88話 たとえ負けヒロインでも



 亮太が夕月の看病をしている、一方その頃。


 贄川にえかわ 四葉は体育館にて、ストレッチを行っていた。


「…………」


 体育館には多くの観客が集まっている。

 今日はバスケ部のOGおよびOBが集まって、在校生と試合する催しものがある。


 アルピコ学園を卒業した生徒達はみな、外で大活躍しており、なかにはニュースに取り上げられるような選手もいる。


 スター選手たちを見に来ようとたくさん集まっているのだろう。

 また他大学のスカウトも多数来ているのが見えた。


 ……けれど、四葉にとっては、客もスカウトもどうでも良かった。


 ただひとり、見に来て欲しい人の姿を、四葉は探している。


「ねえさん?」


 開脚している四葉の背中を、妹の五和いつわが推していた。


「なんじゃい?」

「さっきから、キョロキョロしてどうしたの?」


「んー……まあ……んー……こ」


「姉さん……ひとまえで下ネタやめて……」


 かぁ……と五和が顔を赤くしてしまう。

 初なる妹をからかって楽しむ一方で、どうしても、彼がいないことが気になってしまう。

 PRRRRRRRRRR♪


「!」


 目の前に居置いてあったスマホが着信音を慣らす。


 四葉はすぐさま手に取る。


「りょーちん! ……え? うん……」


 亮太からの電話は、自分が望んでいる内容ではなかった。


 スマホの電源を切って、深々と溜息をつく。

「なにか……あったの? 飯田先輩と?」


 飯田とは亮太の名字のことだ。


「んー……ちょっと、今日、応援にこれなくなったってさ」


「まあ……」


「あはは。なんつーかさ、わかってたんだよね。そんな気がしてたってゆーか……」


 姉がうつむいてる姿を見て、妹が後ろから抱きしめる。


「んだよー、百合えっちか? タグに書いてないことやると、めっちゃ怒られるンだぜ?」


「……ねえさんが、辛そうだったから」


 五和の優しさに四葉は笑い、立ち上がって、ぽんぽんとあたまをなでる。


「んなことねーべや。なれっこだし」

「ほんとうに?」


「ほんとほんと。切り替えの早さが四葉さんの持ち味ですぜい」


 にかっ、と四葉が快活に笑う。

 けれど五和の表情は晴れていない。


 家族だからわかるのだ。

 四葉が無理していることが。


「こんくらいじゃーよ、あきらめねーべ」

「……相手に、思い人がいても?」


「おうよ! 好きな人に好きな人が居るくらいでなーに諦めてんのさ! ひょっとしたら数年後に、ハーレムオッケーみたいな法案がひょろっとできるかもしれないだろ~?」


 だから、と四葉が言う。


「あたしは諦めない。何があってもね」


 姉の目は本気であるように、五和には感じた。


 彼女【も】また自分と同じ、負けヒロインだろうに。

 

 微塵も諦めてるつもりがない様子だ。

 これが四葉と、五和を分けるものなのだろう。


「おめーさんもよ、あきらめんじゃねーべや」

「え?」


「なんか夏休みくらいに失恋したんしょ?」

「う、うん……」


 にかっと笑って、ばしばしと妹の背中をたたく。


「失恋くらいで凹んでんじゃねえ! あたしは止まらねえからよぉ、あんたも止まるんじゃねえぞ!」


 ちょうど集合がかかる。

 四葉は妹にスマホを投げて、集合する。


「うぉっしゃあ! 2億点取って勝ってやらぁ……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る