17話 妹はより深く愛し、姉はより深みにはまる



 みしろから言い寄られたその日の夜。


 俺は部活を終えて家に帰った来た。


「おかえり、亮太くん♡」


 義妹の夕月ゆづきが台所に立ち、夕飯を作っている。


 ととと、とこちらによってハグする。


 ……そして、硬直する。


夕月ゆづき……?」

「…………あの女の匂いがする」


「え?」


 がっ、と夕月ゆづきが俺の胸ぐらをつかんで、ソファに押しつける。


「な、なんだよっ?」

「……何があったの、あの女と?」


 夕月ゆづきがうつろな目をしている。

 どこか幽霊の目にも見えて、怖かった。


「あ、あの女って……みしろか?」

「……そうだよ。ねえ、何かあった? すごく……濃い、あの女の匂いがするの」


 何があったって……。

 確かに、何かあったけども。


「ねえ……亮太くん? おしえて」


 怒りとも嫌悪とも取れない、声音。

 俺はその気迫の押されて、会ったことを話した。


「そっか……あの女……亮太くんにまで……」


 みしろは夕月ゆづきにも、盗撮した内容を告げていた。


 すぐ察しがついたのもそういうこともあるだろう。


「それで……したのですか? 姉さんと?」


 俺が答えようとしたが、でも夕月ゆづきはボロボロと泣き出した。


「えっ!? ど、どうした……?」

「いや……いやぁ……いや……」


 俺の胸板に顔を埋めて、ぐりぐりと指を振る。


「やだ! 亮太くん! あの女は嫌!」

「落ち着けって……」


 乱暴に夕月ゆづきが自分の服を脱いで、ぎゅっと抱きしめる。


「あの女は駄目! 亮太くんは渡さない! あの女にだけは! 大事な人を渡さない!」


 一体何にこんなこだわってるんだ……?


 彼女の中にある、黒い感情が言葉となって外に出る。


「お願い亮太くん! あの人とはもうしないで!」


「いや……だから聞けって……」


 だが夕月ゆづきは精神的に不安定になっているのか、激情に任せてこんなことを言う。


「あいつは……! あいつは! いつもそう! そうやって……いっつも……! いつだってあいつは! 私から奪ってくんだ!」


 奪う……?


「ねえ亮太くん、姉さんじゃなくて私を見て? 他の女の子に浮気してもいい、抱いてもいい……でも、でも! 姉さんにだけは……!」


「落ち着けって!」


 俺は夕月ゆづきの肩を抱く。

 だがまだ彼女は、ぶんぶんと首を振る。


 駄目だ。完全に話を聞いてくれない。

 ……こうなったら。


「んぷっ……!」


 俺は夕月ゆづきの唇にキスをする。


 ゆっくりと、夕月ゆづきの暖かな口の中にしたを這わせる。


 最初は目を白黒させていた彼女も、やがて体から力を抜いて……俺に身を委ねていく。


 夕月ゆづきは目を閉じて、俺のあたまの後ろに手を回す。


 ふたりで、ゆっくりとキスをする。


 俺が顔を話そうとすると、夕月ゆづきはぎゅっ、と強くハグする。


 またそうして俺のことを求めてくる。


 そして……彼女は顔を離す。


「落ち着いたか?」

「……うん。ごめんね」


 夕月ゆづきが俺の体から降りる。


 俺は彼女の隣に座る。


「セックスして、って言われた。けど断ったよ」


「……ほんとに?」


「ああ」


 元カノが俺を求めてくれた。

 かつての俺だったら喜んで飛びついていただろう。


 だがあのとき脳裏をよぎったのは、この義妹のことだった。


「どうして……? 亮太くんは、姉さんのこと……好きだったんでしょう?」


 恐る恐る夕月ゆづきが聞いてくる。


 普段あまり底を見せないような、ミステリアスさの彼女。


 だが今は、おびえている幼子のようだ。


「昔はな。でも……今は違う。それに……おまえに黙ってやるのは、違うなって思ったんだ」


「亮太くん……」


 俺たちは、別に付き合ってるわけじゃない。

 恋人でもない。

 義理の兄妹とも、セフレとも言えないような……関係だ。


 ……それでも、俺はあのとき夕月ゆづきを思っていた。


 みしろではなく、夕月ゆづきを。


 義妹ではなく、夕月ゆづきを。


「亮太くん♡ ……亮太くんっ♡」


 がばっ、と夕月ゆづきが俺に抱きついてくる。


「好き……♡ すきぃ~……♡ だぁいすき……♡」


 ぎゅーぎゅーっ、と強く俺をハグしてくる。


 俺は甘いにおいと、柔らかな体に包まれて、ほっとしている。


「ああ幸せ……♡ 亮太くんが私を選んでくれたのが……とってもうれしい♡ 絶対離さない……あの女には渡さない……絶対……絶対……♡」


 夕月ゆづきが俺を押し倒す。


 そして甘い声音で何度も「すき……♡ すき……♡」と繰り返しながら行為をする。


 ぎゅーっとハグした状態で何度も何度も。


 明け方近くまで俺たちは抱き合ったままだった。


 力尽きたあとも、決して離してくれなかった。


「姉さんなんかに、亮太くんは渡さない……」


 彼女が気を失う寸前、そんなふうに、切実な思いを口にした夕月ゆづき


 ……どうして、この子は。

 姉にこんな対抗意識を燃やすんだ?


 俺が四葉とやったときは、何も言わないどころか、むしろ聞きとして手を貸したところさえあったのに……。


    ★


 梓川あずさがわ みしろは飯田いいだ 亮太りょうたから拒まれたあと……。


 自分のベッドの上で仰向けになっている。


「どう……して……どうして……」


 みしろは思い返す。

 先ほど、亮太との一幕を。


『おまえとは、できない』


 亮太ははっきりとみしろを拒んだ。


 ……どうして。


『なんで、ですか?』


 みしろの問いかけに亮太は答える。


『おまえとは、やる理由が、無い』


 冷たく突き放すようなものいいだった。


 ……かつて、あんなにも自分に熱烈な好意を向けてくれていた彼が。


 今は……自分を見てくれていない。

 ……それが、なぜだか悲しかったし、腹が立った。


『……ゆづきちゃんがいるからですか』


 心の中に黒いモヤモヤがたまる。

 これの正体に気づけないみしろ。


『ああ』


 自分の大切な人が、他の人に取られてしまう……。


 それが、彼女にとっては嫌なことだった。


 そしてその大切な人とは夕月ゆづきであった、はず。


『じゃあな』

『ま、待ってください……!』


 みしろは亮太の腰にしがみつく。


『なんだよ?』

『どうしてゆづきちゃんなんですか!? 別に……私でもいいじゃないですか!?』


 なぜ、自分はこんな焦って彼を止めているのだろうか。


 自分でもよくわかってない。


 義妹が他の男に抱かれるのが、嫌だから。


 そうであるはず。

 ……それにしては、口をついたセリフに違和感があった。


『よくねえよ』

『どうして!?』

『おまえは夕月ゆづきじゃない。もう……恋人でも何でもない』


 亮太の目は冷たかった。


 その目にはかつてみしろが映っていた。


 でも今……自分のことを見てくれてない。

 ここにいない、妹の姿が映っている……。


 それが、無性に嫌だった。


『とにかく……俺はおまえを抱く気はないから』


『そんな……待って!』


 もう自分でも感情をセーブできない。

 ある種パニック状態になっていた。


 がしっ、と抱きついてそのまま押し倒す。


『うぉっ!』


 どさ、とみしろは亮太の上に覆い被さる。


 そのとき……自分のお腹の上に、ちょうど亮太のものがズボン越しに触れた。


「どう、して……」


 時間は戻って、今は自宅。


 みしろは家に帰ったあと、ベッドに横になっていた。


 いつもは家に帰ったら、今日の授業の復習と、予習をするのが日課だったのに……。


 彼らの行為を思い出し続けた。


「ほしい……」


 ぽつり、と思いを口に出してしまった。


 男は、汚い。

 触れないはずだった。


 でも今は、触れて欲しくてたまらなかった。


 夕月ゆづきにしたように、自分もまた、あのたくましいもので貫いて欲しい。


 みしろは自分の感情を整理できていなかった。


 色んな思いがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


 妹が、好きという感情。

 男が、嫌いという感情。

 亮太が……。亮太が……?


 自分は今、亮太をどう思ってるんだろう。

 だが、一つ確かなことがある。


 めちゃくちゃにして欲しい。


 恋愛感情よりも先んじて、肉欲を満たしたいという感情が、彼女のあたまを支配していた。


 男は嫌いなはずなのに……。



 彼女は知らない。

 自分が、夕月以上に、性欲が強いことに。


 今日、亮太オスのものに触れてしまったことで……


 彼女を制御していたリミッターが、故障してしまった。


 彼女は止まらなくなる。

 我を忘れて、彼を欲するようになる。

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