしかして、この少年をまちがえて死なせてしまったから、その埋め合わせに協力してくれ、とかですか?」

『おお、大正解、パフパフパフ』

「貴方本当に『神様』?」

『というより、今言ったように地球とは別の世界の管理者、だね。君がリラックスできるように軽薄調を演じているけど』

「素晴らしい演技力ですね、元からの地にしか見えません」

『うん、まあそんなに褒めなくてもいいよ』

「別に褒めてませんけどね」

『――まあ、話を戻そう。チキュー君の話では、君は工事現場で上から落ちてきた大きな鉄板の直撃を受けて、命を落とした』

「ああ、そうなんですか。一瞬で意識が消えた感じですから、即死だったんでしょうね」


 この点に関しては、意識を失う直前の記憶と照らして完全に納得できる。

 現在いる場所がこれまで認識していた『この世』と異なっていることも、まちがいなさそうだ。

 今さら『嘘だーー、俺が死んだなんてあり得ねえーー』などと騒ぎ立てるバイタリティーさえ、膨らんできそうにない。

 何とも、自分でも驚くほどにあっさり、事態を受け入れ始めていることに気づく。

 未練と言えば、親に先立つ不孝の点くらいだ。ここ数年会話の少なくなっていた両親は、一人息子の死を悲しんでいるのだろうな。

 共働きで家族揃って何かをするということはほとんどなくなっていたが、まあ平凡に平和な三人家族だった。さすがに息子を失った衝撃は並大抵のものではないだろう。

 とはいえ、今さらどうにもしようがない。死の直前に年寄りに親切をしていたという事実が伝わって、わずかにでも慰めになっていたら、と思う。


『だろうね。で、チキュー君曰く、これは予想もつかない完全無欠の事故だった。しかし本当なら、その事故で死ぬとしたらお婆さんの予定だった。ちょっとしたタイミングの違いで、予定外に君の命が奪われてしまった』

「……本当に、テンプレですね」

『まあ、そう言わんと。それで、その結果、お婆さんと比べて数十年分多かったはずの若者の寿命が失われて、世界の寿命総量のバランスが狂ってしまった。お婆さんの残り寿命程度なら誤差として織り込み済みだけど、若者の分だと看過できないことになるんだよね。だからと言って、君を同じ世界で生き返らせるわけにはいかない。こういう場合、別の世界の別の命と交換してバランスを調整する決まりになっている』

「えーと……つまり、どういう?」

『君をボクの世界で生まれ変わらせる。ボクの世界で死んだ若者を代わりに地球で生まれ変わらせる、ということだ』

「はあ」

『しかもその上、大サービス。君は自分の意志で選択することができる。

①今までの記憶を失って、新生児からやり直す。

②今までの記憶を持ったまま、死亡時と同じ十七歳からやり直す。

③生まれ変わることを拒否して、成仏する。

 この三つのうちから選択可能、というわけだ』

「なるほど」

『それではさあ、選びたまえ。与えられた時間は、十秒。十、九、八……』


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