16話 元カノの暴走、しかし墓穴を掘る



 飯田いいだ 亮太の元カノ、梓川あずさがわ みしろ。


 昼休み。

 みしろは5階にある多目的トイレの前にいた。


「…………」


 ぎり、とみしろは歯がみする。


 生き別れとなった妹、夕月ゆづきと再会したのは二学期のはじめ。


 愛する妹との再会に大いに喜んだ。

 だが、待っていたのは冷たい拒絶。


 理由は、自分が愛する兄を傷つけたからだという。


 みしろはそんなつもりはなかった。

 亮太のことは嫌いではなかった。

 だが……男に触られるのは、どうしても無理だったのだ。


 夕月ゆづきと亮太がトイレから出てくる。


「今日も最高だったよ、亮太くん♡」


 媚びた笑みと声で亮太に、しなだれかかる夕月ゆづき


 ぎり……と歯がみする。


 今すぐにでも突撃したい気持ちにかられるが、冷静になる。


「まだよ……証拠が、集まってないと」


 夕月ゆづき達が出て行ったあと、みしろはトイレの中に入る。


 手洗いの近くにゴミ箱があった。

 そのなかから取り出したのは、【スマートフォン】。


 最近のスマホは録画機能もついている。


「……映ってる」


 ばっちりと、妹と亮太との情事がそこに映し出されていた。


「ふ、ふふっ! あはは! ついに、決定的な証拠をつかみました!」


 ……亮太と夕月ゆづきが昼休みになると、どこかへ出かけている。


 それは知っていた。

 だからみしろは後をつけていた。


 ドア越しに聞こえてくる音から、なかで行われているであろう行為に、すぐに思い当たった。


 衝動的に中に入ろうとした。

 妹を汚すなと。


 だが……証拠も無しに入ったところでとぼけられるのが落ち。


 そこで悩んだ末に、こんな盗撮まがいなことをしてしまったのである。


「悪いのは……ふたりですよ。私の大事な人を奪ったんですから……」


 ……画像の中で行われている行為に、いつの間にか、みしろが見入っている。


「こんな……汚らわしい……」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「はっ!」


 気づけば……みしろは気を失っていた。


「私……いったいなにを……?」


 手に握られているスマホ。

 動画はすっかり終わっていた。


「…………」


 気を失う直前の行為を思いだし、ふるふると首を振る。


「そんなわけない! あり得ない! こんな……汚らわしい行為に……興奮するなんて……」


 だが、大事な人が奪われる、あの感覚。


 それがみしろの興奮を高めたのは事実。


「…………大事な人」


 それは妹なのか、それとも、元彼なのか。


「ば、ばか! 妹に決まってるじゃないですか!」


 亮太のことは嫌いではなかった。


 だが妹の心も、体も奪った彼のことに対して、激しい嫌悪感を抱いていた。


「と、とにかく……これで、証拠はそろったんです。あとは……突きつけるだけ」


 みしろは行動に移す。

 妹を守るために。


    ★


 その日の放課後、部活前。

 みしろは亮太を呼び出していた。


 彼らの通うアルピコ学園は、部活動が盛んで有名だ。


 体育館もどこぞのアリーナレベルで巨大なものがある。


 体育館の使われなくなった倉庫にて。


「なんだよ、みしろ?」


 亮太を前に、みしろははっきりと言う。


「妹に近づかないでください」

「……………………は?」


 唐突なみしろからの命令に亮太は戸惑いを見せる。


「知ってるんです。私、あなたが、ゆづきちゃんと……してるってこと」


「! おまえどうして……」

「とぼけても無駄ですよ。こっちはちゃんと物的証拠があるんですから」


 みしろはそう言って、スカートのポケットから、スマホを取り出す。


 先日の多目的トイレでの動画を彼に見せつける。


「コレを提出することもできます。ですが、事を荒立てたくありません」


「……脅しかよ」


「いいえ、脅しではありません。こんな間違ったことはしないよう、注意喚起してるだけです」


「間違ったこと……だと?」


 みしろはうなずく。


「はい。あれは夫婦が子供を作る行為ですよね? なのに、あなたは、ただ気持ちよくなりたいがために体を重ねています。避妊をしてまで。ナンセンスです」


 ふんっ、とみしろは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「子孫を残す目的のために生き物は交尾をするのです。あなたたちのやっている行いは、それですらない。しかも好き合ってやってるわけでもない。意味がわかりません、あんな汚らわしい行為を、好んでやる人の、気持ちがわかりませんよ」


 みしろの主張を聞いて、亮太は顔をしかめる。


「気持ちよくなりたいだけなら、自分で処理できますよね? それで満足してください。妹を、処理の道具に使わないでくださいますか?」


 すると……。


「ふざけんな」


 怒りの表情を浮かべて、亮太が反論してきた。


「なんでおまえにそこまで言われなきゃいけないんだよ」


 亮太の反撃に、みしろは戸惑う。

 今まで、彼が口答えしてきたことなんて、一度しかない。


 自分が別れるといった、あのときだけ。


「確かに、意味の無い行為かもしれない。俺が非難されるのは、まあ仕方ない」


 でも、と亮太が続ける。


「おまえの言い分だと、俺以外のやつも馬鹿にしていることになるだろ」


 ーーあんな汚らわしい行為を、好んでやる人の、気持ちがわかりませんよ


夕月ゆづきは楽しんでるよ」

「嘘です!」


「おまえの盗撮動画のなかの夕月ゆづきは、嫌がってるか……?」


「そ、それは……」


 確かに夕月ゆづきは、これ以上無いくらい幸せそうな顔をしていた。


 喜んで体を開いて、彼と行為をしていた。


「俺は……学んだよ。確かにおまえの言うところの汚らわしい行為かもしれない。けど……これは、男女のコミュニケーションの一つなんだって。俺はあいつとそうやって、仲良くなれたよ。形は同あれな」


 たしか亮太の父と夕月ゆづきの母は再婚したという。


 昨日まで他人だった存在と、一緒に暮らすのはストレスのかかることだろう。


 だが二人は、教室でそういうストレスを感じているようには見えない。


 確かにセックスの効果なのかもしれない。


「汚らわしいって、自分の中で完結するのは勝手だけどよ。それを楽しんでるやつらに、自分の価値観を押しつけるなよ」


「で、ですが……でも……ゆづきちゃんは……私の……妹で。妹を守るのは……私の……使命だし……」


「もう姉妹でもなんでもないだろ。夕月ゆづきは……俺の妹だ」


 ……それに、と亮太が続ける。


「おまえ、夕月ゆづきにこの話したのか? 汚らわしい行為はやめろって」


「っ!」


「……その顔だと、したんだな」


 ……その通りだ。

 亮太の元へ行く前に、妹を呼び出して、やめるようにうながしたのだ。


「で? 結果はどうなんだ?」

「そ……れは……」


「もしあいつが本当に、俺との行為を嫌がっていたなら。俺が無理矢理犯してるんだったら、どうぞその証拠の動画を警察にでも学校にでも提出するがいいさ」


 その通りだ。

 わざわざ、亮太の元へ来る必要は無い。


 つまり……。


「おまえ……夕月ゆづきにも拒まれたんだろ?」


「……!」


 ……その通りだった。

 夕月ゆづきを呼び出し、もし脅されてるのなら学校へ訴えようと提案したのだ。


 だが……。


『姉さんには関係ない。私は亮太くんが好き。愛してるから、体を許してるの』


「おまえさ。それ黙ってるのって、フェアじゃねえだろ。ようするに、夕月ゆづきをどうにか出来なかったから、俺を脅して、俺に妹から身を引くように仕向けようとしたって訳だろ?」


「ち、ちが……」


「ちがくねえだろ。なんだよそれ」

 

 亮太に見破られてしまい、動揺するみしろ。


「というか、それ普通に盗撮じゃないか? トイレに仕掛けてたってことは、他のやつの動画も、入ってるんじゃないか?」


「……!」


 まさに、その通り。

 確かに5階の多目的トイレは、使う人が極端に少ない。


 とはいえ、ゼロではない。


 亮太達の行為を取るために、朝から仕込んでおいたのだ。


 つまり朝から昼間での映像は、残されている。


「普通に犯罪だろ。提出したら捕まるのは、どっちだよ?」


「…………」


 ぶるぶる、と体を震わせるみしろ。


「ち、ちが……わ、わた……私は……ただ……妹を守りたくって……」


 恐怖で涙を流すみしろに、亮太は冷たく言い放つ。


「何が守るだよ。おまえのやってるのって、妹から男を無理矢理引き裂くような行為じゃないか。そんな権利が、今のおまえにあるのかよ?」


 姉だから、という言い訳は成り立たない。

 すでに両親は離婚している。


 ならばか弱き乙女を守るため、という大義名分も成り立たない。


 夕月ゆづきは亮太との行為を喜んでいる。


「おまえ……ただの邪魔者でしかないぞ」


 ……全くもって、その通りだった。


 夕月ゆづきの、亮太の、ふたりの邪魔をしているだけの存在……。


「盗撮の件は……黙っててやるよ。妹が心配でやったってことで、まあ一応」


 亮太がみしろの横を通り過ぎようとする。


「待って……ください」


 はしっ、と亮太の手をつかむ。


「お願いです。妹とは……もうしないでください」


「いやだから……おまえにそんなこと言う権利は……」


「わかってます! わかってるんです……だから……」


 顔を赤く染め、夕月ゆづきが言う。


「……わ、私……と、してください……」


「……………………は?」


 あまりに唐突な展開に、亮太は戸惑っていた。


「確かに……私がどうこういう権利はないです。でも……あの子が私の妹だったことは、事実なんです。あの子が、婚前前の男と、淫らな行為をするのは……許容できません」


「……だから、自分が変わりにって事か?」


 こくん、とうなずく。


「性欲がたまって、困るのでしたら……私にぶつけてください。妹の代わりに」


「……おまえ、男が嫌いだったんじゃないの?」


「男の人に触られるのは……嫌です。でも……大事な妹が、これ以上男の人とやるのは……もっと、嫌……です」


 みしろは深々と頭を下げる。


「お願い……します。どうか……私と、して、ください」

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