35話 元カノと本音で語り合う。謝罪するみしろ【先行版】



 俺の部屋には、元カノの梓川あずさがわみしろ、義妹の夕月ゆづきがいる。


 ベッドに座る俺。後ろに隠れるようにして、夕月。


 みしろはベッドの前に跪いている。


「亮太君、なにを……?」

「みしろと、今から、本音で語り合う。教えてもらおうぜ、こいつの、本性をな」


「本音……本性?」

「ああ。おまえが気を失ってる間、こいつと俺は色々した。念のためいうがやってない。が、まあ色々あったんだよ」


 詳しくは語れないが。


「そんときに、なんというか、察したんだ。こいつがどんなやつで、何を思ってるのかって。だから、お互いちゃんと、本音で語り合おうって思って」


 それを聞けば、夕月は気づくはずだ。

 そこにいるのが、夕月が劣等感を抱くような、素晴らしい天使じゃないってことを。


「みしろ。いいな? 嘘は無しだ。俺も本音を語るから、おまえも本音を言え」


 この元カノは、さっきの俺との行為で、少しだけ興奮が収まっている。


 今なら、人の言葉が話せるだろう。


「わかりました。嘘は、つきません」


 みしろがうなずく。

 議論、というか話し合いが出来る状態にいることに安堵する。


 俺は、女たちと向き合うといった。

 でも俺とこの元カノの間には、触れてない部分が結構ある。

 そこをちゃんと超えてかないと、前に進めない。

 だから、本音で話し合うんだ。


「じゃあ最初から。みしろ、俺、おまえに別れ話を言われたとき、すごい……傷ついたよ」


 夏休みの終わり、みしろは急に、一方的な別れ話を突きつけてきた。


「別れようって言われて、すっごい辛かった」

「あ、あれは……」

「最後まで聞けよ」

「はい……すみません……」


 みしろが言い訳しようとしていたので、俺はちょっとイラッと来た。


「言い訳できる立場じゃないよな? おまえが俺に急に別れ話突きつけて、俺を傷つけて、俺が傷ついたのは事実だ。違うか?」


「……ちがく、ないです。本当にごめんなさい……」


 みしろが心から悔いたように、頭を下げる。

 溜飲は少しだけ下がったけど、まだまだ言い足りない。


「おまえが、男が苦手、というか女が好きって人種なのは、聞いたよ。だからしょうがないって思う。……けどさ、そういう重要なこと、どうして相談してくれなかったんだよ?」


 もちろん、包み隠さずに言えとまではいわない。

 でもそんな、重要なこと、伏せたままにしてほしくなかった。


「俺たちは付き合ってたよな? 恋人だっただろ? 友達よりは深い仲だったじゃないか。言ってくれよ、先に」


 言いにくい話題であることには、かわらない。

 

「でもそれを理由に別れ話を切り出すのなら、最低限、別れる前にいってくれよ。俺が、自分に、どこか悪いところがあるんじゃないかって、辛かったよ」


 みしろは俺の本音を聞いて、辛そうに、顔をゆがめる。

 俺の言葉に、本気を感じて、彼女はうつむく。


「……本当に、すみませんでした。その通りです」


 みしろが膝をついて、土下座する。


「本当にすみませんでした。わたしが完全に悪いです。わたしの、勝手すぎる行動で、あなたを傷つけたこと、謝罪します」


 これで、完全に納得できたわけじゃない。

 でも、ひとつしこりが取れた。


「次だ。おまえ、一度盗撮して、脅迫したことあったよな?」


 俺と夕月が多目的トイレでやってる姿を、こいつは盗撮して、それを使って脅してきたことがある。


 夕月とやるな、と。


「あれはさすがにどうかと思うぞ。不通に犯罪だよな?」


 びくっ、と彼女が体を震わせる。

 頭を下げたまま、ぶるぶると。


「なんであんなイカレタことしたんだよ」

「あ、あれは……」

「だから、口を挟むなよ。まだ俺が全部言い終わってないだろ」

「はい! すみません! ごめんなさい!」


 みしろが土下座したまま、さらに頭を地面にこすりつける。

 その様を見て、夕月がなんとも微妙な表情になった。


「嫌がってる夕月と無理やりやってたら、そりゃ完全に犯罪だよ? でも、俺も夕月も、嫌がってたか?」


「いえ……」


「だよな? 合意の下でやってる行為だったんだ。そこにお前が口を挟む権利なんて、あるのか? おまえ何様だよ」


 正直あのときは、腹が立った。

 だからつい声を荒らげてしまう。


「あんときおまえ、俺と別れたよな? 自分から降っといて、他の女とやるな? 何様だよ。どんな権利があって、あんな偉そうな口きけたんだよ? なあ?」


「…………ごめ、んなさい」


「だからごめんじゃなくて! ……すまん」


 ヒートアップしすぎた。

 

「いいえ、わたしが完全に間違ってました。どうかしてました。あなたをふった分際で、偉そうに、命令して。ごめんなさい」


 ぐす……とみしろが鼻を鳴らす。


「あ、あなたを……傷つけたうえに、こんな、盗撮なんて……どうかしてました。わたしが、異常でした。本当に、すみませんでした……」


 ……あのときの怒りが、完全に消えたわけじゃない。

 でも、言いたくて、言えなかったことが言えて、すっきりした。


 こうして誤ってくれて、過ちを認めてくれて、少しだけ、こころがすっとした。


「じゃあ、みしろ。最後だ。質問に正直に答えてくれ」


 伏せている彼女に、俺は言う。

 ……いや、でも。と迷う心はある。


 この質問は、ある意味で、すべての前提を覆すような問いかけだ。


 全部を破壊する恐れがある。

 怖い、と思う気持ちがある。


 でもこれを超えてかないと、俺たちは……いや、俺は前に進めない。


 だから、尋ねるんだ。

 俺は。


「みしろ」


 俺は、彼女に言う。


「おまえ本当は、別に俺の事、好きじゃなかったんだろ?」


 ……言ってしまった。

 聞きたくない、聞かれたくないことを。


「な、なに言ってるんですか……兄さん」


 後ろでずっと聞いていた夕月が、戸惑ったように言う。


「姉さんが、亮太くんを好きじゃなかった? ありえないです。だって、だって特別な思いがあったから、姉さんはあなたと付き合ったんじゃないんですか?」


「いや……夕月。たぶん、違うんだよ。前提が」


「どういう?」


 今までのみしろの行動を見て、不審な点があった。

 俺のことが好きなら、盗撮してまで脅して来ようとはしてこなかったろう。


「俺が好きだから付き合おう、じゃなかったんだよな? たぶん、俺となら、男と付き合えるかも。そう思ったから、付き合ったんだろ?」


「意味がわかりません……男と付き合えるかも? だから付き合う?」


「ああ。たぶん、マイノリティを、自分の性癖を、隠したかったんじゃないか?」


 みしろは女が好きだった。

 でもそんな自分は、世間的には間違っている。


 マイノリティでありたくなかった、だから、手ごろな男と付き合った。

 男と付き合えば、自分がマイノリティであると、ばれないから。


「亮太くんを、カモフラージュにつかったってことですか!」


 夕月が本気でぶちぎれたのか、猛烈な勢いで立ち上がって、詰め寄ろうとする。


「待てよ」

「けど!」

「いいから。もう、終わったことだしよ」


 みしろがさっきみたいに言い訳してこないのをみて、ああ、そうなんだなと確証を得た。


 俺が好きだと思っていた彼女は、幻想だったんだ。


「どうなんだ、みしろ? 俺だから特別付き合いたいわけじゃなかったんだろ? あのときは」


 みしろは、うずくまったまま。

 しかし……小さく、いう。


「……ごめん、なさい。あのときは、そうでした。あなたの、言う通りでした」


 ああやっぱりか、と確信を得た俺は、言いようもない虚しさに包まれる。


「あのときは、あなただから、じゃなくて、あなたとなら、付き合えるかもって。男の人と」


 それを聞いた夕月が俺の静止をふりきって、姉を乱暴に立ち上がらせると、


 ばき! っと強めに殴った。


「姉さん、あんたふざけんな!」



倒れふす姉に、夕月が本気で怒ったようにいう。


「そんな不純な動機で! 亮太君の心を弄びやがって! ふざけんな、馬鹿やろぉ!」

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