89話 夕月の幸せ
私……飯田夕月はふと目を覚ます。そこは学校の保健室であった。
窓からは月明かりが差し込んでいて、気を失ってからだいぶ立っていることがわかった。
「…………」
一抹の不安が胸をよぎる。けれど……すぐそばでうたた寝している彼がいて、ほっとした。
「亮太くん……」
義理の兄となった男の子。飯田亮太くん。
今日は文化祭。彼はライバルである……
私は……彼にそこへ行って欲しくなかった。でも不安だった。四葉ちゃんのほうを選ぶんじゃないかって。
でも……彼はそばに居てくれた。ずっと……それがわかった。寝ているときも、ずぅっと、子の手をつかんでくれていたのがわかった。
「…………」
好き、亮太くん……大好き。
私の心に広がっていくのは、確かな安堵感と、喜びだ。
私は彼の義理の妹になってから今日まで、色々と行動してきた。でも……私はずっと、彼が自分の行動に対して、なんとも思ってくれてないんじゃないかって不安だった。
だってそうだろう? 私がこんなに誘惑してるのに、彼と言ったら、他の女の子と関係を持ち続けるのだから。
男の子はハーレム願望があるという。彼もまた、そうなんだろうか。私は表面上、ハーレムを許した。彼に理解を示した方が、彼が私を、選んでくれる確率が高くなる。そう思ったからだ。
でも……本音を言えば嫌だった。私は、彼に自分だけを見ていて欲しいのだ。私のことが彼の心から離れていくのではないかと、不安だった。
だって……あまりにも、彼は状況に流されすぎてしまう。目の前で女がいれば抱いてしまう。私は……私の努力は、無駄だったのではないかって、不安だった。
だから……ああ、やっと、届いたって安心したのだ。
私の存在が、私の思いが、彼に……。
「好き……」
「んぁ……起きたのか、夕月」
彼が目を覚ます。……私の内心の葛藤も知らないで、いつも通り、のんきな顔をしている。
こちらの気も知らないで、まったく……と呆れるときもある。でも彼の事を見ていると、彼と話していると、無条件で心安らぐから不思議だ。
「遅くまで、ごめんなさい、つきあわせて」
「いや……別にいいよ」
私はぎゅっ、と彼の手を握る。すると彼もまた握り返してくれた。それが条件反射でないことを願う。
どうか、彼に届いた思いが、ずっと……彼の中で居続けていますように。
「帰るか」
「そうだね」
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