50話 先生と四葉【先行版】


 亮太が夕月ゆづきのもとへ帰ったあと……。


 保険医の百合子ゆりこは、目を覚ます。

「はぁ……」


 うっとりとした表情でつぶやく。

 思い起こされるのは、先ほどまで繰り広げられていた、亮太とのまぐわいだ。


「あんなに満足感えられるの、飯田君だけよね……」


 日頃のストレスはもちろん、眼精疲労、肩こり、そのほか諸々。


 彼との性行為は、百合子に大いなる益をもたらしている。


「…………」


 ベッドの下で、ぴくぴくとけいれんしているのは、梓川あずさがわ みしろ。


 かつて天使と呼ばれた優等生は、もう影も形もなかった。


「キャリーケースにいれるって……さすがにないでしょ……ドン引きだわ……」


 比較的、常識人の百合子であった。


 ふと、彼女は四葉がいないことに気づく。


「あれ? どこ……」


 寝室から出たところで、ちょうど、出入り口の扉が開いた。


「ありゃん? せんせーおきたん?」


「ええ……どこいってたいの、贄川にえかわさんは」


「下のショッピングモールでいろいろ買ってきた。下着とか着替えとか、あとお腹空いてるだろうから、食材……って、どうしたの?」


 百合子はぽかんと口を大きく開く。


「あ、いや……気が利くなぁって思って」


 普段のがさつで、おっさんのような言動とは裏腹に、中々に気遣いのできる、嫁力の高い女であった。


「どもども。あ、スウェットとかパンツとかサイズ分からなかったからてきとーに。あとお風呂沸いてるから、入ってきたら」


「う、うん……そうするね」


 四葉が荷物をもってリビングへ。

 一方で百合子は四葉の言われたとおり風呂に入って出てくる。


 するとリビングには芳ばしい香りがしてきた。


「これは……?」

「ジロータ直伝広島風お好み焼きでさぁ」


 テーブルの上には実に上手そうなお好み焼きが置いてあった。


「せんせー食べてて。アタシわんちゃんにエサあげてくっからよ」


「わんちゃん……?」


「セックスモンスター」


梓川あずさがわさんでしょ……」


 四葉は皿を持って寝室へと引っ込んでいった。


 百合子はお好み焼きを食べて、素直に上手いと思った。


 ……そして同時に、一つの疑問を感じる。


「おまたー。どう?」

「うん、おいしかったわ」


「そりゃどーも。あたしもたべよかなー」


 四葉が腰を下ろしてお好み焼きを食べていく。


「あの……贄川にえかわさんは、飯田君と付き合う機会ってなかったの?」


「げほっ……な、何急に? 恋バナ?」


「ちょっと気になってね。こんなに料理も気遣いもできて、可愛い幼馴染みがいたのに、飯田君は何してたのかなって」


 四葉が珍しく黙ってしまった。

 よく見ると頬が赤い。照れてるようだ。


「りょーちんはさ、鈍感なのよね」

「ああ……それは見てて思うわ」


「うん。でね……あたしもさ……こう、アプローチ、してきたんだけどさ。気づいてもらえなくって……あ、でもね。りょーちんだけが悪いわけじゃないんよ」


「飯田君だけが、悪くない?」


 どういうことだろうか?


「アタシ……ほら、よくさ。茶化すじゃん、おっさんぽいこといったりして」


「ああ……」


 今日も亮太を押し倒し、品向いて、セックスしていた。


 それだけじゃない。

 普段から妙な言動が多い。

 黙っていれば美人なのに……と思うときが多々あった。


「あれさ……はずいんだよね」

「照れ隠し……?」


「ん。なんつーか……こう、しっとりした雰囲気が苦手っつーか。その……」


 もにょもにょ、と四葉が口ごもる。


「りょーちんとはさ、長いのよ。付き合い。でもそのせいで男友達ってゆーふーに見られてて、アタシもアタシで、なんか……それで満足してたってゆーか」


 男女の仲に進展できずとも、特別な関係である現状に、満足していた……ということだろうか。


「もちろん、アプローチしようって頑張ってけどさ。なんかこう……照れるじゃん。今更女ぶるのって。なんか……違うじゃん?」


「そうかしら? しおらしい贄川さん、とても素敵だと思うわよ」


「うが……う……うう……そう思う?」


「ええ」


 何度も黙ってれば美人なのに、と思ったことだろうか。


「家事スキル高いし、明るいし、可愛いし、運動もできるし。メイン級だと思うけどね、先生は」


「うー……やめれよぉ~……褒め殺しとか~……」


 顔を真っ赤にして、髪の毛をかく四葉。


「飯田君のことは好きなのでしょう? それに、夕月ゆづきさんに負けないって、宣戦布告したじゃない、前に」


「うん……」


「ならもっと本気で、もうちょっとアプローチしたら?」


「だからぁ~……それができたら苦労しないんだってば~……」


 なんとなくわかる。


 ようするに、四葉のああいうエキセントリックな言動は、一種の照れ隠しなのだ。


 女として、接するのが照れてしまうから、つい女友達の顔がでてしまう。


「なんかもう……今更さ。女ぶっても変かなって」


「そんなことないわよ。取られたくないんでしょう? 照れちゃう気持ちも理解できるけど、そんなふうにしてたら、いつまで経っても彼は女の子って思ってくれないわ。頑張りは認めるけどね」


 あんな風に積極的にセックスしているのは、自分を女だと、亮太に印象づけたいからだ。


 でも言動で損している、と百合子は思っている。


「……なんか、ゆりちゃん。先生みたい」


「先生なんですがそれは……」


「ごめん」


「いやべつに謝らなくっても……」


「単なる行き遅れBBAネタキャラじゃなかったんだね。ごめん」


「前言撤回! 謝って! BBAじゃないもん! まだ20代だもん!」


 ふがふが、と憤る百合子に、四葉が微笑む。

「ゆりちゃんの言うとおりだわ。もっと……アタシも、女出してかないとな」


「そうよ。頑張って」 


 ねえ、と四葉が言う。


「なんでアタシに肩入れするの?」

「別にあなただけにって訳じゃないわ」


 だって……と百合子が微笑む。


「悩める年下の相談に乗るのも、年長者の役割ですもの」


 四葉は百合子の笑みを見て……微笑む。


「あんがと」

「いえいえ」


 ぐいっ、と四葉が背伸びする。


「お腹いっぱいになったら眠くなってきたー。ゆりちゃんあと頼むね~」


「はいはい」


 なんだか妹みたいで、可愛いなと百合子は思う。


 一人っ子だった彼女にとって、四葉は手のかかる本当の妹みたいだ。


 何だか知らないうちに始まった、奇妙な関係。


 でも……案外悪くないかも、と思う百合子であった。



―――――――――――――

【★あとがき】

最近の四葉ちゃんが完全にエロ親父でしたが、


彼女もまたヒロインなのだよという話でした。

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